ホーム » 証言 » 池田 岩松さん

証言証言

証言をご覧になる前にお読みください。

証言一覧へ戻る証言一覧

タイトルタイトル: 「ゼロ戦爆撃による敵艦攻撃」 番組名番組名: [証言記録 兵士たちの戦争] マリアナ沖海戦 破綻した必勝戦法 ~三重県・鈴鹿海軍航空隊~
名前名前: 池田 岩松さん(鈴鹿海軍航空隊 戦地戦地: マリアナ沖  収録年月日収録年月日: 2007年6月29日

チャプター

[1]1 チャプター1 開戦  01:47
[2]2 チャプター2 ミッドウェー海戦  06:08
[3]3 チャプター3 航空兵になる  04:00
[4]4 チャプター4 戦闘爆撃機  08:38
[5]5 チャプター5 訓練ができないまま  02:08
[6]6 チャプター6 発進  05:27
[7]7 チャプター7 同士討ち  01:13
[8]8 チャプター8 戻らない戦友  04:12
[9]9 チャプター9 空母も陸地も見えない  05:08

チャプター

1
2
3
4
5
6
7
8
9

提供写真提供写真

番組名番組名: [証言記録 兵士たちの戦争] マリアナ沖海戦 破綻した必勝戦法 ~三重県・鈴鹿海軍航空隊~
収録年月日収録年月日: 2007年6月29日

証言をご覧になる前にお読みください。

再生テキスト再生テキスト

われわれは、輸送船だからすぐ、マレー半島に送り届けて、それからこっちはもう輸送船ばっかり。護衛にも当たりましたね、当分の間は。

コタバルなんか行きました。あすこも。まあね、あっちだこっちに入っていくんのをあげるでしょう、だからわたしらあんまり名前わからんけどね。ようけ行きましたよ。ほとんどもう、その輸送作戦ですわ。

だけ、直接のドンパチはあまりなかったです。ええ。そのときはそれを一応、ゆうたらジャバ、スマトラ、ボルネオよくあるでしょう?オリンピア。あんなもんほとんどね、上陸させて行って手伝って、それからこっちへさ、今度はガダルカナルの危なくなってきたんやね。それサンゴ海も行きましたしね。ええ。サンゴ海っていうけど、あすかは衣笠(重巡洋艦)ですから、あっちのほんは沈没したのを見ましたね(昭和17年11月13日ガダルカナル島水域で沈没)。目の前で。グーォッて、船が立ってね、ズボッと落ちるの見ましたわ。

だからあっちこっちあんまりドンパチなかったけどね。行きまして、それでいちばんやったのはね、ガダルカナルですね。うん。あれが17年ですからね。

わたしは第二艦隊のね、7戦隊いうて巡洋艦ね、『熊野』『鈴谷』『最上』『三隈』これ7戦隊ですわね。これがね、南方から一木支隊を輸送してミッドウェーに上陸させるべくですよね、それを護衛に南から上がってきたんです。ほうしたらね、夜ですから夜間にね、あの索敵機出しますわね、各水上機を。そしたら、敵の空母がおるのわかったんですよね。

それで、こらあかんちゅうので、一木支隊をね、すぐ方向転換させてやれる。ほいで帰らせて。で、7戦隊にね、「ミッドウェーを艦砲射撃せ」っちゅう命令下って、ほいで最大船速だから相当走りますわね、軍艦だから。それで4つがミッドウェーへ向かったんですよ。ほたら、そらえらい、索敵機から、空母がおるとか電話が入るんですね。

で、これがあかんちゅうの、夜ですわ、一斉回頭180度したんですわね。そしたら『熊野』と2番のわたしが乗った『鈴谷』とはうまいようにこうやって回ったんですけども、3番艦と4番艦、『最上』と『三隈』がね、ガツンと衝突しもうて。えらいことでしょ。

そしたらこれを援護しとる間に今度は夜が明けてしもうたら敵が空爆に来るからね、2つだけマッサカサに帰ったんですよ、もう燃料もないしね。

燃料を補給して、そしたら、その間に『三隈』とか『最上』が「われ敵何十機と交戦中」だんだん電報入りますわね。それでもうこっちも燃料もないし、燃料確保してすぐその足でまた返ったんですよね。そしたら、結局1日おいてあくる朝、『最上』に着いたら、そしたら『最上』が先に沈むと思うたやつが沈まんとね、『三隈』ええほうの船が全部やられとるんです。で、『三隈』は沈んでしもうて。

