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昭和初期の大相撲は人気力士が出ず、不況の影響もあって経営難におちいっていた。「ラジオで好勝負を耳にした人は必ず国技館に実際の取組を見に来る」と相撲中継を開始。ラジオ放送開始とともに、それまで無制限だった立ち会いの時間が10分と決められた。10分間しゃべり続けるために、放送席の作家が即興で川柳をつくりアナウンサーが読むこともあった。1930年の朝潮の取組は両国国技館を18年ぶりに満員札止めにした。