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タイトルタイトル: 「投降を呼びかける米艦艇」 番組名番組名: [証言記録 兵士たちの戦争] 飢餓の島 味方同士の戦場 ~金沢 歩兵第107連隊~
名前名前: 三村 淳朔さん(金沢・歩兵第107連隊 戦地戦地: ミレー島  収録年月日収録年月日: 2009年10月31日、11月30日

チャプター

[1]1 チャプター1 南方へ出発  03:20
[2]2 チャプター2 ミレー島に上陸  02:46
[3]3 チャプター3 上陸直後の空襲  03:06
[4]4 チャプター4 砂地に掘った防空壕  03:18
[5]5 チャプター5 直撃弾  03:48
[6]6 チャプター6 飛び石作戦  03:47
[7]7 チャプター7 腐った米でもうまかった  02:28
[8]8 チャプター8 離島への分散  02:59
[9]9 チャプター9 「天国」もたちまち食糧不足へ  03:50
[10]10 チャプター10 赤く染まった海とシャツ  03:49
[11]11 チャプター11 餓死する兵士たち  04:31
[12]12 チャプター12 投降シナサイ  02:23
[13]13 チャプター13 帰還  04:23

チャプター

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番組名番組名: [証言記録 兵士たちの戦争] 飢餓の島 味方同士の戦場 ~金沢 歩兵第107連隊~
収録年月日収録年月日: 2009年10月31日、11月30日

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「玉砕に行くんだぞ」なんていって。「(そんなの)冗談じゃねえ、そんな。まだわからねえじゃん。南方の島行くじゃねえか」って言ったんですよね。自然に、誰いうとなく、そういう気は自分たちのとこでは伝わってたです。

噂(うわさ)だと思ってたけれども、南方ってことは、まあ、はっきりわかってたです。それは、持ち物からね。あの装備の関係で事前にシベリアのほう行くなら厚い物が渡るがね。それで(ただ)玉砕ってことが本当だってことを感じたは、持ってく物がね、弾薬がこの腹のとこへ弾薬箱をね、いっぱいで。そして渡った者は靴下へ米がね、真っ白い靴下へ米が3本か、3本ばか渡されて、米。それでかつお節が2本と。そんときに手りゅう弾が、手りゅう弾も渡されたわね。それでだいたい米、これだけ持ってくっきりだで。船にうんと積んでるってことは知らねえもんだで、それはこんな、こんだけあってこれで玉砕しろやっていうような気がしねえこともなかっただ。「本当かや、みんなの噂は」なんて。そら、噂でそういうことんなってたと思うんだ。今考えりゃね、旅館で言っただか船の中でそういうことがね、噂が出ただかそれはちょっとはっきりしないです。何しろ、宇品出たころそういう噂はあったと思うだい。

Q:宇品から出るときは、船はどういう船で行ったんですか。

伊勢、戦艦「伊勢」で。

Q:乗り心地とか…

でかくて驚いたです。伊勢もでかくて。それで大砲の撃つところもね、船ん中で見たけれども、伊勢っていう戦艦150メートルもあるぐらい、あるなんていって誰かそう言ったがね、そんだけんども乗ってるでわからねえがね。

あのうマキン・タラワがね、玉砕だってことを聞いたです。そこに行くマキン・タラワへ敵前上陸で行く、そういうつもりで行ったわけだと思うんだいね。それだけんど、そこがね落ちちゃったもんだで、次の作戦練ってたかと思うんだいね。

間に合わねえっていうこともその後先あったでね、あの玉砕に。玉砕に間に合わねえってことがあったで。そいなんだで、えらい重要視されてる島じゃねえとは思ったは思ってただ。そんだけんど、そのあれが1,000人ぐらいだかなんだかわからんでね、なんだ、3大隊がミレー、2大隊がクサイ島か。クサイ島のほうがミレーより、ミレー島っていうか、おれらがいるとこよりでかいとこだわなと思ってただ。

Q:ミレー島っていうのは、全然名前も何も知らずに行ったわけですか。

ええ。ミレー島行くってことは知らなんだ。で、後にも先にも帰えれねえで、そこの島に上がるってことは思ってただ。ミレー島上がったときに、後にも先にも帰れねえで上がったって言って。大半の人はそう思ってると思うだ。後にも先にも行きやんでね、上がったというように。自分はそう解釈してた。

