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  • ★(2)セクシュアルマイノリティーの子どもたちを支えるには?(2013年6月特集・放送終了)

    番組ディレクター
    記事ID:29158

    多様なセクシュアリティーを持つ子どもたちの成長を支えていくために、周囲はどのような対応をしていけばいいのか?親、学校現場、医療関係者など、子どもを支える立場にあるみなさんとともに考えていきたいと思っています。

    自らのセクシュアリティーに悩む子どもたちや、大人になったセクシュアルマイノリティーの人たちの多くが口にするのが、「親や先生には言えない(言えなかった)」「相談したら逆に傷ついた」といった言葉です。また、直接自分に言われたものでなくとも、「同性愛者は“普通”じゃない」などの無理解な一言で、「自分は否定される存在なのだ」と感じた…という人も少なくありません。
    一方、周囲で支える立場にあるはずの大人たちも、セクシュアルマイノリティーの子どもたちがいることや、その実態についてなかなか触れる機会がなく、「そもそも知らない」「どう対応してよいのか分からない」と困惑している現状があります。

    あらゆるセクシュアリティーを持つ子どもたちが、それぞれ「自分らしく」育つことができる環境を作っていくために、周囲ができることは何か?
    親の立場や、教育・福祉・医療などに携わるみなさんからの声を募集します。

    「こんなことに直面して困っている」などの現場の悩み
    「こんな取り組みをしたらうまくいった(いかなかった)」などの体験談
    「こんなふうにしてみたらうまくいくのでは?」などの提案・アイデア

    さらに、大人のセクシュアルマイノリティーのみなさんからの、

    「あのとき、こんなふうに対応してくれれば良かったのに…」
    「先生や親がこんなふうに接してくれたことで救われた」

    といった体験談も、参考にさせていただきたいと思います。
    ぜひたくさんのカキコミをお待ちしています!

    ※2013年6月特集の放送は終了しましたが、こちらのカキコミ板ではみなさんにとっての「交流の場」となるよう、ご意見を募集させていただきます。
    ぜひ、あなたの「声」をお寄せください。

    番組スタッフより
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    投稿日時:2013年05月19日 17時16分

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  • その他

    男子の制服
    eternal girlさん /
    記事ID: 34259

    上戸彩さんが性同一性障害(この番組でもお馴染みの方ですが)を演じた3年B組金八先生のシリーズ、1年B組新八先生で女子が着るというのを思い出します
    1980年のことですが、私は当時、その登場人物と同じ中学1年でした
    思春期までに違和感を覚えるというのは、中学で制服を着るときにそう感じるからではないでしょうか?
    私もそうでした
    1980年1月にその現実を突きつけられ、違うと感じました
    それ以前から、妹の名札やスカートで変身ごっこをしていましたが、そのころから、その辺凜があったのだと感じます
    つまり1979年の4月頃にはということ
    変身ごっこは、27年掛かって変身するに至り、状態がそこに追いついたのは更にその1年半後の2008年6月10日のことです

    投稿日時:2014年01月07日 18時15分

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  • なっとく

    養護教諭を志す立場から
    うさぎ。さん / 愛知県 / 10代 / 養護教諭を志す者
    記事ID: 34201

    多様な性を生きている全4回、全て見させていただきましたが、特にセクシュアルマイノリティの子供たちの特集が興味深かったです。
    私は現在大学生で、将来は養護教諭(保健室の先生)を志しています。性同一性障害や同性愛のことについては知っていましたが、このことについて養護教諭がここまで関わっているとは思っていませんでした。2つの事例で養護教諭が登場しましたが、どちらも子供のことをきちんと受け止め、他の教諭や親、カウンセラーなどと連携している姿がとても印象に残りました。養護教諭の子供に対する対応が適切だったことで、海人さんや優愛さんは現在のびのびと暮らせているのだと思います。
    先生というのは、生徒にとっては絶対的な大人という存在です。先生が口にした言葉は、生徒の心の中に一生残るものだと思います。なので、まずは子どもの周りの大人が多様な性を理解し、子供たちに正しい知識を優しい気持ちで教えていくことが重要なのではないかと思いました。
    養護教諭を志す者として、今回の特集は本当にためになりました。ありがとうございました。また自分なりに、多様な性について学んで行きたいと思います。