Q:ということは、空襲でですか。

空襲で空爆ね。それで『最上』がね、フォール落としますわね、いちばんフォールとか先に。そしたら、飛行機から見たらものすげぇスピードに見えるんですね、波立つから。それを戦闘は『三隈』のほうばっかりに攻撃して『三隈』沈めて、『最上』だけはボカッと浮いとるんですよ、ええ。

それで、『熊野』と『鈴谷』とが、それで、負傷者を全部こっちに引き上げてきた、あの、こっちの船に。ほいで、『最上』はもうそこで魚雷で沈めるかそういうことせんとね、あの馬公要港あそこの所に行かしたんですよね、呉(クレ)に返ったらバレるから、海上で。

Q:バレるってどういう意味ですか。

つまり、軍機でね、「日本、南海でなにしとるんじゃろ」ということになりますやろ。

Q:あ、負けたことがわかるから。

そう、隠すために、馬公要港にね、向こうに行かして。

なんかね、あそこに、要港ですから、昔。そこに行かして、それで『熊野』と『鈴谷』とは内地にその足で帰って。で、病院の所に来とるでしょ、いっぱい。ほんだらもう、いろんな人がおりますよ。もう頭のない人やね、足が曲がったりこんなんばっかりですから、それを彼らを何人も葬式で水葬するんですよね。

ええ、もうそれも、こっちはどうなのかわからんですよ、離れてますから。『三隈』が『最上』を護衛して、護衛してっちゅうことは、司令官から出ますわね。したら、『三隈』『最上』がフォール落としてますからね、それを護衛する、ネッキにおって。そしたら敵の空爆で、これはええほうばっかりにやられてしもうて。ほいで悪いほうの『最上』が沈まんと残っとったんですよ。そこの所にたくさん負傷兵がおったわけですよね。

こっちに全部移すんですよね。ほしたらあの、軍艦というのはあれ何重にもなってますやろ、デッキが。で、わたしらその乗組員はね、各配置についてますから、それでその高角砲なり大砲なり、わたしは機銃でしたけどね、そこのネッキにこういう宿舎、待機所があるんですよ。そこに寝泊まりするからね、こっちは全部空いてますね、床は。そこに全部負傷者を乗してるわけだね。で、看護婦さんもわずかしかおらしませんでしょ、看護士は。それで当分内地には帰らなあかんで、内地に帰って呉の海軍病院に全部上げて、その間に亡くなった方は水葬でしたね。あの海軍葬みたいなまぁ、軍葬にね、船のデッキから箱に入れてほいで落としもってかえるんですわね。

いや、それはまぁ嫌ですわ、あんなん見たら。もう怖い、まだその時分まだ若い新兵でしょ。新兵でまだ、そやから、あれ三等水平ですからね、わたしの場合ね。ま、あれ見りゃ怖いですよ、やっぱり。「うわー、えらいことになるな」と思ってね、戦争ってえらいことやと思って。

震えておりましたらね、「新兵、お前ら、あしたもう死ぬかわからんぞー」っち脅かすでしょ。そんなんやっぱり、まだ子どもですからね、怖かったですよ、ええ。で、戦争になるとやっぱり一生懸命に、そんなこと言ってらぁしまへんからね、一生懸命にやるんですけね、やっぱり見たら怖いんですよ。

昭和18年ですからね。18年の2月から7月までですかな。あっ7月までですわ。それで卒業6か月卒業です、赤トンボね。

それから卒業したら今度、そっから今度は専門の技術の操縦に移るわけですよね。そしたら戦闘機隊、艦攻隊、艦爆隊って、これが3つですよね。あとのは重爆(撃機)。はんなりいろいろ変わるんですけどね。だけど、だいたい海軍だから完全にいたら誰でもね、希望ですよね。だけど卒業のときに全部成績見て、航空母艦 機動部隊にむくかむかんかそこで決める、協議決めるからね。そこへ希望しても行かれん人もあるしね。

だからわたし、今、 まあ、艦爆(艦上爆撃機)が通ってしもうてね。そしてウサンに行った。あすこはもう飽きても暮れてもこればっかりですよね。実戦訓練ばっかりですから、ええ。それで艦爆団なったんですがね。ええ。

それがそもそもの始まりですね。艦爆隊の。ええ。

Q:急降下爆撃?

