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タイトルタイトル: 「つらい行軍と自爆する兵士」 番組名番組名: [証言記録 兵士たちの戦争] 中国戦線 大陸縦断 悲劇の反転作戦 ~福島県・若松歩兵第65連隊~
名前名前: 菊地 十男さん(会津若松・歩兵第65連隊 戦地戦地: 中華民国(衝陽、信陽)  収録年月日収録年月日: 2009年10月17日

チャプター

[1]1 チャプター1 山岳地帯の行軍  04:35
[2]2 チャプター2 芭蕉塘の戦い  08:31
[3]3 チャプター3 現地調達  03:06
[4]4 チャプター4 落伍すれば助からない  05:08
[5]5 チャプター5 戦闘になれば行軍を休めると、後方の兵士は喜んだ  03:22
[6]6 チャプター6 追いつめられた中国人避難民たち  02:25
[7]7 チャプター7 駱駝山(ラクダヤマ)の戦い  04:36
[8]8 チャプター8 反転命令  02:29
[9]9 チャプター9 襲いかかる米軍機  03:21
[10]10 チャプター10 中国軍の追撃  04:24
[11]11 チャプター11 動けない兵士は自爆した  03:48
[12]12 チャプター12 「大陸打通」作戦とは何だったのか  01:48

チャプター

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1列ですよ。道、狭いから1列ですよ。そうした広い道でないんだから。山道、歩ってるんですから。

大体400メートルくらいの山じゃないですか。450くらい。そして、山続きなんですからね、ずっと。その山の下の道を、わが部隊、通過しようとしたら上から撃ち下ろされたんです。

突然、撃ってくるんですよ。大部隊で。あのときは、だいたい一個、二個中隊か、三個中隊はいたんでないですか、敵は。一個大隊くらいは。真っ黒にいやんだから、敵が。


Q:どんなふうな攻撃なんですか?

 迫撃砲と手りゅう弾と、チェコスロバキアって、機関銃あるんですよ。それで、撃ち下ろしたんですよ。百発百中なんですよ、狙ってきやがっから。


Q:狙ってくるというのは、どういうことなんですか?

 山の上から撃つんです、下の道路を。そして、前進できなくなってしまったから、それで、止まって暗くなるのを待っていたわけなんですよ。前に前進できないんですよ、敵がずっといっから。各中隊回りだからね、歩くのも。きょうは4中隊やれば、次の日は3中隊とか、2中隊とか、大体、交代交代に前進していくんですよ。だから、でかい敵とぶつかっと、その中隊は戦闘しなきゃならないわけなんですよ。後ろの後ろってまでということはしないで、ゆっくり寝てられっけど。

必ず、一個分隊っていうのは先に離れて行くんですよ。どこの道でも、先頭は。その後が、一個分、隊出た小隊が行くんです。その後が中隊が行くんです。そして、いちばん先の分隊が敵と交戦するんですよ。

いつも、最初に行く分隊は、いつでもすごい覚悟で、行かなくてなんないわけなんですね。そうでないと、道だって分からないんだから。全然、何にも分かんない道、どんどん進んで行くんだから。


Q:菊地さんも、その先兵になったことはありますか?

 ええ、先兵になったこと、何回もありますよ。


Q:どういう覚悟で行くんですか?

 いや、なんともしょうがない。分隊長だから、いちばん先に行くほかないんです。そうすっと、どこからか、パパパパパーっと来っと、もう、いち早く、低いところにパッと、伏せるんですよ。ふりこでも、何でも、構わないですよ。パッと伏せっちまって、敵の様子を。そうすっと、後ろの分隊が援護してくれるでしょう、そこを。そのうちに、どこかに逃げるとか。

わたしは、日本鋼管って川崎にあるんですよ。その会社さ、入ったんですよ。日本でいちばん給料高いっていうんで、試験、受けて、入ったんですよ。そして、赤い紙、召集令状来て、連れていかれた。ほんで、わたしが行ったときは、わたしの同年兵は帰ってきたんですよ。それから行ったんですよ。赤い紙来て、召集令状来て。行きたくなくて、泣き泣き、行ったんだ。そうでしょう。月給、日本鋼管っていったら、昔は、「金と命の交換(鋼管)会社」って言ったんですよ。金、欲しいか、命、欲しいかって働いたんです。

やっぱり、これは順番だから、しょうがないと思って、行くほかないですよ。わがばっかり、いいこといかないよね。命令、来れば、やっぱり先兵中隊に、分隊になって、行かなっかなんない。