Q:ミレー島に行くときって、じゃあ、あんまり何も装備は、あんまりなかったんですか。

ミレー島行くとき? いや、ミレー島行くときは、まだ米も靴下に3本あったし、手りゅう弾も渡されたまんま持ってたし、それからかつお節も持ってたんね、3本。食べていいっていう命令が出ねえだもんだで。

Q:靴下3、3本分…

3本、だから4本か。何しろ、4本ズライね。靴下3本ってこたあねえわね、あれ4本だい。うん、渡されただ。

上陸したら偶然か何か知らねえが、哨戒機1機来てね。パチパチパチって上陸したそこへね、10分もたたねえとに、ちょうど哨戒機のジキだったか知らねえが、「やあや、これは驚いた」ってやしたわね。すぐみんなしがみついたで、しゃっと。しがみつきなんてことは思わなんで行ったで、誰も。やっと上がったなあと思って、あたり見回して、そのころへ、15分以上たってか知らねえが、15分もたたねえうちに来たでね、戦地ってこういうもんかな、恐ろしいわなとは思っただ。

Q:三村さんご自身、初めて敵の攻撃を受けたわけですね。

ええ、そのときにね。ほだけんど、死んだって人はなかったわな。誰も弾に当たったってことは言わねえし。上がってすぐあんときに、パチパチビリっていって撃ってったでね。どういうために撃ってったか知らねえ。で、上がったときにはヤシの木がいっぱいだったよね、まだ。

その後も(米軍の攻撃を)受けてたけれど、えらいことなかったわね。ええ。そいで上がって、そいで上がって明くる日あたり、なんだ、本部はどこ行け、歩兵砲はどっち行けってね。そいであとで考えりゃ、北砲台ってほうがサカモト隊か。それからこう分けてらね。それで本部は北から2番目、そこちょっと今わからねえが。ほいで本部から北砲台のあたりが特にやられただ。それと飛行場の辺りはね、そういうとこはうんとやられたじ。

攻撃は、攻撃はずっとあったじ。初めはそうなかったけどね。あれやっぱ飛行場が整備されたりすると自然に来るだ。それでグルアイね、戦車用のあれを掘ったりしたら、余計そういうとこは来ると思うが。あとで考えりゃ。

こんな深いあれを、塹壕(ざんごう)っていうか、6尺もあるような穴をずーっと何十メートルって掘ったじ。海岸端へ。そいで考えてみりゃ、水陸両用のあんなんが、そんなんなひとったまりで来る(じゃないかい)。来なんだけれどね。敵前上陸すりゃいけねえって言って、塹壕やなんか掘った。そしてヤシの丸太でね、あの何だ、防空壕かした。

Q:どのぐらいの大きさの防空壕なんですか。

防空壕って小さい。このくらいの部屋っきりや。このぐらいの部屋っきりすよ。

Q:ヤシの木でつくるんですか。

あのうヤシ丸太。ヤシ丸太っていったって、ここらの電信柱よりも太いようなやつもあるでね。で、みんな電信柱のこれが太いやつでね、6尺から2間のやつで。それで、かすがい(コの字型の釘)もよくあったと思って。かすがいで留めてね、そいで屋根やって、そして土かぶしてヤシの葉かぶしたりしてわからねえようにしてた。それであれだわね、それで上がってからはこのぐらいの幅であんなでね、エエカンの長さするとあれだじ、手で掘ったじ。それに一苦労した。自分も正直なこといや、相当、あのなんだ、丸太刈った、刈っとったやね。

うんとでかい防空壕だって、このぐらいの穴なんてなかったんじゃねえかな。これよりこっからこっちぐらいだな、幅は。

Q:それで何人ぐらいが隠れるんですか。

約、いって10人ぐらいずらいね。押し合いへし合いでね。それがまんずエニゼット(エネゼット)のほうから来たときには、全然なかったでオドケタ、オドケタ。

Q:屋根は、丸太でつくるってことは、上に落ちたら全然もうだめ。

ああ、だめだめだあ。だめだめ。機銃掃射とね、あれ上からはだめっす。上へ撃ったときにはね。飛行機みたいなあれは通さんじ。それだけんど。機銃掃射のあれはね、弾は通さなんで弾ズライネ。自分はその防空壕入っててあれしたことはなかった。受けたことはなかった。