そればっかりです。もう。明けても暮れても。だけ初め訓練だから、(高度)2千ぐらいで突っ込みますからね。その訓練ばっかりですから、初め。そして突っ込んでね、昔の赤トンボのときでもまあ、九九(艦上爆撃機)でもそうですけど、750メートルで起こすんですよ。爆弾を落として、そうせんと飛行機の沈下量があるでしょう? それであかんていうので、だから750メートル落としてやると、今度は敵の機動部隊なんかおった場合は、ほかの船から一緒に射撃くらいますからね、これじゃあかんというので、今、653空に移ってからは今度は、低空で100メートルぐらい降りて、爆弾落としたそのままね。上がらんと、帰りですね、走れというんだ。

そしたら、軍艦なんかのこの機関銃でも高角の仰角ありますわね。これ、だいたいそれ以上は下がらんですよね。だからその下をぬぐえっていうことですわ。だからもう653空のときはね、ほとんど海面すれすれでかまへんから逃げてこいっていうことでええ。

それまでは750メートルが基準でしたですわ。だけど飽きて暮れてもこればっかりです。

Q:それがあれですね、そのときに乗っていた飛行機は?

「96艦爆」。で「99艦爆」ね。まだ「彗星(すいせい)」までいかなかったんですよ。その時分ね。

Q:乗られたのはゼロ戦と聞いているんですけど?

いやいやそれもその訓練はまだカンバクの場合は、96艦爆と99艦爆ですね。それから今度は、653空が編成になってからすぐ戦闘機ですわ。

あれ編成されたらいきなりゼロ戦でしょう? 今まで触ったことも何度ないですよ。飛行機に乗った1人乗りに。まあこんな軽いもんだと思ったですよ。初めからいきなりブァーッと上がるからね。99とか艦爆は2人乗りでしょう? だから飛行機いぜん重たいんですわ。強度強いから。なかなか上がりにくい。ゼロ戦の場合はグーンと上がってまうからね。わあこれはえらい、こんな軽いもん大丈夫かと思うぐらいですよね。

もう初めからもや、上じゃ決まったと違いますか。戦爆というのは。戦闘機でね、爆撃するのはこれ、わたしらもね、今やったら全部、艦爆(艦上爆撃機)ですから、後ろに1人おるでしょう? 偵察員が。2人のトンボですよ。それを戦闘機にいたっていうことはああ、これは2人死なせる1人死なせたほうがええなと思う。思うとるのと違うかな、向こうもってね。

2人艦爆(艦上爆撃機)2人(乗り)でしょう? 艦攻(艦上攻撃機)3人(乗り)なんですよ。そしたら2人死ぬるより1人死なせたほうがいいですよね。国としては。操縦員だけでいいんだから。で1人死なんでもええけどね。

ただ、初めからわあこれはえらいことになるでと思ってましたよ、やっぱりその通りですわ。だけども、普通ならね、わたしら艦爆ですから、偵察の後ろにおるんです。2人乗りですね。たがら何百マイルでようと帰ってくるのに心配ないですよ。専門家がおるから。戦闘機に変わってから、さあ今度はどうして帰るっていうことですよね。内地の場合は、とまんだね、瀬戸内海飛んだらああ、ここは神戸だ大阪だだいぶだってわかるけども、あんな海なかで何もない、何百マイル出たら、そのために。どこに帰ったらいいんやろうか、なんですよ、これ。あとはこうなっちまいますわ。それであの間、お話ししたとおりね、ほとんどの1人乗りの場合はよう帰らんほうが多いんですよ。空母までね。そしたら初めね、空母にもね、1人の場合でもここに無線電話ってあるんですよ。そしてそれを聴いてまあ苦しいゆうてね、針があるやつがあってね、それで電信を送ってくれたらそれに乗って帰ることになっていたんですわね。そしたら戦時中ですからね、これ電信です。ストップ、止められてもうて、そしたら向こうは付いてくるから。そしたらあんた、自分の判断ゆうたってね、自分操縦員だから偵察の訓練ないでしょう? よう帰らんと思いますわ。たいがい、あれで落ちて、空母までようつかんと違いますか。

それで、長距離攻撃出るでしょう? 今のジェルソナなんか長引くから、行くまではガソリン使って爆弾使って、しとるから、燃料はなくなるんですよね。いつまでおれんわけですよ。それで今度はまともにスーッと帰ったら、帰れるものを船がどこにおるわからんでしょう? 今度は。そしたら海の上で、羅針が1度違ったらこうなってまうんですよ。でわたし、あと考えたんのや、ああ、これじゃほとんど帰られんなと思って。