芭蕉塘(ばしょうとう)はね、6月17日なんですよ。わが四中隊は先兵中隊で、ぬかる道をどんどん、どんどん行ったんですよ。そこに大軍が待ってたんですよ。もう、昼間だから、もう、山の上から一斉射撃くったんです。それで中隊長が、こんではだめだから、「今晩、夜襲」ということになりました。夜襲になってね、そして今度、暗くなるのを待ってました。そうして暗くなって、8時ごろかね。タカギ准尉が、タカギ准尉って准尉やっていた人、その人はあんまり、事務屋だから、戦闘はやったことないんですよ。その人が3小隊の1個小隊、引っ張って行ったんです、山へ登って。すると、敵がいっぱいいるもんで、向こうから、手りゅう弾。分隊長、集合かけたんですよ。そうすると、手りゅう弾がそこに落ちて、タカギ准尉は戦死したんです。分隊長は全部、負傷した。誰もいなくなっちまったんだ。

そして、おれらが今度は、行ったわけなんですよ、そこへ。攻めてね。そうすると、また手りゅう弾、また落ちたんですよ。で、キムラ小隊長以下、全部、またやられたんだ。分隊長で残ったのはわたし1人なんです。分隊長って4人いるんですよ。一個分隊からね、四個分隊まで。わたしだけ、残ったんです。もう、どこ見ても誰も兵隊、いないんですよ。これは困ったなと思ったら、戦友1人、わたしと一緒に行った、戦友、いたんですよ、オグラっていう。これで2人では、何ともしようもないから、おれ、戻って中隊長さ、応援もらいさ、行ってくるからって、山を下って行ったんですよ。そうして中隊長さ、言ったら、いないっていうんです、誰も応援は。それから、そして、中隊長と連絡係が下士官とついてきたんですよ。そして、いろいろ作戦を練ってたんだけどね。中隊長とわたし。連絡係下士官なんかは、戦闘なんか、知らないかんね、やったことないんだから。

ほんで、中隊長と、ほんじゃあ、機関銃で撃てば、向こうが機関銃しつかっていますから、撃たれますから、だめだから、おれは手りゅう弾でやりますからって言ったんです。そして、オグラっていう上等兵の人に「おめえ、負傷者から全部、手りゅう弾を外してこい」って言ったんです。そして、手りゅう弾持って雑のうさ、入れて、わたしは敵の5メーターぐらいまで上っていって、サザンカの木の下さ、潜って、手りゅう弾敵さ、撃ち込んだんですよ。

夜が明ければ、わが中隊は全滅だったんですよ、その山を取んなければ。中隊長に、それから相談したんですよ。これでは夜明けたら、患者をどうして下げますかって。そうしたら「これ、困ったなあ」なんて言うから、「じゃあ、わたしが突撃しますから、1人で突入しますから、あんたら、声だけ立ててくれろ」って言って、1人でその山に突撃したんです。朝、もう今々、明けそうになってるんですよ。明けたら、もうだめなんですから。そして突撃やって、敵と突き合ったんです。そして、顔を突かれた。

刀をぶすっと、ここさ、刺さったんです。敵で突いてきたから。こっちから上がったでしょう。向こうは高いところにいっから、こうなっているから、突撃していったら、ここさ、ぶすっと刺さった。


Q:その鼻の頭のところですか?

 ええ、頭のここ、ぶすっと刺さったの。

中隊、二個小隊この山に倒れているでしょう。だから、ここの山に取らなければ、夜、明ければ、皆、ここ全滅になってしまうんですよ、撃ち下ろしだから。


Q:何で自分だけ行こうと思うんですか?

 ほかの人は、芭蕉塘では、中隊長と連絡係の下士官と、おらほうの連絡係の下士官と、あとは兵隊1人なんですよ。兵隊はオグラっていう人。その人、おれと同年兵なんだ。それ、5人きりいないんですから。5人いるんですよ。ほれだから、中隊長だのなんなの、軍刀だの、あとは連絡係下士官が持っている刀は、あたがな(あんなもの)切れないんですよ。

何にもなんないんですよ、あんなの。ただ、格好だけつけて、さげてるだけですから。ほんだから、おれだけ突っ込むから、あんたらみんな、患者を下げてくださいて。「おれは死んだっていいから、おれ、1人で突撃しっから」って言って、おれ、1人で。こっちから突撃の声をかけてもらって、1人で突っ込んだんです、敵さ。


Q:その、5人しかいないっていうのは、何でですか?

