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中村雅俊 中村雅俊

中村雅俊俳優なかむらまさとし

1951年生まれ、宮城県出身。74年、ドラマ『われら青春!』で俳優デビュー。ドラマ挿入歌『ふれあい』で歌手としてもデビューする。主な出演作に、映画『夜逃げ屋本舗』『60歳のラブレター』、ドラマ『俺たちの旅』『陽の当たる場所』など。NHKでは、連続テレビ小説『おしん』、大河ドラマ『花神』『おんな太閤記』『春の波濤』、木曜時代劇『風の峠〜銀漢の賦〜』などに出演。連続テレビ小説『半分、青い。』では、ヒロイン鈴愛の祖父・仙吉役で出演。

大河ドラマ 花神(1977)

高杉晋作役

大河ドラマ 花神

インタビュー

 『花神』出演のお話をいただいたときは本当に悩みました。当時、大河ドラマが放送される日曜夜8時に別の局のドラマに出演しており、『花神』が放送される年に延長するかもしれないという話があったんです。これまで出演していたドラマの裏番組にあたる大河ドラマに出るのはやはり良くないのではないか、自分はどちらを選ぶべきなのか、非常に葛藤がありました。しかし、大河ドラマは初出演で初の時代劇、そのうえ演じる役が高杉晋作です。よく考え悩んだ末に、これはぜひ『花神』に挑戦したいと思ったのです。別の局のプロデューサーにそのことを伝えたらすごく驚かれましたね。実はそのドラマには田中健ちゃんも出ていたのですが、健ちゃんも『花神』に出ることが決まっていたんです(笑)。でも、快く僕らを大河ドラマに送り出してくださったので、これは絶対に『花神』を頑張らないといけないな!と改めて思いました。

天堂晋助(田中健)

 高杉晋作といえば、世間ではかっこいいというイメージがありますが、そこにとらわれるのはやめよう。自分が思ったように演じようと決めました。ドラマを観る人たちも高杉を実際に知っているわけではないのだから、高杉はこういう人だったのかなと思わせられればいいのだと。若くして亡くなった人物ですが、まだ若いうちから日本を動かすという思いを持っていた。それは坂本龍馬にもいえることですが、僕はそういう青春群像みたいなものが、60年安保や70年安保のときの若者たちの姿と少し重なるような気がしたのです。どちらも真剣に世の中を変えようと動いていましたから。僕も大学に入学したのがちょうど70年安保の年。クラス討論会にも参加しましたし、みんなで頑張れば本当に世の中が変わるのではないかと思っていました。その当時の学生運動の流れと幕末の龍馬や晋作たちの姿を少しだけ重ねて、彼らの思いを芝居に出そうと思いながら演じていました。

 高杉が三味線を弾くシーンはけっこう多かったので、おうの役の秋吉久美子ちゃんと習っていたのですが楽しかったですね。筋が良かったのか、三味線指導の先生が「弟子になれ」と言ってくださいました(笑)。実際は三味線の棹(さお)の部分に鉛筆で線を書いて弾いていたんですけどね。そうしないと指を置く場所がずれて音が外れてしまうので。芝居の最初に三味線を弾いて歌って、芝居してから最後にまた三味線を弾いて歌ってと、プレッシャーはありましたが、いい思い出です。また高杉といえば長州ことばも印象的でした。長州で「怒っている」を「はぶてる」と言うのですが、セリフにすると「わしは、はぶてちょるんじゃあ」(俺は怒っているんだ)となるんです。言い方もちょっと低音ですごみをきかせるので、自分のセリフなのに「かっこいいなぁ」と思っていました(笑)。三味線を弾いたり長州のことばだったりと、高杉晋作は「いいなぁ」と思うファクターが多かったですね。

晋作の恋人・うの(秋吉久美子)

 長州藩士役の役者はみんな仲が良くて、頻繁に飲みに行っていました。尾藤イサオさんや西田敏行さん、東野英心さん、志垣太郎さん。皆さん印象的ですが、特に篠田三郎さんの吉田松陰は知的で、まさに本物がその場にいるようでした。面白かったのが、長州藩士のシーンを撮影中にAD(アシスタントディレクター)がエキストラを先に帰してしまった事件。「手違いで帰してしまったので、悪いけど皆さん、エキストラとして足だけ画面に出ていただけますか?」。「ええ!足のギャラ出るの?」とみんなで冗談を言いながら、結局、足だけの出演を果たしました(笑)。その後はみんなで盛り上がって飲みに行きましたね。今では考えられないことですが、カツラを被ったままNHKから近くのお店に出かけたこともありました。

