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タイトルタイトル: 「投げ込まれた黄燐手榴弾」 番組名番組名: [証言記録 兵士たちの戦争] 沖縄戦 住民を巻き込んだ悲劇の戦場 ~山形県・歩兵第32連隊~
名前名前: 比嘉 政雄さん(山形・歩兵第32連隊 戦地戦地: 日本(沖縄)  収録年月日収録年月日: 2008年3月

チャプター

[1]1 チャプター1 米軍の艦船に取り囲まれた沖縄本島  03:41
[2]2 チャプター2 弾丸のない機関銃  05:34
[3]3 チャプター3 米軍による馬乗り攻撃  04:45
[4]4 チャプター4 火炎放射器  03:23
[5]5 チャプター5 日米の物量の差  06:01
[6]6 チャプター6 黄リン弾で負傷  05:23
[7]7 チャプター7 島の北部へ脱出を図る  03:49
[8]8 チャプター8 戦争が終わって  01:50

チャプター

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海は潮目、見えなかった。船いっぱいで。潮目が見えない、それぐらい軍艦が集まって来てるんだ。全部、取り巻いてるんだ、沖縄。

海からは、いわゆる制空権握られてるから、めった撃ちだ。上からもやるし、船からもやるし、そこの兵隊は行動できないほどだ。だから、わたしらのいった空中爆発いうのは、船からの艦砲射撃。だけど、空で破裂するから、破片が散るんだ。だから、雨のような弾ですよ。あれがいちばん、おっかなかった。

だから、例えばね、これぐらいの砲弾でしょう。これぐらいの長さがあるよ。それから、大きな砲で撃ち上げるんだ。撃ち上げたら、これは瞬発信管でなくて、何秒という差で上がったら、爆発するようになってるんだ、この爆弾は。


Q:空中で?

 上でやるから、これで散らばってヒューと飛ぶんだ。これがいちばん怖かった。これの不発弾は畑に突っ込む音も、大きかったよ。


Q:その空中爆発で、バーンと飛び散った破片で人がたくさんやられる?

 歩いている、見ていれば、歩いている人は。大きな船からバーンと撃つでしょう。そこでまた爆破されたら音がこれもわかる。これから散っていく弾は音がまた激しいんだ。風切って、飛ぶから。昨日のテレビで遺骨収集をやってるのを、これぐらいの長さの破片、さび付いているから、何が何やらわからんはず。これは、空中爆破の破片だということを、わたしは分かってるんだ。

それはもう、あれでもう負けたということはわかっておったね、あの頃から。


Q:じゃあ、戦う前に、その船を見たときに政雄さんはどういうふうに感じたんですか?

 こっち(糸満の海岸)から上陸したらいちばん真っ先に死ぬと思った。

それからは、もうどこも見えないぐらい壕道。壕に入らないと殺される。艦砲射撃が雨降るように弾くるから。みんな地形、地物を利用して歩いてるんだ。歩きながらも、一緒に歩いていると、そばの人が倒れるの、弾に当たって。こんな状況だったよ。歩きながらも。

もう、必死だよ。機関銃持ってるから、めった撃ち。大げさに言えば、機関銃も撃てなかったよ。あっちも前線まで、上がってくるからね。半分は隠れて、半分しか体を出られなかったよ。うちが使ってた機関銃は新式だ。新しい機関銃だから、古参兵は教育してないから、使えなかった。銃撃つときはみんなこれでしょう。

これ、引いて撃つでしょう。機関銃は押して、弾を送るんだ。それだけ違うからね、感覚が全然、違うから。構造も作用もみんな違うから、古参兵ができなかった。だから、初年兵が少なくなって寂しくなってた。弾がまた、続かん。補給が。これが、いちばん悲しかったね。撃とうと思っても弾がないでしょう、肝心な。

あるけど、補給する人がいないんだ。わたしの機関銃の後ろに、5名付いてた。5名で弾薬を並べて、弾薬箱から出して調合するんだ、くっつけてね。そうするとわたしがこっちで撃つから。どうにもならないけど、撃たないと余計やられるさね。そこまで来てるから。50mくらいまで来てるから。いちばんわたしが近くで見たのは、350mぐらい命中するから。長距離だったよ。だけども、一線は20mしか離れてないんだ。敵と味方とは。もう、目に見えるんだ、もう。


Q:攻撃したら、余計やられるというのはどういうことなんですか?

