ホーム » 証言 » 中蔵 信さん

証言証言

証言をご覧になる前にお読みください。

証言一覧へ戻る証言一覧

タイトルタイトル: 「戦場から飢餓の地獄へ」 番組名番組名: [証言記録 兵士たちの戦争] 飢餓の島 味方同士の戦場 ~金沢 歩兵第107連隊~
名前名前: 中蔵 信さん(金沢・歩兵第107連隊 戦地戦地: ミレー島  収録年月日収録年月日: 2009年9月7日

チャプター

[1]1 チャプター1 3度目の召集  03:21
[2]2 チャプター2 南国の島ミレー島  05:13
[3]3 チャプター3 役に立たない曲射砲  02:05
[4]4 チャプター4 島の食糧事情  03:20
[5]5 チャプター5 離島・エネゼットへ  02:30
[6]6 チャプター6 命がけの魚取り  03:22
[7]7 チャプター7 発破づくり  03:54
[8]8 チャプター8 頻発する食糧泥棒  03:17
[9]9 チャプター9 島を食い尽す  03:47
[10]10 チャプター10 ついに飢餓がきた  04:12
[11]11 チャプター11 飢餓の果て  03:44

チャプター

1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
番組名番組名: [証言記録 兵士たちの戦争] 飢餓の島 味方同士の戦場 ~金沢 歩兵第107連隊~
収録年月日収録年月日: 2009年9月7日

証言をご覧になる前にお読みください。

再生テキスト再生テキスト

わしはそこで3べん行ったり来たりしています。3べん。1回目は現役へ入隊して、初年兵教育でね、3年間おったん。初年兵教育。そしたら、そのときの人事係の准尉がね、粟ヶ崎の、金沢の粟ヶ崎出身でハマダサンタロウという人が人事係の准尉だった。「准尉殿、頼むのでわしも戦争にやってくれ」。あのころは師団がいなばい。中国の戦争でいない。「頼む、准尉殿、わしを戦争にやってくれ」。「おまえはやられん」。「何でや」言うたら、「おまえを戦争にやったら、誰が兵隊を教しえるか。うち1軒建てるにも土台石がしっかりしとらんだら、どんな立派なうちでもひっくり返ってしまう。おまえはそのしっかりした土台石を作ってもらわなならん。おまえは戦争にやらんがや」。そんなもの、こんなところにおっては空襲は当たらな、恩給も当たらな、こんな不公平な。「頼むこっちゃ、戦争に一遍やってくれ」。これはどうも空襲も当たらな、恩給も当たらな、3年おったら3年という。戦争で中国にちょっと行ってくらにゃ恩給当たらん。戦地へ行かさらな。「頼む、やってくれ」と。「おまえはやらねえ」と。
それで、3年おって満期になってうちへ帰った。うちへ帰ったら、今度はまた大東亜戦争が始まっている。そしたら、シンガポール総攻撃行くといって召集を受けた。召集を受けて6か月間、7連隊におったらシンガポールは陥落したやろ。そうしたら、うちへ帰えれって、またうちへ帰った。うん。それで、うちへ帰ったら、また、ひと月もたたん先にまた召集を受けて。

うちの家内ら、皆、7連隊の前でずらーっと、こも敷いて。そこにいつ出ていきゃ、一目見ようと思っておったもん。わしら幸せで、わしは家内をひょいと見つけてがって。それで、今、わしの一番の長男っていうかな、生まれてひと月やらたたんが、くえばおさばらんが、それでも置いて。それも子どもを見たときに、わしは、よし、おかあちゃんに言うた。かあちゃん、7連隊で汽車を待つ、軍用列車を待つまでちょっと休憩せんなん。それで作業をしてかて、随分、うちのかあちゃん、よし、子どもを抱いて見たときに、「かあちゃん、心配しいな、誰が死んでもわしは生きてくるさかいな。おまえはこの子どもだけ頼むぞ。うん。誰が死んでもわしは生きてくるぞ。そんな逃げたり隠れたりせんけど、堂々と戦うて、わしは帰ってきてやる。心配しいな。絶対、わしは生きてくるさけな」。それで、おっかあと約束して出ていった。

