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タイトルタイトル: 「一木支隊壊滅」 番組名番組名: [証言記録 兵士たちの戦争] ガダルカナル 繰り返された白兵突撃 ~北海道・旭川歩兵第28連隊~
名前名前: 旭 知輝さん(旭川・歩兵第28連隊 戦地戦地: ガダルカナル島  収録年月日収録年月日: 2008年2月11日

チャプター

[1]1 チャプター1 ミッドウェーからグアム島へ  02:44
[2]2 チャプター2 目的地変更  02:02
[3]3 チャプター3 無血上陸  03:33
[4]4 チャプター4 飛行場へ  03:51
[5]5 チャプター5 突然の攻撃  09:44
[6]6 チャプター6 戦車に蹂躙(じゅうりん)される  06:04
[7]7 チャプター7 一木支隊全滅  08:51
[8]8 チャプター8 生きて虜囚(りょしゅう)の辱め(はずかしめ)を受けず  03:59
[9]9 チャプター9 圧倒的だった兵力と武器の差  02:38
[10]10 チャプター10 それでも負けるとは思わなかった  03:33

チャプター

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グアム島で70日いたんですよ。それはミッドウェー作戦に参加してからのあとだから、うん。だから、わたしたちはミッドウェー作戦の兵力として旭川を出発したのではないかと思うんですよ。おれはそんな下っ端なもんだからわからないけど。そしてミッドウェーが終わったから、終わったから今度はグアム島に行って、グアム島で一時待機して。そのときに隊長が、「旭、お前の兵隊、泳げないのいるか」ったら、「何か泳げないの、少しいるらしいですよ」って。したら「お前遊んでるうちに、何だ、泳げるようにすれや」って言うから。今度はね、また漁師のやつ、泳ぐのいるから、「お前、兵隊全部泳ぐの教えてやれや」って。そして、毎日あれした。何とたいがい1日はあれだけど、2日あったら全部泳げるようにしたな。ああ。船に乗せてって投げるんだもん、見てて。して3人ぐらい、1人に投げるのに、3人ぐらいくっついていておぼれ出したら、プッと動かして、自分でこうやって押さえてるから、何でもないし。また離しては泳げるように、すぐ泳げるようになるんだ。70日だもん、70日。そのときに、グアム島は戦闘、戦闘したんですよ、日本軍と。グアム島のアメリカの糧まつを入れた倉庫が爆撃にあって、壊れて、焼けていたの。そこをうちの兵隊が行ってほじくってみたら、缶詰がすごく出てきた、うん。いやー、それはパインの缶詰。魚の缶詰。肉の缶詰。毎日食べ物なんか、不自由なし。

もう戦争はね、お前たちの任務は終わったから、召集解除になるから、兵器その他付属品はね、できるだけ身軽にして全部返納するということで、全部集めて。おれは14人分だからね、兵器から何からきちっと縛って、ちゃんとして手入れをして。そして輸送船だからなんぼでも広いからね、輸送船でない貨物船さ。貨物船だから。そこへ入れて、そして70日いたんだからさ。

Q:でも、そのときはまだ、だからガダルカナル島へ行くなんていう話は出てないですよね?

行く話、それないない。ないない。何にもない。

Q:いつガダルカナルなんていうことばを。

いや、船の中だよ。

Q:どの船の中ですか?

その輸送船でね、日本に帰る命令が出たんだもの。「お前たちは召集兵だから日本に帰ったら、旭川に帰ったら翌日召集解除で、うちへ帰れ」っていうようなもんだもの。

Q:帰れると。

だから喜んじゃって。今度はね、サンゴ礁やら、おれ何ださ、ワニ皮のハンドバックだってね。このばばと一緒になる話まではいっていなかったけどもね。本当はね、これね、見合い恋愛みたいなんだ。少し遠せきかかっていたところにおれが働いていたの。そんな関係でね。

装備はね、鉄砲とあの完全1個大隊だから。歩兵隊、工兵隊も1個小隊か2個小隊か知らないよ。付属になってるんだわ。それくっついているわけ。そしてね、あとわれわれは歩兵だから、ごぼう剣と機関銃とそれから三八式歩兵銃っていって、単発のパチ、ポーンってやるやつ、あれだけ。あと中隊の中で各中隊ですね。中隊の中で機関銃隊っていうのも、兵隊があれ1個中隊ぐらいあったのかね。

