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タイトルタイトル: 「今日を生き延びるために」 番組名番組名: [証言記録 兵士たちの戦争] 飢餓の島 味方同士の戦場 ~金沢 歩兵第107連隊~
名前名前: 奥村 兵五郎さん(金沢・歩兵第107連隊 戦地戦地: ミレー島  収録年月日収録年月日: 2009年11月1日

チャプター

[1]1 チャプター1 ミレー島へ  03:42
[2]2 チャプター2 砂地に掘った防空壕  02:31
[3]3 チャプター3 吹き飛んだドラム缶  03:18
[4]4 チャプター4 使わずじまいの曲射砲  04:29
[5]5 チャプター5 分散して自活せよ  04:56
[6]6 チャプター6 チャガローを採る  02:06
[7]7 チャプター7 標的  02:42
[8]8 チャプター8 海軍食糧倉庫の衛兵当番  02:25
[9]9 チャプター9 終戦直前の奥村分隊  03:25
[10]10 チャプター10 離島で終戦を迎える  02:35

チャプター

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番組名番組名: [証言記録 兵士たちの戦争] 飢餓の島 味方同士の戦場 ~金沢 歩兵第107連隊~
収録年月日収録年月日: 2009年11月1日

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それは増援に行くちゅう話やったんや。ほいでマキン・タラワがやられとるんじゃ、そこへまあうちの部隊は増援に行くちゅうたけど、そういうふうに言ったけど、向こうの飛行機が激しいために行かれんね。表のほうじゃ、そうやりたかったんやろうけれども、行ったかてあんた、死ぬようになってしまうやろ。それはあんた、死に行くようなもんじゃさかいね、それであんた、あのう加減見てはおって、おってん。
ほしたらいよいよと、もうマキン・タラワは玉砕やったら、これはなんじゃさかして行ったんやけども、向こうは船出たら、向こうはあれなんで。どやちゅうたら、飛行機が激し来るもんじゃさかい。
ほしたら、後ろへこうして回っていって、あの撃てとこ回って、あんた、ミレー島へ放り上げてん。

とにかく夜明けたら、あの暗い、12時ごろか何時ごろやったか、その時分に着いて、その船を乗り上げて、その船が行くまでに2時間かかった。2時間。もった、もった。あのでかい船なら放り上げせんで行くけど、あんた、300メートルも浅瀬やろ。ほんじゃさかい、その船が何じゃろね、あのでかい船はちょ、あの桟橋まで着けんもんじゃさかいね、揚げてはまた戻って、そのちんちゃい船に乗せていかんならんやろ。そじゃけあんた、2時間もかかった。
そんでみんなあんたら、死に物狂い、はよ揚げんならん、船戻らなまたやらってしまうっちゅから、はようせい、はようせいて、みんなそう言って。うん。桟橋まであんた着けんならん、300メートルの。船はそこにおるし。このあれ、その船は放り上げて、また行ってまた下りて、そしてあんた2時間かかった。そして揚げて行って。
ほしたらあんた、夜中にその桟橋上がって、だってどこ行ったやらわからん。あんた、暗がりに上がってんやさかい、どこ行ったやらわからんけれど、まあちんちゃいヤシの木がずっとあった。みな、そして行ったん。明日なって初めて、9中隊どこ、なんやどこやちゅうことがわかって、その方向行って。
ほでうちはあの坂本隊て大隊砲ちゅう、そういう小さい小隊やもんじゃさかい、その滑走路のそばに近いとこにおったんや。ああ、夜が明けたなあって。ま、滑走路のごとは立派なのができとったわいね。何も傷も何もついとらんけど。そやけどその入れる・・何あんた、何回も何回も爆撃受けてがって、ある程度傷んどったち、飛行機も。飛行機がずっと入っとったとこへ爆撃が落としていった。爆弾落としていったもんじゃかい、傷んで不能な、そこ直されんもんやさかい不能なのが5、6機おったね。そんだけだけはあの何やったわ。

