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タイトルタイトル: 日本ニュース 第200号
公開日公開日: 1944年(昭和19年)3月28日 ニュース映像について

チャプター

[1]1 チャプター1 大元帥陛下 修武臺行幸  02:11
[2]2 チャプター2 海軍經理学校卒業式  02:02
[3]3 チャプター3 少年兵志願者壮行大会  01:41
[4]4 チャプター4 緬印戦線(ビルマ インド)  04:33

チャプター

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公開日公開日: 1944年(昭和19年)3月28日

ニュース映像について

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 かしこくも大元帥陛下の親臨(しんりん)を仰ぎ奉り、陸軍航空士官学校卒業式は、3月20日、埼玉県豊岡町の同校で執り行われました。午後1時30分、陛下には卒業証書授与式場に臨御あそばされ、菅原校長より卒業証書が各中隊長を経て授与されました。ついで恩賜品並びに賞状は、侍従武官を経て優等生14名に伝達されました。航空決戦いよいよ熾烈(しれつ)なるの時、かしこくも皇軍航空幹部養成の上に注がせたもう大御心(おおみこころ)を拝し奉り、光栄に輝く卒業生、在校生はもとより、我等(われら)一億、一心を捧(ささ)げて、いよいよ航空戦力増強に邁進(まいしん)するの決意を誓い奉る。

 海軍経理学校卒業式は、3月22日、かしこき辺りより御差遣の東久邇宮若宮殿下の台臨(たいりん)を仰ぎ、厳粛に挙行されました。

 海軍各学校の卒業式は、経理学校と時を同じく、一斉に執り行われたのでありますが、各卒業生の中に、新しく帝国海軍の補給兵站(へいたん)の任に当たる経理士官候補生一同は、ますます尽忠至誠、仇敵(きゅうてき)撃滅の決意を固くしたのであります。

 行け、少年兵。陸、海、空に陸続として続く若武者第2陣。本年度全国国民学校高等科及び中等学校初級出身の各種少年兵志願者を送る壮行大会は、3月22日を期し、東京中央会場に全国各地で一斉に行われました。

 幼いながら、今、軍籍に身を投じて、近き将来、米英撃滅の決戦場にはせ参じるのだ。小さい体にたくましい闘魂をみなぎらして、少年たちの頬は赤く燃え上がる。

 ビルマ、インドの国境近く、堂々進軍する、インド国民軍。時、至る。昭和19年、3億5000万のインド民衆が、そして正義を愛するアジアの民が、この時あるを待っていた。力強い皇軍の支援を受けて、独立旗を押し立てて、道は続く。国境を越えて、はるかデリーへ。祖国インドへ。道ばたの新しい墓標が大東亜戦争の聖なる意義と日本軍の限りなき支援を示している。さればこれに尽きざる感謝の誠を捧(ささ)げて、国民軍は進む。

 インドへの道を遮る、チン、タトカイの山々。しかしひたすらインドへの道を急ぐ彼らの前に、それが何であろう。道は橋なき川に阻まれていた。しかし、ここに迅速果敢な皇軍が渡し船を準備している。船を待つ間の小休止にも、日印間に心からの交歓が行われる。たばこを分け合い(音声中断)を分け合って、国境を突破する日はいつかと語り合う。同じアジアの血のつながりが、同じ米英撃滅に命を捧げる心が、百年の知己のような温かさを感じさせるのだ。
やがて船が出る。元気で行け。武運長久を祈る。渡河地点を守る皇軍の勇士にその壮途を送られてインド国民軍は、イギリス軍撃滅の共同作戦遂行のために、前線へ、前線へと進軍していく。

 過ぐる2月、アキャブの西北に英印軍第7師の主力を殲滅(せんめつ)した皇軍は、中部国境地帯に行動を開始。インド国民軍を助けて3月中旬、国境を突破。インパール平原になだれこんだ。国境地区は名にし負う山岳地帯。峻険(しゅんけん)な山とジャングルが部隊の行動を著しく阻む。英印軍司令官、オーヒンデックもそれを有力な防備と頼む。それも困難という言葉を至るところで克服し、不可能を可能とする我が神兵猛進の前にはかなくついえた。この進撃に追いついていく補給部隊の労苦も、並大抵のものではない。自動車道路が途絶えればトラックを分解して山を登る。山の向こうの道路まで、トラックも積み荷も、肩で担いで運んでいく。
重い鉄の車体が裸の肉に深く食い込む。しかし補給が遅れれば第一線の作戦に齟齬(そご)を来すのだ。補給部隊は歯を食いしばって頑張る。山を越して道路に出れば、休む暇もなくトラックを組み立てる。積み荷を載せる。すぐ出発だ。補給部隊も全員国境線へ。

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