のちに新政府の中枢を担うこととなる伊藤俊輔(博文/尾藤イサオ)と山県狂介(有朋/西田敏行)
倒幕の大きな力となりながら短い生涯を閉じる久坂玄瑞(志垣太郎)と吉田寅次郎(松陰/篠田三郎)

 主演の村田蔵六役の中村梅之助さんとの絡みはあまりなかったのですが、稽古場では一緒になっていました。梅之助さんは稽古場で僕の芝居を見て、いてもたってもいられなかったのでしょう。僕が現代劇っぽく大きな身振りで動いていると、「そこはもうちょっと、こうやったほうがいいんじゃないか」とか、刀の動きなどを何気なく教えてくださいました。梅之助さんは、あの当時からベテラン中のベテランというイメージがありましたが、すごく優しい方でした。蔵六は額がめちゃくちゃ広いという設定だったらしく、苦労して額を広くするメイクをされていた記憶がありますね。僕が芝居で絡むのはほとんど長州藩士とおうのでした。一度、山県狂介役の西田敏行さんと、おうの役の秋吉久美子ちゃん、そして僕という3人のシーンがあったときのこと。本番前のテストで、セリフをすべて東北ことばで演じたことがあったんですよ。お二人は福島県出身、僕は宮城県出身なので、ちょっと遊んでしまった(笑)。演出の方はきっと「なにやってんだ?」と思われたでしょう(笑)。だけど、現場の雰囲気や関係性は画面を通して出るものだから、仲が良いことはすごく良かったなと思います。

村田蔵六(のちの大村益次郎/中村梅之助)

大河ドラマ おんな太閤記(1981)

豊臣秀長役

大河ドラマ おんな太閤記

インタビュー

 秀吉(西田敏行)の妻・ねね(佐久間良子)が主人公の物語だったこともあり、家族が勢揃いした現場は本当のファミリーが集結したようなチームワークの良さでした。撮影中も和気あいあいで、すごく活気があったことを覚えています。当時のスケジュールは月曜リハーサル、火水木で撮影、金土日が休みというものでした。木曜日の撮影が終わるとほぼ毎回、佐久間良子さんが「食事に行きましょう」と出演者やスタッフに声をかけて、みんなで楽しく盛り上がったものです。やはり現場の雰囲気や出演者の関係というのは画面から伝わるものなんですね。歴史を扱う時代劇ですが、それ以上に人間同士の絆が前面に出て、それが作品的にも非常に評判が良かった一因だったのではないかと思います。

農民から天下人となった秀吉(西田敏行)の生涯を、正室ねね(佐久間良子)の視点から描いた
秀長は兄・秀吉の良き補佐役

 兄の秀吉を演じた西田敏行さんとは、大河ドラマ『花神』や、民放の作品などで共演が続き、飲みに行く機会も多かったんです。同じ東北出身、僕より3歳年上のお兄さん的な感じだったので兄弟役というのもよかったですね。2人人とも歌が好きで、撮影の合間にはよくセットの裏側にある廊下に座って、ザ・スパイダースなどのハモる歌ばかりを選んで歌っていました。「出番です」と声がかかるとすっと時代劇の世界に戻るんですけどね(笑)。西田さんといえば、よく飲みに行っていてほとんど時間がなかったと思うのですが、毎回あの膨大なセリフが入っていた。そのすごさにも驚かされました。

連続テレビ小説 おしん(1983)

俊作役

連続テレビ小説 おしん

インタビュー

 奉公先から逃げて来たおしん(小林綾子)を助けた猟師の役でしたが、全放送期間中の1週間(第3週)しか出演していないんですよ。それなのに意外とみなさんが記憶に残してくださっているようで嬉しいですね。

