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タイトル 「撤退路で倒れる戦友たち」 番組名 [証言記録 兵士たちの戦争] 北部ビルマ 密林に倒れた最強部隊 ~福岡県・陸軍第18師団~
氏名 坂口 睦さん(第18師団 戦地 ビルマ(フーコン)  収録年月日 2007年6月1日

チャプター

[1] チャプター1 ビルマへの転進  03:33
[2] チャプター2 「死の谷」 フーコン  01:20
[3] チャプター3 失敗した「インパール作戦」  01:07
[4] チャプター4 砲兵から歩兵に  04:34
[5] チャプター5 兵士が次々に命を落としていく撤退の道  03:37
[6] チャプター6 飛来した日本軍機  02:34
[7] チャプター7 急流の河で戦い続ける  04:06
[8] チャプター8 持ち帰った大砲の破片  02:02
[9] チャプター9 問い直す「戦争の意味」  03:25

再生テキスト

菊兵団(18師団)っていうのはですね、やっぱり、日本一強い部隊っていうのはですね、昔からですよ「菊兵団」っていうのはですね。それで、わたしは、2月の1日やったかな、久留米に入隊したのがですね、それでいきなりもう、夏服をくれましたものね、夏服を、寒いのに。おかしいなあ、これ、いよいよ日本の軍隊、日本は、もうこりゃ、冬着る洋服までなくなったんじゃないかと、思いよった。そうしたらもう、1か月のうちにはですね、ビルマに行く。

それで、夏服をもらったでしょ。で、これは、日本の軍隊はもう、こりゃ、服までなくなったんじゃないかと思いよった。そうしたら1か月、ちょうど1か月たってですね、それで、夏服のまんまですね、夜中に起こされて出発したでしょ。それがもう、いきなりビルマに行くってことだった。ところが、ビルマに行かんで、杭州ってありますよね、我々の部隊はもうビルマに行ってしまったおった。それで、東北の兵隊がですね、杭州におって、初年兵の教育は杭州で受けたんです。そのときに、菊兵団の要員っていうことが初めてわかったんです。

菊兵団って、聞いただけでもですね、これは、もう容易ならんことやなと、思ったですよ。菊兵団の行くところはですね、そんなもう、安易な戦争の、戦闘のとこはないんですよ、もう。いちばん難しいところにやられるんですもんね。だからもう、そのときは腹を決めたですな。だからもう、菊兵団にやられたって言うたら、もう生きて帰れんぞと思ったですよ。だから案の定、行ってみたらやっぱ、いちばん難しい、いちばんひどいところにやらされておったですね。もう、にっちもさっちもいかん、もう逃げるにも逃げられん、もう、そりゃ、ひどいところにやられとったですよ。やっぱ思ったとおりやなと、思ったですな。だから、杭州に行ったときに初めてわかったですね。

我々はもうあれですもんね。戦場に行っても、「逃げるな」って言われたら最後までおりましたからね。よその部隊はサーッと逃げて帰りますもんな。「我々、菊兵団の人間はそういうことはできない」っていうことですよね。兵隊はもう、みんなそうですよ、菊兵団の兵隊っていうのはですね。菊兵団に入ったっていうことだけで、だいたいもう、覚悟を決めとったんじゃないですか、みんな。俺はもう、どうせ生きて帰れんというようなことは、みんな思っとったと思いますよ。

特別に言わんでもですね、我々がね、初年兵で入ってくるでしょ、入ってきたらね、毎晩、言われますよ、古い兵隊から。


Q:どういうことを?

 「よう、お前ら、菊兵団の兵隊だぞ、ちゃんとしないと務まらんぞ」って。毎晩言われますよ。

わたしなんかは、もう毎晩、もう、なんぼたたかれたですか。何でもないことでも気合いを入れられるですよね。菊兵団の、ちょっとしたことでもですなあ、もう毎晩、殴られたですよ、わたしは。

Q:フーコンの森っていうのは、どんな森だったですか?