Q:上陸したら、ミレー島に上陸していったら、すぐに攻撃されたんですか。

上陸しているときは何も。夜中に放り上げておるさかいに。そのころ、まだ、日本には調子よかっただけに、アメリカは海軍もまだ出てこんし。爆撃だけだけど。上陸したときは何としたきれいな島やろうなと思った。ジャングルだもの。それが一木一草に慣れるさかいに恐ろしいもんじゃわいや。ああ、恐ろしや。上陸したときはジャングルが、ヤシの木やら、タコの木やら、パンの木やらいっぱいあって。いや~、ええな。それで夜になれば南十字星がキラキラ、キラキラと輝いて、ええところやなと。何の、いよいよアメリカが反撃に掛かったら、あっという間に何も、一木一草ねがんだ。全島、爆弾の穴だらけ。

Q:ゼロ戦はいたんですか。

ゼロ戦な、上陸したときにね、ゼロ戦が6機ほどおったわ。それで上陸したときにね、雨が降ってきた。スコールが来たんやね。そしたら、わしらのところ、中隊長が坂本さんでないよ、シマモトという中隊。「中蔵、おまえ、この格納庫の上に波板があるが、あれを取ってこい」と言って命令されとる。それで格納庫が2つあるわな。飛行機が、昔、日本の勝っているときにそこへ飛行機の格納庫やった。滑走路の横にある。2つある。上を見たら鉄板の波板が5、6枚あった。あれを取ってこい。命令だから。
それで、上がって、「おーい、落とすぞー」言うたら、ババババー、ウーっていってゼロ戦がダーッと通っていったね。わしは、それを見とって。ほしたら、これはあったらじゃ、あんなもうゼロ戦は大したものやね。アメリカのグラマン、ぼで入っとる。ザーッと、外海のほうで。

それでわしは、今度、下りてきて。そしたら、日本のゼロ戦もまたサーッと。そしたら、若い17、18か20歳ほどの少年航空兵が白いマフラーを巻いて、眼鏡をして、そして拳銃クルクルさして。わしは言った。「いやー、大したもんやね。うわー」って言ったら、「僕らのおる間は1機も入れませんよ」と言う。「僕らのおる間はグラマンだろうが、1機もミレー島には入れません」。それで、「頼むぞ」とわしは言った。3日か4日かたったら、すぐ……。プーッとすぐおらんがなる。それからがひどい。それで4、5機ほどおったがなった、ゼロ戦な。ゼロ戦のあの・・うまいものをくれるじゃろうな。遊んでんじゃ、わしはそこへ。飛行機のところへ。ちょこちょこちょこと。
そしたら、僕らのおる間、グラマンだろうが1機も入れませんと言った。1週間ほどたったら、1つもおらんがなる。そしたら、内地が飛行機が足らんもんやで、ミレー島におったのがみんな引き上げていって、それからがアメリカの米国空軍の演習場になってしもうた。あっこで演習したんや。あっこなら撃たれる心配ねえもん。


Q:防空壕に入れたんですか。

防空壕に。 防空壕と言うよりね、でかい穴掘って、ヤシの木の丸太ん棒にこっち上に泥を被せて防空壕があったんや。そう。そやけど、そんなものは、至近弾の爆弾でも落ちたらすぐつぶれてしまうわ。それでどうしよういったら、交通壕ってあるわね、交通壕。上を歩くたびにずっと交通壕って人の歩くところを掘ってある、ずーっと。そこを歩いていると、弾が来ても、爆弾が来ても、交通壕。人の歩く壕を造ってある。その交通壕の中にドラム缶を横へ放り込んで、そのドラム缶に泥をかけて、その中に鉄棒を持って、そこへこうしている。そうすると、爆撃が来ると、そこへひょいと入る。そのほうが安心。本当の防空壕へ入ったら、今の坂本隊長みたいなものじゃ。鉄筋コンクリートの防空壕に入っとっても、吹っ飛んでしもうたさかいに。