爆弾落ったときにはね、そこにいた人全員と、そいでさっきまで話ししてた衆がね、誰もいねえだけ。ほいで枝にこんぐらいの肉の塊があるだけ。そのヌケナキャねえだ。ほいだで爆弾落とされたとこはね、何にもねえ、人かた。壕に全部。今話ししてて、空襲があって飛行機が行った。外に出たら誰もいねえ。穴あいてる。そういうシュキだったじ。それで誰もいねえから、いねえでておかしいなって言って、呼んだっていねえし。そいだらこの位の肉の塊がね、枝にちょっとヤシの葉のとこへひっかかっているやつが、このくらいなあっただけ。そんなかった。自分オドケタ。防空壕なんてものは、こんなものはああいうふうに弱いもんだ。そんで敵前上陸が来るで防空壕こさえるじゃねえだ。機銃掃射と爆弾だけだ。

Q:でもその爆弾も、防空壕にいても助からないときは助からないわけですか。

はい?

Q:防空壕にいても、爆弾落ちてきたら助からないわけですか。

うん。直撃すりゃね。直撃しなきゃね。直撃しなきゃそりゃ助かることもあるわね。まともに落ちたと思うんだ、自分のその隣のは。

Q:落ちたときは、隣の隣に爆弾が落ちたときって、隣にいた三村さんも相当なんかすごい衝撃だったんじゃないですか。 ドカンって。

うん。うん。オドケタ、オドケタ。おやって言って、瞬間。瞬間ね、やられたと思うたけど、そやけんど土がバラバラッと落った程度だったわね。

Q:どんな音とかどんな、なんかどんなことが起こるんですか。 隣に爆弾落ちたときって。

どんなことっていうか、出てみりゃ何もねえわい。出てみりゃね。さっき言うように肉の塊がこのくらいばかひっついてるぐれえで。今、話ししてた人がいねえだもの。

Q:三村さんは反撃はしなかったんですか。武器で反撃したりはしなかったんですか。

ああ、武器で反撃も全然ねえんだ。それであのなんだ、歩兵砲じゃねえ、高射砲の衆は一番気の毒だと思っただ。あれが知らせ、空襲警報が出りゃ、ほかの人はみんな飛び込むに、高射砲の衆は余計出てやらなってんじゃね。

Q:じゃ、三村さんはじゃあ、ある意味全然弾は撃たなかったってことですか。

ああ。弾は、弾は全然撃たねえ。弾は全然。撃つ機会もなかった。うん。

どうせ朝から晩まで飛行機がね、クエゼリンが落ちる前はミレーの上をね、右往左往ですよ。いつもよりも倍も通って行ったです。それで後で聞いたらね、後で聞いたが、

クエゼリンのほうがミレーを置いてどんどんと上を飛行機が通って行って、クエゼリンを爆撃に行っただね。で、ミレーは弾いっぺんも落とさねえわけだ。で、飛行機えらい通るがとは思ってただ。

向こうは飛び石作戦に来ただっつてね。1つおきにやってきゃ、糧まつ(兵隊の食料)が、いくらか向こうへ(情報が)もれてってらで、糧まつがねえってことを。で、糧まつがなくなりゃミレー島なんか落とさねえって。クエゼリンを落としゃ自然にね、1つ置いてるだで。それだで、食糧は間に合うと、そういう勘定にはなかったか。自然に。それだで、飛び石作戦だって言って、後で、そこにおらがの将校の、そう言ったがね。それでミレーを置いてあっち行っただっつって。それで今度はミレー置いて、今度はどんどん向こう、向こう行っただでね、硫黄島の。そいで飛び石作戦っていやあ、極端にいや、飛び石作戦ですよ。

クエゼリンが玉砕するときにはね、マキン・タラワがやって、今度はミレーに来るのが本当すよね。順序からいうと。そうするとね、ミレーへ来るのが本当だけれどね、それだて来る用意をしてただね。マキン・タラワがやられたで、今度は来るは順番がミレーと。クエゼリンじゃねえじ。クエゼリンはまだ内地のほうへ近いだで。それだで、マキン・タラワの次はおらほうだ、玉砕だって。それはみんな自戒してした、先いわなけりゃ、そのどこの島へ行くずらって時分に地図を見ねえでわからねえがね、そのころの。今、考えりゃ次がミレー島って思うわね、誰でも。