Q:その訓練はかなりやったんですか。

いややりません。帰る訓練はしまへん。帰ってくる訓練なんかありゃしまへん、ほとんど。だから戦地に出てね、何百マイル出て初めてな、今、着いた一緒に帰るだけのもんであってね、内地だったらもうどこの航空隊がどこの航空部隊ありません、どこも降りても。その訓練ないんです。

ましてや操縦員だからね。そういう専門家の偵察訓練受けてないからね、例え受け取ってもね、1人なったらどうもできませんわ、もう飛行機なかこんなもんでしょう? そしたら地図は持っててもね、そんなもん海の中か何を探すんだ、あんなもの目標ないでしょう、そりゃだめですわ。

それで船がね、機動部隊から、船から揚がりますよ。そしたらこれはね、揚がった時点が、起点で起点言いません、海軍では。起点から飛行機全部離したら船は何度の方向何十マイルで待っているっていうことになっているんですよね。

だけどあんな海の上でね、どこ行ったってわかるのはこっから飛行機こっちにできますよね。反対のほうに。船やったらバックするから。そしたら、これ360やったらまあ、180 変えたら半分だから帰れるはずですけどね。こりゃ道中でね、南風が吹いたり北風が吹いたりしとるんですよ。飛行機の進路も全部変わってくるんですね。そしたらこの船はね、ここであ  おらん、こっから何マイル離れた所で待つことでしょう。 この間の線がね、とてもそれはよう帰りまんへわ。飛行機1人乗りは。

ほとんどあれで、全滅です。 

わたしらね。あれね、せめて2人か3人乗り飛行機なら専門家がおるから、帰れるんです。1人乗りの場合はね、人について帰らんと帰れんですよね。戦闘機の場合は。それで、むちゃくちゃにやっとると、今度は燃料がないでしょう? 方向ちょっと1度違ったらえらいことですわね、これ。それでね、わたしらのほうにああ、これでほとんど帰らんのやと思って、そやけもう、偵察員がおったらいいけど、おらんやったら、あとなりまへん。

中がもつのもこれ、幾度集めなんのため
自分でね、戦闘機の場合は1人の場合は、自分で操縦して、敵を見て、それで飛行機の操縦、とってもそこまで行き着かない。なんぼ賢い人にできしまへんわ。

うん。あれはね、わたしら考えますのにね、今だね、今やっているの戦闘機だったら1人で死ぬる。いいですよ。死ぬのは。当時  は。だから国がなんぼ金かけて育ちますわね。飛行機搭乗員を。そしたら、2人死ねば、それは1人のほうがええと思ったと違いますか。戦闘機だって1人だし。だけどさ、わたしらにしたら,そんな遠くまで攻撃出るのにね、どうして帰ってくんのやと、偵察員もおらんのにっていう頭あるからね。それでもさ、向こうは決めてしもったらそりゃ行かんならんだ。誘導して行くからと。誘導したけど,誘導行くまではいいがそっから先はばらばらでしょう? どうして帰ってくるのや、本当にこれ。そしたら今度は苦しいとかね、ああいう機会があるゆうけど、戦闘中は電波出しませんわね、これ。出したらあかんから。帰るに帰られしまへんね。電波ひろわれないから。

あのね、内地出てからですからね。船とこからね。そしたらね、「特別攻撃隊」でゆうたでしょう? そしたら士官連中がね、ものすごい反対したんですよ。やっぱり相手も若いからね。何でね、今まで習ったもんがね、何で死ななあかんねと。生きて残ったらまた使えるじゃないかと、そういうことあかん、反対だってね。そしたら誰も特別攻撃隊っていうの初めて出したもんだから、じゃこれ死のうと突っ込まなあかんと思うたし。だけど、そのせんでもね、帰れるものは帰ったらええと。だけどね、名前はそうだけども、爆弾が落とされるとこへ落として、帰れるものは帰って来いって、だったら、納得したんですね。みんなが。だけど初めから沖縄みたいに突っ込んで行けというかと思ったんですよね。あれやっぱり、嫌っとるんですよ。

だから初め、名前、特別攻撃隊ってつけるから士官が反対したんですよ。だからあの時分はまだ国内とかあんな特別攻撃隊ってなかったでしょう。だから特別攻撃隊が突っ込むということになったですね、頭がなくて。なんでいままで一生懸命したものが、そんなもの突っ込んでみんな死ななあかんのやと。生きて延びたのいないかと、夢でももってね。