 場所を暴露するから。場所を発見されるのさ。

撃ったら、撃つところが。だから、ここに敵がいるということはすぐ、分かるさ。機関銃の場合はね、連続で出るでしょう。火の光が出るんだ。薬きょうも飛ぶさ。こういうのがみんな、光となって。だから、すぐ発見される。

艦砲射撃がくるんだ。アメリカは無線があるでしょう。無線で、何の方向、どこを目標にしてと報告するから。上では飛行機で偵察してるから。距離測ってるんだ、船から。もう、子供と親との喧嘩みたいだよ、戦争は。

勝負どころじゃないよ。ここで、兵器で日本が弾を撃つとしたら、1時間でみんないなくなるよ。もうこうなるよ。西からも東からも、艦砲射撃は。あとは無線で連絡するから、命中する、命中。だから半分は壕に入らないと死ぬのが多かった。

アメリカはB29から1トン爆弾を落としたんだ、山に。それで、壕がみんなつぶされて。そこで銃器を失ったよ。うちの壕をつぶされたから、壕に入れなくなったから。壕、移動さ。それから武器ない。

山崩れて、どこが入り口か、全然わからなかったもの。だから、壕掘るにもできないもだから、壕に入ってあちこち、うろうろしてるんだ。みんな何でもかんでも、食料も弾も機関銃もそこにみんな、持ってるんだ。この壕に。

戦えない。だから、手りゅう弾しか持っていない。手りゅう弾2発しか、持っていない。最後の手段。だから、戦えないから、壕に入ってるんだ。それで生きてるよ、武器がないから。帯剣という、銃に着ける帯剣。分かる? これぐらいの。


Q はい。

 あれ、1丁持ってるんだ。あれは切れない。刺すのはできるけど、帯剣というのは。銃に着けてやるのだから、あれだけは持ってた。それと手りゅう弾2個。これしか持ってない。そこに小銃弾の鞄、持ってるけど、小銃がないのさ。弾はあるんだけど。探したら、その弾は使われなかったよ。こっちは機関銃だから、小銃ないさ。でも、小銃持っている人がいたら弾はあげようと。こっちに120発かな、2つで。弾いっぱい持ってるけど、これは機関銃には、使えないさ、その弾は。小銃しか使えないから。だから相当、壕を移動したよ。武器がないから戦えないさ。つぶされたら、次、壕を移動して、こんな状態さ。たくさんの壕を移ったよ。

突破しようとしたら、やられるさ。(米軍は)両方の高い山に機関銃を置いて、待ってるんだ。上は照明弾で夜も昼のように明るいからね、見えるんだ。だから、どうにもならなかったよ。
だから、昼間は日本軍が壕の中に入って待機だ、待機。

隠れてる。隠れないとやられるから。壕から外に出たら、戦車はいるし、兵力はそこへ集まってるから、みんな殺される。昼間は絶対、出られない。夜、出て行動するんだけれど、夜はまた照明弾が上がるから、明るいんだ。あれも、ぼんぼん撃つからね。あれは10分ぐらいは明るいんだ。そして落ちるから、すると5分くらいして、また撃つから、切れないんだ。昼と同じだ。

Q:どんなことを考えているんですか、壕の中で?

