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  • 認知症になる前に安楽死したい

    ゆき
    記事ID:33878

    もしも私が認知症になってしまったら、
    排泄や食事も誰かに任せないと生きていけない。
    ましてや意思疎通も何もできない。
    そうなると「自分とはこういう人間だ」という、
    アイデンティティや尊厳も失ってしまう気がして怖い。
    私自身の意志をうまく伝えることができない状態になるのが怖い。

    だからこそ、私は認知症などになる前に、
    安楽死ができたらいいのにと思う。
    人と意思疎通がとれないような状態で生きていても、
    「生きている」うちに入らないと思う。
    ただ食事をして排泄をするだけの存在になったら、
    自己実現も何もできないし、
    生きていてもしょうがない。
    だから、認知症になるまえに安楽死したい。

    今の日本は、安楽死は殺人罪で非合法だけど、
    「楽に死ぬことができる権利」を認めたほうがいいと思う。
    私は寝たきりや生命維持装置に繋がれた状態で生き続けたくない。
    だから、「死ぬこと」について語ることをタブー視せずに、
    もっと積極的に、
    国民の「死ぬ権利」や安楽死について議論したほうがいい。

    生命維持装置に繋がれて生きている方は数多くいらっしゃるが、
    その方たちは本当にそんな生き方を望んだのだろうか?

    投稿日時:2013年12月09日 17時04分

  • このトピックに「カキコミ」する
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  • その他

    緩和ケア
    recoveryさん /
    記事ID: 64367

    NHKニュース おはよう日本(2017.10.30 6時台)、
    緩和ケアについての特集、

    特集で見た取り組みに希望への手がかりを感じました。
    しかし、自分の地域で、あそこまで深くかかわってくれる医療者に巡り合うのは容易ではなく…

    先進の取り組み、意志、実践の広がりの現実味に乏しくも感じます。
    かかわる人間にかかっているという現実、
    必要な時に、わかり合えない希薄な関係をどうすれば…

    かかわる者を求める
    かかわり方を求める
    人間である必要性?

    限られた時間の中で、つながるスピード・普遍性を求めます。

    投稿日時:2017年10月30日 08時22分

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  • 提案

    選択と尊重
    recoveryさん /
    記事ID: 64068

    末期がんの”看取り医師”(NHK総合)の放送の中で、
    高齢患者へ、自分の緊急時の処置について問う場面がありました。
    そのワンシーンだけではなく、他にも意思をくみ取るアプローチがあったのかなかったのかはわかりませんが、
    しますか?しませんか?
    しませんか?しますか? など、
    聞く順番や、その場の雰囲気など聞き方で、答えが左右されないのか疑問も感じました。

    本当に本人に寄り添った選択や尊重はどうあるべきなのか、不安や課題を感じます。

    投稿日時:2017年10月19日 11時02分

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  • 提案

    認知症は家族も国も壊します
    あんずさん / 大分県 / 50代 / 母親
    記事ID: 63933

    認知症の姑を介護中です。因習、迷信がまかり通る田舎なので、認知症になる以前から差別用語を使って罵詈雑言を浴びせる人でしたが、病を得てますます暴言が激しくなっています。汚れたリハビリパンツを箪笥や食器棚に入れるなどは日常茶飯事です。

    介護者向けの講話や本などに、自分の症状に気付いて不安や鬱症状が出るとありますが、わが姑は自分はどこも悪くないと思っていて家族にも、介護施設の方にも常に上からものを言います。
    家族に多大な負担を負わせていることに全く気付かず、ただ食べて、排泄して妄言・暴言・常に攻撃的な態度…。他の介護者の方からも聞きますが暴力はとても高齢者とは思えないバカ力です。
    人間としての理性も常識も全てなくなっていくのです。
     
    なので、私は尊厳死は最新の医療を受けるのと同じように保証されるべき権利だと思います。  家族に抱えきれないほどの負担をさせても生にしがみつきたいと言う人を否定はしませんが、
    姥捨てだの介護放棄だのと批判する人は介護経験のない人の綺麗事だと思います。
    姑はこの先も在宅で介護するつもりですが、こと自分となれば「認知症と診断されたら、家族に感謝を伝えて点滴をひねって尊厳死」したいです。
    臓器提供カードのように、判断力のあるうちに「私は認知症と診断されたら尊厳死を希望します」と言う意思表示ができるものを作ることはできないのでしょうか。
    医療に関わる人が罪にならず、大切な家族を苦しめず、介護職の方の疲弊を緩和できるような、法律ができてほしいです。 医療費も年金ももう限界ですし、その対策にもつながると思います。行政に携わる方にも一度真剣に考えていただきたいと思います。