    投稿日時:2013年12月28日 01時59分

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  • 提案

    否定も肯定もせず、専門医につなげる
    こげ茶さん / 30代 / FTM
    記事ID: 34039

    女性の体で生まれ、男性として生きています。高校生の頃、母親にカミングアウトしました。その後の母の言動は、私が本当に男になってしまわないようにと、私を否定する言葉ばかりで、口には出せませんでしたがとても傷つきました。「あなたのようなひとが男としてやっていけるわけがない」。治療を進めて私の声が低くなってきた時には「すごい声。嫌な声」と言われ、今でもそれが足枷になっています。以来、親とは口をきくのが怖くて、口をふさぎがちです。

    学生時代、担任の先生やカウンセラーに話しましたが、否定はされないものの、どう扱っていいのか分からない様子でした。それは普通の精神科に通った時もそうでした。専門のジェンダークリニックに通うようになってようやく、心が楽になりました。

    学生時代は、私のような人間はこれからどうやって生きていけばいいのだろうと常に悩んでいました。もう死んでしまいたいと思いながら生きていました。

    私が一番してほしかったのは、自分らしい生き方をすることを、否定せずに聴いてもらうことです。
    一番されたくないのは、自分の感じている違和感や思いを、キツイ言葉で否定されることです。心から受け入れられなくてもいいので、表面上は隠していてほしい。相手のセクシュアリティーを否定することは、「おまえを殺す」と言っているようなものです。
    …自分では手におえないと思ったら、ジェンダー専門機関や専門医を紹介するだけでもいいと思います。骨折している子供を専門医に診てもらうのと同じで、全て自分で背負い込まなくてもいいと思います。

    そして、思わず否定してしまった経験を思い出したら、どんなに時間がたっていてもいいです。「あの時は言いすぎた」と言ってほしいです。
    相手と上手く接することができなくても「自分のことを受け入れようと、努力してくれているひとがいる」。それだけで救われます。

    投稿日時:2013年12月17日 08時37分

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  • 呼びかけ

    難しくとも・そうでなくとも・・・(2)
    みどりさん / 30代 / MtX(Fより)、元講師、#29618
    記事ID: 30189

    ○理解者は周囲に全くいないこともない
    ○まだ正確に理解していなくとも、敵に回らない存在はありがたい
    最近など特に今回のハートネットTVなどを通して、LGBT等セクシュアルマイノリティの存在がわりと身近になってきつつあります。いつだか忘れましたがここ1年以内でしょうか、私は親に「最近、男の娘ってのが流行ってるらしいじゃない」と聞きました。
    確かに多くの投稿者のご指摘通り、マジョリティ側は日常的にマイノリティの日常に触れることはないので、色々な媒体によってかなりねじれこじれになった理解が多く広まっていることは否定できない。
    ただ、それが否定的・差別的に働いていなければ、まだ希望はあると私は思っています。「無」から「なにかそこに有る」に変わって、それが否定的でなければ、「実は、本当はこうなんだよ~。」と伝え、修正することができると思うのです。
    まずは自分の身近な人のレベルでいいのです。自分の日常生活の快適さを求めるレベルでなら、1000km先の他人の誤解を解く必要はないのです。
    親きょうだい、友人、先生、同僚、上司、どこかに理解者・敵に回らない人、きっといると思うのですよ。セクマイが20人に1人なら、理解者は当事者を含めてもう少しいるかもしれないでしょう。