Q:そこにこう静かに上陸してったわけですか。
そうそう。無敵だもん。無敵上陸だよ、うん。

Q:そのときはまだ、旭さん、じゃ完全にアメリカに勝てると思ってたんですよね。

そうそうそうそう。そんなのね、そんな負けるためには戦争に行ってないから。

Q:部下たちはどういうふうに思ってたんですかね。

いや、部下だってそうでないかな、うん。全然。とにかくね、もう、もう毎日のように大本営からもう、それから部隊のほうに来る。部隊から中隊のほうに来るってことの連絡があるから、その連絡に従って上司の命令に、下々の者は誘導されただけのことだからね。そんな一切そんな反抗して、「おれはもう行かない。ここから行かないぞ」なんて言うやつはだれもいないから、うん。だから、やっぱり日本の、日本人の魂というのはすごいもんだよ、うん。おれはそう思う。

戦いなんてね、ひと晩で終わると思ってたもん。

Q:ひと晩?

それはそうだよ、あんた。みんな日曜の日だから、日にち決まってるんだから。日曜はやっこさん、みんな飲んだり、踊ったりしてるんだから。だからもう全然、敵、敵陣地に入ったって弾を撃ってはいけない、というんだから。うん。弾を撃つことによって、あれだから、日本の兵力が向こうに探知されるんだから、うん。

Q:うん、でもその1日で戦いが終わるというのは。

うん、そうそう。もう飛行場は奪取するということはもう、ちゃんと上のほうの指示だもん、うん。何、おまえ、終わったらおまえ、アメリカの酒やら何やらいっぱい残ってるやつ、飲めるし食べられるぞ、ってなもんだもん、みんな。

兵力の増減がわかるしょ、向こうで。うん。自分は、だから同じ化け物でも、明るいときは怖くないしょ。それが暗いときは化け物何人いるかわからんから、ね。それと同じでね。とにかくアメリカの兵力なり、その何だ、斥候(せっこう)なりに、日本の兵力の数を知らさないで。そして、歌って飲んだりはねたりしてるときに無敵攻撃。無敵でね、何だ、突入するんだと。肉迫攻撃をするんだと。そういう作戦だから。

「中川の飛行場を奪取するから、お前たちはここにある糧まつと弾薬を折り畳み舟艇(しゅうてい)で、中川まで波打ち際をこう来い」と。そういう命令を残して、おれたちは身軽にして、ここでうちの隊長が将校を、将校を二組、それから下士官が一組、のような気したんだ。下士官はおれの友達が斥候に選定されて、自分の兵隊、4人かな、4人か連れてね。そして上陸したすぐに、おれたちが上陸したすぐにジャングルにこう。

Q:あ、斥候。

遮へいをして、そして、明くる日の夜に出発するんだから、行軍は。そして、今度は斥候に出したわけさ。したら、おれたちここで休んでる間に斥候がやられてきたの。

兵隊も夜歩くから。眠気来てるから。この大きい川へ行ったときなんか、水飲みたいもんだから、全部ダーッと川の中にこう横隊に入ったでしょう。したら、はじめのやつは濁らないからこうやってダーッと飲むけど。こっちのやつは濁って、濁って泥になっても、みんな飲んで。それでも腹なんかこわさない、うん。

Q:それだけのど渇いて。

うん、渇いてた。いや暖かいからさ、向こうは。うん。暑いんだわ。

Q:夜だから真っ暗で。

真っ暗。

Q:歩くのは大変だったんじゃないですか。

そうだよ。だから、おれなんか、鉄棒にタオルを縛ってね、ぶら下げてね、そして先頭歩いたの。夜になって、行軍するようになったら、全部つかまさす。つかまさせて、うん。兵隊、眠っちゃうんだわ。歩きながら。したら、迷っていっちゃうしょ。迷ったってね、後ろ見ながら行くわけでないからね、ほら置いていっちゃうしょ。置いてったら拾いにいくとか、そんなことなんか考えていられないもん。戦争だから。だから、もう全部つかまって歩かせたの。

Q:じゃあ、そこまで近づくまで鉄条網があるなんて思いもしなかったっていうことですか。

うん。知らんかった。全然知らんかった。うん。

Q:もう見えたときに攻撃が始まったわけですか。

うん。そうだそうだ。攻撃が始まった。したから全部伏せたでしょう。伏せたときに今度は曹長が連絡係、連絡係の曹長が命令を持ってきて。突撃不可能だし、それから部隊の軍旗を燃やしたと。それから隊長がやられた、って言ってたな、うん。隊長がやられて。