夜が白々、白々としてもう明るうなって、今みたいな、きょうみたいなもんじゃ。まだ夜明けてあいなくのこんなようなとき、そのザワーッてもうね、何じゃ、50メートルか、まあ100メートルでもないけれど、50メートルも落ちとったかな、グワーちゅうだし、海面すれすれに来るさかい、それまでは音も何もせんのや。
ほいでほんなあんた、今飛行機が来るか、今何が来るかって言っとる者だれもおらんさかい、ほして来たら、「ウワー」ちゅって、落としてがって、うろたえて、あの今度は壕に、海軍が先に上がっとってんやさかい、海軍の壕でもどこでもみんな隠れたわけやちゃ。ほしたら飛行機が、爆弾落としてサーッと上がってって、ほしてまた回ってきてくるがって、また人影のおっとこ、ボカー、ボカって落として、落としてった。

ほしたら早速あんた、どうやちゅうたら、あのおらちの部隊、今、・・・上がってったから、そんな壕もだれもこしらえてくれんし、なかったやろ。ほでそやからあしたからエンピ(円匙=シャベル)であんた、砂やさかいに掘るがなことは楽なので、けど壕つくらんならん。壕つくっとったとき、爆弾落としてっては、ほしてまあつくって。
で、とにかく、ただ頭隠すだけのね、壕ほじって。ほであのあんた、立てておられんけど。たいてい、ほいですくんであったけね。上靴て、まああの靴やわね、靴のあんた半分ぐらい水がたまるんえ。海軍あんた、あのー、いじめたやろ。そだからあんた、ほんだけいじめてるのあのほじって、ほしてヤシの木切って割って、ヤシの木こうして渡いて、ほして泥かぶして。ま、要するにあの爆弾のあんた、そんなものはどんな、手でもコンクリでもかち割ってしまうもの、木渡してがって、ほしてまあ一時しのぎにそうしとってん。ほじゃから何だ、あの上靴の長靴が濡れてしもう。靴がね。そんなとこやった。

一番おれが悲しいのはね、上陸するなり、あのドラム缶なんじゃろう、まだあったかもしらんけれど、あっときに300本ぐらいの山2つに上がったら、ほしたらヤシの木の高さよりまだ高いやど、ドラム缶を積んで、ドラムこうして並べてこうして積んだらな、こんななるばいに。そんだけ高いと、ドラム缶の積んであった。それは状況の良いときに、船に運んで積んであったんやろうけれども。
ほしておれたちが行ってなしたら、あんた2週間も経たんうちに、それにあんた、あの爆弾を落としてなったんがか、それを撃つためになしたんかったら、燃え跳ねた。その火の上がりは空まで上がったわい。ガソリンのドラム缶やろ、ガソリンばっかりやど。そんなあんた、取り出す間も何もねえけど、みなあんたガソリンよ。ガソリンのそのでかい缶が、こうして積んであったがね。ほしたら弾当たってそんな燃え続けたわ。「ああー、ひでえもんじゃな」と思ったよ。そして日本からたんと送ってくれたが、一瞬の間になしたなって。そんなとこおったと。
まだあれは当然南北に上がっとったんやろうけど、おれは2か所、おらちのほうから見えたがやね。そういうひどいもんや。ドラム缶あんた、300本か500本か数は知らんけど、山のごとくにあんた、ヤシの木の高さよりまだ高いのがこうして積んであったが、「はあー」って。それはどうやちゅうたら、先に上げとかにゃ、いざちゅうときに間に合わんさかい。飛行機が出入りするさかい、要るさかいに揚げたもんや。うん。
それあんた、そんな隠すわけにいかんもん、隠されんもの。平地はヤシの木あったから、そのヤシの木を切ってそのそこに、あの砂のあっとこに置いただけであった。何もできんやろ。それ全部いってしもうた。「はあー、なあ」と思っておった。いっぺんにそんだけのあんた、あのードラム缶、ほれがドーンと散でがって。あのガソリンが爆発。ドラム缶が爆発するが音はあんた、まんでねえぞ、でかい砲を撃つようなもんじゃ。ボカーン、ボカーンて。ほしてそのあのドラム缶な燃えたかにゃ、こうして上へ飛んで上がるんよ。ひでえもんじゃな、「はあー」ちゅうて、笑い笑いしてあんた見とった。そんなやられてしもたていうか上げたわね。格納庫の後ろにでも、ていていと積んであったんが一瞬でやられてもうた。うん。