わしらは武器は曲射砲(てき弾筒や迫撃砲)や。あんなもう、あんなだらなもの、よう持っていったもんやで。曲射砲だぞ。山か町の中で撃つ大砲やがね。山岳地帯か市街戦にはあの曲射砲を撃つ。太平洋から上がってくるアメリカの軍艦に曲射砲を撃つだら、どこにおりい。そうや。上陸してくる分に撃たんかもしれん。ばかなことをしたもんじゃ、大体、あんなものは、そうやろう。弾を上からストーンというと、ストンと上がってくる。それで、ヒューッと。あんなものは大体、そうじゃろう。アメリカ艦って、アメリカ上陸してくるのを、弾持っていく対応、せい、そのぐらい間違ってしもうとらんや。そうやろう。そうや。海岸に上がってくるがや、それを撃っている本人は。上がるまでどういうことをされるかということを知らんがや。何を考えているんや思ってね。上がるまでに一木一草ねがになるわい。撃ちまくって上がってくるやろう。そんなときに上から弾を入れて、ヒュヒュヒュ、トン。ばかなことをしてもんじゃ。わしはよう笑おうとった。この年やもの。太平洋のど真ん中で戦争をせなんのに、こんなものを持っていかんに。山川や市街から、山川のほかの町に戦争するときは、あんなのを持っていけばいい。分からんがな。大体、むちゃくちゃの兵器じゃ、あんなのは。ねえ。むちゃくちゃのことをしとったもんじゃ。

Q:弾は基本的にアメリカ軍に対して、中蔵さんたちは弾とかは撃っていないわけですね。

え?

Q:弾は撃っていないわけですね。中蔵さんは。

弾か。 弾は1発も撃たん。1発も撃たん。

それで、1週間の糧まつ(兵隊の食料)と1週間の弾薬を持っていけば、1週間たちゃねがならん。あとはどうするやん。そうやろう。それで、そこに海軍がおった。海軍はちゃんとまだ戦争前からでかい・・ミレー島にね、ミレー島の離れた離島に農園を作ってある。内地から泥を運んで。内地、本土から泥を運んで農園。そこへ行くとキュウリやらナスビやらメロンやらスイカやら何でもなっとる。それを陸軍の兵隊がちょいと手伸ばしては取りにいかんとバーンと。それで終わり。

海軍は、あんた、戦争のまだ日本の勝っとる時分にやで、内地から泥まで運んでもらって畑を作っとる。で、正月は餅ついて食べとる。そうやろう。わしらは草、食う草もないというとるのに、あれは餅ついて食っとる。そんなの話になるものじゃない。そうや。海軍にすれば、変なものが来たというようなもんじゃ。(陸軍は)食べ物を持っていかない。そうやろう。それで海軍から分けてもろうとる。それは取るのは当たり前じゃ。で、やっても、やっても、くれって言っとらんとないもの。ない、ないって言う。そんなことを言わんと、また、ちょこっとくれや。あれが大日本帝国の軍隊やという。ひどいことになる。

最初は海軍から配給になって、(大隊)本部へくれるがな。本部から来たら、各中隊に分けてくれる。そうじゃな、本部にええとこを皆、取ってしもうて、わしらなんて坂本隊じゃ、主なき部隊って言われた。わしらの部隊隊長、坂本隊長が死んでから、坂本隊長戦死、ミナミ隊長戦死、サエキ准尉戦死、シマモト准尉戦死、隊長になるものがおらんが。それで主なき部隊って言われとる。それで兵士はめちゃにされる。それで島流しになったんかて、エネゼットの島へ取っ払い。カボチャ1つ作れんようなところへ放り出してしまう。

わしは夜中に、爆撃の最中に海軍の糧まつ庫に盗みに、泥棒に入った。それで、暗がりじゃろう。爆撃の最中やろう。それでやね、桶があった。ヌルヌルとしとる。何やろうと、ずっと手を入れた。ヌルヌル、ヌルヌル。何か丸いもの。それは何かしんだな、そんなものにがんだなと思って、こんかのにおいや。たくあんのにおいや。こりゃ。海軍はあんな時分にたくあん漬けを食いおった。内地から持ってきて。そのたくあんを3本やら4~5本引っこ抜いて、つんぼぬきに入り浸る。何とした旨いものやろうと思ったもんや。ねえ。

一番はじめは北砲台の警備に当たっておったんや。それで、その北砲台におって、今度は食料がなくなったら、各地中隊、離島へ分散せいとなって、それでエネゼットという島へ行った。