 いや、そりゃあ、普通のジャングルと一緒ですよ。もうジャングルですよ。幅、道が1メートル足らずなんです。両側が断崖絶壁ですよ。そんな、こういう、緩い斜面とかないんですよ。絶壁ですよ。

何でもおったですね、あそこは。そりゃもう、虎でも、象でも、ですね、もう、何でもかんでも、おったですよ。いちばんひどかったのは、木の上にですね、シャクトリムシのようなヒルがですね。いっぱいおるんですね、あれが。人間が通ると、においでわかるんでしょうね。上からバーッと、落ちてくるんですよ。それで、どっからでも入り込んできてですね。それで、ひょっと気がついたら、キンタマでも吸いつかれて、こんな風船のように膨れ上がったりですな。

最初は、痛がゆいなって感じやけどですわね。もう気がついたときには血を腹いっぱい吸われてですな。それでもう、なかなか取れんからですね、ナイフでこう、切って落とすとか何とかですな。そういうことをしとったですね。

完全に、武器、弾薬を与えんでですね、「それ行け、それ行け」でね。もう、それなら、それなりの準備してやらんといかんとですよ。準備も何もないでしょうが。それで、大事なものは、インパールのほうにみんな持っていったとですよね。「インパール落とせば」、「インパール落とせば」で。もう、ホントに犠牲ですよ。インパールには相当、行っとるんですよ。武器、弾薬からなんか相当行っとりますよ。こっちは素手と一緒でしょうが。

その間にインパールを落とさなきゃいかんやったよな。落とせんで、逃げたでしょうが。こっちはもう、見殺しですよね、もう。

だから、わたしはやっぱり、いちばんかわいそう、兵隊がかわいそうですな。兵隊は本当にかわいそうですよ。何もわからんでしょう。行けって言ったら、行くでしょ。一言もね、上官の命令は絶対だっていうことでね。不平も言いきらんですわな。

それがわたしの、わたしの仕事やったと。中隊長の言うことはあまり聞かんでしょうが。それでね、どこに撃っていいかわからんでしょ、ジャングルで見えんから。


Q:ジャングルの中で大砲を撃つっていうのは、かなり難しいことなんですね?

 難しいですよ。そりゃあもう。

だからやっぱ、わたしはまあ、頭あんまり良くないもんなぁ。融通があんまりきかんほうで。だから、大砲を撃つでしょうが、音で判断しなきゃいかんでしょうが。ボーンって弾が落ちるでしょう、バーンと破裂するでしょう。ああ、今のは300メートルぐらい遠かったなと思うと、それが難しいんですよ。それでまた報告しなきゃいかん、300メートルぐらい引けって言うて。またボーンと撃つでしょ、今のはちょうどよかった、ちょうどよかったって。右に外れておった、左になんぼ修正しろっていう具合に。それがわたしの仕事やったんや。

野砲を全部なくしたんですよ。というのは、急な山道なんですよね。だから、馬がおらんでしょ、だから人間でもう、運べんとですよ。

だから、馬がいなけりゃ絶対に動かせないんです。それではもう、大砲をですね、ほったらかしたっていうようなことになったですな、大砲を。


Q:馬は死んじゃったんですか?

 そう、そう、馬は全部死んでしまったのよ。


Q:、何で死んじゃったんですか?

 いや、そりゃもう、やっぱ栄養失調って言いますかね、これがやっぱりいちばん大きな原因ですな。

食いもんがないでしょうが。だから、やせこけてですね。だから馬っていうのはね、かわいそうですよ。山砲でもね、分解して積んでいきおるでしょう。そうすると、もう倒れるまで馬は働きますからね。それで、バタッと倒れたら、もうダメですね。


Q:、ジャングルの中で活躍できないと、すぐわかるわけですよね。

なぜ、わかっていたのに、野砲を持っていったんですかね?

 いや、それはですね、山を歩かずに平坦な道もあるでしょうが。

ジャングル地帯でもですね。だから、やっぱ持っていこう、持っていきますよ。やっぱり大事な大砲やから。わたしなんかは、そりゃ、少しもおかしいとは思わなかったですね。たまたまもう、道路を押さえられてね。逃げ道がなくなったからですね、こういうところに入り込んでしまったんだっていうことで。持ってきて、そりゃ、こんなもん、無駄なもんを持ってきてっていうようなことは、そりゃもう、絶対にないですな。


Q:大砲をですね、自爆って言いましょうか、失わざるを得ない、あえて、もう自分たちの手でダメにするっていったときの、坂口さんのお気持ちっていうのは、どういうお気持ち?