おれはね、曲射砲(弾道が弧を描く砲、迫撃砲など)ちゅって、曲射砲ちゅうのはこんなごとのバンで、砲が、あのこんだごとの砲が、こんなもんじゃな。こんだごとの砲、こんなもん。そこへ弾をこうして入れるんえ。何を入れてね、ほして今度はそのそこに、何をちょっと引かりゃ、その瞬発信管やもんじゃかい、こうして当たりん。ほしてほな、バーンと飛んでいくげ。ほで、それを撃つには、全然な間に合わん。持っていってあの隠すとこないもんじゃかい、壕ほじってがって、それを隠して入れたなり、ただのいっぺんも使わんと入れたなりで。どないなっとっか。腐ったか。ほで恐らくそういうとこへ爆弾なボカーンと当たったら、そんなものはパーッとなしてく。ただのいっぺんも。
おらばっかでね、みなそうやで。持ってった兵器、あの山砲持ってったった人やもそうや。山砲あんた、ほんとのでかい山砲でねえげ、ちょっと小型のそういう山砲持ってっとるんえ。どうやちゅうたら飛行機が近く来ると撃つだけやさかい。そんながでもね、いっぺんも使わんと。みなほじってがって、そこへ入れて、ほいで泥かぶして隠して、ほんな飛行機が来たって間に合わんし。それで撃っても、撃っとる間に飛行機があんた、パーッと海面すれすれにこうして来てがって、こうして回って、こうして行きゃ、そんなもん撃ってる間もどこにも入れん。そやろ。ほげなもん全然使わんじまい。

ま、人間対人間なら、こうしてやっとるちゅうのがことなら、そら誰でもやれるし、できるけれどね。そんなあんた、何もないもの。隠してあるもの、今飛行機が来てやったって、それどうやってがって、そういうのはできるわけがねえげね。ただそこに置いたら置ききりや。うん、うん。ほでみんな、ただ、ほみたいなもんや。今から考えりゃ、みなでその武器をほげて、抵抗できんもの。相手は飛行機やもの。そういう戦争やったね。うん。

Q:じゃ陸軍の人たちは、陸軍の人たちは、結局逃げるだけってことですか。

うんうん、そうそう、逃げるだけや。うん。いや、海軍にしたって何もあんた、飛行機と飛行機なら、こうして空中、空中戦でも何でもできっけど、海軍な、どんだけおったって、そんなもん、そうおらんずに。海軍な、ほんの守備隊よ。わずかでおらんげ。おらんけれど、なんも見とるだけやねん。ただ、東西南北の高射砲だけが動いとるちゅうだけ。

ほしてこうあの海軍の高射砲で撃つ、そんな当たらん。それから高射砲、撃ついうことは向こうは敵はわかっとるんやさかいね、すれすれにこうして来るんよ。それじゃ高射砲あっても何ともならんわ。

相手は飛行機だけやろ。こっちは何もあんた、弾持っとった、鉄砲持っとった、何持ったって、あんたあのほんなものどうにもならんが、そやろ。逃げるだけの、逃げるっちゅうはおかしいけど、隠れるっちゅうだけの仕事。
ほんでたまたま掃射終わって、そこへ直撃受けたがにゃ、こうも何もねえ、みじんになって、木端みじんになってもうてがって、ほいで終わりなるで、当たらんなんださかいに、こうしておられるがで。何もあんた、怖いも何も言うとられん。「ああ、爆弾の落としていったちゅうけど、当たらんだ。ああ、助かったじゃ、また1日助かった」。無抵抗、どうにもならんし、手も足も出んがいね、あんた。そやろ。何か弾でも撃ってどっかあた、当たればなら、また一つもやるっちゅうことあるけど、そんな余裕はねえもの。