Q:一木隊長がやられた。

うん。そして一木支隊長がやられたんでね。そして「一時、支隊本部の位置まで下がれ」っていう命令持ってきた。したらうちの小隊長ね、ばりばりだから。「こんなに兵隊やられてね、今から下がれるか」ということになった。そう言っている間に、ヒューヒューヒューヒューン、ダーンとあんた、命令持って来た曹長の胸もとにね、落ちたんだ。そのときにおれの小隊長とおれもやられたし。この連絡を持ってきた曹長は、これからなかったわ。この辺からもうボーンと飛んじゃって。だからまともに当たったんだね、うん。そして、そうさ、だから体なんて動かなかったよ、もう。あれひどいもんだね。1発でこういって、この辺から持っていかれてなくなったから、ぴくともしないもんだ。で、おれ足やられた。あっ、やられた。それでおれは、そのときに初めて、あっ、これはね、もうだめだ、と。だからこのままではだめだから、海軍の無線機のあるところに、それで下がって、そして応援部隊を頼まなければならん、ということをすぐ浮かんだから。

Q:どこまで来たときに撃ち始めたんですか。

この鉄条網まで来た時。

Q:あっ、鉄条網までは撃たれてないんですね。

撃たれてない。1発も撃たれてない。鉄条網まで来るまでには。おれらは先頭のほうだったけど、後ろのほうにもだいぶ兵隊、部隊もおったからね。だから、この辺で、もうこの辺まで来て、敵と挑戦するようになってから、こっちにいた兵隊もやられたんでないか。うん。弾がもうバンバンもう、夕立のように来るんだから。そんなもの、うん。1人の人が撃ったって、100発も200発も飛んでくるんだから。

始まったのは、問題はこう何か、鉄条網張ってあるしょう。で、おれたちはいちばん波打ち際、それから中隊本部はその上、それから支隊本部は真ん中、それからこっち側は第2小隊か何か知らない。中隊か行った。そして、ここで敵と交戦するまで、交戦になるまではアメリカは1発も弾が来ない。こちらはなおさら、来たって出さない。弾撃たない。それで、戦争始まったのは、ここへ来てからアメリカは。明るくなってからわかったんだよ。それは。こういうふうに日本の兵力を中に入れて、こっちは鉄条網張ってあるし、こっちは海だし、こっちはジャングルだし。ぐるっと包囲をして、そして袋の中に入れた。入れてから弾が来たの。それでも、上司の命令で1発も弾は使ってはいけないと。

Q:ああ、撃たなかったんですか。

ああ。撃たない。ひとつも撃たない。アメリカの兵隊はひとりも殺してない。うん。

Q:向こうの攻撃はどんな攻撃だったんですか。

ああ、だから、えい光弾のある機関銃、全部機関銃みたいなもんだ。うん、普通の兵隊が持ってるのが、ずっと肩にかけた鉄砲。弾を肩に入っておって、そして差し込んだら、1回に50箱も60箱もいくんだから。バラララララ、バラララララって。それが10発に1発はえい光弾っていって、弾来るんだから。たら、こうやって見てたら、海の中に弾いったら、水がチャッと。こうはねるしょ。それから今度は弾撃ってるうちに、弾というのは頭のほうが丸くなってるからね、水面にうまくいったら、その弾がピューと上にあがるんですよね、上に。したら弾着がわかるの、アメリカは。われわれはね、自分の弾を仮に撃ったとしても、撃たなかったんだけど、撃ったとしても全然わからない。弾着が。うん。

Q:量はどれぐらい撃たれたんですか?

撃たれたのはもう、もうすごいよ。もう雨といったら悪いけど、夕立のごとくに。全部兵隊弾撃たんで、みんなやられるんだもん。おお、袋のネズミに入って、ネズミと同じで、袋の中に入っちゃってるんだから、みんな。

普通の行軍と同じで、こう歩いていた。そしたらアメリカの兵隊が、こっちへずっと日本の兵隊がこう入るのに待っとって、こういうふうに包囲したんだ。もう。だからこっちへ戻ってきたって、もうこっちにも敵がいる。こっちにも敵いる。こっちは海だから行かれん、と。そういう袋のネズミにされたんだ。うん。

Q:その行軍しているときは、そういうふうに周りに敵がいるっていうふうなのは、わかったんですか?