    ○諦めないで
    と私は願いたい、自分の未来を含めて。
    私は確かに6月7日付けのハートネットTVブログにもあるとおり苦しみました。特に20代の駆け出しの頃はひどかったです。私自身が生徒の頃は中学校時代はオトコらしくないことでいじめを受けていました。でも高校の頃には無くなったいました。
    無くなった理由に確信めいたものはないですが、私があくまでも私らしくいた結果、周囲から「みどりはああいうキャラなんだ」と各々で納得していったのだと思います。それが誤解含みでも、毎日居づらさを感じるよりいいと思います。

    お互い諦めないで活きましょう。

    投稿日時:2013年06月25日 01時41分

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  • 提案

    難しくとも・そうでなくとも・・・(1)
    みどりさん / 30代 / MtX(Fより)、元講師、#29618
    記事ID: 30187

    いよいよ今回の特集は27日の第5回の放送を残すのみとなりました。

    私も今月は特にいろいろと考えすぎて、正直うまく言いたいことがまとまらなかったり、思いが突っ走りすぎたりと・・・ そういう意味で悩んでいます。

    いくつか思い出したことを断片的に書き込みます。

    ○悪口を言わない
    セクシュアリティのことはもちろんのこと、他の事象に対しても、特にその人でなくとも周りで聴いている人やそのつながりを持っている人の人格を傷つける言葉は当然いけないですし、そこまで至らなくとも人を不快にさせる言葉を吐くことは、人との間に壁を作ってしまう発端になってしまうと思うんですよ。
    周りの人に理解してもらいたいことがある。ならば、自分から壁を作るような言動はやめよう。
    (私の場合、ある程度自然に人の悪口を言わない性質になってしまっている)

    ○基本姿勢は「聴き手」・無闇に否定しない
    私のセクシュアリティについて知ってほしい、わかってほしい。でもそうはなかなか上手くいかない、どこの場でも。あまり主張が前面に出過ぎると、やはり壁が出来てしまう。世の中どちらかというと喋りたい人が多い。みんな方々から主張されて心が疲れてる。
    ならば、聴きましょう。何でも聴きます私たち。そうしていると話し手は(あ、この人ならわかってくれる)と不思議な信頼感が出来てしまう可能性が生じてくる。と同時に、聴いている私たちは、相手の受容度がどれほどのものかある程度量れるようになってくる。相手の受容度がセクシュアリティを理解できる程度と量れれば、意を決して訴えてみましょう。普段あまり言わない人がここ一番でバシッっと言うと、結構効くものです。
    訴えたいことがあるなら、急がば回れ。目指せ!聞き上手。

    投稿日時:2013年06月25日 01時01分

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  • 提案

    教育現場のスタッフはどうでしょう?
    カガミさん / 茨城県 / 50代 / その他
    記事ID: 30151

    「子どもたちを支える」がテーマですが、学校という場のスタッフ側(教師)にもセクシュアルマイノリティーは統計上いると思います。私の知る範囲では先生方のセクシュアルマイノリィーは無いように見えますが、それはおとなの社会ではマイノリティーは許容されず差別されるのだということを、暗に子どもたちに示しているようにも思えます。子どもたちを支えるためには、自分たちの多様性を、自然なこととしてそのまま見せることができる大人であることが求められるような気がします。

    先生方の多様性を受容するような環境を、教育現場に求めるのは難しいことなのでしょうか。仮に性同一性障害の先生が現場にいて、そのことをかくさずにいたら、保護者や子どもたち、同僚である先生方、教育委員会はどう反応するのでしょうか?それを理由に採用の時点、または教育現場での差別は本当にないのでしょうか。
    スタッフとして子どもたちを支える場合、スタッフはなんの性格も持たず、当事者であることを否定して第三者でいることが求められるのでしょうか。まるで他人ごとのように、自分のまわりにはその問題はないけれども…というようなスタッフに子どもたちは助けを求められるでしょうか。

    投稿日時:2013年06月23日 14時56分

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  • 悩み

    難しいことがたくさん
    いちさん / 東京都 / 10代 / 大学生
    記事ID: 30031

    自分の性別は女ですが、気持ちとしては
    「男として男の人に愛されたい」とずっと思っています。
    好きになるのは、自分がなりたい男性像な気がしています。