 いやあ、わたしはもう、ほんとね、自分で立派なこと言うわけじゃありませんけど、わたしはもう大砲と一緒に死ぬつもりやった、ホント。死んでもいいと言ったです。もう腹を決めとったもん。

それで、中隊長がね、「坂口少尉、そういうことはするもんじゃないぞ」って言って、いろいろおっしゃったですよ。
こりゃ、もうね、こういう状況になったんやから、まあ兵隊はね、1人でもね、無駄死にさせるっていうことはできんからって、ヤマダっていう大尉からこんこんと注意されたですよ。

そりゃ、当たり前や。昔はそれが、軍隊はそれが当然やった。当たり前のことやった。そりゃ、当たり前でしょう。歩兵の将校がね、大砲をなくして、なくしましたで、のうのうとね、どこに顔向けできるんですか。だからホント、死ぬつもりでした。死ぬ覚悟を決めとったけん、俺は。もう死んでもいいと思っとった。

大砲をなくしたら、歩兵になったですよ。歩兵に。だから、もう言うたでしょう。兵隊が12人か13人おったけど、小銃は6丁しかなかったですもんな。結局ね、死ねっていうことですよ。わたしはそんなに解釈したですな。歩兵に編入されたでしょ。それで、小銃はたったの6丁でしょ。撃つっていっても、1日に何発でしょうがね。だから、ああ、これはもう、大砲をなくしたね、責任を取ってね、死ねっていう意味だろうと。わたしは、そういうふうに解釈したですよ。

お前は、捨て石のような格好で頑張れっていうことやったですなあ。だから、逃げるには、逃げられんとですよ。

Q:戦時中、筑紫峠に行けば何があるっていうふうに、皆さんで?

 いや、それはみんな、筑紫峠に行けばですね、食べ物があるっていうことやったよ。

食べ物を支給してもらえるっていうことやったよ。それでもう、皆、はうような格好で行ったでしょ。そうすると、もう、登り道はこんなに急ですもんね。登り道は。そうしたら、なんにもないでしょうが。それでその、登り道だけで何百って死んでおりますよ。がっかりして。

道端でね、ごろごろ、息が、まだ虫の息の兵隊がゴロゴロ転がっているでしょうが。あれを置いてきたっていうことがね、もう悔やまれてならんしですね、あれはいつまでも、死ぬまで頭に残っていると思いますよ、わたしは。それを助けるって言ってもですね、自分自身がもう、歩くのがどえらいでしょうが。また、たとえ薬なんかがあってもですね、もう目が開いたような状態では助からんとですよ。それでもやっぱり良心がとがめるわけですね、やっぱ。ああ、息があるのにね、何とかしてやりたかったなぁと思うと。そういう思いが残っておりますよ。それ以外に何もないですね、もう。

あの大きな木のですね、背中へこういう格好して座っておったですな。それで自分らももうあぐらをかいておった。それでその、この前にですね、頭こうするでしょ、目の真下に、ひょっと横をのぞいてみたらですね、家族の写真を置いておったですよ。4~5人写った写真をですな、古ぼけた写真を。その人は涙ボロボロこぼしながら写真を見ていましたよ。もう、口からも、目からも、耳からも、ウジがわいておるからですね、もう助からんことはもうわかっておりましたけどね。かわいそうだなと思っただけのことで、手の施しようがないですな。あのまま死んだと思いますよ。
だから、今考えてみると、その家族の写真をね、取ってですね、持って帰ってやりゃ、誰か、この人が誰かっていうことがね、わかったんじゃないかなっていう気もしますけどね。ああ、もう死にかかってこうしている人の写真を取るわけにいかんしですな。

泣きおったですよ。涙をポロポロこぼしてですな。もう、口も鼻も、耳からもウジがわいておったからですね、もう助かる状態じゃなかったですね、もう。あれはもう間もなくして死んだと思いますよ。かわいそうですねえ。ホント、もう。


Q:なぜ、助けることができなかったんですか?

