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  • ケアなんて・・・(3)

    MICOTO
    記事ID:31297

    2度目の手術の後は、ドレーンが3、4本出されて、人工肛門も着けられて、母の状態は悲惨でした。
    きっと亡くなる頃には腹膜炎でメチャクチャだったのではないかと思います。
    私の介護の時に甘えが出るのか、いろいろな問題が起こり、他の日はほとんど無いとは聞いていましたが、私も次第に疲れて行きました。

    7月に入ってからは、ほとんどモルヒネで寝ているような状態の母でした。
    最後に行った日に、疲れ切っていた私に父親が「今夜危ないらしい」と告げました。
    私が病院に着いて1時間後、母親は静かに心臓の音も呼吸も止めました。
    延命は断っていたので、父親が一度母の胸を叩いただけでした。
    私も、「よく頑張ったね、もういいよね」とつぶやいてしまいました。
    ・・・今でも、そのつぶやきが自分のためだったのではないかと自分を責めてしまいます。

    喪の作業(仕事)などと言いましたが、それが自分で出来たのかどうか解りません。
    思い出しては自分を責めるし、泣きます。
    誰もケアなどしてくれませんでした。
    しばらくは涙も出なかったので、泣けるだけいいのかと思いますが。

    がんサバイバーと言われていますが、私はガンになったら子どもも居ないし、その時点で手遅れになって死にたいと思ってしまいます。
    生き延びたくないし、自分の寿命も母の程度と決め込んで生きています。
    検診にも一切行っていません。
    中途半端に発見されるのが嫌です。
    ・・・私のことは余計でした、簡単に経過のみ。

    投稿日時:2013年08月23日 13時43分

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    ひとこと
    ジブンラシクさん /
    記事ID: 45247

    二年前の投稿でも 一言 「あなたは愛ある人 だから最善を尽くす人 だから幸せだろうし 幸せでいてほしい」そんなことを感じて

    投稿日時:2015年06月25日 10時10分

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