わたしどもは特別攻撃隊ってどういうこっちゃって思っていましたんや。そうしたら上のほうではまぁなるほど突っ込みゃぁいいちゅうような式でしょう、おとり部隊にいわさせてしもうたから。だから士官が全部反対したからね。まぁ突っ込まんでもええけんども、当たるところまで降りて帰れる人は帰ってこいと。

それはまだ若いしね。特別おれはこれは死ななあかんので、こうやって突っ込めってっていうことやって言ってそういうこいつも思いましたわ。それでみんな反対してからね。そんなら高度を下げて、沈下量があるからもうできるだけ150メートルぐらいでも降りて、爆弾を落としたら上にあがるなと、そのまままっすぐ突っ込めっていうことですね。それだで、海面すれすれに突っ込んだら敵も襲ってこられないんですよ、戦闘機がね、危なくて。だから海面に逃げて帰ってこいっていうわけだ。初め突っ込むかと思ったんです、みんなが。それで反対したんですよ。

そしてね、それで見たら、今度やっぱり艦隊集結、ものすごい日本の連合艦隊が。そしたらあんなかは、湾なんとか潜水艦があんまり入ってこれんとこですよね。そんだからそこはね、入ってそこで約1か月間、訓練も何もできしまへん。船が広がんと飛ばれへんから、訓練できへんからね。積んだままで、約1か月間おったんですよ。

訓練でね、飛行機は陸上の基地に下りんとできしまへん。飛行機飛ばさらしまへんね。船が走らんと。空母が。でき、下手に出たら潜水艦がおるっていうので、出られへん。だけたまたま、どの船も空母訓練できないですわ。あの時分ね、港に入ればええとこに空母全部、基地に移るんですけどね、向こうも基地がないでしょう。だからもう船に乗ったままで、いつも座学の勉強とか、あんなんばっかりできしまへん。

Q:ということは、搭乗員としては、訓練が

なし。なしです。飛ばれしまへん。どの飛行機も。空母はね、あれ、止まってたから揚がりませんからね。揚がらしまへん。やっぱり走らんとあかんからね。船が。それで風速16メートル出してくれんと、飛ばらしまへんねん。だからもう、船にいろわんと、飛行機は 
乗ったままで、どの艦隊も全部がそこで、約1か月。

だけん長いな思っていました、みんなね。それが今度はマリアナ付近があぶのうなったというので、全艦隊が出て行くわけですよね、これ。

ほとんど19日です。これね、攻撃に行ったときにね、もう、大きくもう全部3艦から一緒に飛び立ったやつが大きな編隊組みますわね。編隊組んでずーっと目標に向かっていきます。だからもう、これにね、行ってしもうたらもう、今、わたしみたいに、途中で飛行機が悪かったらもうついていけませんからね、とても。だからもう、向こうも返すいうようやね、それでまぁ帰る人か。

それからまた、上がりしなにね、全部体が悪かったりエンジンの不調な人が、こりゃ攻撃に行かんでもいいんですね。だから残った人がそれだけのもんであって、あとの人はちょっとわからんですね、ほとんど全滅です、帰るのは、あのときは。

攻撃に行った人はね、ほとんどこれ、ほとんどはもう帰ってこなんだです。出ますわね。行ってね、わたしはもう出て20分ぐらいしてからですかね、どうしてもね、これあのついていけないんですよね、編隊に、なんぼエンジンふかしても。で、すぐ遅れるんですよね。ほたら2番機のオガタ兵曹っちゅうのがね、「帰れ」言うんですよね、一生懸命。 
で、自分ではなんかと思って一生懸命ついていくんですけど、なんぼエンジンふかしても遅れるんです。ほたら、脚が入らんからね、入らんから帰れっちゅうんで、ヒョッと見たら、ちょうど翼端にね、脚が全部入ってしもうたら、こういうピンがあるんですよね、それが全部引っ込むんですよね、入ったら。

出とるんです、まだ。「あ、おかし」と思ってね、ほたら自分がもういっぺん出しなおしてまた入れるんですわね。だけど、右は入るけど左が残っとるんです、やっぱり。あ、これ以上こらついていったらね、たとえ空戦に敵が来てもね、端から食われるんです、飛行機は。この4機ありますね。だからこれから食っていくんですよ、みんな、端から端から。だからもう初めからオガタ兵曹が、「帰れ、帰れ」で。何かなと思ったら、やっぱり脚が入ってないっちゅうことですよね、じゃけ遅れるんです。