Q:北砲台ではずっと隠れていただけなんですか。

北砲台はそうや。ただ何も。防空壕に入っては隠れとるだけやで。それで、サカモト隊長が戦死して、それから離島へ行ったんやもん。

Q:北砲台にいたときは、食料はどうしていたんですか。

北砲台におったときは食料は海軍からもろうとった。海軍から、こんな釜に入れてね、何人分、何人分ってもろうて帰る。海軍から分けてもろうた。

Q:北砲台にいたときは、じゃ、海軍とは喧嘩とかはあまりなかったわけですね。

おお、せんよ。海軍とそんな喧嘩したり、そんなことは何もせん。

Q:食べ物があれば、喧嘩はしないわけですか。

そう、そう。食べ物があれば喧嘩はせん。もうお互いにね、日本人やさかいな、喧嘩も何もせん。仲がええけど、うん、海軍と。海軍と一緒に何でもしよった、北砲台におったときは。防空壕も海軍のところへ菓子持って入っとるし。それがいよいよねがになってくると、ガーガー、ガーガー言い出すんえ。

Q:それはだんだん少なくなっていったと。

うん。ねがになったら、海軍が陸軍に食わす米がねがになったって、どこでも行けと、こう。そしたら、各島へ行って、てんでんが好きなことをせいと。そうしたら、今度は行ったら、はじめは各島へ行ったら、中隊、中隊で米が当たった。それを1食分にはおかゆで分けては食べておった。それがねがになったら、米がねがになったやろう。あとは何でも食うとれと、こうなったよ。

それで、わしは不思議に命永らえてきた。わしは逃げも隠れもせん。一番頑張った。それは魚をね、どれだけ取ったやろ。フカと、フカやらサメと競争やぞ。内海へ行くと、こんなざっかいっぱいで、外海へ行くとでかい魚が取れる。でっかい魚が。それは発破で。火縄付けて。火縄いう、射程機材を縄で火をつけて、それで発破を持ってドカーン。それで、眼鏡をかけて。水中眼鏡は、防毒面の断ち切った水中眼鏡。それで、こう。魚の群がずっと来るやろう。そうすると、シュシュシュシューっと。ダーッといく。ドカーンと魚が白うなって。

魚を取りに、海に魚を取りにいったときにやられた。そうやろう。海に魚を、食べ物を取りに行くときは海よりほかにないもの。海へ行って魚を取っとるときに、グラマンにやられたわけ。ダーッと、こら、グワーン。グラマン。また反転してがって、またダーッとやって来るぞ。そりゃ、行ったと思ったら、キーン、ダーッと。爆弾を放り込んでいって。あの爆弾を放り込んだところへ行くと、今度は魚がいっぱい浮いとる。

Q:飛行機。戦闘機。来るまで気付かないで。

おお、一生懸命、魚を潜っては取っているので気が付かない。グワーンと、初めて、ありゃ、グラマンやわて。そう思ったら、キーンと反転してがってな、ババババーンと撃って。そのとき、うち潜っとりゃいいん。潜っとりゃ、敵、25秒、弾がヒューヒューヒューッと光っとる。あっちは行ってしもうやろう。また戻ってくるまでに時間がある。それでシンまでやられる。シンまで。それでも、上からザーッと、爆弾をドーンと。デシャーっとくるぞ。そんな、もう膝からはらわたが、臓腑(ぞうふ)が飛んで出るんじゃないかと思うわ。遠いとこ落ちとってもやぞ。至近弾だら終わりやしね。遠いところをピューッと、これは痛い。膝はガタガタになる。泳いできて。塩が濃いんで浮いとるよ。そして、少し浮き上がって、膝もんどるわな。えー、くそったれ。そんな具合。わしは365日、海に行っとっただけに、どんだけ。あんな雨が降ろうが、トト(魚)を捕まえとろうと出ていくんや。それで魚を取ってくるやん。

食べ物を集める側にもね、ただ海行ったからって魚取れるかい。魚かて泳いで、ビューッと泳いで、手でもうつかめないよ。どういうことをしたっていったらね、アメリカの落とした500キロ爆弾とか250キロ爆弾の不発弾があるやろう。それをばらすんや。そこから黄色薬を取って、それで缶詰の缶に詰めて、そして、導火索してバラバラにする。その導火索は信管を作る。それが難しい。それをわしは作ったん。大隊砲のね、信管をばらすんや。


