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タイトル 日本ニュース 第205号
公開日 1944年(昭和19年)5月4日 ニュース映像について

チャプター

[1] チャプター1 天皇陛下靖国神社御親拝  01:31
[2] チャプター2 皇后陛下英霊に御拝  01:04
[3] チャプター3 大元帥陛下親臨 天長節観兵式  03:29
[4] チャプター4 緬印(ビルマ・インド)戦線  02:29

再生テキスト

 2万5柱の英霊、永久(とわ)に神鎮まる靖国神社、春の臨時大祭。第2日の4月25日、かしこくも天皇陛下には聖駕(せいが)を九段の神域に進めさせたまい、新祭神、並びに護国の英霊に親しく御拝(ごはい)あらせられました。竜顔を咫尺の間に仰ぎ奉る無上の光栄に胸震わせて、ろ簿御順路に粛然襟を正す遺族、3万2000。畏(おそ)れ多くも陛下には、御料車を徐行せしめたもう。大東亜全域の海陸に大君のため、命を捧(ささ)げ奉りし股肱の英霊に寄せさせたもう大御心のかしこさ。さらにまた遺族民草を御間近にねぎらわせたもう深き御仁慈のほど、参列の遺族はもとより、一億こぞりて、敵撃滅の決意をいよいよ固く御誓い申し上げたのであります。

 臨時大祭の儀、とどこおりなく終了した翌4月28日、かしこくも皇后陛下には春雨煙る靖国神社に行啓。護国の英霊に親しく御拝(ごはい)あそばされました。かしこくも陛下には、雨の中に御車を迎え奉る遺族に対し、遠路はるばる参列の身を御気遣いあそばされ、この日特に雨傘を許されたもう。申すもありがたき御仁慈のほどに、誉れの遺族は感激にむせびながら、御姿を拝し奉りました。25日、行幸を拝し、さらにこの日、行啓を拝し、皇恩の広大無辺なる、誠にありがたき極みであります。

 決戦の様相、いよいよ苛烈(かれつ)を極めるの時、大東亜戦争下、三度迎える天長の佳節を寿(ことほ)ぎまつる観兵式は、かしこくも大元帥陛下の親臨(しんりん)を仰ぎ奉り、4月29日、新緑萌(も)える代々木原頭(げんとう)において、いとも厳かに執り行われました。
陛下には各宮殿下をはじめ奉り、陸の将星、外国武官の列を従いさせたまい、陸上精鋭諸部隊を御閲兵あそばさる。
御閲兵の御後、陛下には玉座に進ませたまえば、号令一下、歩武堂々の分列行進は御馬前近く繰り広げられました。
うららかな春光に、剣の光りもひとしお映えて、威風堂々。その光栄に参列の将兵一同、我こそは大君の辺にこそ死なめ。ただただ一死もって君恩に報い奉らん決意を固めたのであります。

 ビルマを窺(うかが)うイギリス重爆の末路。皇軍怒濤(どとう)の進撃の前に、敵は国境の要衝を相次いで失い、わずかにその航空兵力を挙げて、補給に、陣地防衛に狂奔するのみ。ビルマ後方地区に来襲する敵機は、3月より4月、4月より5月と、日に日にその数を減ずる。あえて出撃すれば、今はただ我がよき餌食となって、醜い残骸(ざんがい)をジャングルに横たえるのみであります。

ビルマ、インド国境のジャングルに戦う皇軍にとって、小川は時にはその進撃を早める得難い道である。北部のインパール攻略戦に呼応して、4月、ビルマ南部において一斉に行動を開始した皇軍は、敗敵を西北に追いつめて、待望の国境線もあとわずか。水流を蹴(け)って、ジャングル内破竹の進撃は続く。
はるかに望むはビルマ、インドの南部を境して流れるラーフ川。山頂に進出した我が巨砲は、国境の備えにあがく敵陣にとどめの火蓋(ひぶた)を切る。
一発、また一発。見事命中の白煙、立ち上る。かくて我が砲門の咆吼のうちに、ベンガルへの大道は、まさに豁然(かつぜん)、開かれんとする。

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