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番組名 [証言記録 兵士たちの戦争]フィリピン・ルソン島 補給なき永久抗戦 ~陸軍第23師団~
戦地 フィリピン(ルソン島、マニラ、リンガエン湾、バギオ、プログ山)  放送日 2012年3月4日

チャプター

[1] チャプター1 捨て石作戦に投入された悲劇の23師団  04:45
[2] チャプター2 恐怖の海上輸送  04:59
[3] チャプター3 大本営の誤算で番狂わせのルソン兵力減  03:13
[4] チャプター4 苦渋の自活自戦永久抗戦  04:47
[5] チャプター5 持給戦と矛盾する斬込  03:22
[6] チャプター6 補給なき中追い詰められる兵士たち  07:36
[7] チャプター7 方面軍司令部を死守せよ  06:58
[8] チャプター8 目的を失っても戦い続けようとした兵士たち  03:08
[9] チャプター9 生きて還った者が背負うそれぞれの懺悔  04:07

番組内容

太平洋戦争終盤の昭和19年秋、日本軍はアメリカ軍に対し、フィリピン・レイテ島で起死回生の戦いを挑み、大敗北を喫しました。その後、戦いの舞台はルソン島に移り、日本本土を目指して攻勢を強めるアメリカ軍とそれを押しとどめようとする日本軍との激しい攻防が続きました。
その戦いで、主力の一翼を担ったのが陸軍第23師団です。兵士たちは、本土決戦までの時間を稼ぐため、戦力が続く限り、アメリカ軍を島に足止めさせることを求められました。しかし、圧倒的な兵力を持つアメリカ軍を前に、23師団は苦戦を強いられます。兵士たちは死を覚悟して、戦車への突入攻撃を繰り返していきました。

この時、すでに日本軍は、制空権・制海権を奪われ、ルソン島への補給は途絶えていました。しかも、太平洋の島々で激戦を繰り返してきたため、島に蓄えられていた物資の多くを使い果たしていました。
こうした中で、兵士たちに下されていた命令があります。「自活自戦・永久抗戦」。食料も物資も自ら調達し、永久に戦い続けろというものでした。兵士たちは、農家の作物や家畜を無断で持ち去る事実上の略奪などで食料を得ましたが、圧倒的に量が足らず、飢えや病で次々と倒れていきました。

昭和20年4月、日本軍は司令部のあるバギオを放棄。その2か月後、アメリカ軍はルソン島作戦の終了を宣言します。飢えや病にさらされながら山岳地帯に逃げ込んだ兵士たちがアメリカ軍に投降したのは、終戦から1か月後のことでした。
補給のないまま戦い続けることを命じられた陸軍第23師団。補充された将兵を含む3万人のうち生きて日本に帰ることができたのは、5千人だけでした。

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フィリピン(ルソン島、マニラ、リンガエン湾、バギオ、プログ山)

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