 いや、それはもう、こっちがですね、3日も4日も何も食べておらんでしょうが。歩くのが精いっぱいですがな。


Q:こういったところでですね、兵士のご遺体がずいぶん並んでいたってことなんですね?

 ああ、もう道の両側ですね、ホント、ゴロゴロ転がっておったですよ。

もう、すでに死んだ者もおるし。その格好がね、まともな服なんか着ていないんですよ。だから、手にある飯ごうってあるでしょ、ご飯を炊く飯ごう。それから水筒ですね。それなんか、死んだ人間のやつはもう、来た兵隊がですね、もう取っていきおったですね。何もありませんからね。「すまんのう」って言って、飯ごうでも、水筒でも、ですな。だから、しようがないですね。

Q:また、飛行機の攻撃も、あったわけですよね?

 ものすごかったですよ、飛行機なんか。もう、日本の飛行機は、わたしはビルマで2回見た。

筑紫峠を越えてですね、雨にびっしょり濡れて、下がりよるときですな、音がした。それで、敵の飛行機と思って逃げようと思ったら、爆音、飛行機の音が違いますね、あれ。日本の飛行機は音が軽い。それでひょっと見たら、3機飛んできたあれ、2機やったか、それが、飛行機がズーッと低空してね、こう、振りながらですな、もう3回ぐらい旋回して、我々がトボトボ下がって行けるとですな、日の丸の旗がはっきり見えた、みんな泣いたですわい。万歳して、あのときは。飛行機は3回ぐらいだな、飛行士がこうして見てですね、尾翼振ってですな、これは、声を振り上げて泣いたよ、ほんと、みんな。わんわん言って泣いたわい。

嬉しかったんや。日の丸、見ただけで嬉しかったんや。飛行機は嬉しい、日の丸だけ見て嬉しい。日の丸見て嬉しかったんや。日本の飛行機っていうことや。ただ、そのときは泣いた。そうよ、日の丸の付いとった飛行機、日本の日本の飛行機ってわかったんや。ダーッと低空してきたですもんね、飛行士の顔まで見えおったよね。そりゃ、嬉し泣きですよ。やっぱ、日本の日の丸のついた飛行機を見たら泣きますよ。何で泣いたかって言われてもわからんわな、もう。みんな泣いたわ、ホント。万歳して泣いた。そういう気持ち、あなたにはわからんよ。ホント、もう声を張り上げて、泣いたわい。万歳、万歳、言うて泣いた。


Q:坂口さんも泣かれたんですか?

 泣いたな。もう、ホント、泣いたよ。兵隊と一緒になって泣いたよ。

筑紫峠を降りてきたばっかりやった。初めてだったよ、ビルマで飛行機、日本の飛行機を見たのは。嬉しかった、あのときは。足が腐れてねぇ、ご飯も食べんでヨタヨタ歩いている兵隊が、万歳して泣きおったよ。

Q:実際、その現場(シッタン河)に行ってみて、連合軍がどんな具合に出てきたんですか?

 いちばんひどかったのは、シッタン河の中州のようなところだったなぁ。ナガタっていうのが総長でね、あ、分隊長だった。

それで、何て言ってたかなぁ、そう、わたしはちょっと後ろのほうにおったんだな。兵隊たちの何十メートルあとに。そうしたらナガタっていう分隊長が、「小隊長、何かいっぱい来ちょりますよ」と。で、見たらあなた、もう、向こうの、森のほうには(連合軍の)兵隊がいっぱい、集まっとるとですね。

河がこう、湾曲しとるでしょう。中隊本部に行って、こう、湾曲しとる。とにかくね、ありがはって、ありが歩くのと一緒。もう、どんどん、どんどん、次から次ですよ。もう、次から次に歩いてくる。どんどん、どんどん。ものすごい人間だったですよ。

向こう(連合軍)はね、15~16人、斥候をやっとるんですよ。斥候がね、もう目の前に来ておったわな。それでもう、逃げるにしくはない、逃げなきゃしょうがないでしょう。

もう、鉄砲6丁じゃ。それでわたしは、「ナガタ、これはもうしょうがないぞ、こんだけおったら、たった小銃は6丁しか持たんとね、これは急いで中隊長に報告せにゃいかんて。早う、道具片付けろ」って。もう、目の前に来とったですもんね。斥候が。