(食糧を)全然持たんげ。ほんとにあのー持たん、持たんげと。ほしたら今度は、行ったら海軍があのミレー島へ上がっとって、先に2年も前から行っとる。そこからちょっこしやって受け取って。受け取って。海軍が先に糧まつ(兵士の食料)上がっとし、あの人員が少ないし、糧まつ上がっとるんで。そういうひどい目に。

Q:分けてもらったわけですね。

うん、ちょっこしもろうたんやけど。海軍もわがかんとってくれるんは誰もおらんし、あらしもいつ戦争が終わるやらわからんさかい、あるがなかなか出し惜しみして。どんどんどんどん船が順調に来てがって何すりゃ、「おう、みんなでも持っていけ。また取るわい」ちゅうことあっけれど、出さんがい。ほでだんだんだんだん本部から、大隊本部がまたなかなか出し渋る。中隊来りゃ中隊で。

Q:離島に行く前は、相当やっぱりつらかったわけですね。離島に行く前。

うん、そらどうやちゅうたら、米がね、あれは昔からあの軍隊は2合、1日2合やちゅうにしとってん。当たるもんは今度はだんだんだんだん米が、あのー糧まつが決まっとるんで、海から来んもんじゃさかいに、今度はされとがっておかゆ。ま、おかゆやね。おかゆから、それからちょっこりこんた半おかゆみたいがにしては、けっこうに食っとってん。食い延ばしせにゃどんならんもん。米が来んもの。うん。

ほしてどんならんごとなって、今度はエネゼット(島)行ってん。エネゼット行ったら、行った当時は、今度はヤシの実もあっし、ヤシの実もあったし、今度はあの草も、食われる草もあって、ほんでそれを食っとったんやけど。今度は各中隊からみな各島々にやったら、人は増えたわ。今度は何や取るもんが今度はないようなってもうて。みなあんた各中隊からあの離島へ離島へ来てみんなやったら、大勢になったら、いっときに、みじんげにやられてもうた。ほしたら結局海へ出ないとならん。

そやけどまあお陰さまで、おらなしてきたちゅうことは、分隊に、要は海へ魚取りに。あのこの島の人やもんで、島の人は能登島やぞ。能登島の人、魚取ることが上手やったもんで、ほんで3日にいっぺんぐらい魚大概取れたわや。ほな行くたんび毎日取れりゃいいけど、ほんな「ああ、きょうは取れなんだ。きょうはおらがん」ち言っとって、取ったってこんなちんちゃいの、ほんなで。ほしたらそのこんたね、カブシ(雑魚と野菜などの煮物)にしてこうやって。ほしてあのみんなして食うげちゃ。それが関の山や。何も、余なものは何もあんた、何もないもの。そやろ。
そしてがってまあおったんやけど、あの中島の人でも海へもぐるのが上手なんで4人、ありがたいことに4人おったった。あの10人、あの1個分隊8人か、あの1個分隊おったんやけども、

普通のやっぱり兵隊ちゅうもんなりゃ、階級もあるし年齢もあるもんで、普通ならあんた、厳しいのがほんとだけど、そんだけまで下がってもうたら、もう兄弟みたいなもんじゃわい。生きていくだけの生活やもの。うん。ほんな班長やさかい、おめ兄貴が先、おめ弟が先やって、だれも言う者おらん。みな、「おい、おい」名前言うてがって。ほしてがって、こうもせんか、ああもせんかちゅうて。あの兵隊ちゅうこと、そういうあの感覚はないようになってまう。そうせなんだらやっていけんげ。生きていかんならん、生活せんならんから。
前の軍隊に入ったかな、敬礼が悪いとか、あれが悪いとかちゅうてがって、何でも言うて、ガンガン厳しゅう言うたけど、今はそんな時でねえんえ。生きて生活していかなならん、生きていかんならんちゅう、ただそれ一つやろ。ほんじゃから、あの兄弟と一緒や。ああじゃ、こうじゃちゅうて、ワーワーちゅうて。ほして食う、食うことだけやろ。