わからない。

Q:ああ、わからないんだ。

うん。何にも知らない。真っ暗だもん、あんた、うん。向こうはね、歩いてくるのをちゃんと知っているんだから。うん。日本人が、日本の軍隊がね、何も完全1個大隊だから上陸した数もちゃんと知っているんだから。それで、何が酒飲んで、歌って跳ねてる、なんていうの、そんなものは、こっちの予想だから。向こうは、もうこれがあがるまでに、駆逐で上陸するまでの間にちゃんと準備周到にして、上陸してあがって。なんだ、この袋に入るのをちゃんと予定して待っているようなもんだもの。そういうとこへ行ったんだよ。
だから、そして弾は一発も撃ってはいけない、だもん、あんた。そんな戦争だもん、あんた。

Q:小隊長も、その鉄条網の前まで旭さんと一緒に行ってたんですね。

一緒にいたの。いたの。その命令を持ってきたら、今度はうちの小隊長が、「これだけ兵隊やられてるのに、そんな今から下がれるか」っていう文句はあったの。文句言ってしゃべってるうちに、バーンとやられたの、うん。だから、もうあっという間だ、うん。

Q:それは何だった、手りゅう弾なんですか?

手りゅう弾でないかと思うんだよね、おれは。うん。おれは破片創だから。

Q:あっ、破片が足に入ったんですか?

うん。そうそう。本当に実際に当たったら、足なんか飛んじゃってるもん。おれなんか。実際に当たったのは、曹長。曹長がここへ落ちたから、ボーンと飛んだから、一発で死んだし。小隊長はどこ当たったかしらんけど、小隊長も心臓かどっかしらんけど、だから一発死んだ。おれは足だったから。ちょうどおれが前のほうにいたからね。いくらか。うん。前のほうに。だから。

Q:そのときはどんな感覚だったんですか。

ああ、ビリビリって来ただけでね、あっおれもやられたんでないかと思って。手でこうやったらズボンが破れてて、4本指ここに入ったの。

おれはビャーッと来たから、「あっ、やられたな」と思ったけどね。やっぱり戦闘してるときなんかはね、傷があってもそんなに痛みなんか感じないんですよね。で、手をこうやって探って入れたら、ズボンに穴あいてた。そしたら、ちょうど手4本、この指4本入ったんだ、これ。今はもうね、50年も60年もなるからね、何だ、こんな小さな傷になったけどね。はじめはこんな大きかったんだ。そしてね、ここに、全部で7発だかなんぼ入ったの。

Q:7発。

小さいのと、うん。したけどね。あとからとってくれたけどもね。入ったんだ。破片創がね。

けど、ここにアメリカの戦車で、何だ、水陸両用の戦車の座礁(ざしょう)したやつが置いてあったの。
2台。壊れたの2台あったの。その中に、おれたちは明るくなったから入ったの。して、おなかすいたからって、ごはん持ってたのを、かばんの中に入れてあったのを出して食べる気になったらね、砂の中に海の何だ、波打ち際に歩いてるもんだから、砂が濁ってるから、お握りに全部砂ついちゃってね。のりなんていうもんじゃないんだ。のりのようについちゃってるから、食べる気になったら食べれないんだわ。それで今度は中ちょっと割って、そして中のほう食べて。砂でもいたましいから。もうないんだから。ごはんなんていうのは、もうね。それで、またしまって、そしてまたしばらく今度はまた海の中に入って。こうまたあれしたら、この戦車の中に入ってるときに明るくなったから、晩になるまで出られないから。それからアメリカの戦車、兵隊が戦車でこうやって全部、やられたやつをびちびちびちびち。アリつぶすごとくにね、うん。そして鉄砲バンバン撃ちながら、生きているやつみんな殺して。そして生きてるったって、負傷しちゃって歩けないやつもいるし。ね。全部死んでしまうわけでないから。うん。そして。

Q :戦車はどれぐらい来たんですか?

あっ?

Q :何台ぐらい戦車来たんですか?