 そんな、考える余地はないよ。もう、いつ死ぬか、いつまで生きるか。これぐらいしかない。

壕の中に入ってね、待機してる連中が火炎放射器入れられたら、焼き殺されて死んでるのがたくさんいる。壕によっては。住民から、兵隊から。こういう話、聞こえた。

戦車砲からね、火を送ってやるのがさ。あれ3時間ずつやるから、入っていた人はみんな死ぬよ。火炎放射器で。火炎放射器というのは、戦車からガソリン燃やして、火を入れるから。中は全部焼けてしまう。1回やられたよ。横穴がなければ、焼き殺されるよ。横穴に入っても、地べたにはっていないと熱いんだ。恐ろしいよ。あれ火を送るのに、こんな大きい戦車砲から、いっぱい火が壕に行くの。大砲みたいな音立ててな。火を送るから、缶詰缶なんかも置いておくと、無くなる。形もなくなる、溶けて。

火に近ければ、焼き殺されるんだ。あれは、うち、1個当たったよ。だから、壕を探すにも、深い壕。横穴ない壕は、また出て。また探すさ。そこに(火炎放射を)入れたらもう、終わりだから、横穴がなければ。

横穴に入って助かったんだ。まっすぐの壕だったらみんな死ぬ。あれは3百度以上の熱だからね。耐えられないんだ。


Q:横穴があったとはいえ、熱かったでしょう、そのときは?

 熱い、熱い。だから軍服もばかばか、乾いていくよ。足は編上靴履いてるから、足はなんともないんだけれども、上半身は熱かったよ。

夜になると、壕の上に行けるさ。敵、いないから。壕の上からは彼らの幕舎は見えるんだ。300m離れているけど、映画も見えるし、ビール飲むのも見えるから。あそこで、馬鹿バカしいなと、この戦争は。「映画見てるよ」って。高い山だから、ここから見えるさ、下だから。また、アメリカの兵隊はね、朝は8時に来るんだ。晩は6時になったら、一列縦隊で歩いて行く。トラックまでは。これ見たらもう、くさくさしてね。見てるけど、弾は撃てないさ。撃てば、またここに、艦砲射撃が雨のように撃つから。

後方でテレビ、見てるんだ。ビールを飲みながら、テレビを見てる。これ見えるんだよ、あの、300メートルの上から。いちばん高いから。照明弾が上がるから、見えるんだ。だから映画も見えるから、日本の兵隊は気持ち変わるさ。なんで戦争の、ばかなこんなことを。ビール飲んで、とかなんとか言ってね。怒ってるんだけど、日本は負けてるのに何も言えないさ。あそこ自由だ。これぐらいのゆとりがあるんだ、アメリカは。朝は8時に来る。夜は6時に引き揚げる。

これだけ余裕があるんだ、アメリカは。制空権、握ってるから。こっちのつぶされた壕には、たくさん入ってる、機関銃の弾から衛生材料。みんな、そこに入ってるからね。だけど、入り口が分からないんだ。

これでもう、その中に彼らがどこを、大げさに言うと歩いているのをやられる、日本人に。相当死んではいるよ、アメリカも。アメリカのトラックにね、積んでるの、見たの。で、積んで嘉手納あたりの砂浜に墓地作って葬っていたよ。
日本軍も手帳がなければ、何もわからない。ほとんど、ほったらかし。死んでも、葬りようがない。だから、畑のところで死んでるのは、3日目にはこれぐらいになるよ、膨れて。

でも、いちばんみじめというのはね、(砲弾が)当たるでしょう。すぐ倒れる。これはそのままよ。そのまま捨てる。これがみじめだ。触りもしない、移動もさせない、そのまま。翌日からは、蠅がたかるんだ。蠅がたかって、3日目には腐るから。ウジが肉に入って、食い荒らして。このハエがまた、卵をたくさん産んで、増える。こんな状況だ。

この死体はまたね、肉が腐れてウジがわくでしょう。とにかく臭いんだもの。ものすごく臭い。4~5日経ったら食い荒らして、もう肉は溶けてる。雨降ったら肉が全部流れて、骨だけ真っ白で、あれ見たら気持ち悪いよ。