いや、何せまあね、ヤシの実のことは、まだとうにねえがなってもうてる。そんなはや行って、あいなこみな取って食ってしもうて。
ほしたらね、チャガ、チャガロも、チャガローちゅうのは、あのヤシの実の木はね、こんた皮をむいた、あの皮をむいたかいにゃ、そのしずくが落ちるのをチャガローちゅうがで。今にすりゃ、まあ何じゃあの茶、茶の色みたい。そんなんがポツンポツンと落ちてがって。こんだごと、一晩でこんだごとたまりゃ、ほで最高のあれで、そんなものも分けて飲むんげど。それはこりゃ栄養あるげん。

Q:敵にみつかったことはないですか。

敵どころか、そんなものはいつもかもやわい。ほしてヤシの木へ上がっとるやろ。ほしたら飛行機が、「ありゃあ、来たがいなあ」と思ったがにゃ、はやあんた、音がするぞと思ったがにゃ、フウーッと今度はヤシの木の頭すれすれに。いつの場合でも、そんなヤシの木のそんな高いもんは何も来んね。海面すれすれに来て、ヤシの木あのすれすれにあんた行くげな。
ほしたら、おら木上がっとったら、それを見つけてん。上がってるちゅう。ほしたらおらヤシの木の上で動かんと、こうしてつかまって。見つけたらぐるーっと回ってきてがって、バリバリー。今度はあのー、機銃掃射するんえ。はあー。ほしたらその木々にどやしたら、弾当たるんえ。ほしたらパシパシー、パシパシーちゅって音がする。生きた心地がせんね。「はあー」ってこうやって。木にこんなして。

干潮でなけりゃ行かれんやろ。干潮見て、めがけて今度は飛行機が来るげちゃ。ほして「お、おるぞ」と思ったら、バタバターッて。どんだけ死んだやらわからんな。毎日のこっちゃさかいね。だがそこ行かにゃ、そして魚でも取らにゃ、取られんげに食うものねえんえ、何もねえもん。ヤシの木はやらってしもうたわ、ほしたら何も。ものを作るったって、作るあれもせんし。爆弾みな寝ても起きても落とすもんで。ほしてあんた、まるで灰になってしもうた。うん。ほしたらあんた、

おまえ何さかい、大隊本部へ連絡に行ってきてくれって、小隊のもんが・・・だいぶ離れとるがで、ほして行って。さあ今度は、干潮から干潮、こっちが干潮になったら、今度は歩んだ。真ん中辺で行った時分で、今度は飛行機が、「あ、来たじゃな」と思うたけど、はや来た。おれを見つけたら、バリバリーッて。また回ってきてはバリバリーって。また回ってきて、そうすっと右から左、もう間近、6尺ほど離れた前後ろから、こうして2間も離れたとこへ、そのリーフに当たるさかい、弾がガーッと、こうやって、生きた心地はせんな。「ああ」と思って、行ったわいと思った。
ほして行ったわと思いや、また。おらあの立って行たら、こうして伏せったんやけど立って行ったら、また回ってきてこうやって、ゴーや。それから石をこうして被って、こうやってこうして行ってこうやったら、またその周辺バリバリー、バリバリして、こんた弾撃つ。ほしたらその周辺、だんだん、あっこ撃つかここ撃つかって、見とられんもんでこうやって、こうやって。どこ落ちたやらやらわからん、こうやってすくんだった。
ほしたらうまいことおらに当たらんと、石、周辺、全部の石。もっともこうしてあんたためてさえ当たらんもの。飛行機は正面乗っとってがって、あの辺じゃあれやなと思ったって、必ずどっかそれるわい。そんなあんたうまいこと。そら運が悪くてこうして当たっかもしらんけど、この周辺かならさわで。ほいでおれは「運が悪かったー」と思って。ほいでも助かったじゃと思ってね、「ありがたー」と思っては、おら喜んだっったよ。