それをわしはばらせ、これは命がけやぞ、それをわしはばらえて、そして、ライバンを作らちゅう。デンパク導火索を付けて、2秒とか3秒とか、こういうのを。魚を見て、おるところ、深いところの魚を取っちゃろうと思ったら、長いかし。3秒か4秒な。浅いところの魚を取ろうと思ったら、1秒か2秒で爆発する信管を作らな。それを作った。

Q:危なくないんですか。

危ないわ。命がけやわ。それをわしは作って、そしたら、わしらのところの准尉がな、

わしはそれを取って、「中蔵、ちょっと来い」。「はい」と。「貴様、このごろね、こいあがっていかん。何…しとらん。信管を海軍へ持っていってはうまいものと交換しては食うとるやろう。それを信管を持ってきて准尉に教え」って言って。「准尉殿、堪忍、堪忍。それを教えたら、もしもその人が負傷したり戦死したりすると、わしが教えたさきやと言われるさかい、それだけは堪忍。欲しければ、わしがなんぼうでも作ってやるさかいに、頼むこっちゃ、それだけは」。「何を貴様はくそ生意気な。准尉は軍隊の飯を10年も20年も食うとるわ。貴様みたいな4、5年、ままを食ったものが、自分は何事言うな。えい、うるさい」。
そしたら、横におったサノ軍曹というのが、「中蔵、教えてやりいや。」「そうか。そんなら、准尉殿、一筆書いてください。いかなる事故が起きても中蔵には罪はないということ一筆。」「何をこのやろう」って、刀を持って。そしたら、佐野が「教えてやりいや、中蔵。」「そんなら、佐野さん、あんた、わしはどんな事故があってもわしに責任がないと書いてくれ。これもしも失敗したら、わしは軍法会議やぞ。」「そんなら書く」。「そんなの書いて、わしが見とるからいいじゃ、いいじゃ」。
それで准尉に、「准尉殿、よい、よう見て覚えなぞ。ドーンっていったら終わりやぞ。分かったか」って言ったら、「このやろう、中蔵、くそ生意気な、ガタガタと」って。ここへ、「これはテンパク薬、これは炸薬、これは起爆薬。これが一番危ないぞ。こうな。ここへきて、これへ熱を持ったら終わり。熱を持ったらドーン。ドーンっていったら終わり」。准尉、「見とるぞ」って。「よし分かった」

それで、「分かったか」って言ったら、「分かった」と。それで「わし帰ります」って、隣の小屋へ行って寝た。隣の小屋で5、6人で言おうた。「何じゃ、中蔵、でかい声で怒られとった」で。「分からんおやじや」って。何ともなければいいがなと思ったら、ドカーン。「そりゃ、やったじゃ」って言うて。「あららららー」って。わしは本当にそんなの見に行かんなだ。

何かエネゼットからミレー島へ連絡が行くときに、その道路の横に鉄条網が張ってある。その向こうにナスビがなっておったんじゃろ。そのナスビをそうっと取りに入ったっていうんで、ポンとやられたんやろう。畑にナスビが。鉄条網が張ってある。海軍の畑に。その横をずっとそこを歩いていったら、ナスビがなっとって、そうっと行ったら海軍にボンとやられた。そしたら、それ、引きずって、ぶんどくへ持っていって、穴掘って放り込んでいく。衣服だけ鉄条網に放り掛けて飛んでいく。2人やられとる。それは取りに入るさかいじゃ。そうよ。海軍の畑を通るときは、あっち向いて通ろうと言った。うん。それなら何でもナスビやらキュウリやら見んさかいに盗んで入らん。取るとならに。こっちを向いとりゃ何も見えんさかいに、取りに入らんでもいいやろう。

Q:海軍の畑で、畑のものを盗むと撃たれちゃった人がいるわけですね。

2人おる。2人。かわいそうにな。かわいそうに、そんなものを取りに入るさかいじゃ。そうじゃろう。それをまた、ちょっと見りゃ、何か欲しうなるわいな。腹減っとるし。また、それがあんな時分に、今、言われたらナスビ生で食えるか。なっとるナスビちぎって食えるか。どうしようもこうしようも食われんやろう。それがうまいのや。あんなうまいものはねえわ。いつも変なものばっかり食べとるさかいに、あれがうまい。だから、話にならん。・・・ようなものじゃ。今、ナスビを生で食えと言っても、どうしようもこうしようも食べれんやろう。あの畑からちぎるなり食いついて。

Q:海軍のほうは、食料庫とか畑に歩哨(監視の兵)が立っているわけですか。

うん?