皆、やられてまって、死んだふりしたり、まったりしてるんですよ、あとは。それも50人か、60人いるわけなんですよ、本当は。それが皆、死んだふりしたり、まったりしているんですよ。戦う気ねえんだから、あんた。5人きり。中隊長と、連絡係下士官と、おらほうの連絡係下士官と、おれと、あとオグラさんて、おれと同年兵で上等兵でいたんですよ。あと、誰も戦う気ないんですよ、もう。隠れてて。ほんだから、この山、取んなければ今度は明日、夜を明けると、機関銃で撃ち落とされるでしょう。ほんだから、突撃したんです。

30人くらい、いましたね。そこさ、突撃していったの、1人で。まだ、薄暗いから何人来たか、敵では分かんないでしょう。そして、敵と突き合って、わがはここら突かれ、あっちはここら突かれ。敵は歓声上げたら、うんと(大勢)来たと思ったから、山をバーッと下がったんですよ。ほれで助かったんです。

やられたとき、軍医、後から来たんですよ。「もうだめです。助かんないです」なんて。血はドクドク、こう出てっぺし。軍医、後から来たんですよ。4中隊先頭でいっぱい負傷してるんだからね、下に。タカギ准尉は戦死したり、小隊長は負傷して、軍医、呼ばったんでしょう、あれ。おれの山さも、上がって来たんですよ、敵いなくなったから。中隊長が「診てくれ」なんて言ったら「助かんないですよ、これは」なんて、わたしのところ言ってるんですよ。そして、おれ、目を開いて見たら、中隊長、涙こぼしてた。かわいがって。ほんだから、わたしは病院に下がったでしょう。また戻って来たら、おれの足、見てるやついるんですよ、兵隊で。「何で、おまえ、おれの足、見てるんだ」って聞いたら、「いや、あんたは死んだと思ったから、幽霊だと思って」って言って。助かんねえって、言わっちゃやつ、助かったから、幽霊だと思ったって足、見てるんですよ、人の足。

全部、徴発です。だから、いつでも米は10キロくらいは、いつも背負っていましたよ。米ないと、死んじまうもの。いつ見つかっか、分かんないんだ、米。米がないとね。

後方から、何にもこないんだから、食いようないからね。何でも食うほかないでしょう。だから、米とか塩は絶対、離されないんです。食塩ね。食塩ないと、何もできないから。食塩を焼いて、塩を焼いて、ゴマか何かに混ぜて食ってるんですよ。何もこないから、後方から。たまに梅、来るくらいのもんで。

あとの食糧なんて、全然、来ないんですから、一線さ、は。皆、徴発して食ってるんです。

各分隊からね、命令、受けるんです。どこどこさ、徴発に行くから、各分隊2名とか、1名とかって。そうすっと出て行くんです。そして行って、遠くの部落に行って、民家から米だのかっぱらってくるんです。結局、泥棒ですね。そして、いろいろ持ってくるんですよ。

泥棒ですよ。徴発だなんていうけど、ただ持ってくるんだから。

徴発は、おれは行ったことないんですよ。徴発目的っていうのは、結局はそこにはきれいな女だのいるでしょう。そういうがなを狙っていく奴が、なんぼもいるんですよ。そんだこと、言ってはなんねけんど、美人だのいるでしょう。

だから、おれは徴発は絶対、いつも行かないんですよ。徴発は。「おれは行かない」って言って行かない。徴発志願しないと。なんぼもいるんですよ。

食糧確保さ、行って、あと女を見つけに行ってるやつも、いるんですよ、結論的にはね。ほだこと言って、おかしいけんども。

危ないですよ。中国兵もいるわね。ほんでも、歩兵は小銃とか、機関銃、装備して行きますから、抵抗はあまりないんです。

山砲とか、ああいう小銃の持ってない分隊は、やられるんですよ。歩兵は小銃、持ってるでしょう。それとか、機関銃持っていますから、あんまりやられないんです、徴発、行っても。

歩くの大変ですよ。毎日10里以上、歩くんだから。荷物、背負っていなければ何でもないんですが、荷物、背負っていますから、弾薬なんていうのね。なんぼ軽くても、30キロは、背負っているでしょう。重いときは50~60キロでしょう。弾薬なんか背負って、あと米、背負ったりしていますから。自分の被服、全部、背負っているんだから、着がえのシャツとか、何かも。全部、背負っているから、目方あるんですよ。鉄帽だの、持っているでしょう。鉄帽だって重いしね。あと、防毒面ってガスが来たときのやつも、つっているし。だから、重いんですよ。敵からガス弾撃たれたとき、ガス面かぶる。相当、目方ありますよ。今の若い人では、歩けないですよ、あれだけ背負っては。

想像つかないですよ、本当に。戦闘に行った人でなければ。どれだけひどいか。あんなひどいことはないもんね。道路なんて、この辺までぬかるとき、何ぼもあるんですよ。どぶん、どぶんと。


Q:それだけ歩き詰めて、落伍(らくご)してしまう人というのはいなかったんですか?