おれたちはみんなもう骨と皮になってやせて、しゃべるのもろくにしゃべられんようになってもうて、みんな兵隊みなそりゃ、あれも死んだ、これも死んだって、みんな死んでってもうた。「わっちゃひでえやつ、何か太りよる」って、おらが言うたら、「アハハ」ちゅって笑いよった。そんときは言わなんだ。
だいぶ経ってから、こっちは衛兵に行っては、何じゃ、あの糧まつ、倉庫に衛兵に行っては取ってきては(食った)、衛兵に行ってかって、どんだけどんだけあるさかいって、だれも調べに来るもんし取ってきてがって。そうでおまえ、何もおまえ、行ったってもう、来たってもう変わらんえ。そういうもんもおるげちゃ。それどうやちゅうたら、衛兵に行かにゃ、それは取っておられんえ。衛兵はあんな置いてがって、だれも取ってく者はおらんさかいやろ。
そんな、そんなあれ、あんな、その分隊だけやぞ。ほかの分隊でなくその分隊が行って、2人行ったか3人行ったか知らんけど、あの衛兵(警備のために配置される兵隊)に出されて行って、そっから取ってきて、ほしてまあ分隊、人にも言われんし、ほかやったらあんたやかましなるさかい、われだ、わが分隊だけ食わせたんでないの。ほしてあれ食って、ほしたら知らん顔して。みんなおまえ、もの言うがも言われん、たいしたことやって、おまえ、「きょう死ぬか、あした死ぬかちゅうとんに、わっちゃひでえやつやなあ」ちゅうたら、「アハハ」ちゅうて言うとったけど、それはしまいに、後にもう何するようになったら、うちらは大隊本部へ衛兵に行って、おれたち取ってきて食ったわ。
ほして、で、もう終戦。それは終戦になってしまわにゃ、そろわんがさかい、中隊へ戻らんがさかい、それは派遣されとるだけやさかい。それでおまえ、そうせなんだら、おれはこっちはものも言われんのに、わっちゃひでえ、うめえことしたなあちゅって、「ハハハ」ちゅうてがって。ほいでピカピカの顔しとる。そ、そんな1個分隊やった。あとのもんはみなやっとるんよ。

まあどうでもして生きて帰らなんど、帰ったら何せまあ、いつもかもおまえ離れとっさかい、行ったり来たりもできんさかい、せめて祭りにもでも、出てきまいかちゅって。おお、それはいい。ほんなら何日か、いついっかなんさかいって、島、中島と島と、うん、おらと。そうせんかな。こんなおまえ、ひどい中に、まあきょうも死ぬか、あしたも死ぬかっちゅう中に、こうしておまえ今日までこられたちゅうことはおまえ何じゃぞ、ありがたいこっちゃ。大変やさかい、どうでもして無事に帰って何しまいかいちゅうては、おらそう言うてはおって。「おお、そうせんかいね」ちゅうて、言うてくれておったけど、なに8月入ってきつかんかんのころと……人のごと、こんた魚取りに行ってがって、でかい魚にこんた、わりゃ戻ってくるがを後ろからでけえ魚来てがって、その飲み込んで引っ張って行ってもったち。

Q:海で、漁のときにじゃあ一人亡くなってるんですか。

うん。毎日魚取りに行っとるもんやと、そんときに一人、大事なその大事な人で、ほんとにほんとに涙も流れなんだわ。ほんとにあったれで。

Q:漁に行って、こう引っ張られちゃったってことですか。

うん、そう。あの後ろからでかい、でかい魚が来てがって。それま、泳いで島へ、なんや上がろうとした、戻ってくる間に、ほしたら後ろから見つけて、魚。でけえ魚来てがって、またそんな。ほして来てがって、ほしてゴボーッと飲んでもうたちゅう。はあ。ほいで何人も行っとっさかい、見とりゃわかるんえ。

Q: 8月になってから、やっぱり3人亡くなってるんですよね。

うん、そう。うん。

何せまあこの人たちに一緒に、さあねえぞ、もうしまい、何までおって戻ってはあ、祭りで1杯飲まんならんぞちゅうてがってね。ほしてお互いに、「おお、いっか祭りや、いっか祭りや」ちゅうてこうやって、ほして話ししておったもんが、今度、もう終戦の15日はわからんけれども、8月入ってがってつかつかーと、おらの分隊やど、ほして死んだったわね。