今、生き残った証しになるんですわね。じゃけ下りしなにもね、これ爆弾抱いては着艦できないですわね、これ軍規違反になりますから。じゃけ、海に落ちてもどっちみちこれは破裂しまうんでしょ。だったらね、考えたらね、どうしようかと思ってね、ここで落ちてしもうたんじゃね、もうこれ元も子もないですわね、全部。なんとか帰れたらまたもういっぺん行けるというそういう判断がありますわね。

だからまぁ、爆弾をなんぼね、落とそうと思っても、なんぼ飛行機でこうやっても落ちないんです。ええ。で、下のね、爆弾積みますとね、こうやって押さえる足があるんですよ、バッとこう爆弾ないようにならんように。だから、それをとってね、こうやって外して、それで飛行機をいろいろ動作するんやけども爆弾は落ちない。もう乗ったままこうやってケンチョクありましてね、こうやってグルグル回わるんですよね、爆弾が。

だからもうしようない、『大和』がおりまして『武蔵』もおるでしょ。だから『榛名』とか見える所で落とそうと思うけど、なんとしても落ちないんですよね。だから、これでもう着艦せなあかんと思って。

で、下からじゃ赤旗振るんですよ、「あかん」って。振るけどね、なんぼね、降りかけても、またあかんと思ってやり直して、1、2回したかな。もうこれ以上もうあかんと思ってね、無理やりに着艦してしもうたんですよ。

で、着艦したら、まぁ爆弾も落ちんで着いてるんですね。グラングランしとるんですよ、もう落ちそうになって。だから、飛行長とそしてあの整備長ですが、なんか話しものすごいしてましたがね、あとで。

じゃけんもう、足がもうどうしてももう入らないくてから、もうしゃあないですわね。ほいで、まぁおってくれっちゅうので、それでおる。それがまぁ生き残ったいちばんの原因なんですよね。

ただ、飛行長とね、あのその整備長とがいろいろまぁありますわね。で、わたしなれたけどもあとから考えたら「あ、特攻隊だから、こりゃどっちみち爆弾が離れんようにしたのちゃうかな」と自分では考えるもんでね。あんだけ下りても離れゃしまへん。

だからこれがね、火薬でこれであるでしょ、こう火薬でパンとスイッチを入れると落ちるようになっとるです、これ。これが破裂せんわけですね。だからこれがついたまんまでよう落ちたと思う、落ちんとね、着艦できたんですよ。あれ本当したらこれは軍規違反です。

初めのうちはね。でも、落ちてしもうたんじゃもう、破裂するか死ぬかどっちか飛行機もろともでしょ。だからまぁ、なんとか帰ったらもういっぺん次の攻撃に行けると思うからね、着艦したわけですね、無理やりに。

確かわたしが出て帰ったでしょう。帰ったやつが、大和か武蔵が、編隊を撃ったんですよ。大きな主砲で。で、バラバラと落ちたんですがね。見えたかした見えんのに。そうしたら誰か指揮とった砲長かなんかが、あれまた妙に味方の二航戦を撃ってしもうたいや、日本の行くやつを敵だと思って。それですぐ撃ち方やめになってね。あれ確か本には出てないけどね。そういうことがあるんですよ。

なんかバラバラと落ちたですよ、飛行機が。それでホウチョウかなんかしらんけどね。味方撃ってしもうたらあかんで、あれとめなあかんとかいって言ってね。あんな大きなもの撃つんやからね。それは味方も、味方も撃たへんと思うから行きましたから撃たれたもんだでね。

戦果もないし、やられっぱなしだからね。誰もね。よう帰ってきたなちゅうぐらいですわ。もう戦果ってほとんどなかったですよ。だからあんだけ死ぬんですよ。

だんまりですわ。もうあんだけめちゃくちゃにやられたらね、どこへ帰って話もでけんでしょう、言うたらまぁ言うたらがね。だからお互いに言いまへんわ、もう。よう帰ってきたねぐらいしかね。

ベッドはもちろんがら空きですわ。いままで飯食った者がそこにおらんのやからね。ベッドがら空きで。そやけん、あとは船に帰りもって、遺骨の整理するでしょう。そうしたら遺骨もないんやからね。軍帽を入れたり、いろんなしかできしまへん。なんにもないことやから。飛行機乗りなんか戦死したら、もう跡も形もないんですよ、なんにも。ただ軍帽とか身の周りがあったもんね、ちょっと入れたりぐらいやるんで。

