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タイトルタイトル: 日本ニュース 第257号
公開日公開日: 1945年(昭和20年)9月22日 ニュース映像について

チャプター

[1]1 チャプター1 原子爆弾 広島市の惨害  02:51
[2]2 チャプター2 米軍帝都進駐  03:42

チャプター

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公開日公開日: 1945年(昭和20年)9月22日

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 昭和20年8月6日、B-29より投下された原子爆弾は、一瞬にして広島市を壊滅せしめた。市民の受けた被害は想像を絶して大きく、これこそはまさに敗れんとする日本に与えられた、最後の一撃であった。
9月3日、かしこくも天皇陛下には、永積侍従を惨禍の町、広島に御差遣(ごさけん)。実情を踏査せしめらる。鉄筋コンクリートの建築物をわずかに残して、灰と化した広島の町は、一望、目を遮るものもなく、原子爆弾の強烈な威力を、ただ一目に物語っている。原子爆弾の恐ろしさは、爆死、もしくは熱線のやけどによって一挙に莫大(ばくだい)な死傷を出すばかりでなく、放射能の作用により、白血球、赤血球の減少によって、生命を奪われるということである。

 爆心、相生橋。敵の投下した爆弾は、地上およそ550メートル、相生橋上空付近で炸裂(さくれつ)したと言われる。
木造家屋はすべて押しつぶされ、火を発して跡をとどめず、アメのように曲げられた鉄筋の建物だけが残っている。
大木もへし折られた、鯉の城、鯉城として知られた広島城も、石垣を残して天守閣をはじめ、一切姿を消した。爆心から1キロ以内では直径50センチメートルの大木も耐えられないのである。

 先に東京周辺地区に進駐したアメリカ軍は、9月8日を期し、帝都に進駐することとなり、同じ日、マッカーサー元帥は横浜から初の東京入りをし、アメリカ大使館における国旗掲揚式に臨みました。

 アメリカ軍騎兵第1師団は、代々木練兵場に進駐。砂埃(すなぼこり)の吹きさらす草原の中に、わずか1日で大幅の街路が縦横に走る大テント村を建設し、そこに入りました。
同師団は騎兵とは名ばかり、お得意の自動車を100%に利用した機械化部隊であります。宿営建設には、能率本位で機材も機械力も惜しみなく活用し、宿営地はテント村とはいえ、衛生そのほかいろいろの設備を整えております。

 また兵士たちはニューギニア、レイテ、マニラ等、歴戦の誇りも高く、軍紀の厳正で知られている部隊でもあります。
またアメリカ軍は、丸の内の第一ホテルにも入りました。
兵士たちもようやく自由外出が許され、ジープを飛ばし、銀座、日本橋方面には、3人、5人とものめずらしげに散歩する姿が見られます。兵士たちの市民に対する態度ももの静かで、一部懸念された不祥事も極めて少なく、アメリカ軍の東京入りは、明るく平穏に行われています。

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