それでね、音で聞こえたんじゃないかと、思うんですよね、その、ガチャッと。それで、わたしが先頭に立って、あのときに思ったのは、わたしは兵隊のいちばんあとにね、立った、出ていったらよかったと思ったのに、おい、行くぞって立って、もう10メートル、15メートルか行かんうちに、バババーッと音が、機関銃の音がし出したですもんね。それで、ナガタが、「小隊長、やられましたあ」って言って、ナガタが。で、「あとから付いてこい」って言って、付いて来ていると思ったら、もう、それでもう、彼は戦死して死んでおったですな。

結果においては、その陣地を代わってからでもね、それから2~3日置いて、コブチが死んだ、ノダが死んだ、それからカネミツが死んだっていう具合、それからマツムラかな。結局はもう次から次に死んでしまいましたけどね。

そりゃもうね、ちょっと口に出して言えんですよ。そりゃもう、兵隊のことですな。もう、どんな死に方したか、全部この目で見ておりますからね。だからもう、忘れられんですね。

そりゃもう、やっぱですね、やっぱ菊兵団に入った以上は、兵隊もそりゃあ覚悟しとったんじゃないかと思いますよ。捕虜になるより死ね。もう、とにかく、20名なら20名でですね、前線の陣地に配置されるでしょ、そのときに死ぬまでおれって言われたら、死ぬまでおるんですから、帰ってこんとですから。撃つ弾がなくなっても、帰ってこんとですよ。だから、とくに、フーコンの奥地のほうの戦闘の場合は、本を読んでみられましたら、わかりますけどね、ホント、その、退却しているでしょう。重傷した兵隊、勝手に行かれんとですよね。壕の中に寝かしておいて、体に葉っぱ被せてですね、置いていかないとしようがないでしょうが、もう。

Q:フーコンでの戦いが終わったあとですね、坂口さんは、昭和20年の、終戦直前には、シッタン河のほうに行っていらしたと?

 ええ。あのときは死ぬと思ったですな、あのときは。河を渡って、大砲を持って行ってですな。大砲を撃った弾が大砲の中で腔発(こうはつ)してですな、兵隊が1人死んだんですけどね。


Q:大砲の中で弾がどうなっちゃったんですか?

 いや、爆発したんですよ。撃った瞬間に、弾が。腔発っていうんですけどね、それは。

それでナカムラっていう奴が1人死んだんですね。それから、大砲がばらばらになったあとは、あんた、こんな細かい死がいを集めてですな、全部、持って帰らないといかん、全部、持って帰ったんですよ。


Q:どうして? もう使いものにならないんですよね?

 ならないですよ。ならんもんも全部、持って帰らないといかんですよ。天皇陛下の品物やから、持って帰らないといかんですよ。

河を渡って持って帰ったですよ。みんな水に、足が腐れて、よう歩けんようになっていると、こんなくずを全部拾い集めてから、持って帰ったです。全部、持って帰ったですよ。

足がもう水ぐされになってですなあ。帰るときはもう、靴が履かれなかったよ、足が腫れ上がってですね。


Q:腫れちゃうんですか? 足が?

 腫れるですよ。水ぶくれのようなことになってからですね。


Q:そういう中で弾を撃って、結局、大砲のかけらを、破片を持って帰ったと?

 はい、全部。もう厳命やった。ひとつ残らず持って帰れと言われた。バカな話ですわね、今はね。意味がないけど、天皇陛下の品物やからしようがないですよ。天皇陛下の品物やから。菊の御紋が入っている大砲やから。持って帰らなきゃしようがない。

Q:、日本が敗れたという話を聞いたとき、どのようなお気持ちだったですか?