Q:銃を持って立っているわけですか。

歩哨というのがいっぱいおるもん。畑仕事をしておるのもおるもん。そんなの。ねえ。夜中に盗んで入れば、一発だ、あんなものは。歩哨は立っておらん。あんなとこへ人のものを取りにいくことはならん。欲しけりゃわらで作らんな。そやろう。 作るほうが、作っとる人はやっぱり一生懸命やもん。それを取ってきて食うというのは泥棒猛々しいことになる。人が一生懸命、海軍かてただならねえ。そういうようになるようになるまで、やっぱりひっどい目に遭うとるやもん。一生懸命につくったんよ。それを取りに入ることはならんて。頼んでもらわん。1つわけてもらえんかと言ってな。それを泥棒をしということはどこにあるんや。それは陸軍が悪いち。そうやろ。欲しかったら海軍に頼めや。それ1つ分けてもらえんかと。そうやろ。海軍かてやっぱり日本人じゃがい。それを取るさかいに、「この陸軍のガキは」ってやられとる。

あのヤシの実って理屈なもんじゃわいね。中からコプラ、コプラって、白い水が固まって脂になる。南京豆いうてうまいわ。それで、中で水が固まって、あのーリンゴになる。パーンと中から水が固まってヤシリンゴに。サクサクや。それをまた放っておいて、それをもっと放っておくと、今度は綿に。ヤシ綿といってね。あのー、お祭りで綿菓子を売っとるじゃろう。あんな感じになったやつ。それをフワフワ、フワフワ食べる。あれは理屈な木やわ。うん。そんなものを。それを取ってきてしもうたら、それでええ。ヤシの木いうたらヤシの実はならない。実をならさんの。
パンの実は1年になるけど。丸パンと種パンと2つある。丸パンのはこんな、本当にパン、パンって。本当に内地のパンと一緒やもん。フワフワのうまい。生で食べても、焼いても食べれる。種パンのは細長いがね。中にこんな栗みたいな種が。種がまたうまい。これを焼いて食べたら、栗みたいだ。

ネズミ。ああ、ネズミは皮をむいては身取って、皮は半分にして脂を取って、本当に毛皮だけ放って。脂はシロタマの汁、木の葉や草やらと一緒に食うし、身はブツブツと切って、木の葉やら草やらと一緒に巻いて食うし、はらわたは塩辛にして食べる。飯ごうに入れて、塩を入れて。うまいよ、ネズミも。

ネズミいうのはな、最高のものじゃがな。一遍におらんようになってしまう。ネズミぐらい最高の料理や。うん。ごちそうや。トカゲ。トカゲも。トカゲいったら、こんなでかいトカゲや。これだけのトカゲや。それがヤシの木が、こうしてヤシの木があると、上向いてとまらんが、下向いとる。これを捕るときはどうせいちゅうたら。ここにとまる。下向いてとまっとる。それをどうせいちゅうたら、下向いとるさかいに、下からこう捕ったら駄目。そしたら、もう捕れん。こうせい。ここをたたけば。バーンと。ここにおったらここをバーン。そしたら、あれはピシャッと、バン、ちょうどよかった、あれ。それ、でっけえトカゲ捕る。それがまた焼いて食うて、ヒイワシみたいにうまい。
ヤモリ。こんなでっかい目ん玉したヤモリもいっぱいおる。ヤシの木がこうして、葉をむしって、こうしてやると、こんなでっかいヤモリがヒューイと顔を出す。これがまたうまい。ヤシガニ。ヤシガニ、こんなものは貴重品や。なかなか捕れん。おらんし。サワガニはいくらでもおったけど。背中の小豆色の殻の。月夜の晩なんてもうザワザワ、ザワザワ出る。月夜の晩にいっぱい出る。月夜のときは身は何もない。闇夜のときのほうが身がある。いろんな目に遭うてきたっち。食うたことのねえもんを食ったり。