    女の子が「可愛い」と感じるものは、まあそうかなと思う程度で深く入っていけないし、女の子っぽいものは苦手。
    初潮がきた時には号泣して、制服はズボンで通し、胸は最低限のスポブラ。
    でも、体を変えることにはなぜか抵抗があります…
    将来を考えた時、いつかは自分の子どもが欲しいからです。

    中学時代は友人たちに自分のことを話し、一人称は「オレ」、男女の垣根が無い雰囲気ですごく楽でした。
    でも、高校に入るとメイクやファッションに女の子達は夢中。
    男子とは違いが明らかになりすぎて、どっちにも居場所がありませんでした。
    友達(女子)からは私の服装改造計画なんてものまで持ち上がり、とにかく周囲や親からも「女らしく」を求められ、苦痛でした。

    大学はファッション系の大学に進んだので、服装に関しては誰も何も言いませんが、先日、友人が
    「ゲイとかオカマの友達ほしい」と言いました。
    理由は、そんな友達がいたらオシャレだから。
    メディアで活躍されている“おかまタレント”さんに影響されたようです。
    LGBTの特集もイロイロ見ますし、BL何かも流行ってますよね。


    好きな人に、女ではなく、男として好きになって欲しい…
    女だとか、男だとかそんなに簡単にくくらないで欲しい…
    どんな服を着ようが、どんな態度で過ごそうが、干渉しないで欲しい…
    自分たちは色んな気持ちを抱えてるのに、そんな簡単にトレンドのアイテムみたいに扱わないでほしい…

    何だかまとまりのない内容ですが、色んな気持ちや、違和感が積み重なって、自分でも自分がよく分からず、整った文章にはできません。

    投稿日時:2013年06月18日 02時07分

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  • 提案

    放っておいて下さいm(_ _)m
    トシくんさん / 東京都 / 30代 / セクシャルマイノリティの先輩
    記事ID: 30029

    近頃、頻繁にセクシャルマイノリティを取り上げた番組や記事を目にしますが、先ず疑問に思うのは、誰が企画構成しているのか、と言うこと、セクシャルマイノリティ側が是非とも広く皆さんに知って欲しいと思い立ち企画を立てたのか?と言うこと、多数派のヘテロセクシャルの側の方が企画をしているのであればその時点で興味本意や親切の押し売りに近い物となってしまうんですよ、と言うこと、セクシャルマイノリティの自殺の問題やいじめの問題は当事者である我々が取り組まなければならない問題で有ると言うこと、だから企画を立てたヘテロセクシャルの方を批判しているのでもなく、現在インターネット等情報発信ツールが多様化していて、手段は数多有るなかでなにもしていない我々自信に問題があると言うこと、もし今後セクシャルマイノリティを取り上げた番組を企画するのなら、番組の枠だけを提供して企画構成の全てを当事者達に取り組ませる、というやり方で考えてみては如何でしょうか、どのくらい内容の濃いものが出来るか、期待薄だとは思いますが、本当に全国ネットのメディアを使って伝えなければならない事を、興味本意や親切の押し売りでは無い物を、企画として出していく可能性としては、少し期待度が上がるのではないかと思います。
    真っ白な毛色の馬や白い虎、その位の突然変異と大差ない問題で、障害でも病気でもない、その位の知識だけ持って居れば、その位しか周りに望んでない、後は親子であったらうちの子に限ってと言う考えだけは 持たないこと、子供が例えどうであれ認める度量が有ること、しかし子供はカミングアウトしませんよ、でもあえて追求して欲しくはない、思春期の子供は複雑です。