 俊作はおしんに、おしんの「しん」は、「信じる」や「心」、また「辛抱のしん」の意味があるいい名前だと教えて、強く生きるように励ますなど、いいこと言ってるんですよ(笑)。ほかにも与謝野晶子の詩やハーモニカをおしんに聞かせたり、印象的な場面が多かったことも影響していたのかもしれません。ただ、当時はNGを出すともう一度シーンの頭から撮り直しだったので、与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」を読む時には途中で詰まったらどうしようと緊張したことも思い出です。

俊作は行き倒れのおしん(小林綾子)を助けた心優しい猟師
『君死にたまふことなかれ』を朗読

 もう一つ忘れられないのが山形ロケでのこと。僕が出した「心の色」という歌がヒットして、生放送の『ザ・ベストテン』(TBS)に出演することになったんです。ところが山の上のロケ現場までは電波が届かない。そこで下山して、歌うだけ歌ったらまた山の上に戻ったということがありました(笑)。でも、ロケ現場となった場所は本当に景色が素晴らしくて最高の映像が撮れたと思います。

 後日談ですが、仕事でタイからマレーシア、シンガポールを旅した時、スタッフから「マレーシアの『おしん』人気はすごかったそうですから、雅俊さんもキャーキャー大変なことになるかもしれませんよ」と言われたんです。「そんなにすごいの?」「すごいです!」と言われて身構えたのに、実際にはあんまり反応がなくて「なんだよ」となりました(笑)。でも、本当に日本だけでなく海外でも人気を集めた作品で短い期間でも出演できたことは良かったです。

おしんに命の大切さを説く俊作は憲兵に追われる脱走兵だった…

大河ドラマ 春の波濤(1985)

川上音二郎役

大河ドラマ 春の波濤

インタビュー

 川上音二郎のことは、“オッペケペー節”や自由民権運動を行ってきた人だというくらいの知識はありましたが、奥さんが貞奴だったとは知りませんでした。このころの僕は時代劇の経験も多少積んできていたので、音二郎のように明治時代に生きた人物を演じるよりも、もっと古い時代の人物を演じるほうがラクだと思っていました。実在の人物の場合、いまの自分から遠いほど芝居に入りやすかったんです。音二郎は比較的、現代と距離が近い人物でしたから演じることが少し難しいかなと。ただ、彼は“川上座”という劇団を主宰していたので、役者をやっている自分と共通する部分もあり、そう考えると音二郎を演じることがすごく楽しみになってきました。

 フランスのパリでロケをしたのですが、明治時代の洋装での撮影だったので、パリの人たちが興味津々といった様子で見ていましたね。「俺たち目立ってるな(笑)」と松坂慶子さんと話しながら撮影した記憶があります。パリの公園でロケをしたときは、日本食のレストランで弁当を作ってもらってみんなで食べたり、夜はリドというフランスで有名なショーを観に行ったりしました。言葉がわからないのでプロデューサーがタクシーの支払いでもめたりしたこともありました(笑)。10日間くらい行っていたでしょうか。すごく楽しかったです。でも日本に帰ってきてからは残念なことに僕の周りは男ばかりになってしまって(笑)。川上座のメンバー役だった村上弘明さん、四谷シモンさん、尾藤イサオさん、ケーシー高峰さんたちと、ドラマ衣装のまま渋谷の街に出てご飯を食べに行ったり。ケーシーさんは僕が撮影していると、カメラの横でいろんな顔をして笑わせようとするんです。笑わないようにと必死でしたが、そんなことも含めて本当に和気あいあい、仲が良かったです。

音二郎と貞奴(松坂慶子)

 大変だったのは、毎回、川上音二郎が演じる劇中劇。自分自身が役者ですから、役者役を演じると「わかるな」という部分と「ここは違うよな」という部分が台本の中に出てくるんです。でも脚本の先生が台本に書かれていることだから、僕が違うと思っても別の理由でこうなっているんだろうな、と考えて演じるようにしていました。劇中劇で印象的だったのは1900年のパリ万国博覧会のシーンで川上一座が“切腹”のパフォーマンスをやったこと。お客さんの前で白装束を着て、刀を置く台をお尻の下に持っていく。これは自分が腹を斬ったときに後ろに倒れないようにするためですが、その一連の動きをやりながら腹を斬る儀式を芝居として見せたんです。このシーンは自分で演じながらもけっこうな集中力が必要でした。当時のパリの人たちもすごく驚いて見ていたのだろうなと思います。