腹が減ってくると、ヤシの実がなるまで待っとれんがや。そしたら、今度は夜中にヤシの木に上がれん。それで刀でゴンボウ(牛蒡)剣でヤシの木をここをほじって、こうやる。ヤシ酒でうまいな。ヤシの木がこうしたとき、ここをほじっては、夜中に上がって食う。そしたらどうなるいう。風が吹いたらヤシの木はガターッと落ちるやろう。そしたら、ヤシの木は電信棒立っているがてになるやろうに。それで枯れてしまう。枯れたらどうしたというと、腐ってくるやろ。ひっくり返る。そうすると、根が出てくるやろ。根をかじっとる。こうやって、砂のはをギャ、ギャ、ギャ。地獄やて、あれ。それが栄養失調のガタガタの、背中にそろばん玉並べたあばら、洗い板みたいになって、手と足と顔ばっかでかいになってやつ。手は膨れて。それがヤシの木が、その根をほじって。地獄やぞ。そんな話にならん。

栄養失調でみんな死んでいきよる。バタバタ、バタバタ、バタバターっと。一晩寝たら、わしばっかりと思って、わしばっかりひどい目に遭うとる。まだ何もせんという者はそれで死んでしまわな。うん。わしばっかりじゃない。みんながひどい目に遭う。そやろ。それをわしばっかりこき使うてって言う。そんな根性でいたら死んでしまう。わしも寝とるわって寝とったら、それで終わり。1日寝たら、それで終わり。何でもわしばっかりこき使うてからって、わしもう行かんわって言ったら、それで終わり。それでずっと寝とらん。えのきや何か食うのある。そうやろう。
海行ったり、陸に行ったら、何かかんかある。何もなけりゃ、爆撃でひっくり返ったヤシの木の根っこをかじっとたかって食えるやん。うん。爆撃でひっくり返ったヤシの木の根っこをかじっとったかて、栄養は取れるわけ。それで、だらーっと、わしばっかりこき使うてって言うて、一時、寝たら、それで終わり。人が何をか言おうが、えのした(縁の下)者は助かる。そんなところやったんや。うん。このしゃばも一緒や。わしばっかり、わしばっかりと思ったら駄目や。みんな人のため、世のためと思って頑張らなね。わしばっか、そんなことを思うたら駄目。

本当にないって言ったらないさかいに、どうしてくれる。そりゃ想像もつかんやろう。本当にねがなる。ないっていったら何もない。一木一草ないっていうのは本当にあのこと。一木一草みんな食ってしまうよ。青いものというのはみんな食ってしまう。虫の食っている葉は何食っても何ともない。虫の食わん葉を食ったら、腹下りを起こす。そういうて何でも食ったもんじゃ。虫はそりゃな、虫も一緒で、虫を取って食わんが、虫も一緒に食ってしまう。虫にも栄養があるってみんな食ってしまう。虫はおるか、虫はあると。虫であろうと、何であろうと、蛾であろうと、細胞であろうと、みんな食ってしまう。何でもなんで、人間というものは恐ろしいもんやね。何でも食うものや。それを、あれ嫌、これ嫌と言ったものは死んでしまうの。そんなもん、どこにある。あれ嫌、これ嫌と言ったものは、いかんなし。何でもかんでも食ったものは生きてこれる。何でも食べな駄目や。腹下しを起こしたな、食わな。腹下しを起こしても、何でも食べな駄目や。食べりゃ、何やかんか栄養ある。

わしが見てしたのが、人の顔が、夜、起きたら、ちろちろ、ちろちろと火が燃えとる。誰だこいつはと言った。そしたら青い顔をして、ここにハチマキをしてがて。おい、おまえは名前言うか。何を食うとるんや。何食え、何じゃい。恐ろしや。かわいそうに、おまえ、それは業かいや。わしは本当に念仏申して黙って来たわ。腕たたき切って焼いて食っとらん。いやー、かわいいやなと思った。ああ、恐ろしいことになったなと思っとったけど。うん。誰のがどうしてたたき切ったものやら、かわいいや。いやー、ほんにああなったら青い顔をして。なあ、あんなだらな戦争を、エネゼットの突端で、シタン林の中で、人を焼いて食うとるなんて。ねえ。これが人の生きる姿なのかと。如来の大悲はどこにあると。ああ、かわいいや。戦争の話をすると、ぞーっとするわ。