 落伍する人はいました。おれの分隊でも、1人落伍して、死んでしまった人がいるんだからさ。おれ、足、見たっけが、もう骨、見えるくらいなんだから。まめ、つぶれて、つぶれて。「分隊長殿、わたしを捨てていってください」なんて言ってんです。敵の陣地さ。捨てていけませんよ、おめえ、生きているやつを。それだから、わたしは考えて、弾薬、300発ある箱を4箱、川の中さ、ぶち投げたんですよ。そして連れていったんですよ。中隊に着いたら、死んじまいました。

まめ、つぶれて、つぶれて。初年兵だから隠して、動くんですよ、やっぱりね。古年兵から怒られるから。古年兵にやられますから。古年兵って、古い兵隊いましょう。「そんなことでどうするんだ」なんて気合い入れられますから、隠すんですよ。やっぱり、古年兵はいつ帰られっか、分かんないでしょう、除隊できっか。うちに帰りたくてしようがないんだから、皆。3年も、4年も、いるんですから。じゃ、いつ帰れる。ほんだら、病人なんて構っていられないんですよ。わがさえいいと、いいんだから、帰っちゃいんだから。だから、気合い入れるんですよ、初年兵あたりの。

誰も、おれは足にまめできているとかって、言わないんですよ、先輩に怒られるからね。先輩いるでしょう。隠すんですよ、皆。死んで、果たして靴、脱いでみて分かるだけで、分からないでしょう、そんなの全然、言わなければ。


Q:そんなに歩いたんですか?

 歩って、死んちまう。

毎日10里以上は歩ってるんですよ。30キロか、40キロ背負って。寝ずに歩くんですから、そうやって田んぼ越えたり、あんだ、水、入ったり、まったりしているんですよ、靴の中には。あんな、川、越えたりまったり、ジャボン、ジャボン。平たんなところを、歩いているのでないですから。川、越えてみたり、水の中を歩ってみたり、今度は丘、歩ったりだから、なっちまいますよ。そうして道路だって、あんた、どっぷん、どっぷん、代かいた田んぼを歩ってると同じなんですから。靴のハンバリ、はがれるんですよ。革靴あるでしょう、兵隊の。あいつ、取れてはがれちまいます。あるんですよ。下、あんまりくっついて。あんなぬかるみ道、どっぷん、どっぷん歩ってるんだもの。ここらの田んぼを歩いていると、同じなんですよ。代かいた田んぼ。こんな丘の道でも、どんどん歩いているならいいけれども、泥の中を歩ってるんですから。

山道は狭いからね。狭いところを頼って歩くんだから、見つけて。そうして石、出てたり、こっちに何か、出ていたりしているでしょう。本当の道でないんだから。ただ道を、わがら見つけて行くんだから。民間人が、歩った跡だのを頼り、頼り、行くんですから。そんだから、こんな広い道なんか、ないんですよ。そんだから、山砲なんか、一緒に行ったとき、馬なんかみんな、たたき落ちちまったことがあるんですよ。道、歩いて、山岳戦で。何百メートルも下さ、馬が全部、落ちちまったんですよ。こんな細い道だから、山岳戦で。

すごい崖ですよ。どこまで下に。100メートル、200メートル下のような崖ですよ、皆。そういうところを歩くんですよ。

壁みたいになっていてね、その中間の道みたいなところ、そんなところ、ずっと歩いていくと、兵隊だって、落ちるやつがいるんですよ。


Q:兵隊でもいたんですか?

 いました。山砲なんかはうんと、下りたんですよ。馬、10頭ぐらい、落ちたんでねえかな。ひょいって。ほんだから、今度、山砲は今度は、砲を担いだんですよ、みんな。山岳戦はほんと、こんな山、歩くんだから、そうでしょう。どこまでも、山ばかりなんだから。そんな道なんか、ないんだから。

敵と交戦が始まるでしょう、前で。そして、休憩できっから、後ろの兵隊は喜んでいますよ。敵、頑張ればいいなと思って。敵が頑張れば、休んでいられるでしょう、後方で。ぶつかった中隊はひどいけれども。戦っている中隊はひどいけんとも、後ろのほう、何もやっことないから、休憩していられるんですよ、ひっくり返って。


Q:後ろの中隊が応援に行ける状態じゃないんですか?

 行かんでもいいんですよ。最初の中隊が戦闘をやるんだから、先に立った中隊が。後ろから、それはうんと、あまりでかくなっと、行くけど、普通は行かないんですよ。いちばん最初の中隊が戦うんです。終わるまで、休憩ですよ、後ろでは。敵、頑張っていればいいな、なんて、思っていますよ、後ろのほうでは。休まれるでしょう、敵と戦っているうちは、行かんにんだから。


Q:それが本音ですか?

