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番組名 [証言記録 兵士たちの戦争]悲劇の撤退作戦 ~ツルブ・松田支隊~
戦地 ツルブ  放送日 2011年8月16日

チャプター

[1] チャプター1 松田支隊  05:17
[2] チャプター2 「持久」「撃滅」矛盾をはらんだ使命  05:54
[3] チャプター3 敵陣地への夜襲、攻撃のたびに増え続ける負傷兵  07:08
[4] チャプター4 玉砕覚悟の総攻撃直前、攻撃中止の命令  06:39
[5] チャプター5 道なき道1000キロの行軍  05:32
[6] チャプター6 過酷をきわめた撤退、変わり果てた兵士たち  06:32
[7] チャプター7 生き延びた兵士たちそれぞれの葛藤  05:54

番組内容

昭和18年(1943年)、連合軍の攻勢により日本軍はガダルカナルを失い、東部ニューギニアでも敗退を続けていた。ダンピール海峡をのぞむニューブリテン島西部・ツルブは、連合軍の北上を食い止める要衝とされ、およそ6000の将兵が防衛のために送り込まれた。歩兵第141連隊と53連隊を主力とする「松田支隊」。すでに制空権がほぼ連合軍に奪われていたため、部隊の輸送は島の北東端にある拠点・ラバウルから駆逐艦などで行われた。

12月26日。連合軍は猛烈な艦砲射撃と空襲を加え、およそ2万人でツルブ上陸を開始した。日本軍は、海岸線で迎え撃つ水際撃滅作戦をとったが失敗。わずか数日で主力部隊のほとんどが壊滅し、戦略上の重要拠点である丘陵地帯を制圧された。

補給が困難になり弾薬・食糧が底をついていく中、最前線で指揮をとる片山憲四郎大佐(歩兵第141連隊長)は連合軍陣地に夜襲をしかけるなど、残された兵力で持久戦を展開したが、後方の軍上層部から突然、陣地奪回のため総攻撃を命じられるなど前線は翻弄される。

その後、ツルブからの後退を開始した松田支隊に対し、第17師団司令部は2月24日、ラバウルまで後退するよう命令。連合軍がラバウルに上陸することを懸念し兵力を集めようとしたのだ。ニューブリテン島北東端のラバウルまでおよそ1000キロ。衰弱した兵士たちにとって行軍は苛酷だった。

過酷な持久戦と1000キロに及ぶ撤退で、松田支隊は2300人以上の命を失い、さらに記録によれば700人にのぼる将兵が撤退の中で行方不明になったとされている。

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