    投稿日時:2013年06月18日 00時36分

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  • 相談

    どうやってうけとめたらよいのでしょう
    ミナミさん / 茨城県 / 20代 / 教師志望
    記事ID: 30024

     こんにちは。自分は教師を目指して勉強しています。
     自分は将来マイノリティーと世に呼ばれる児童や生徒に出会った時、受け入れ、ことばや気持ちを聞いてあげたいと思います。高校時代にバイセクシュアルに近い(友達自身から打ち明けられてはいないので、なんとなくそうかもしれないと思っていた)友達が居りました。普通に友達でしたし、今でもマイノリティーと呼ばれる方々に偏見など抱いていないと自分自身では思っています。
     ですが、実際に受け止める時に自分は傷つけるつもりのない対応でも傷つけてしまう事があるのではないかと考えています。分かってあげたい一心でかけた言葉が傷つけてしまう。例えば「わかるよ」などでしょうか。当人にとっては「先生に分かるわけない」と思う事もあるのではないかと。悪意のない悪意といいますか…。
     教師として児童生徒向き合う時、話を聞いてあげるって、どんな話を聞いてあげたらいいんだろう。どんなことばを求めているんだろう。
     また、話しやすい環境とはどんなものでしょう。性についての授業をクラス全体でやったところで、教師が例えば「偏見を持つのはよくない。その人をみてあげよう」などという様な言葉を発した所で、変わることはあるのでしょうか。それは上辺だけでその真意は伝わるのでしょうか。やはり話しやすい教師になる事、教師自身が努力すべき事、それに尽きてしまうのでしょうか。などとも思えます。
     自分の様に教師を目指している者、また現職の先生方のなかにも同じような気持ちを抱かれている方がいるのではないかと思います。学校での対応と言いましても、結局は現場の先生の力量に依るのが現実なのではないでしょうか。学校現場ではこのような性の問題よりは表面的な「いじめ」についてもクリアするのは難しいことなのだと思います。もっと繊細に取り扱わなくてはいけない問題にどうやって対応していけばよいのでしょうか。

    投稿日時:2013年06月17日 23時05分

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  • その他

    マイノリティーの中のマイノリティー
    ひなこさん / 宮崎県 / 40代 / 特別支援学校教員
    記事ID: 29958

    特別支援学校(聴覚部門)の教員です。20数年やってきた中で数名のセクシュアルマイノリティーの教え子がいます。ゲイ、レズビアン、まだ自分でもどれに当てはまるのかわからず格闘する子・・・。今教えている子供たちの中にも同じ思いをしている子はきっといるはず、と常に意識し性の話をしています。

    彼らは聴覚障害+性というマイノリティーの中のマイノリティーです。一般的に見れば大変味方の少ない立場だと思います。家族から性の違和感について認められず寂しい思いをしている子も確かにいます。

    しかしそれでも明るく生きている姿に私は希望を見出しています。そしてそれを認め支えているのが同じ「聞こえない仲間」だったり、手話サークルの方々だったりする様子を見ていると、結局はその人らしさを周囲がどれほど理解し、一人の人間として接しているのか、ということに尽きるのかな、と思います。

    一つ忘れられない出来事があります。
    同窓会に“彼氏”と腕を組み連れてきた教え子がいました。「今どうなん?」と私が尋ねると「うん、幸せ!」と満面の笑顔で答え、日頃の様子を写した写真を見せてくれ、終始笑顔で日常について話してくれました。障害の有無に関係なく生き生きとし働く姿。学生時代にはほとんど見られなかった笑顔でした。それを見て私は「よかった」と思い素直に祝福できました。そして隣にいた同級生の男子に「高校の時から彼がゲイとわかってたん?」と聞くと平然と「そりゃわかってたさ」と答えが返ってきました。こういう仲間がいることは学生当時の彼を思い出してみると、とても心強い存在なのだなと思いました。

    どんな世界にも性の多様さはある。しかしそれによって人間的価値が左右されることはあってはならない。教育現場ではそのことを伝え、同時に人間としての強みや魅力が必要であることを彼らに気付かせ身につけさせていくことなのだと思います。


    投稿日時:2013年06月15日 23時20分

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