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タイトルタイトル: 日本ニュース 第103号
公開日公開日: 1942年(昭和17年)5月27日 ニュース映像について

チャプター

[1]1 チャプター1 高松宮殿下 南方御視察  02:35
[2]2 チャプター2 ソロモン諸島戡定  02:15
[3]3 チャプター3 ビルマ戦線エナンジャン陥落  03:08
[4]4 チャプター4 浙東新作戦  02:56

チャプター

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公開日公開日: 1942年(昭和17年)5月27日

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《字幕》
「輝く第三十七回海軍記念日を迎へ 我等一億国民 大東亜戦の赫々たる戦果を讃ふ」
かしこくも高松宮殿下には4月下旬、尊き御身をもってバタアン半島最前線に、米比連合軍との激戦地をご視察あらせられ、本間陸軍最高指揮官より、種々(しゅじゅ)軍状をご聴取。この作戦にご参加あらせられた東久邇宮盛厚王殿下ともご会見あそばされました。南国の色豊かな戦跡にお立ちあそばされた殿下には、激戦の跡をつぶさにご覧あらせられ、しばし将兵の敢闘の跡をしのばせたまいました。殿下にはジャバ島にもまた御成り遊ばされ、壊滅以前の蘭印艦隊が盤踞(ばんきょ)せる、バタビヤ、タンジョンプリオク港に我が痛烈なる攻撃の跡をご視察あらせられました。尊き御身をもっての戦線ご視察に、陸海の将兵はひたすらに感激。意気ますます上がり、尽忠報国のまことを致さんことを期したのであります。

悠々たり海の兵(つわもの)。南海の大海原に燦々(さんさん)たる陽光を浴びて肉体を鍛(きと)う。敵前上陸の日は目睫(もくしょう)にあり。これは、珊瑚海の大勝を5日後に控えた5月2日。ソロモン諸島の首都ツラギへの果敢な上陸作戦である。
敵襲。
敵は我が果敢なる攻撃の前にもろくも撤退。海軍陸戦隊の精鋭は、暁駆けて島内の掃討戦に挺身(ていしん)。軍艦旗を翻しての快進撃。狼狽(ろうばい)せる敵は、ほとんどなす術を知らず、わずかに諸施設の破壊をもって豪州方面に撤退。かくて重要拠点の確保はなりました。ここにソロモン島、戡定(かんてい)作戦はほぼ完了し、5月7日および8日の両日にわたって獲得した輝かしい珊瑚海の環礁と相まって、我が軍はニューギニア、オーストラリアに対して、不動の堅陣を構えることになったのであります。

マンダレー攻略の中央進行路に呼応して、イラワヂ河を一路北上せる陸軍精鋭部隊は、4月17日、ビルマ最大の油田地帯エナンジャンに到達。
快速進撃、驚くばかり。ひしひしと迫る我が軍の猛攻に、重慶インドの連合軍は、敵し難しと見るや、卑怯(ひきょう)にも得意の焦土戦術に出ました。ビルマにおける石油産額の約40%を占めるエナンジャンは、敗残の敵兵を呪うがごとく燃え続けている。敵は油送管にいたるまで火を放っていたのであります。
さすがこの地方は石油の供給地として、イギリス軍が重要視していただけあって、イギリス兵の捕虜はめだって多く、彼らが遁走(とんそう)を企てるインドへの道、近きことをも、また思わせたのでありました。
油井戸に立てられた櫓(やぐら)の林立するこの町には、イギリスがこれまで外国資本の進出を認めず、油送管をラングーンにまで送って、ひたすらイギリスインド洋艦隊、並びに空軍の燃料補給に努めていたのでありました。しかもラングーンすでに我が手に帰し、インド洋艦隊は覆滅。加えて神速皇軍の前に、油田地帯、もろくも陥落す。
酷熱に負けず、悪疫にも負けず、軍旗を奉じて敗走する敵を追う。マンダレー攻略部隊との握手は迫っている。

我が新鋭有力部隊は、5月15日を期して、浙江省東部に行動を開始。蒋介石軍の精鋭2軍団に対し、撃滅の軍を起こしました。浙東地区に一大包囲殲滅戦(せんめつせん)を展開した我が軍の一隊は、暁の空に軍馬のいななきも高々と、ジョウ県より義烏(ぎう)に至る敵防衛の堅陣を一挙に突破すべく、堂々の軍を進める。南方、ことにはビルマ作戦には赫々(かくかく)たる戦果に呼応して、蒋軍殲滅(せんめつ)の決意は固く、峻険(しゅんけん)もものかは、敵を随所に蹴(け)散らしながら、16日には早くも重要拠点、ジョウ県を一息に攻略しました。
戦場に余裕は綽々(しゃくしゃく)。急追撃に備えて勇士らは、束の間の眠りをとる。さらに追撃を続ければ、重慶が頼みとする浙東の沃野(よくや)は、麦の実りも豊かである。
麦を越え、麦畑の散兵壕(さんぺいごう)を飛び越えて、果敢な白兵戦を展開。敗敵に逃げる暇も与(あと)おればこそ、クリークを伝い、東陽江を下る。陸の精鋭は、義烏から金華へ偉大なる戦果をあげていきます。

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