戦車はね、おれの記憶では3台ぐらいでないかと思うんだね。そのうち飛行機も来たから。アメリカの飛行機はね、もうそれこそ今のわれわれ乗っている自動車と同じでね。なんぼ高いとこにあれしたって、音なんかフーンというんだ。日本の飛行機が来たら、ガタガタガラガラガラガラって来るからね。「あっ、日本の飛行機だ」ってちゃんとわかるんだ。そのぐらいだったな。だから。

Q:性能が違うんですかね。

性能、全然。そして、弾だってそうですよ。日本のあんた、三八式歩兵銃だなんていうのはね、ガチャって詰めて、ガって詰めて、パーンと撃って、また詰めてやるんだよ。アメリカは違うんだから。パラパラパラパラパラパラパラって撃って。もうひとつのやつに、10発に1発はえい光弾っていって、弾着がわかるんですよ。ダァーって撃ってくるやつ。だから、人のいるとこ、見えるほどではないかしらんけどね、バァーって来るんだ。おれももうね、それで、これは戦闘なんてね、もう全然、そんな弾なんかひとつも、アメリカの兵隊殺さないで終わったよ。

Q:それをごらんになったときは、どういうお気持ちでした?戦車が踏みつぶす。

とってもそんなの。そんな。同僚がね、ここだけの話だけどね、同僚がやられたから、自分も何の、なんていうことなくて、自分は生きるのが必死だ。それは食べ物ないんだ、何にも。それだから。そうして今度はね。

Q:いや、それ見てもそんなにかわいそうだとか、助けに行こうとは思わないの。

そんなことなんか全然。自分の体がやっとだもん。
足をも負傷して。だんだん、2日ぐらいたったら、もう、痛くなってくるんだよ、傷もね。
そうして今度は、みたらもう、なんだもう、軍隊の三角巾という包帯あるんですよ。この包帯でしばったけどね。しばったって、このもものところなんか、あんた。海の中に入るから、砂が入って、傷があれしてるから、砂が入ったからね、血も止まったりなんかしたんだろうけどね、そうだからね。

自分がやられてるから。そうして今度は、兵隊がお尻やられたやつが歩かない。こう口抜かれたやつがそいつに肩を貸して、して歩いて。上陸地点まで下がる気になってきたから。わたしは棒っこついて歩いてきたけど。兵隊の口のやられたやつに、けつやられたやつを連れさせてきたら、したら「班長、もうね、あれ、体、もう冷たくなった」って。「もう全然ね、耐えられないわ」って。それで、自分もごはんも食べないし、肩を貸せばまるっきりもたれるんだって。それで、なんぼ口やられててもね、体力がなくなるからね。今、この道路の歩くところからちょっと横に入ったところに寝せてきた、と。それが川のふちだったわけさ、寝せたところが。そしたら、おれは「そうか。そしたら手りゅう弾、持たせたか」ったら、「手りゅう弾1発持たせて、『敵が来たら、これで自爆をすれ』って、そう言ってね。『また迎えに来るから』って言って。そして置いた」っていうの。

元気なやつが、残ったやつが、もう部隊全部やられてるから。全部残って。そして上陸地点に30何人、見習士官が長として30人何人、糧まつをこっちのほうに運べ、って。折り畳み舟艇で乗ってこいよ、と。中川まで来い、という命令出たのは、それが戦争の負けたのわからないで、荷物を積んで、折りたたみ舟艇で来た。明くる日、戦争に負けてるから、飛行機で地上掃射やられて。30人いたの。15人ぐらいも生きてたかな。知らないけど。糧まつ積んだ船はみんな、海の中に投げ出されてしまって。弾当たるから、そんなものは水入っちまうから、死んじまうわ。そんなものは。うん。そういう状態だった。それで、われわれはここまで来たら、そしたら残ってるやつがおってね。そして「ごはん食べたか?」ったら、「何も食べてない」。ったら、したら、足の丈夫なやつがね、土人の飼ってる豚を殺してきたんだ。その豚を肉を炊いてくれないで、生でこのぐらいのやつひとりにくれた。そして、そしたら、炊いたらね、煙あがるからね。飛行機が飛んできて地上掃射やられるから、生で。したら、あっちは豚肉の生なんか持ったら、2日もたったら食えなくなるんだ、腐っちゃって。それをもう大事にそうやって、もうなめて。溶けてるやつをなめて。全然おなかなんかこわさないよ、うん。

Q:でも、腐ってるんじゃないですか。

うん。腐ってる。それをまた、アメリカの兵隊が読んだ雑誌があったの。それを1枚破って包んでね。ああ、ああ、それは違うか。あれだな、バナナの葉っぱだな。で包んで、そして土人の小屋でこういうのに入れて。そして21日間食べ物なかったの。その豚の、そのなめてね、なめて。うん。それいたましくて投げないで、そして21日目に第2梯団があがった。そのときに、負傷したもんだけは、その船で帰された。そのときに、この負傷したやつがね、スガワラってやつなんだ。それがまず何だ、連れてきたやつがいなくなったし、自分も目覚めて、また上陸地点まで戻る、ということであれして。歩く気になったら、すぐそばが川だったから川の中に入ったら、このぐらい埋まったの。したら、野郎はお尻やられてるけど、海の中は川のふちなんだ。川だったんだ。それを今度は海まで出て、そして海のこのぐらい深いところを座ってこの上陸地点まで歩いてきたの。そいつ。そのとき、おれはお化けが来たかと思ったもん。「もう死んだだろうな、もうな」っていってたのがね、生きて帰ってきた、うん。