呉に帰るまでにね。まぁ箱に入れたり、それはしましたわ。だけん、なんて言うんかなぁ、何を入れてやろうたって何もないことでしょう。初めからツメ残して、こっちはそんな嫌なことせぇしめへんわ、当然は。帰ってきたら、帰ってくるからええわっていってような式でね。だからなんにも入れてやるもんない。遺骨にはね。

船では帰れるもの帰ってこんかって待つわね、誰でも。だけど、これも飛行機乗りは限界あるんですよ。今度はね。もう何時間たったら燃料なくなるに決まっとるんやからね。まぁあかんとなったら船へ引き上げてから、そこにおらねんですよ、潜水艦が多いから。だから海軍の場合は特に、いつまでも歩いて帰ってくるだろうちゅうように待たらしまへん。もう時間きたら大概わかりますわ。だからそのほかに近くに味方の船でもおったら、軍艦でもおったら着艦する人もたまにあるけど、それは運のいい人で、大概もう艦隊と艦隊との間、遠いんですからね。なかなかそこまでたどり着けんのが多いですわね。だけん、まぁ帰った人はこれは幸せだと思わなしゃぁないです。そんな搭乗員なんてそんなもんですわ。あぁよかったわ、死なんでちゅうて。

いやーもうかわいそうに一生懸命に訓練やっても、いっぺんに落とされるでしょう。考えてみたらまぁあんまりなんか、いままでの訓練が全部無になったと思うぐらいのものや、あとから思ったらね。だけど、それもやっぱり作戦とか、日本海軍の力がなかったわけだわね。護衛してくれなんだから。

なんで日本は電波とかあんなんを、電波探知機とかあんなのを初めからもっと研究してくれなんだと思いますね。あれに全部食われとるんですよね。こっちへ来るのを知らんまに向こうは全部とっとるでしょう、ニュース。それにほとんどどこに行っても向こうは見とるからね。こっちが行くのを向こうは待っとるわけですよ。それで皆いかれてまうんですよね。それで今度はこれに飛行機の数が少ないわけだと。だけん、終戦後なんか特に赤トンボとか爆弾積むでしょう。あんなものこそ、それこそなにしにいかす、かわいそうなくらいですよ。

要するに飛行機は少ない、技術は少ない、電波はすでに悪い、それであんだけ全部もう負け戦になっとるけん。初めのうちは元気があるからまだいけたんですよね、あれ。

だから全部向こうにとられていますわね、電波で。そやけんなんぼ大編隊で行ったって向こうは待っとるわけだから、戦争はでけんちゅうことですわね。

いやぁあれ、何とも言えませんよ。もう。あれね、燃料がだんだん10分か15分でなくなってくるでしょう? そしたら、なんぼね、探してもね、そしたら飛行機乗りの場合はね、あくまでも最後まで諦めんとね、円を描いて探せってちゅうなっていませんね。 これだってそれ、消灯してまうために時間はないわ、どうしようと思うでしょう。そのときになんぼね、死のうと思ったりね、そしたら今まであったこと全部出てきますわ。頭に。親のことも子どものことも友達もね、田舎にいてもブアーッと出てくるんですよ。

これで突っ込もうと思って降りるけども、ああ、待て待て操縦変えしようでね。あれがね、台湾沖のときね。3回か4回あったですかね。

だからもう、もういけとるひま、やっぱりしひがしやっぱりまずシンタマないしね、若いから。

Q:やっぱり怖いですか。

怖い。あんなこと怖いことは初めてですわ。それで、下手やったら空見んと敵がきとるわからんしね。だからもう突っ込んで死のうと思うけれども、海面まで下りたら、ああ、と思ってまた、操縦カン引くんですよ。これで。

Q:死ぬが怖い?