亡くなった戦友か。あんなのかわいそうの一言やわ。そうやろう。これほどかわいそうなことがどこにあるんや。ああ、かわいいや。健康でうちへ来ればよかったのにな。あんなところで、何人か死ぬ。護国の鬼が何になったか知らんけどやがぞ。これはお国のためやと言うたかてやで、あんまりミレー島に帰って無惨な死に方をしたもんじゃ。それはかわいい。それで護国の海へ、永遠にお守りくださいやと。ばかじゃ、あんなものは。かわいそうに。おまえ、死んだ遺族の人の身になってみい。どんな気持ちで、遺族の人は老いているんや。かわいそうに。本当に簡単に人のことやと思うて、あれは死んだ人や。ああ、そうかと。ご遺族の人の気持ちを見てみまん。遺族の人にこんな話ができるか。ここは、あんたにこう言うとるが、こんなもの話にならんよ。遺族の人に真実を話ししたらひっくり返るわ。びっくりして。かわいそうに。本当に、まあ。愚かな戦争。あんなとこへ行けと言ったものは誰や。戦犯は許せん。戦争はすることはならん。わしはここでミレー島の額上げとる。毎日、お参りしとる。うん。

Q:中蔵さん、やっぱりミレー島ではやっぱりつらかったですか。

当たり前じゃ。話にならん。毎日、毎日、話にならん。そんなことをいちいち思うとれるかい。ただ、1日、1日、生きていくのが仕事やもん。食料を取ってくるのが仕事やもん。余ったら人にやれ。そうやろう。

戦争でないわよ。地獄やて。あんなもの戦争でないよ。餓鬼の地獄や。あんなもの、あんなものは戦争でない。餓鬼の地獄や。

出来事の背景出来事の背景

【飢餓の島 味方同士の戦場 ~金沢 歩兵第107連隊~】

出来事の背景 写真日本からおよそ4600キロ離れた太平洋中部ミレー島(マーシャル諸島のミリ環礁)。太平洋戦争中、5700人の日本陸海軍将兵が送られ、3100人が命を落とした。

このミレー島は、戦況の悪化とともにアメリカ軍の支配地域に取り残された。そのため2年近く補給が途絶え、兵士たちは耕作地のほとんどない環礁の島での自活を余儀なくされ、飢えのために次々と倒れていった。
多くの犠牲者を出したのが、石川県金沢市で編成された陸軍歩兵第107連隊第3大隊。この部隊が派遣されたとき、島にはすでに3000人を超える海軍部隊が配置されていた。補給が途絶えた島に駐屯した陸軍と海軍。食糧不足が深刻化すると、同じ日本軍でありながら、両者は食糧を巡って激しく敵対するようになり、食糧を盗んだ兵士が射殺されたこともあったという。

さらに、米軍は上陸してくることはなかったものの、海で漁をする兵士を機銃掃射の標的にした。

昭和20年(1945年)になると、第3大隊1000人のうちおよそ半数が亡くなっていた。
そうしたなか、同じ部隊同士でも食糧の配分を巡って対立するようになり、大けがを負わされた部下が小隊長を射殺する事件も起こる。先行きに絶望した兵士の中から自決する者も出た。

終戦後、第3大隊の生存者が島を離れることができたのは、昭和20年9月29日。復員船氷川丸に乗ることができたのは、300人足らずであった。

証言者プロフィール証言者プロフィール

1917年
石川県小松市白江町にて生まれる。
 
能美郡寺井町尋常高等小学校補習科1年で卒業。絹織物問屋に就職。
1938年
現役兵として歩兵第7連隊に入隊。
1943年
歩兵第107連隊にてミレー島へ。当時25歳
1945年
中部太平洋ミレー島にて終戦を迎える。復員後は織機製造機械部品製造会社、株式会社ナカクラを設立。

関連する地図関連する地図

ミレー島

地図から検索

この証言に関連したキーワードこの証言に関連したキーワード

NHKサイトを離れます