それは、その置くまでには、どういう体験かしたったらね、おれは足悪いから肩も貸せないし。口の悪いやつが肩貸したらね、まるっきりおぶさるから。したからね、おれがこのぐらいな棒持って、それとお尻の悪いやつをはたくわけさ。そのやつと2人で。交代に。はたいたらね、パアっとはたいたら痛いから歩いていくしょ。そしたら、「殺せ、殺せ」ったって、そんなになんぼ兵隊でも。ね。我がの同僚や部下を殺すわけにいかないわ。

Q:「殺せ」って言うんですか。

うん。「殺せ、殺してくれ、殺してくれ」って言うんだ。だけどね、たたいてダーッと。うん。そしてもう、いよいよだめだから、っていうんだから。それだったら、しかたないから手りゅう弾持たせて、敵が来たら自爆をすれ、と。そういうことでね、うん。

Q:そのときのお気持ちはどうでした?

いやー、なんともいえないよ。それはね、やっぱりもう、自分は何ていうかな、そんな先輩とか同僚とかなんていうことのあれはないな。ただただ、自分がどうやって生き抜くかというだけのもうあれしか、なにものもないわ、うん。だから、うーん。みんなね、何だ、戦争に行って兵隊が死ぬときに、「天皇陛下、万歳」っていって死ぬとかというけど、そんなものは全くのうそだ。うん。みんな死ぬときは、うん。母親。うん、母親のことだけだ。うん。まず、女房のことを言ったのはあんまり聞かないな。うん。それはなぜったらね、この土人のとこまで来たときにね、おれの部下ではないけども、残ってたやつがね、アメリカの飛行機で地上掃射さ、されたの。そのときに、腹に当たったの。弾が。したらね、いやー、あの弾が当たってね、あれするのはね、腹に当たったら、もう本当にかわいそうだよ。こういう心臓とかこういうとこに当たるのはね、いちばんいいんだわ。もうね、そのまま死ぬから。いいけどね、腹に当たったら、それは1日や2日で死ねないから。うん。それは大腸が破れてな。したら今度はやむんだわ、腹が。うん。それでね、土人の小屋に寝てたらね、やんで暴れるからね、うんちがばらまくんだわ。うんちが。うん。それでね、元気なやつがね、穴掘るんだわ。穴の中に入れるんだわ。そうしないとね、暴れて動くからね、うんちがばらばらになってくさくてそんなものね、くさくてそばにおれないしょう。それで土人の小屋の外へ出て。外側のその、そんなうんと離れた場所ではないけどな。

いれといたら、暴れても歩かないしょう。そっちこっち。うん。それはね、本当にね、もう、おれが兵隊から帰ってきて、いつも思ったことはね、本当に戦争に死んだやつらぐらいかわいそうなものはないな、と思ったな。おれ生きてきたからね。いやー、どんなことでもできるなと思って。うん。そうだ。本当にね、かわいそうなもんだ。みんな。何にもわからんでな。

Q:そんなに戦争で死ぬっていうのは、悲惨なことなんですかね。

悲惨だわ。うん。何のために。な。一部の偉い人のな、思惑で戦争始めてさ。そしてね、たった1銭5厘のはがき1枚でね、召集されて。そしてどんなにつらくても上の人の命令でね、「今そこに行ったら死ぬんだぞ」と言われたってね、喜んで日本の兵隊は死んでったんだから。

「アメリカに捕虜になったら、殺されるか何かする、する」というふうにおれは、われわれは自覚してたから。ね。殺されるぐらいだったら、自分で死んだほうがいいんだから。うん。それ、死ぬには自爆だからね。アメリカの兵隊だって1人や2人は必ず犠牲になるんだから。そうだあんた。みんないる前であんた、手りゅう弾に発火させるんだから。バーンっていったら。そんなものはおまえ。うん。

Q:そういう、そうしろって言われてたんですか?