 あんときはわたしは逃げようと思ったよ、ほんと。逃げてやろうと思ったよ。

そんな、捕虜になってたまるかと思ってですな、逃げてやろうと思った。誰かが中隊長に、言うたんだろうと思うよ。もう、中隊長からは目の玉から火が出るほど怒られたよ。逃亡しようと思った。事前にばれてですな。だからもう、日本に帰りたくなかったですなあ。帰りたくないというより、捕虜になりたくなかったよなあ。

帰ってくるときはむなしかったなあ、もう。もう日本に帰りたくもなかったけどな、もう。もう魂が抜けた人間のごとくになっておったですね。

ひとつ、わたしはね、師団長なんかの責任もあると思いますよ。悪い、田中師団長なんかね、自分が行こうってなことを言っているんですよね。「わたしが引き受けましょう」って言って、フーコンのほうに、自分が進んで連れていっとるんだよね。だから、そういう人は、そういうことをするんであればね、だから、弾薬とかね、武器とか何とかいうのをね、ちゃあんと、それだけのものをね、やっぱ、与えてやらにゃいかんとですよ。

菊兵団だけの魂だけで勝てるとか言うてもね、そんなことできることなかったですから。それをね、自分が引き受けているでしょうが。「わたしが行きましょう」って言うて。「わたしが」じゃなくて、「兵隊が」行くんですよ。そこんとこをね、連れて行いくんであれば、行くだけのね、ちゃんと準備をしてやらんといかんとですよね。それをせんでしょ、ただ行った、体で行け、行け、行け、行け、行け、行け、行けだけでしょ。兵隊はたまったもんじゃないですよ。撃つ弾は1日に何発とか、何とか、そんなことであんた、戦争になる道理がないもん。それをわたしはいちばん言いたいですね。後ろにおってですね、やれ行け、それ行けでしょ。そんな、あんた、武器をちゃんと持っておればですね、まだ、やりようがありますよ。何も、手ぶらでしょうが、もう。手ぶらと一緒でしょうが。それをわたしは言いたいですね。

死にに行ったんですよ。死にに行っちょるですよ。勝つ戦争じゃないもん。どこから見ても勝つ戦争じゃあらせん。食うもんもない、撃つ弾もない、肝心な武器も持たんだから、何、戦争のうちに入らんですよ。死にに行ったんですよ。わたしはそう思いますよ。死にに行ったと思いますよ。

やっぱ、菊兵の兵隊はかわいそうやったなあ。もう、かわいそうの一言ですね。わたしは、復員して帰ってね、1年、2年ぐらいはもう、よう夜中うなされてね。うなされて。ワーッと大きな声をはりあげたり、よくしおったですわい。2年ぐらいは。やっぱりいろんなことを思い出されたやろうと思いますよね。うなされてからね。

出来事の背景

【北部ビルマ 密林に倒れた最強部隊 ~福岡県・陸軍第18師団~】

出来事の背景 写真昭和17年5月、日本はビルマ全土を制圧。しかし、連合軍はインドからビルマ北部を経て、中国の蒋介石率いる国民党軍に支援物資を送る「援蒋ルート」の一部建設に動き出した。その進行を阻止するため、日本軍は通称菊兵団と呼ばれた第18師団4000人を、インドとの国境線の密林地帯、フーコン地区へ送り込んだ。昭和18年10月、連合軍がビルマへ進攻。連合軍は、密林での戦いを研究し、小型の迫撃砲や自動小銃など機動性の高い武器を準備してきた。対する日本軍は、中国戦線で使われていた大砲をそのまま現地へ持ち込んでいた。砲弾は密林にさえぎられ、容易に敵陣には届くことはなかった。
さらに、中国戦線では日本軍が圧倒したはずの中国軍が、ジャングル戦の訓練を受けて鍛え上げられたうえに、米軍の最新の装備で、日本軍を追い詰めてきた。
さらに、インパール作戦の失敗により、フーコン地区の第18師団は、援軍も補給路も絶たれた。そしてついに、昭和19年6月、連合軍の攻撃に追い詰められ、ちりぢりとなって、フーコンの南にあった日本軍の支配地域を目指して後退した。

昭和20年8月、ビルマ南部のシッタン河のほとりで斬り込み攻撃を続けていた兵士たちは終戦を知らされた。フーコンで戦った4000人のうち、3000人以上が戦死した。

証言者プロフィール

1919年
福岡県飯塚に生まれる
1943年
久留米西部第51部隊に入隊、砲兵の訓練を受けビルマへ
1945年
終戦
1946年
復員後は、炭鉱労働者として全国を転々とし、後に長崎で炭鉱を経営

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ビルマ(フーコン)

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