Q:三村さんも当時そういう思いだったんですか。 次、上陸、来るかも…

ええ、今度はね。ええ。今度はね、マキン・タラワの次だ、おらだと。

まあ、命はねえと思っていたね。上陸されりゃ、死ななんでいられねえと思ってた。あれも引き揚げられちゃったし、手りゅう弾も。

Q:そしたら…

ほいだら手りゅう弾は引き揚げたけれど、ここへ来なんだった、今度は。どうして手りゅう弾を引き揚げたのかと。渡しときゃみんなに自決しろっていってやりゃ、それだけんど自決よりも、やるだけやってみろってこんじゃねえか。上の衆はどうだかしらねえが。

(第2)南海丸のだんご食べたことも何回もある。

Q:食べられるもんですか。

だんごにして食べられるも、食べたじ。

Q:どんな味とかにおいとかどういう物なんですか。

おれはくさくて食べられねえ、始めは。だけんども腹が減ってくりゃそんなどこじゃねえ。だんごにして食べるとか。うん、腹が減ってくりゃ。米が、誰かそういって、米が一番先腐るぞなんていったが、缶詰の缶に入ってるやつはそりゃいいさね。エイカン運んで来てくれたと思うんだ、南海丸。今、沈んだまんまねえずらいな。ほんだ、いやあ、ありがてえなと思ったよ、正直。

(沈没船から)揚げた米乾かしてね。自分はやらなんだけど、使役っていって4、5人各班で出せってあれんなってて、行ってシート広げて、乾かして。それを粉にどうやってやったか知らねえが、粉にしてだんご食べた。何しろくさかったじ。それでもうまかった。

Q:そういうもの食べるしか食べ物がなかったんですか。

そのころかい。そのころはまだ、島へ離島しなんだでね。なかったわ。幾らかはまだあったわね、離島しなんでいいだで。離島するようになってからは、エイガン窮屈んなってからだいね。いよいよっていって、米は来ねえしね。輸送が利かなくなってっからだなあと思っとった。

それはトカゲね。トカゲやネズミ捕り機を高射の人がいて、やっぱ缶詰の缶、どっから見つけてあるわけだ。セツ部隊が来て、飛行場コシタリ(こしらえたり)したで、缶詰の缶カラなんかいっぱいあるわけだ。それで高射の人がいたりね、あのうネズミ採りをコシテ(こしらえて)。それで、ゴムや何かあっただかいね、何だか知らねえが、ネズミ捕りをコシテ。缶カラでね。捕って島にいなくなったなんて、ネズミはいなくなっちゃったなんていって、ばかいってた人もあったで。

ネズミ捕りで捕って缶カラでこうして高射の人がいて、捕ったが。それも、あのなんだ各班でね、頭としっぽとこうあるでしょ。で、くじで分けたでね、ネズミを。ほいで向こうのトカゲは肥えた太い20寸ばかのあれで、ヤシの木行こうともらおうと思って、ヤシの木に抱きつくようにしてこうやってやって、トカゲ捕ったでね。青い、青黄色いようなトカゲ。それもみんなくじでやって、このくらいずつ。

Q:どこが一番ごちそうだったんですか。それ。

それはそういうことは覚えてねえけど。なんせみんなへえ公平だったじ。だいたい副官って人が公平な人だったんで。

Q:エネゼットに行けっていわれたときは、ミレー島にいるよりエネゼットにいったほうがいいって思いました? それともミレー島に残れたらなあって思いました?

いや、ほかの島行ったほうがいいって思った。食べ物はねえし空襲はえらいし。向こうは行って3か月ばかは天国だったでね。空襲はねえし食べ物はあるしね。おら副官の当番やったがね、副官とおれとは一緒に寝てたがね、海へ行って、昔のことからいろいろ話し合ったこと何度あったかわからねえわ。青い海で、天国せ。それもわずかだっただ。

Q:天国だったってのは、どの点が天国だったんですか。最初のころって。

うん、うん、弾はねえし。弾、敵の機銃掃射がねえし。それからなんだ食糧は、草菜にしてもね、腹いっぱい食べられるしと思って。ほいで敵が発見しなんだだね、結局。そのイトにだんだんといなくなればエネゼットに来る人は多くなるだもの。本島の人が先30人ばかりでもう、もう本島でも困るもんだで、みんな島行けって島行けっていってね。島へ来たほうが本島よりも多いらしいだって、おれ知らねえけんど。それだで、みんなあっちのほうの偉い衆もうんと来たじ、エネゼットへ。下士官も。これ、こんなとこにいるより離島行ったほうがいいと思ってそりゃ。またよかったわ。それで今度は、空襲が来るようになった。