 本音ですよ、これは本当の。敵、頑張ればいいな、なんて、みんな思っていますよ、誰でも。ほかの中隊でぶっついたときね。自分らが、ぶっついたときは容易でないけれども。

あそこは日本軍行くとは思わなかったんだもんね。全然、向こうではそういう考えしてなかったんでないすか。ほんだもんで、河池に皆、避難したんだもんね。

日本軍行くと思わねから、行っちまったでしょう。各戸から避難してきたやつが集まったから、日本の兵隊、押してっちまったから、今度、逃げようないんですよ。だから、自動車なんかはね、全部エンジンさ、火つけて焼いていったんですよ。自動車、道路、独山まで走られないでしょう、人いっぱいで逃げていくんだから。人ひいっちまうもの。そんじ、自動車は全部、エンジンさ、火つけてね、焼いちまったの。


Q:菊地さん、ご覧になったんですか?

 いや、見ましたよ、そいつは。おれは最後に追及したから。道路、いっぱいになって、逃げていくんだから、向こうは。だから、自動車なんて、走りようないですよ。何メーター、4メーターか、バス交換ぐらいはできるんだよな、あの道路。そいつ、あんた自動車なんて、走れないですよ。人、どんどん逃げていくんだ、独山のほうさ。避難民が。

やっぱり、着たまま、逃げてるだけです、ただ。だから赤ちゃんだの、なんだの投げていっちまうわい。わが身のほうが大切だから。

赤ちゃんのことは、ただ、ぶん投げておくんです、道路さ。あちこちさ。きゃんきゃん泣いてるんですよ。

生きていますよ。捨ててっちまったんだから、皆。何人もいましたよ。

道路はいっぱいになってっぺし。自動車なんかは、歩きようないんだから。道路いっぱいになって逃げてるんだ。

かわいそうだと思うよね。赤ちゃん、ただ、ぶん投げておくんだもの、道路に、どんこどんこ。10人以上は投がってたね、おら見たのは。これは戦争というのはひどいものだと思ったよ、おら、赤ちゃん見たとき。

いやあ、戦いはすごいですよ。弾、ぼんぼん来るんだから。10メートルか20メートルきり、離っちねえんだもの、日本と。駱駝山(ラクダヤマ)は。そして、最後に突撃してね、アダチ分隊長が突撃して、そこの山、制覇したんだけんとも。


Q:これ、山を取られたらどうなるんですか?

 山取られたら、こっち、やられますよ。河池はね、独山というところまで、押したんですよ、日本兵隊はね。おれらは。そうして、警備しっとこがないんですよ。そんじ、河池まで反転して、河池の山の地形がいいから、そこで、警備についたんです。

その河池の山ですか。そこの山では毎日、陣地構築です。陣地構築ね。地下、掘ったり、交通壕(ごう)ってあるでしょう。敵に撃たんにように、穴、深く掘って、向こうのほう撃つように、射撃場をつくったり。夜は寝ないで100メートルか、200メートル、下がっていって、くい打って、針金、絡んでくるんですよ。突撃してこられるのおっかないから。それ、やるんですよ。毎日、毎日、夜、やるんです。昼間やっと、撃たれましょう。夜、やるんです。このくらいのくい、打ってね、そこさ、針金、絡むんですよ。そしてまた、ちっと離して、針金。突撃してくっと、来られねえでしょう、それさ、引っ掛かっから。そうやって暮らしてたんです。そして飯は、2升送って、毎日、毎日、陣地構築なんですよ。岩山だから掘れないんですよ、固くて。そして、作業隊から援応もらって毎日、構築やってたんです。

おれは上がったきり、下ったことないんですよ。山さ、上がって、宿舎さ、寝たことないんです、1回も。反転まで。5月20日に反転作戦命令、出たんだからね、あれ。おれは山さ、上げらっち1回も、下がったことないんです。宿舎に。だから、よく町なんか知らないんですよ、上がったきりだから。サクマ班長に馬鹿にしらっち、「おめ上がれ、菊地、あした交代、来っから」なんて。頭にきたから、機関砲で宿舎の屋根、撃ったことあるんですよ。自分の宿舎。交代こないから、頭にきたでしょう。1回も交代こないんだもの。今度、頭にきたから、宿舎の屋根、狙って機関砲で撃ってやったの。バリバリ、撃てとなって。ほうしたら、騒いでたね、下で。うんと。どうしたんだなんて、電話よこすんです。いや、敵、来たときどういう砲で撃つか、撃ってみたんだなんて。わがの宿舎、撃ったんですよ。

