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火野正平 火野正平

火野正平俳優ひのしょうへい

1949年生まれ、東京都出身。12歳のころから劇団「こまどり」に所属し、1962年にドラマ『少年探偵団』に出演。1973年、大河ドラマ『国盗り物語』で秀吉を演じ、注目を集める。1974年には『俺の血は他人の血』に主演、映画デビュー。主な出演作にドラマ『新・必殺仕置人』『長七郎江戸日記』『anone』など。NHKでは連続テレビ小説『芋たこなんきん』『55歳からのハローライフ』『かぶき者 慶次』『夫婦善哉』ほか。『にっぽん縦断 こころ旅』では、相棒の自転車・チャリオに乗って全国1万2千km以上を走破している。

大河ドラマ 国盗り物語(1973)

木下藤吉郎役

大河ドラマ 国盗り物語

インタビュー

 あ〜懐かしい! 何てったって45年前だもんね。最初に出演の話をいただいたときは「俺にできるのかな」と不安だったんですよ。秋にロケーションがあって、明智光秀役の近藤正臣さんが同じ事務所の先輩だったので、どうしたらいいかって話したら「役者の基礎は感性が大事や。お前が感じた通りにやれ」と言って下さった。それで楽になった覚えがありますね。

 ただ、初めての大河ドラマでしたから、俺にとっちゃ共演者はテレビで見ている人たちばかり。みんなすごい人だから、現場ではキョロキョロしていました。

光秀(近藤正臣)と藤吉郎

 実はこの作品で火野正平っていう名前になったんだよね。それまではずっと本名でやってたの。何年か前に『太閤記』に主演された緒形拳さんが、ほとんど無名だったところから大きな俳優さんになられたから、制作側はそういうのを狙ってたのかな? 新人という形で出演してほしいと言われたので名前を変えたんだよね。当時の事務所の社長が池波正太郎さんとつながりがあったので、正の字をいただいて正平。火野という名字は珍しいから、よく小説家の火野葦平さんの息子だって言われたなぁ。『国盗り物語』をさかいに名前が変わって、最初は火野さんって呼ばれて何だか変な感じだったな。すぐに慣れたけどね。

藤吉郎は信長(高橋英樹)に才覚を認められ、家臣団の中で頭角を現してゆく

土曜ドラマ 夫婦善哉(2013)

種吉役

土曜ドラマ 夫婦善哉

インタビュー

 うまいがな〜、尾野真千子が! 最近、あんまり面白いドラマがないな〜と思っていたところに話をもらって、「尾野真千子さん、見に行こう!」と思ってお引き受けしました。尾野さん演じる蝶子の夫・維康柳吉役の森山未來さんも良かったしな。若い人を見に行くのはいいよ。ステキなお芝居している人をね。

 『夫婦善哉』で僕が演じたのは、蝶子の父親。ええ年になったからか、死ぬ役が多いなぁと思うけど、これもそうでした(笑)。もともと『夫婦善哉』って言うたら、森繁久彌さんの映画しか知らなかったので、喜劇っぽいイメージでした。それが、こういう描き方もあるんだなって新鮮でしたね。

大阪で一銭天ぷら屋を営む種吉
音信不通だった娘の蝶子(尾野真千子)が柳吉(森山未來)を連れて帰ってきて…

 ドラマ自体は大正から昭和の大阪が舞台。言葉はもちろん、雰囲気も何もかも大阪の空気が漂う作品でした。俺は生まれも育ちも東京なんだけど、空気としては大阪って居心地がいい。ひとつやふたつ失敗しても「ええやん」みたいな。緊張感が違うから、この作品も楽しんで演じられました。

 それに実際に共演した尾野さん、いい女優さんでしたね。また会ってお芝居したいなと思います。

土曜ドラマ 55歳からのハローライフ(2014)

福田貞夫役

土曜ドラマ 55歳からのハローライフ

インタビュー

 俺が演じた福田は主人公・因藤茂雄(イッセー尾形)の中学時代の親友。自身がホームレスであることを隠して因藤に声をかけ、最終的に“最期の望み”を託すんです。福田はより所のない人だったので、ひとつの光を因藤に求めていたんだろうな。だから、甘えてもいたんだと思うよ。

