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  • カキコミ募集(1)【被災地の福祉はいま】居場所を失う子どもたち

    番組ディレクター
    記事ID:32675

    長引く避難暮らし、立ち遅れる生活再建―
    いま東日本大震災の被災地では、
    子育て世帯が深刻なストレスに直面しています。

    ▼子どもたちは…
    ・狭い仮設住宅暮らしで、自分の居場所がない。
    ・家計が苦しく、進学をあきらめざるをえない。
    ・家事の手伝いなど、様々な事情で学校を休みがち。

    ▼親たちは…
     ・震災による失業や収入減で、金銭的な余裕がない。
     ・避難生活のストレスで、子どもにきつく当たってしまう。
     ・震災で一人親世帯となったが、頼れる先が見つからない。

    11月の「ハートネットTV」では、こうした課題を取り上げ、
    みなさんとともに解決策を考えていきます。

    あなたは、
    そして、あなたの身近な人たちは、
    どんな悩みを抱えていますか。
    どんな支援を望んでいますか。
    是非、ご意見をお寄せください。

    番組スタッフより
    ★どうしても掲示板方式の「カキコミ」はしづらい…という方、メールフォームもあります。よかったら、メッセージお寄せください。
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    ※シリーズ名から「11月の特集 被災地の福祉はいま」を選んで投稿してください。

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    投稿日時:2013年09月25日 12時58分

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  • エール

    被災地の福祉はいま 居場所を失う子どもたち
    komakiさん / 千葉県 / 40代 / その他
    記事ID: 33415

    番組で印象深かったのは、ゾンタハウスの試みでした。中でも森田さんの“子ども達が安心して自信をもって大人になっていくための環境を”という言葉は深く胸に響きました。
    以前、私は子どもの居場所づくりに関わったことがありますが、子どもたちが「行ってみたい」、「来てよかった」、「また来たい」と思える場をつくるのに大変苦慮した体験があります。また、子ども達が「ここにいていいのだ」、「ここなら安心していることができる」という場づくりには、“よき大人”の存在が欠かせないと思いつつも、その環境をいかに保障するかが大きな課題でした。
    ゾンタハウスは、子ども達がよき大人たちに囲まれ、「居たい場所」になっているように思えました。また、ここは単なる子どもの居場所にとどまらず、大人たちにとっても“支援プロセスを通じて自らの役割やあり方を見つめる場”になっているようにも見えました。別の言い方をすれば、誰かが誰かを一方的に支援する場ではなく、互いにプラスの影響を与え合いながら一歩を踏み出す場になっているのではないか、ということです。
    その意味で、ゾンタハウスは、新たな地域社会づくりの中核的機能を担う場になりつつあるのではないでしょうか。この場をここまで形づくるのに、森田さんを始め多くの方がどれほど尽力されたことかと思います。地域福祉活動をする身には大いに刺激になりました。私ができることは本当に微力ですが、まずは投稿にてエールを送らせていただきます!!

    投稿日時:2013年11月06日 18時30分

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  • 相談

    私ができることは?
    明日への風さん / 広島県 / 50代 / NPO法人
    記事ID: 33407

    東広島市で高齢者の在宅通所、訪問、宿泊、障害者の就労B型配食サービスもやっています。将来いろんな方と一緒に児童擁護施設を運営することになっています。2年前仙台市の被災地を回りました。半島の先まで雪の中を行きました。仮設住宅にも訪問しました。遠く離れた私にできることがあるのでしょうか?胸が今でもしめつけられるようです。何をしたらいいか、できることがあるのか、どうか提案してください。

    投稿日時:2013年11月06日 12時06分

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  • 悩み

    自主避難の今について
    サニーさん / 山形県 / 20代 / 母親
    記事ID: 32756

    こちらのテーマは、津波被害と原発避難区域での避難生活ですか?
    そうでしたら不適切な投稿になるかと思います。ご容赦ください。
    私は避難区域ではなく、放射線量の高い福島市から山形市へ避難している者です。
    すっかり風評被害という言葉が定着し、こわいものをこわい、食べたくないものを食べたくないと言えない世の中になってきました。
    そんな中で、私たちのような自主避難者は、たいへんな生きづらさを感じています。
    存在自体がまさに風評被害だと言う人もいます。
    ますます孤立し、福島との溝は深まるばかり。
    夫は福島に残り仕事を続け、精一杯わたしたちを愛し、支え続けてくれていますが、母親だけに責任が集中する子育てに、体力精神力ともに限界を感じてきています。
    私たちを助けてくれるはずだったこども被災者支援法は骨抜き法案、頼れるものは借り上げ住宅と高速無料化支援、あとは山形県の独自の対応のみです。
    先の見えない状況の中、山形県への避難者は全国2位に落ちました。母子避難者が圧倒的だったからです。
    決して安全だと判断してではなく、この生活に限界を感じて福島に帰る友人が後を絶たないのです。
    現在は東京が1位です。家族での移住が多く、そして仕事がたくさんあり生活の基盤が整いやすかったためと考えられます。
    山形はその近さから、一時避難の場としては最適でした。しかし二年半経ち、福島との温度差にゆらぎはじめています。
    このまま父親のいない生活を続けていいのか、いつも不安に苛まれています。
    こういう家族がまだたくさんいることを、ぜひ全国の方に知ってもらいたいと思います。そしてどうか、被害を認めて支援を受けさせてください。

    投稿日時:2013年09月28日 21時56分

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  • エール

    少し違うけど
    バタバタまむさん / 大阪府 / 40代 /
    記事ID: 32711

    シングルマザーです。被災ではないですが、きのみきまま家をでて、娘は2歳でした。始めの家は白蟻、次はストーカー、今の家は、ゲリラ豪雨で浸水、昨年、今年も。取り合えず逃げる、引っ越しの繰り返し。子供は、泣くし、走るし、安定していないので寝ない。民生委員に通報したし、市役所にも通報したから、暖かい話しはありません。しかしそうもしてられないので託児所のある仕事を探し、娘に声をかけてくれたあかの他人ですが、預けたり。無我夢中で10年過ぎていきました。職安の人にはっき言われたのは、マザーコーナーには子育て中の方の仕事はほとんどありません。ビックリしました。わたしはたまたま手に職があったので自力で這うように社会と繋がり続けました。誤解、勘違いでひどい言われ方もしました。なかには親切な人もいました。親切な人には甘えました。それで良いと思います。わたしは子供を連れてエステで営業で回りました。娘の成長をお客様も楽しみにしてくださいました。何か、社会と繋がってみたら、少しづつ自分と子供のいる場所が見つかる気がします。 始めは、買い物の立ち話から、子供連れでよいからお願いと誘って頂き、デイサービスに行くようになるとだんだんと人との関わりが広くなりました。子供連れでの被災は想像出来ませんが、もっと甘えて、助けて頂いて良いと思います。無理な事は無理です。親も子供も限界があります。

    投稿日時:2013年09月26日 23時36分

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