怖い。やっぱり死ぬ、死ぬって怖いですよ。若くても。ええ。ただいけね、乗ってしもうてね。突っ込んで爆弾落としてもやられたらこれしょうがないと思うけどね。もうあとにガソリンない、何もケガも何もないのにね。何でこれ死なんなんのと思ってね、そしたら全部が今まであったのが全部出てきますわ。グワーッと。友達のことからね,親のことからね、コウ・・・のことからね。いっぺんに出てきますわ。そういうとき、台湾沖のときですが、 ありますね。いちばん最後ですわ。3回目か4回目ですわ。すーっとまた起こして、屋根ひょっと見たら、向こうに飛行機ひょっと見えまして、4機。あら、これ敵かと思うんですね。もう何もかも全部敵しか見えしまへん。今、さんばったら、そしたら戦闘機で速いでしょう? ワーッと突っ込んだらもう向こうはパッと離れてもうてね、うわ、はらったと思って、目みたら味方の天山でしたよ。天山が4機ね、だからこうやってすぐわかるんですね。向こうもって羽根振って、ねきによってわれ、燃料がないから落ちるからね、不時着して・・・持ってきますねん。ならんどるから。

そしたらなんかね、・・・のがあるんですね。3人乗りだから。それがみとってね、「わかった」ってすぐガーッと計算してくれてね。そしたら今度、黒板もっとるんですね。それでわれわれのほうに何十度イシガリ島って書いてくれまして、まあそれ見たらね、これ以上あとはもうそれしか頼るもんないですね。もう燃料ないんだから。それでザーッと行ったら、1、2分したらバーッとなんか、クマザン見えて、あら、じゃこれ行っていかなんだもん終わりだと思ってね、いって じきに島が見えてきました。

いうまに島の上に来たでしょう。 それで見たら燃料まですね。ばらばらんしとってね。うわ、これえらいこっちゃと思いました。下見たらそしたらもう、上から見たら芝生に見えるぜな、あのカヤ、カヤが。わあこれはいいと思って、脚出さんねの脚出して、そしてバンド締めてね、着陸しよって、そしたら必ず着水までえに電源切らなあかんですよね。火災するから。そしてエンジンがポロポロ言っていますね。やっぱりパランパランっていっとるから、なんだ切って、ダーンと落ちたら、落ちたまではわかるけど、あとはまた意識不明になります。

バーンと落ちてね、脚が出とるから、こうなって上がって向こうにダバーンって逆なっちゃまうんですよね。そして、あの時分、ピストルこう持っていますからね、拳銃を。これ自分が死ぬやつを。それでね、反対になるでしょう、バンド締めとるから。えらいこっちゃと思ってね、まあバンドかなんか外したくても手が外に出て入りしまへんね。それでほどと思ったけど、止めた竹の根っこのみたいなもんですよね。わあ、これはあかんなと思ったらなんか外でわいわい言うでしょう。あっ、これはなんか土人が来た違うかと思ってね。拳銃構えてね。それでいきよったら、日本語ですよね。「あっ、まだ生きとるよ」とか何か言ってましたわ。こっちもね、すぐあんで、飛行機出して「おーい」ってこうやった。「助けくれ」と言ったらね、飛んで来てカヤが根っこを太い、大きいから太いんですよ。それを取ってくれね。ずるずるって引っ張り出したらまた、気絶してもうて。それで目が覚めたら今度はどっかの町会長かどっかの役員さんの家におりましたけどね。

出来事の背景出来事の背景

【マリアナ沖海戦 破綻した必勝戦法 ~三重県・鈴鹿海軍航空隊~】

出来事の背景 写真昭和18年(1943年)9月、日本軍は本土防衛のために絶対に確保すべき範囲「絶対国防圏」を設定。翌19年5月には、アメリカにちなむ「あ」号作戦計画を発令。島々にある基地航空隊と機動部隊が、進攻してくるアメリカ機動部隊 を迎え撃ち、劣勢を一気に挽回しようとする作戦計画だった。この計画を基に、昭和19年6月、日本から南へ500キロのマリアナ沖で海戦が行われることになる。
マリアナ沖海戦の一ヶ月前、日本機動部隊はフィリピン南西部タウイタウイ島に集結。ここで燃料を積んでから出撃しようという作戦だった。しかし、周辺には米軍の潜水艦が頻繁に出没し、日本機動部隊は爆弾投下の訓練はおろか、洋上での飛行訓練もできない状態であった。

証言者プロフィール証言者プロフィール

1924年
兵庫県美方郡浜坂町に生まれる
1943年
茨城県矢田部海軍航空隊に入隊、操縦士の訓練を受ける
1944年
 マリアナ沖海戦は、空母「千歳」に乗り組み、戦闘爆撃機の操縦員として参加
1945年
朝鮮海峡警備に当たり、終戦直前山口県に墜落、鳥取県美保基地から復員

関連する地図関連する地図

マリアナ沖

地図から検索

NHKサイトを離れます