相当、死んでいるよ。だから、前田はどこ掘っても骨だらけさ。

前田が多いね。どこでも後方は、処置できる場所だったら葬るんだけど、できなかったらそのままほったらかし。負け戦はこんなもんだ。

ああ、できない。どうもできない。これ葬ってやるうちに、発見されたらやられるから。これくらい余裕がなかった、全然。

壕の中は、また暑いんだ。暑いから、3番目のボタンまで外せと。こういう命令がある。こうしないと、外せないよ。自分勝手で、外せない。だから開いてるときに、黄リン弾なんか投げ込まれたら大変だよ。1回火傷したよ。入って、黄リン弾が。

避難壕に入って潜んでいたら、アメリカが4~5名歩いてるんだ。それ、歩いて来たら、壕に入ってきた。ちょうどあのときには、わたしと北海道の林と歩哨だったから。小銃あったから、小銃で入ってくるのを撃ったら、1人即死。1人、倒れて、逃げるのを見たけど、また横穴から、この黄リン弾を投げ込まれてケガしたんだ。腹を全部焼けてきて、治療する材料もない。ほったらかして、自然に治ったよ。

胸からへそまで全部焼けた。皮、むけたよ。火で焼いたみたいなもんだから。
臭いがまたきついんだ、あれは。黄リン弾は。

だから、飯食うにも火はたかない。火、たいたら煙が出て、暴露する。これもさせなかった。大変だよ、負け戦はね。何もできないんだ、自由勝手には。夜だけだ、火をたくのは。煙が見えないから。昼間は絶対、火を燃やせない。

米もたくさんあるけど、みんな腐らせていたよ。


Q:なんでそれを使わせなかったんですかね?

 長期戦になったら後で使わすということで。それ、考えてるんだ。



Q:日本の軍隊は少しでも食い延ばそうということで、ご飯はあっても炊けない。そういう命令が出てたんですね?

 咳、するでしょう。たたかれるよ。というのはね、防衛隊(沖縄県民の協力隊)はガスが来たら、防毒面もないさ。兵隊はある。地べたに穴掘って、顔の入る穴掘って、タオルを水で濡らして押えて、そこに入ってるんだけど、苦しいからやっぱり咳するんだ。たたくんだ、怖いよ。

ああ、ここは兵隊がいるということが分かるからね。外から聞こえるから。アメリカも、そんな音の聞こえるものを戦場で使ってるよ。

だけど、苦しいから咳は止まらないさ。だから、こういうのは(壕の)いちばん奥に連れて行って、行ったはいいけど、そのまま、処分なったんじゃないか。いちばん奥に連れて行ったら、咳しないよ。壕の入り口だからね、煙はひどいさ。だけど、息はしないといけないから、自然と咳するよ。

器具は配布してないんだ、防衛隊は。兵隊はみんな持ってるけど、火炎放射器入れられたときには煙がたつでしょう。だから、あのときにいちばん死んだのが防衛隊さ。

このデマがあるから、国頭(本島北部)に突破したんだ。高地に1大隊の大隊長来たら、日本も負けたということが、ここを中心にして分かったんだ。それまでは戦、負けたということは分からないから、(国頭へ)突破するという余裕があったわけ。


Q:逆上陸するという噂はあったんですか?

 あった。

ただ、逆上陸するという、日本がするから。われわれは、ここでは駄目だからということで、突破すると。

生き残りが、113名残ってる。この、113名がたまたま、つとめに長く壕の中に入って、それで7月になったら、普天間宜野湾に突破したんだ。また、あそこで中城公園のところで、41名か42名が殺された。そこに、あまり一緒にいると発見されて、あそこを総攻撃するんだ。こっちに逃げれば撃たれて、60名あまりしか、残っていなかった。生きてるのは。

これは突破できないと、後ろに下がったら明るくなった。どこに行くかなと思ったら、そこにお墓がひとつある。そのお墓に2人、入って。1人はこっち、1人はこっちに入って、昼中、弾のビュービューやるのを聞いて、壕の中にいたけどね。この墓は、また骨が入っているんだ。