うん。それはね。一応ね、兵隊に入ったときにはわれわれはね。おれは支那事変始まってから入ってるから。だからやっぱり戦争に参加したら、日本の兵隊はね、何だと、天皇陛下にささげた体だから、だから戦争のために死ぬのは名誉だから、だから自爆をして。捕虜になってね、捕虜になったら日本の内容から軍備からすべてをね、ききただされて、猶予を与えるようなことはしゃべらされるしょ。だから、自爆をすれということだ。

Q:そういうふうに教わってたんですか。

うん。で、その兵隊はね、手りゅう弾を持たせて。そしてここ1発抜かれたやつが、それがもりをして、おれとふたりで棒ではたきながらね、「殺してくれ、殺してくれ」。殺すったって、おまえ。おまえ、せっかくあれだもん、おまえ、殺されるかってね。で、もう歩けって歩かすわけさ。それで、そうすると、痛いからばーっと、やっぱり、なんだ、10メートルぐらい走っていくわけだ。そしては、ちょうど豚を放してぼって歩く、みたいなもんだったんだ。それはなぜかったらね、もうふたりともがもう疲れ切って、ごはんも食べてないしょ。腹もすいてるし、もう足は悪い、体力はない、ということで。そんなのおまえ、抱えたら、まるっきりおぶさるんだって。だからね、それはね、おれ、その兵隊に「おれは足悪いから、お前、連れていくべ」って言ってきたけど。「班長もうね、あいつは体冷たくなった」って、こう言うんだ。「ああ、そうか」そしたらね、「手りゅう弾持たせて、そこに寝せた」って言うからね。「手りゅう弾持たせて『敵が来たらこれで自爆をすれよ』って言って持たせたか?」ったら、「うん。した」っていうからね。

その置いてきたこと自体にね、やっぱりおれは死ぬまでね、そういうね、恨みと重みをね。おれはね、生きながらえている限りはね、やっぱり世間一般いう罰当たりを背負って、生涯を送らなきゃならん。とおれは今でも思ってる。それは。

やっぱりするべきことでないことをやったことに対してね、やっぱりいまだに悔いが残るな。やっぱり、それだけは。

ひとつも弾撃たんで、敵のそばで挑戦したからでないの。何も弾撃たないもの。弾撃ったら向こうだってね、犠牲になるからね。やっぱり負傷した者も下がったり、元気ないやつもその戦場から退いてね、兵力が減少していくから、そんなものはやられないしょ。向こうはひとつもやられてないからね。日本人はちょうどあんた、袋の中に入ったネズミと同じだから。うん。逃げていくわけでないもん。逃げもしない、隠れもしないで、袋の中に入ってるから、自由自在に鉄砲撃つんだもん。簡単に死んじゃうさ、あんた。そんなもん、ひとりも助からんよ。そういう戦争だもん、うん。それはなぜかったら、戦争始まる前からのね、上司の命令だもん。弾は1発も撃ってはいけない。そういう命令だから、うん。

Q:旭さんたちはそれに疑問は感じなかったんですか。

いや、疑問は感じないけどね。いや、それは当然だなと思ったもん。おれ。うん。簡単にね、そんなものおまえ、500人や700人の兵力が弾を撃ったらね、あれだもん、兵隊の兵力の状態も全部、向こうに探知されるもん。暗がりで何もいなかったら、向こうはただ恐れるだけで。どれだけの兵力があるか、どれだけの兵器を持ってきてるかということもね、まあおおかたわかってるんだけどね。わかってたとは思うよ。

あんまりにもね、アメリカに被害を与えないでね、袋の中に飛び込んでいった、ということ。だから戦略が間違った、っていうことだ。おれは。うん。何も戦争はけんかだから、そうしたら悪い、こうしたら悪いでない。その人その国その国のね、方針でやるんだから、それはしかたないけどもね。だけどね、弾撃ったらだめだという命令だから。1発も兵隊は撃たない。日本の兵隊は。

負けるなんて絶対思わなかったな。うん。だからあとから応援部隊をもらったらね、もう絶対、やっつけにいくっていうふうに解釈があったけど。残念なことにね、弾1発も当たらないで、撃たないで、アメリカ人をね、ひとりも殺さないで、われわれ同僚がみんな死んだ、っていうことに対しては、やっぱり一抹(いちまつ)の寂しさは感じたね。うん。いやあ、こんなのでいいんだろうか、ということをね。

負けるなんて思わない、絶対に。負けるなんていうのはね、初めてね、陛下のおことばをちょうだいしたときに、初めて「ああ、負けたのか」っていうようなもんだもの。うん。それまでは。そのときは、千葉の上総一ノ宮っていうところにいたんだ。おれ。

Q:じゃあ、そこまでは、もう本当に終戦になるまでは、勝つつもりだったんですか?