そういうね、大事な人たち、一人息子の大事な人たちがみな、死んでったったわ。うん。ほでどうやちゅったら、何もするがでね、ほいで「海も行くげし、何でもやるど」ちゅってがって率先してやる人たちは、うん、そこまで。もう8月へ入ってからやもん。

おお、それはショックやったわ。それはあんた、おらばっかりでねえ、みな大体そうしてがって。ほしてあんた、負けたっちゅうがは、だれでもあんた、びっくりから落胆からせん者はおらんだ。ああ、何ちゅうごっちゃったいなあちゅうては。そ、そうしてなしたやね。

Q:今まで頑張ってきたんですものね。

うんうん、そうや。そしたって負けて、負けたちゅうもんはどうにもならんわ。そやろ。降伏したちゅういうたら、これどうにもならん。それが二十いっかでなかったかね。15日にそういう何が起きたやけど、月じまいやったろうぜ。それまでなんも、おらちゃのとこまであのー、連絡は来なんで。

3大隊から中隊へこうして、順番にこうしてあの情報、あらゆるものは命令、情報ちゅうものはみな来るんえ。それが順序やわ。そやろね。そして来とったんや。ほんじゃから、おらっち、おらっちの耳に入ったんは月じまいやったわ。日は忘れてはっきり何せんけど、ああやしたわ。
ほで8月入ってあんた、大事な戦友たちは死んでいくわ。ほして月じまいになって負けたわって。情報はほんとに何しとったやらわからんだらって。

Q:もう少し早く戦争が終わってれば助かった人は、だから奥村さんの周りだと、3人は亡くならずに済んだわけですか。

うんうん、そやそや。それは間違いねえ。まだおったんやもの。8月入ってあんた3人もあんた、つかつかーと。ほしてそれも終戦も、きわしてがって死んだら、おらもほんとにごうしたね。兄弟同様にしてがって、祭でも行ったり来たりしめえかや、「何せんか、ああ、今度おめえなあ」って。そんな、まさか負けっと思わんもんじゃさかい、そう言うてはおって。うん。

出来事の背景出来事の背景

【飢餓の島 味方同士の戦場 ~金沢 歩兵第107連隊~】

出来事の背景 写真日本からおよそ4600キロ離れた太平洋中部ミレー島(マーシャル諸島のミリ環礁)。太平洋戦争中、5700人の日本陸海軍将兵が送られ、3100人が命を落とした。

このミレー島は、戦況の悪化とともにアメリカ軍の支配地域に取り残された。そのため2年近く補給が途絶え、兵士たちは耕作地のほとんどない環礁の島での自活を余儀なくされ、飢えのために次々と倒れていった。
多くの犠牲者を出したのが、石川県金沢市で編成された陸軍歩兵第107連隊第3大隊。この部隊が派遣されたとき、島にはすでに3000人を超える海軍部隊が配置されていた。補給が途絶えた島に駐屯した陸軍と海軍。食糧不足が深刻化すると、同じ日本軍でありながら、両者は食糧を巡って激しく敵対するようになり、食糧を盗んだ兵士が射殺されたこともあったという。

さらに、米軍は上陸してくることはなかったものの、海で漁をする兵士を機銃掃射の標的にした。

昭和20年(1945年)になると、第3大隊1000人のうちおよそ半数が亡くなっていた。
そうしたなか、同じ部隊同士でも食糧の配分を巡って対立するようになり、大けがを負わされた部下が小隊長を射殺する事件も起こる。先行きに絶望した兵士の中から自決する者も出た。

終戦後、第3大隊の生存者が島を離れることができたのは、昭和20年9月29日。復員船氷川丸に乗ることができたのは、300人足らずであった。

証言者プロフィール証言者プロフィール

1917年
石川県鹿島郡赤蔵村にて生まれる。
 
田鶴浜高等小学校卒業
1938年
現役兵として第1補充員として入隊。河北省キュウケンにて鉄道の警備
1940年
復員
1941年
招集
1943年
歩兵第107連隊にてミレー島へ。当時26歳。
1945年
中部太平洋ミレー島にて終戦を迎える。復員後は農業及び林業を営む。

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