日が暮れて、あっちからも、こっちからも、山の中をうろうろして、敵か味方かわからない。

「貴様、誰か?」と言って。歩いて来たら「これから逃げる途中、11時までにどこの上に、集まるようにという命令があったから」というので、またあそこに行ったら、あっちからも、こっちからも、「貴様、死ななかったか?」と言ってね。集まってから、誰々死んで、アメリカの兵隊が死んだ死体を、上に持ってきて、真っ裸にして寝かしていた、並べて。42名かな。それも、そのままでしょう。それから、また元の壕に戻って、元の壕でやってるうちに捕虜になったわけ。

生きた、ということだけだな。うれしいというのは。向こうへ行ったら、あちこちに先に立っている人は、あんた方どこにいたか、どこにいたかと聞いて、激しかったなという、寂しい声ばかり。いいことは、ひとつもない。寂しい話ばかり。


Q:政雄さんのご家族とか、親戚でも亡くなられた方はいたんですか?

 うちのこの辺の家族は、後ろの隣村に収容所があったからね。住民の収容所。みんな、そこに行ってる。と、言うのはまた、お医者さんがねえ、その養子が「みんな捕虜になれよ、逃げるなよ」と言って。医者の養子は長男、次男は兵隊に行ってる。(その)嫁さん2人連れて島尻まで行って、生きてるよ。だから、嫁は1人はハワイに住んだから、英語分かるさ。そういう関係で生きているよ。

出来事の背景出来事の背景

【沖縄戦 住民を巻き込んだ悲劇の戦場 ~山形県・歩兵第32連隊~】

出来事の背景 写真昭和20年(1945年)3月、米軍は沖縄に迫り、4月1日沖縄本島中部に上陸を開始した。米軍の総兵力は54万。迎え撃つ日本軍は防衛召集した県民や鉄血勤皇隊などを含む10万人だった。

戦闘開始から1カ月半、圧倒的な兵力の差で戦い続ける事を強いられた日本軍は6万人あまりが戦死。米軍は沖縄本島の中部から北部を制圧し、5月下旬には那覇市北方、首里の日本軍司令部に迫った。司令部は、玉砕覚悟で首里にとどまるか、それとも南部にさがって持久戦をつづけるかの決断を迫られた。

5月22日、沖縄守備軍司令官、牛島中将は戦闘の継続を決断。歩兵第32連隊も南部、喜屋武半島への移動を開始した。しかし、この冷静を欠いた命令により、沖縄の住民をさらに戦闘に巻き込み、大きな被害をもたらす結果となった。後退する日本軍と避難する住民であふれる南部への道に向けて、米軍は容赦なく砲爆撃を繰り返した。道沿いには夥しい死体の山が築かれた。

沖縄本島南部で、日本軍は洞くつを利用した地下ごうにこもって戦いを続けようとした。また、住民も攻撃を逃れて洞くつに避難していた。6月中旬、米軍の掃討作戦は激しさを増し、「馬乗り攻撃」と呼ばれる洞くつへの掃討戦が始まった。壕に爆弾を投げ入れ、火炎放射を浴びせたのだ。投降の呼びかけに応じない場合、住民と軍が一緒にいた地下ごうにも容赦ない攻撃が加えられた。

6月23日、米軍は喜屋武半島を制圧。軍の幹部たちは次々に自決し、沖縄守備軍は壊滅、組織的な戦闘は終った。

本土防衛の最後の拠点となった沖縄。太平洋戦争中、類を見ない地上戦で、日本軍将兵9万4千人が命を落とし、ほぼ同じ数の一般住民が戦闘に巻き込まれて死亡した。

証言者プロフィール証言者プロフィール

1925年
沖縄県北中城村にて生まれる
1944年
歩兵第32連隊に入隊
1945年
沖縄戦に参加。当時、19歳、2等兵。復員後は自動車関係の仕事に従事

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