わかんなかった。

Q :勝てると思っていたの?

うん。勝てると。だけど、勝てると思ったけど。「アメリカの兵隊が日本の国土に上陸したって、これは勝てないな」っていうことも、また一物思ったのはね、日本にいる兵隊にね、剣も歩兵銃も何も、配給にならないんだもの。ないんだもん。うん。竹やり、とんがらかして(尖らして)持っているんだもの、そんなものあんた、アメリカの鉄砲、パラララララッて来るやつに竹やりだもん。あんた。うーん、そんなもの、あんた。向こうの、こっちのおまえ何だ、剣道で竹刀(しない)で殴りつけるよりまだ悪いぞ。うん。剣道の達人ならあんた、竹やりよりいいでや。われわれ竹やり持ったって、あんた、何できるって、あんた。そういう戦争をしたんだ。
だからね、戦争が誤りさ、うん。おれに言わせたら。だから犠牲になった者だけかわいそうだ。今考えたら本当だよ。もう全然知らないで、見ないで死んだやつは、そんな割りに感じないけどね。したけど目の前で死んだやつなんかいるからね。そのこと思ったらね、やっぱりかわいそうだったなと思う。うん。そうさ、あんた、同僚、あんたの同僚が、おまえ、仮におまえ、交通事故で死んだって置いて帰られるか?おまえ。

Q:いや。そりゃあ、置いて帰れませんよ。

な、置いて帰られんよ。それを、おまえ、置いて来るんだから。

おれね、いや、人間っていうのは、何があれでも我がほどかわいいものはないなって思ったね。そのときに。うん。我がほどかわいいものはない。人のためになんかね、尽くす、尽くすったって、わが身を削ってまでは尽くされない。だからそういう、本当の命がけの体験をしたものでないとわからないわ。

出来事の背景出来事の背景

【ガダルカナル 繰り返された白兵突撃 ~北海道・旭川歩兵第28連隊~】

出来事の背景 写真太平洋戦争開戦から半年、日本軍は南太平洋のガダルカナル島に前線基地として飛行場を建設。制空権を握り、米軍とオーストラリア連合軍の連携を絶とうとしたのだ。それに対して、米軍は、日本軍への反撃の第一歩としてガダルカナルを攻略することを決定し、昭和17年(1942年)8月7日、ガダルカナル島に上陸、圧倒的な兵力で日本軍から飛行場を奪い、その日の内にガダルカナルを占領した。

占領された飛行場の奪還を命ぜられたのは、歩兵第28連隊の兵士を中心に編成された「一木支隊」だった。米軍は攻勢を強めていた日本軍を警戒し、11000人の兵力を持ち、周到な準備で日本軍が来るのを待ち構えていた。一方日本軍は、日露戦争以来採用してきた、銃剣を持って敵陣に突撃する「白兵突撃」で向かっていった。しかし、米軍の圧倒的な火力の前に白兵突撃は無力だった。

8月18日から10月24日まで、日本は3度にわたり総攻撃を仕掛け、その度に犠牲を積み重ねた。日本の輸送船は米軍機の空爆を受けて沈められ、補給が絶たれた。ジャングルをさまよう兵士は、飢えと病に苦しみ、兵士の多くが戦わずして死んでいった。やがて、ガダルカナル島は飢餓の島、“餓島(がとう)”と呼ばれるようになった。

昭和17年12月31日、ガダルカナル島の日本軍に撤退命令が下されたが、撤退が実行されたのは、翌年2月。この時、一人で歩くことができない兵士の多くはそのまま島に置き去りにされた。ガダルカナル島に投入された日本軍、3万1千人のうち、5千人が戦死、1万5千人以上が飢えと病で命を落としたとみられる。
ガダルカナルの戦いののち、日本軍は南太平洋の島々で次々と敗走していくことになる。

証言者プロフィール証言者プロフィール

1918年
北海道相ノ内にて生まれる。
1939年
現役兵として歩兵第27連隊に入隊。
1941年
満期除隊。
1942年
召集により再び入隊。一木支隊の一員として旭川出発。第1悌団の歩兵としてガダルカナル島上陸。
1944年
北見市に帰郷したが、再び召集され、千葉県で防空壕を造る。
1945年
復員。

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ガダルカナル島

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