Q:最初は何人ぐらいでエネゼットに行ってたんですか。

最初は本部で何人ぐらいっていうかね、ええ、あれでちょっとわからねえかな。

え、自分のほうは30人ばかりじゃなかったかいね、本部は。それでそのイトにだんだん、だんだん向こうが糧まつがなくなるで、エネゼットのほうが本部にいる人よりも多くなった。

Q:そしたら食べ物が減っちゃったんですか。

こっちが?

Q:はい。エネゼットのほうの。

エネゼットでも幾らでもあるってもんじゃねえでね。ええ、草菜もしまいには何枚っていうあれになっちゃったのね。草の葉も。ヤシの葉も。ヤシの葉やなんかあっても食べられねえね。食べられるものって。それで、アミーバー(アメーバー)とかすよね、ああいうものができてきちゃうですよ。海の水、不潔だというんだか何だかアミーバーや赤痢。食べ物なくなって、死ぬ衆はね、ご飯持ってってやるわね、このつくったやつを。死んで、寝てる衆んとこへ。あのう栄養失調で寝てる人んとこへ。こうやる力がねえっていって、握ったり開いたり、そうやって死んでった。で、気の毒なもんですよ。本当に。そいでおれたちもね、おれたちも、もう何か月たちゃこうなるわなと思って、ご飯運んでったこともある。口べたにはハエが真っ黒。そいで哀れだったじ。で、どうにもできなんだもんね。

海をウミヘビをね、引き潮になって捕り行く。ウミヘビっていってヘビがウナギみてえねやつがあるわけです。それを捕り行くってって、岩をね起こしてちょっと見に行くわけ。ほい自分も捕って来たことあるわね。そんなときに、今度はぐずぐずしてりゃ、ほれ、満ち潮んなってくるじゃん。満ち潮に。まあそれで来るとね、飛行機が来て。それで見っかると、その海の水がね、赤くならなきゃ飛行機は帰ってかねえですよ。

Q:撃たれて。

うん。撃たれて、血が。自分もそういう奇跡があったことがあるだいね。ほいだで、えいからがらもうぐずぐずもしちゃいられんだ、満ち潮んなってくると。ちょっと欲こいて遅くまでいると、奥まで行っちゃいけんだいね。ほい自分も捕ってきて仲間と分けたこともあった。自分は泳げねえもんだで。そりゃねえ、海の水が・・1人で見っかった場合はね、海の水が真っ赤くならなきゃね、その飛行機は帰ってかねえって。それでこんだもう副官の場合もね、そういうあれはね、シャツが赤くならなけりゃ帰ってかねえわけだ。低空で来るでね。ほんでシャツね、あれ、みんな赤くなりゃまた帰って行っちゃっただ。

Q:副官のお話で、木の上で撃たれたときの状況って、チャガロー採っててですね。どういう状況。どういうときで、どういうこと、状況だったんですか。

毎朝その時間には来るわけですよ。哨戒機がね。ほだけど、その日に限ってその時間に乗ってたってことだ。

副官がそれにめっかっちゃったわけすよね。た、向こうの飛行機も悪りい、悪りいもんだで、血が、シャツの血が赤くならなきゃ帰らねえわけだ。

それだけんど薬もねえし、そらアカチンぐれえはあったか知らねえが、どうにもならなんだよね。見殺しみたいなもんだ。それを確かにあれだわ、飛行機でヤシの木に上ってってあれだで。

副官もあれ、人情味のある人だったで、そんなに兵隊からもらって食べてなんて、自分もやらなきゃいけねえやって気になってたじゃねえか。ほいで自分で捕り、捕り始めたから。それまでも捕ったか知らねえが。そうだ。きっと、兵隊にばか迷惑かけちゃいけねえで、おれもやるかなあと思ったと思うんだ。自分の能力で捕らなきゃいけねえかなあと思って、そう思っていたと思うだ。

やせてっちゃうね。うん。やせてく人に、むくむ人もある。どういうあれだか知らねえが。やせてく人もありゃ、逆にむくんでく人もある。自分はむくんでくほうの口だ。でもなかったか。こっちの足がむくんだが、片一方の足はこんなになって、体は細くなっちゃって。