その山で、おれの子分が全部、死んだんですから。その山で。おれさ、命令、来たんですよ。その山、警備しろって。ちょうど、3時ごろなもんで、マラリアにかかってたんです、がたがたと。そうしたっけが、「そんじゃ、4分隊長やっから兵隊、貸してくれ」なんて。「はい」なんて言ったっけ、自分の兵隊、引っ張って、全部、行ったきり終わりです。全部、死んちゃった。

山の頂上で戦った。そして負けて、逃げたんだね。逃げて、友軍のほうだと思って、草、かぶってっから、がんけん(崖)になってっとこ、分かんなかったらしいんですよ。谷底さ、落ちっちまったんですよ、皆。頭だの撃たれて。千丈の谷さ。100メートルくらいはあったんじゃないですか、その谷。

なんして、反転しんだべなと思ったんだ、おらも。どうして、反転しんのかななんて思って。ほんだけんとも、いや満州さ、行くんだなんていうやつもいっし、上海あたりさ、行くんだなんていう人もいるし、兵隊にはさっぱり分かんないんですよね、そういうことは。上の人のほうでは分かっていたんだべけんともね、連隊長とか、何かは。どういう意味で下げたか。おれらには分がんねわい、兵隊だから。一兵卒に分かんねわい。上から命令、来れば「はい」って行くだけだけで。

命令って、反転作戦の命令、出ただけでない(だけでしょう)。あとは何も教えらんにべ。兵隊になんか、何も教えないから、誰もね。ただ命令、出るだけで。どこどこまで、下がれとか、どこどことか、命令、出るだけだから。なんにも分かんないんですよ。

行ったところに、どうして、戻るんだとは、思いましたね、やっぱり。なんして、帰んのかなと思って。「今度、満州さ、やられるために下るのかな、ほんとに」なんて思いましたよ、おら。

思いましす、やっぱり。なんで帰るのかなと。


Q:打通作戦自体の目的は分かっていたんですか?

 大体、おら、そんなに思ってないんです。重慶さ、ほんとは行くのかなと思ってだったんだけどね。重慶を降ろすのかなと思っいていたんだ、おらは。本当のことは。重慶陥落するとつのかな、なんて考えてはいましたね。

うわさ。やっぱりうわさ言うからね、いろいろ。ただ、初年兵、来ると「日本には何もねえんだぞい、あっちこっち陥落してるんだ」なんて聞かされっと、日本は負けているのかな、なんては思いましたからね。

内地から来る初年兵の人たちは、「日本は負けてんだぞい」とはよく言ってましたね。

機銃掃射は帰りです。反転作戦に何回も会いました、機銃掃射は。


Q:それは昼ですか?

昼です。反転作戦は夜間ばり、大体、夜間、歩ったんです。昼間は機銃掃射、食うから。

 機銃掃射はすごいですよ。何台も来てるんだからね。ババババババッと撃つでしょう。そうして行ったと思うと、また別の飛行機が、来てるんだから、後ろさ。ダダダダダ、ダダダダダッ、5機ぐらい、来るんだからね、1回に。だから、もさもさしてらんにわい。相当、コンクリ、このくらいの刺さるんだからない。コンクリの厚さ。帰りは毎日、ぶくわっちゃ(追いかけられた)んだよ、アメリカの飛行機に。反転作戦はね、毎日、毎日。そんで、夜間行軍、やったんです。


Q:機銃掃射の怖さというのは、どういうものなんですか?

 あれはものすごい勢いで来ますよ。下がってくるんだからね、あれは。すれすれまで下がって、くるんだから。で、撃ちやがんだ。高いところから、撃つんでねえんだから、土さくっつきそうになって、撃ちやがるんだから。ババババババッと。パパパパパパン、パパパパパパンって来るんです。一機ばっかりで、来るんでねえんだから、5機ぐらい続いて来るんですから。ものすごいですよ、機銃掃射は。

損害は、死んだやつ、なんぼもいますよ。機銃掃射でやらっち。すごいから、機銃掃射。だから反転作戦は夜ばり歩ったんだからね。大体、夜だから。昼間は歩かなかったんだから。


Q:何か対抗、できなかったんですか?