    投稿日時:2017年10月14日 15時52分

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  • ムカムカ

    誰もがそう願っても
    金のならない木さん / 大阪府 / 50代 / 母親
    記事ID: 62069

    あんなになってまで生きたくない、と思う人は多いでしょうが、認知症や要介護や胃ろうの人も、何もそうなりたくてなった人はいないはず。

    安楽死や尊厳死の案はだいぶ前から国民は切望してるはずだが、政府のお偉方はジイサンばかりで頭が古いから認めるわけがない。

    麻生太郎副総理は、ある講演会で何を言ったか?
    「少子化などより高齢化対策が大事。お年寄りは大切にしないといけない。何が少子化だ。」
    と憤慨しながら、年より達が多い前で。
    こんなジイサンか政府にいる限り、日本は老体国で滅びるとさじを投げたよ。
    問題にならない事自体がおかしい。

    投稿日時:2017年08月21日 02時34分

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  • その他

    前略 AIひろし様
    recoveryさん /
    記事ID: 61056

    >「健康になりたければ病院を減らせ」

    わかる気もします。
    病院へ行くと元気になるどころか、疲れることの方が多い 昨今。
    認知症や生き辛さでは、病院に行っても治らないし、
    治してくれないのに威厳ふんぷん。

    治しもしないのに病名を付けるばかり
    患者は食い物
    お見通し? ひろし

    ひろしの風穴
    安楽死については どうなの?

    投稿日時:2017年07月23日 19時07分

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  • その他

    合法化した場合の問題
    きつつきさん /
    記事ID: 61046

    わたしは安楽死には賛成ですが、合法化した場合にはいろいろと問題が出てくるのも事実です。
    死にたい人が死ねるようになる、それだけならいいのですが、例えば本当は死にたくないと思っていても家族に迷惑をかけたくないという思いで不本意で安楽死を選択したり、もしくは家族が介護をしたくないから安楽死の意志を強要する……などなど。

    高齢者の医療費が財政を圧迫していることは事実ですので、近いうちに安楽死の議論が活発になりそうですね。

    投稿日時:2017年07月23日 04時12分

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  • なっとく

    私もボケ始めたら殺して欲しいです。
    鈴のなる青い木さん / 静岡県 / 30代 / 子
    記事ID: 59586

    私がとてもボケて自分でも訳が分からないうちに人に迷惑をかける存在になったら、殺して欲しいです。人に迷惑かけたくないので。

    もしボケたときに、周りの人が奇特で「無償のお世話大好き、仏の顔を何度でも!」みたいな人だったら良いのかも知れませんが、ちょっとこれまでの人生を振り返るに想像が出来ません。

    「ボケたらどうしよう」と思うだけでも恐怖と不安で頭がおかしくなりそうです。
    多分ボケたら脳のリミッターが外れて、それまでにため込んできた子供の頃からの恐怖や不安の累積が爆発しそうです。意志の力で抑えられなくなるのも恐ろしいです、恥ずかしい。無様に怯え狼狽する姿を、無自覚に晒すのではないかと。耐えられません。

    幸せに育てられてきた人には絶対に理解してもらえないんだろうなとは思います。しかし奇麗事を言われてもさらに気持ちが追いつめられるだけなのでやめて欲しいのが正直なところです。
    実際に誰かが私のこの恐怖を取り除いてくれるわけでもないですし。不安が止まりません。意識のはっきりしている自分が安心したいから、自分がひどくボケる前には殺して欲しいのです。

    投稿日時:2017年06月09日 02時22分

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  • なっとく

    いくつかの課題
    安楽も尊厳さん / 神奈川県 / 50代 / 子供
    記事ID: 59569

    本人と家族が望むなら、第三者的にみても、その方がより幸せと感じられるなら、そして経済的な部分でもその方がやむを得ないとするとき。
    孤独に永遠に生きつづけるのは、幸せとは思えない。

    投稿日時:2017年06月08日 17時09分

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  • 呼びかけ

    自分の死はだれのものか議論すべき時
    メメントさん /
    記事ID: 57341

    どれだけ生きるかではなくどう生き死ぬか。生かす科学技術の発展により死なせ方を論ずる必要がでてきている。

    投稿日時:2017年03月28日 22時44分

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  • その他

    安楽死とは思わないけれど
    みけさん / 発達障害、その他いろいろ
    記事ID: 56178

    認知症を長く患った祖母が死んだとき゛おばぁちゃん、やっと楽になれたね゛と思いました。

    投稿日時:2017年02月08日 13時04分

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