“ハラキリ”はパリ市民の大喝采を浴びた

 当時は、月曜から木曜までが『春の波濤』の撮影、そして金曜から日曜までは毎週コンサートツアーというスケジュールで動いていました。ところが、音二郎の芝居は怒鳴ることが多かったことから喉に負担がかかってしまい、この年のコンサートは途中で延期することになってしまったんです。『ふれあい』のシングルデビュー以来、今年のシングル『ならば風と行け』まで、42年間、ずっと音楽と芝居の両方の活動を続けてきましたが、自分のコンディションが原因でコンサートを延期したのはあの時だけですね。このことがきっかけで、喉を大事にしないといけないとタバコを止めました。そういう意味でも思い出深い作品ですね。

 貞奴役の松坂慶子さんは芸者でありながら、日本初の女優として大成していく難しい役でした。ディレクターやスタッフ、僕も交じって「今後の『春の波濤』をどうしようか」とよく話し合っていました。まぁ、飲み会みたいなものだったんですけど(笑)、「役者の意見を聞かせてくれ」と言われて参加していたことを覚えています。世間で『春の波濤』は貞奴と音二郎、福澤桃介と房子の四角関係と言われていましたが、風間(杜夫)さん演じる桃介と、僕の音二郎のわだかまりはないんですよ。すべては貞奴のみぞ知るというか(笑)。でもテレビを観ている人はすごい関係だと思っていたみたいですね。今思うとNHKがやらないようなドラマの内容でもあり、珍しい大河ドラマだったのかもしれないですね(笑)。

水泳や乗馬もたしなんだ貞奴
桃介(風間杜夫)は貞奴の元・恋人
桃介の妻・房子(壇ふみ)は貞奴に烈しく嫉妬する

連続テレビ小説 半分、青い。(2018)

楡野仙吉役

連続テレビ小説 半分、青い。

インタビュー

 ヒロイン・鈴愛(永野芽郁)の祖父役ですが、最初に脚本の北川悦吏子さんやプロデューサーからは「かわいいおじいちゃんを演じてほしい」と言われたんです。「かわいい」というのは、どうやったらいいんだろう。やり過ぎても不自然だろうしと少し考えてしまいましたね。蓮子さん(風吹ジュン)と一緒のシーンは比較的役を作りやすかったのですが、たった3話で去ってしまったので困りました(笑)。ただ、半年という期間でじわじわと存在感が出て来ればいいというふうにも思っていました。ドラマの流れとはちょっと外れたところから見守るオブザーバー的存在。日の当たる場所のように、何かあった時には優しく受け止めてあげる。暖かなぬくもりを感じる場所、そんな役割だと思っています。

鈴愛の祖母、しっかり者の蓮子(風吹ジュン)とおおらかな祖父・仙吉

 それでも気づけば、鈴愛の人生に意外と影響しているところがありますね。仙吉の五平餅を秋風先生(豊川悦司)が気に入ってくれたこともそうだし、漫画家としての才能がないという鈴愛に自分の戦時中の体験を話して、夢を見ること、応援することの素晴らしさを伝えるなど、要所要所で関わってきました。

 そしてここから、もう一歩踏み込んで鈴愛と関わる。それが鈴愛の手がけるつくし食堂二号店の目玉となる五平餅です。弟子の鈴愛に五平餅作りを特訓する仙吉は、まるで『巨人の星』の星一徹になったかのような厳しさ(笑)。これまでの優しいおじいちゃんだけではない仙吉も見ていただけると思います。

漫画を描くことに行き詰まりを感じた鈴愛(永野芽郁)は仙吉に電話し…

 仙吉がギターを弾いて歌うことに、最初はおじいちゃんらしくないと違和感を抱いた方もいたようですが、しだいに受け入れてもらえたのは嬉しいですね。あと、さすが朝ドラだと思うのは、町で「仙吉さん」と声をかけられること。なかなか役名で呼ばれることはないので、それだけみなさんに浸透しているドラマだということを実感しています。

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