Q:こうなったらもう危ないっていうの、わかるんですか。 この人あと1週間もつかもたないかとかっていうのはわかるんですか。

それはわからねえが。わからねえが、まあ、よくならねえってことはわかるわ。これ、よくならねえってことはわかるってことだね。

Q:よくならないのがわかる人に対してはどうやって接するんですか。 もうこの人は死ぬなってわかるわけですね。

これ、よくならねえわねえと思って。それでご飯運んで行くがね、そりゃ。わかってても最後まで。

Q:どんなご飯を運んで行くんですか。 その、食べ物ってそんなになかったと思うんですけども。

いや、おらたちと同じものですよ。特別に作るってことはねえだもんだでね。

Q:ネズミを焼いたものとか、魚を煮たものとかですか。

うん。そうだね。そういうものをみんなおれたちと同じ物だね。同じなんどえ、食べねえわ、だいたい。食べられねえだか知らねえが。手も握る力ねえなんて言ってるだで。

Q:食器がもう持てないわけですね。

そうだね。食器が重たいずらいな、あれ。どうだか知らねえが。ほいで口開いて。口べたへ、ハエが真っ黒くいるようじゃえ、よくなる見込みはねえわねと思う。

Q:あの、(ハエを)払わないんですね。 じゃ、もう。

うん、ねえ。払う力がねえじゃねえか。払ってもまたすぐ来るし。そら気の毒なもんだで。看病しててみりゃ。ほら、自分もいつこうなるかなあと、情けなくなっちゃうわ。ほんだで、エネゼットじゃ、弾に当たって亡くなる人のほうが少ねえでね。みんな餓死なんで。

Q:三村さんは多少その栄養失調気味になって、やっぱり立てないっていうのもたまにはあったっておっしゃってましたけど、でも何とかある意味最後まで生き残って来たじゃないですか。 なんで生き残れたんですかね。

あれ、なんでだか気力ってもんだったに。ええ、ここで死にゃ、極端にいやあ、弟も予科練で飛行機乗りだで、生きてるか生きてねえかってことは心配になるしね。いろいろ、なると思うんだ。
弟はどうやってるかとか。飛行機乗りになれって言って、自分は言ったでいけねえかなあなんて思ったり。ほいでちょっとあのう農家とすりゃ大きいほうの農家だったんだよね。それだで割合と手広くやってたもんだで、うちどうしてるかや、人に貸してるかや、どうしてるかなんてそういうこともたまには考えることもあった。

それは戦艦で、1,000メートル先まで来ているでね。1,000メートル先か、船がこのぐれえに見えるまで来てたんだで。人の顔が見えなんだがね。ほいでなんだ何もあるかに食事もあるし、何もあるといってね、食料もあるしといって、呼びかけてるだ。それで「誰誰さん来ましょう」って名もいわれた人もある。「誰誰さんおいで」、それはその仲間の人が言ったで。そりゃ投降した人なら7、8人すらねえずらい。おれの思うには。ほいで仮に「何々さん今来てるが、ここにいるが、来ないかね」なんて言って、そういう意味のことを。来ないかねなんて言うような呼びかけはあった。そいで「今、食事です、食事です」なんていって。そんなようなことはあのう向こうの船のマイクでこっち連絡して。それでたまたま自分もヤシの木登って海のほう見たらね、なんだあのう行くやつが、海の船と船の真ん中に行く人が見えた。誰だかわからねえが。ほんで銃で撃ちゃいいじゃないかっていわれたって、銃で1回撃ちゃ100も仕返し来るでね、撃たなんだけれど。撃ちゃ、仲間もやられちゃうで。仲間を撃つことになるでね。おれは投降はあったじ。そんだけんど、島全体だって7、8人のもんだと思う。そんなになかったかもしれない。割合と投降してく人がなかった。

ああ、船はあれで、あのうウンバッテ(おぶさって)乗ってった。本当の船へ乗る前には、浅瀬がね、来れねえでね。20メートルばかりだ、ウンバって。

Q:おぶさった。

ええ。そいで乗って。ウンバってってくれた人は知ってるだ、長野県の人。同じ隊の人が、体のいい人で。

Q:1人で立てなかったわけですか。

え?