 対抗なんか、できないですよ。対抗したって、負けちゃいますよ。撃ったくらいでは、機関銃で。全滅になっちまいますよ、抵抗なんかしたら。

皆、隠れますよ。ダー。上からは、よく見えるんだもんね。飛行士なんて、よっく見えるんだから。撃つとき、アメリカの。いや、帰りは毎日、やらっちゃわね。毎日、追っかけてくるんだもの。

反撃なんか全然、しないですよ。日本の飛行機なんて。だから全然、昼間は歩けないんですよ、危なくて。夜ばかり歩って。毎日、毎日、夜ばかり歩ってきたんです。日本の飛行機なんて、1機も来ないですよ、戦いさなんて。空中戦なんて、見たことねえもの。

夜、眠くてね。歩って、居眠りして、前さぶっついたりしたりまったりする人、なんぼもいるんですよ、眠っては。眠って歩いてるんです。そして前さ、行って、ぶかんとぶつかって目覚めたり。あと、間違って脇の堀さ、入ったり。夜行軍なんては眠たくてね。皆、眠いんだ、ほだわい、あんた。


Q:反転しながら、夜行軍なんですね?

 ええ、反転しながら夜行軍なんです。敵は真っ黒に追ってきてるんだから。すぐ後、中国の兵隊、追ってきてるんだからない。最後の兵隊。

どんどん来るんですよ、今度、追って。

兵隊がどんどん、どんどん避難民みたいに、追ってくるんですよ、くっついて。ほんだから、おれらなんて部落、焼き切ってきたことあるんですよ。部落さ、火つけて。あんまりおっかなくて。最後尾、来たから、敵、どっから出っか、分かんないでしょう。家さ、屋根さ、火つけて、焼き切ったこともありますよ。


Q:なんで、火なんですか?

 火つけっと、敵、来るの見えるでしょう。平らになっから。

敵、すぐ側さ、ついてるんですからね。50メートル、100メートルくらいに敵いるんだから。ほんだから、容易でないわい、来るのは。最後尾は。敵、追ってきてんだから。勝って、向こうは勢いついてきてんだから、今度はね。負けて逃げていくときと、違うから。向こうが勢いついてるんだから。


Q:怖いんですか?

 やっぱり、怖いですよ。どっからか出てこられっと、全滅に殺されっちまうもの。捕虜なんかになったら、とんでもねえことになっちまう。

最後はただ、追ってくるだけで銃だのは撃ってこないんですよ、敵も。ただ、日本の兵隊のところ追ってくるだけで。

撃ってこないんです。ただ、追ってくるだけなんです。ぶくって。撃ちはしないんです。おら、撃たっちゃことないもんね、全然。


Q:こっちはどうするんですか?

 こっちは、ただ、どんどん下がってくるだけで。


Q:戦闘というのは?

 戦闘はないです。反転作戦でやったのは、五旗嶺だけでしょう、やったの。五旗嶺では戦闘やったんだんね。


Q:反転で600名ぐらい戦死者が出てるんですけれども?

 ほだに(そんなに)死んでたんですか。中隊では、死なないですよ。ほう。おらの中隊はあんまり戦闘、やんなかったね、反転作戦では。敵と交戦。

部隊、おんなじところばかり歩くわけでもないかんね。下がってくるときだって。600人も戦死したんですか。


Q:どういう心境なんですか、しんがりというのは?

 命がけですよ、やっぱり。下がるには。いつ敵、出てこられっか、どっから出てこられっか分かんないからね。おらなんて、だから火つけたんだ。敵、どっから出っか分かんねえから。ばあちゃんなんて、拝んでた、火、つけねでけろって。ほんじゃってない、どっから出てくっか分かんねから。

難民の人で拝んでた人いたったぞい。

部隊からは離れてはなんないんですよ、絶対に。だからおれは弾薬、投げたことある。弾薬300発の4箱も投げたんですよ。もさもさしてっと、敵につかまっちまうから。中隊長に怒らっちゃって、いいと思って、階級なんて下げらっちゃっていいわね、命よりは。助かったほうが。

自爆はうちでも5~6人はしましたよ。「出発」と言うと、手りゅう弾、発火して、抱くんですよ。行軍がつらくて。6人くらいは死んだね、中隊でも。「出発」と、命令が来るでしょう。そうすると、手りゅう弾をダッとついて、腹さこう抱いているんですよ。そばへ、寄られないんですよ、危ないから。爆発しちゃう。行軍がつらくて死ぬやつ、5~6人は中隊でも、死にましたよ。行軍がつらくて。「出発」と言うと、死ぬんだから。自爆しんのね。皆2発ずつ手りゅう弾を持っていますから。いつでも自爆できるんですよ。


Q:菊地さんの目の前でもあったんですか?