福田は工事現場でアルバイトをする因藤(イッセー尾形)に声をかける

 ほぼイッセーさんと2人芝居でしたが、いい球が来たらいい球を返し、おっ、曲がってるなと思ったらちょっと曲げてみたりと、キャッチボールのようにやり取りさせていただきました。いいドラマだと評価してくれる人もいますが、それはイッセーさんが良かったから俺もよく見えているだけ。こう見て欲しいとか、俺たちそこまで考えていないけど、見る人が判断して考えてくれはったら、それはありがたいことですね。

福田は重い病に侵されていた

 ドラマがクランクアップしたときに、イッセーさんから双眼鏡をもらったんですよ。俺が自転車の旅で単眼鏡をのぞいているのを見てプレゼントしてくれたみたい。男の俳優さんからプレゼントもらうの初めてだな〜って、うれしかったよ。

木曜時代劇 かぶき者 慶次(2015)

又吉役

木曜時代劇 かぶき者 慶次

インタビュー

 前田慶次の晩年を藤竜也さんが演じた痛快時代劇。俺が演じたのは前田家を出奔して上杉家の家臣になった慶次の下男だったな。しかし、武士の晩年を描くなんて、面白いよね。若いバリバリじゃなくて、藤さんとか俺が出ているような落ち着いた時代劇。もっとほかにもあっていいなと思うんですけど。

 昔は『木枯らし紋次郎』とか『必殺仕事人』とか『三匹の侍』とか、時代のヒーローが次々に出て、深い時間にやっていても楽しみに見たものだけど、いまは時代劇自体があまりないでしょう。俺、密かにやってみたい役もあるんだけど、誰か考えてくれないかな?

前田慶次(藤竜也)と又吉は長年にわたる良きパートナー

 ドラマ自体は、藤さんがすごかったよね。俺より年上であんだけ立ち回りをして! しかも、空き時間に聞いたんだけどブラインドタッチもできるんだって。「横浜ホンキートンク・ブルース」の作詞をされたりと、多才な方だもんね。

慶次と又吉がならず者から助けた娘・雫(壇蜜)

 この動画のシーンでご一緒している壇蜜さんは、頭のいい人だったな。ちゃんとお芝居をされていたし、そつがないんだよ。だからずっと人気があるんだろうね。

 ちなみに俺が彫ってるの、“お鷹ぽっぽ”っていう山形県に伝わる木彫りの玩具。実際の職人の方に教えてもらって彫ったけど、あとで大きな“お鷹ぽっぽ”をくださって、今も家に飾ってるよ。

雫の幸せを祈って“お鷹ぽっぽ”を贈る又吉

にっぽん縦断 こころ旅(2011~)

旅人

にっぽん縦断 こころ旅

インタビュー

 8年目を迎えるなんて、こんなに続くと誰も思ってないよね。メンバーも当初と変わらないけど、年月の分、当然年も取ってて、前は1日40キロでも平気だったのが今は20キロも走るのかって思う(苦笑)。でも、カントクの誰一人欠けてないんだよね。

手紙で寄せられた「こころの風景」を自転車で訪ねる

 「人生下り坂最高!」ってあの言葉、なんで言ったか覚えてないけど、レギュラー放送になる前の特集番組(パイロット版)の初日に言ったらしいんだよ。長崎県の稲佐山から下りてくる途中でね。ここまで続くとお休みが終わって、次のシリーズが始まるたんびに「どうしたらまた見たくなるんだろうか」って頭が痛くなることもあるけど、結局、旅に出るとそんなこと忘れていつものように楽しんでいる。好きな作家のチャールズ・ブゴウスキーが「考えるな、反応しろ」って書いていたので、「これだ!」と思って実践していたんだけど、年々、その反応が鈍くなるね(笑)。

“ええ下りやで~”

 もう全国まわっていない都道府県は無いのに、まだ『こころ旅』のどこが面白いのかが分からないんだよね。だけど、それが分かっちゃったら、この番組終わっちゃうのかなって思うな。人と話すのは苦手だけど、知らない所を訪ねたり、何かを見聞きするのは嫌いじゃないから、色んなところに連れてきてくれて、「手紙さんありがとう」という気持ち。日本の役者のなかで一番いろんな知らない所を見せてもらってる、こんなありがたいことはないし、うれしいこともないと思うよ。しかも、ギャラをもらいながらジムに通ってるみたいって、ほかの人にうらやましがられるし。景色が変わるジム、おいしいものも各地で食べられて、やめられまへんな~(笑)。

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