Q:1人で歩けなかった。

ええ、まあ、歩けなんだって、今度はね、水ん中を。水ん中歩けなんだ、海ん中を。それでおぶってってくれて。

Q:で、船の中も普通の人たちと違って、じゃ、もう…

担架で、病室まで行った。病室のどの辺にいたかな。それでその進級の話もね、その病室ん中で聞いただ。看護婦さんだか婦長っていうような人が来て、進級、進級が1級ずつ終戦で上がったでねっつって、そういう通知は受けただ。それで上等兵は兵長、兵長は伍長、そういうようになったでっつって。ほいだら書類はちっとも来ねえじゃん。来ても病室から出てっていなけりゃ受けとれねえけれど。それでそのまんまになってるだ。

Q:こっちに帰ってきても、病院から出られなかったんですか。 当分の間は。

うん。そうだね。ええと12月の末までごろまでいつらいね。横須賀病院から。

Q:なんであの退院できなかったんですか。

いや、下痢とやせちゃって歩けねえもん。どなったりできねえもん。歩けんじゃ、歩いけても。

Q:歩けないんですね。

うん、足がむくんじゃって、自分の。足が重たくて。ほいで下痢ばかしてて、下痢。で、そのままにして東京の陸軍病院には。第4陸軍病院て世田谷にあるけどね、今も病院なってるわ。

Q:帰ってきてからは、近所の人にそのミレー島での戦争の話とかって、こう同じ部隊の人とか遺族の方にしに行ったりはしたんですか。

はい?

Q:こちらから出征された人とか、いるじゃないですか、同郷の人とかで。そういった人で亡くなられた方のところに行ったりとか、そういうことはあったんですか。

別に別にねえ。みんな、おらだってそうだったっていうような気でいて、いいような気がしてね。そんな気にもならなんだ。「おめえばかりじゃねえ、おらだってそういう苦しみになってるわ」って言って。そういう気がしてた。なんだでえらい話したがらなんだわ。「三村ばがり、そんなあのなんだえらい苦労したと思うんじゃねえ、おらだってその倍もしたわ」ったような、そういうように感じたもんだで。確かにそうだし、おればかりじゃねえって言って。「食料なかったなんて、おればかりじゃねえ」って言って。おらだってそうだったいう、そんなでえらい話したがらなんだ。そういうことをね。

出来事の背景出来事の背景

【飢餓の島 味方同士の戦場 ~金沢 歩兵第107連隊~】

出来事の背景 写真日本からおよそ4600キロ離れた太平洋中部ミレー島(マーシャル諸島のミリ環礁)。太平洋戦争中、5700人の日本陸海軍将兵が送られ、3100人が命を落とした。

このミレー島は、戦況の悪化とともにアメリカ軍の支配地域に取り残された。そのため2年近く補給が途絶え、兵士たちは耕作地のほとんどない環礁の島での自活を余儀なくされ、飢えのために次々と倒れていった。
多くの犠牲者を出したのが、石川県金沢市で編成された陸軍歩兵第107連隊第3大隊。この部隊が派遣されたとき、島にはすでに3000人を超える海軍部隊が配置されていた。補給が途絶えた島に駐屯した陸軍と海軍。食糧不足が深刻化すると、同じ日本軍でありながら、両者は食糧を巡って激しく敵対するようになり、食糧を盗んだ兵士が射殺されたこともあったという。

さらに、米軍は上陸してくることはなかったものの、海で漁をする兵士を機銃掃射の標的にした。

昭和20年(1945年)になると、第3大隊1000人のうちおよそ半数が亡くなっていた。
そうしたなか、同じ部隊同士でも食糧の配分を巡って対立するようになり、大けがを負わされた部下が小隊長を射殺する事件も起こる。先行きに絶望した兵士の中から自決する者も出た。

終戦後、第3大隊の生存者が島を離れることができたのは、昭和20年9月29日。復員船氷川丸に乗ることができたのは、300人足らずであった。

証言者プロフィール証言者プロフィール

1920年
長野県東筑摩郡芳川村にて生まれる。
1941年
芦川青年学校研究科2年修了。臨時召集のため東部第55部隊に応召。
1943年
充員召集のため歩兵第107連隊に応召、ミレー島へ。当時23歳
1945年
中部太平洋ミレー島にて終戦を迎える。復員後は農業を営む。

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