 見たことありますよ。それで飛んで、腸が屋根さ、ひっかかった。べろんと。

いや、声かけらんにんですよ。やめろよって言ったって、遠くで言うほか、ないんですよ。45度にはねるんだから、そばさ寄ったら、自分も死んちまいますよ。

今はまっと開けんとも、おれら使っていたころは45度に、爆発したんですよ。手りゅう弾は。手りゅう弾でも、何でも、日本の兵器は大体45度くらいに跳ねたんです。今のは平らになっているらしいね。だから、立ったりまったりしているとやられちまいます。伏せればいいけんとね。

結局、行軍がつらくて死ぬんでしょう。行軍の出発命令、出っと死ぬんだから。もうこれで、おれも歩けないからと思って自殺しるんじゃないですか。

兵隊なんか、死んだって、何だと思わないんですよ。兵隊なんか。また死んだのかなんて。本当に。

ここらだら、心配しっけんと、兵隊なんか、そんな心配なんかしていないですよ。だから、おれは今、本当のことを言えば、おれもほかの人が死んだのを何だとも、思わないんですよ、戦地で暮らしてきたから。

そんなふうに、なっちまうんですよ。毎日、死んでいるんだもの、あんだ、そうしたらあれだわい。そうなっちまうんですね、自然と。

つらいか、分かんないですよ、兵隊は本当に。あんなつらいところはないですよ。二度と行きたくない、兵隊には。命令、来ればどこだって、行かなっかなんねえんだからね。上から命令、来れば。本当につらい、兵隊だけは。死ぐってこと、分かっていても、行かなばなんねえんだから。

何で、こだこどやったんだべなと、思いますよ、今では。戦なんか、何で、こだこどやったんだべなと、思いますよ。ほんとに、こんな馬鹿みたたいなこと、何で、やったんだべなと。そのころはね、まだ兵隊だから、張り切ってたからね。そんなこと何で、やったのかな、負け戦、なんて思いますよ。おれらは戦は負けたとは、思っていなかっただもんね、おららは。ほんとに。勝ってっと思ってたんだ。

馬鹿みたいに。何も、なんないんだんない。ただ兵隊、殺してきて、何にもなんねっちまったんだもの、湘桂作戦。河池まで押してってない。何の効果もないんだもの。帰ってきたって、何の効果もない。ただ行ってきただけだ。兵隊、苦しんだだけで。そんなばかな話、ねえわね。あだどこまで、何して押したんだか、おらは分かんないけど、命令だから、行くほかないから、行ったげんと。まったく、兵隊は、容易でないとこだ。二度と、戦はやってなんねない。戦はだめだ。

出来事の背景出来事の背景

【中国戦線 大陸縦断 悲劇の反転作戦 ~福島県・若松歩兵第65連隊~】

出来事の背景 写真陸軍歩兵第65連隊、兵員のおよそ半分は福島県出身者で、幕末の戊辰戦争で官軍と戦った「白虎隊」の名を受け継いで「白虎部隊」と呼ばれる精鋭部隊だった。
日本軍が劣勢に立たされた昭和19年(1944年)、中国戦線にいた65連隊は、50万以上の兵力を投入する陸軍史上最大の作戦「大陸打通作戦」に送り込まれた。
この作戦の目標は、中国大陸を南北に貫き、東南アジアから物資を運ぶ陸上輸送路を切り開くこと、日本本土への空襲を防ぐため中国南部の米軍航空基地を攻略することだった。
昭和19年4月、作戦は始まり、1000キロを踏破する行軍が始まった。
65連隊は、精鋭部隊として、幹線道路や線路沿いを進む主力部隊の盾になるように、険しい山岳地帯を行くことになった。そのため、頻繁に中国軍の攻撃にさらされ、戦死者が増えていった。
その間、日本軍は、「長沙」、米軍航空基地のある「衡陽」を攻略するが、昭和19年7月には、サイパンが米軍に占領され、本土空襲を妨げるという目的は意味を失った。

行軍はその後も続けられ、65連隊の兵士たちは、補給が途絶える中で飢えと渇きに苦しめられた。1300キロを踏破した時点で、兵員3800人のうち、900人が命を落としていた。

昭和20年3月、大本営作戦課長として大陸打通作戦を立案した服部卓四郎大佐が、65連隊長として着任。その直後、中国北部や中部の防衛のため反転が決まった。65連隊は日本軍部隊の「しんがり」となり、撤退途上、中国軍の追撃の矢面に立たされる。さらに、米軍機の機銃掃射を受けるようになった。兵士たちの中からは、苦しみから逃れるために手りゅう弾を炸裂させ、自決する者が続出した。

昭和20年8月、敗戦。2000キロを歩きぬいた65連隊は、この作戦で1500人が命を落とした。

証言者プロフィール証言者プロフィール

1939年
会津若松歩兵第65連隊に入隊、中国上陸
1944年
大陸打通作戦従軍
1944年
銃剣で額を突かれ負傷、野戦病院に入院
1945年
復員、福島交通勤務

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中華民国(衝陽、信陽)

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