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  • 虐待を受けている・受けていた方の体験談(2015年11月特集)

    番組ディレクター
    記事ID:45547

    ハートネットTVでは11月、子ども虐待について特集を予定しています。
    みなさんからの体験談をお待ちしています。

    お寄せいただきたいのは、次のような体験談です。

    ・現在、虐待を受けている。
    ・かつて、虐待を受けた。

    ・虐待の傷と、私は、こうして向き合った。
    ・虐待の傷と、今、私は、こう戦っている。

    また、以下のような具体的な体験談もお待ちしています。

    ・かつて虐待をした親と、私は、こうして戦った。
    ・かつて虐待をした親と、私は、こうして縁を切った。
    ・かつて虐待をした親を介護している悩み。
    ・虐待の体験、私は、こうして自分自身を納得させた。

    今、虐待を受けている当事者、かつて虐待を受けた当事者の方々の言葉から、
    当事者自身が、どう虐待に向き合い、どう生き抜いていくのか?
    ヒントを探りたいと考えています。

    みなさんからの体験談で番組は作られます。
    メッセージをお待ちしています。


    ※2015年11月特集の放送は終了しましたが、こちらのカキコミ板ではみなさんにとっての「交流の場」となるよう、ご意見を募集させていただきます。
    ぜひ、あなたの「声」をお寄せください。

    番組スタッフより

    ◆過去の放送はこちらからお読みいただけます。
    2015年11月特集「虐待 心の傷と闘う」: 第1回第2回 第3回
    お役立ち情報「虐待・DV」:過去の放送
    お役立ち情報「性暴力被害」:過去の放送

    投稿日時:2015年07月16日 20時59分

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  • 相談

    娘が受けていました
    ししゃも子さん / 埼玉県 / 30代 / 母親
    記事ID: 63294

    娘からの告白で知りました。つい最近の事です。

    近頃、彼氏と出掛けたり、旦那の祖母宅へ泊まることが以前より増えましたが、高校生だしこんなものか、と旦那と言い合っていたのですが…。
    娘が帰宅前、娘が「色々されてるの」とだけ言い泣いて電話してきました。泣いて中々話ができなくなったのでとりあえず帰るように促し、その間何も知らない私は旦那と相談。ここで旦那ははぐらかしていましたが私はそれを信じ旦那の帰宅を待つことに。
    旦那の帰宅前に、娘が祖母宅に忘れ物をしたと取りに行ったときそこで祖母から「バカ息子が手を出した」と知りました。
    この時すでに娘は3年近くも性的虐待を受けていて、数日前に学校、祖母、私の順に告白したのでした。
    直後、二人で話したら娘は「ごめんなさい」と泣きじゃくりました。この娘の態度で嘘ではないと全てわかりました。この後三人で数分話し、すぐ祖母宅に預けています。ただこの祖母宅も近いので100%安心できません。

    警察には相談していません。
    まだ下には二人も子が居てここで逮捕させたら、こんな人のために私達が生活出来なくなる。
    私が事実を知ってからまだ日が浅く、本当にどうしていいかわかりません。出来れば子供たちを連れて旦那の知らないところへ引っ越したい。でもお金がない。じゃ長年専業主婦だった私が働く。何年かかるの?どうすれば守れる?どうすれば?そればかりで何も考えがまとまりません。
    今、平気なふりをするのがほんとうにやっとの事で何をしていいのか、闇の中です。

    投稿日時:2017年09月21日 23時27分

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  • その他

    うまくやろうという気持ちは諦め捨てました
    ハート花子さん / 東京都 / 40代 / 虐待を受けた子供
    記事ID: 62791

    「お前なんか学校に行かなくていい。
    とっとと働いて、親にカネよこせ」と母親に毎日言われていました。

    それだけではなく、わたしの悪口を
    学校の教師・親戚・近所の人に言って廻る人でした。

    地方に住んでいたいたわたしは東京で就活するお金がなく、
    1週間であちこち面接して寮のあるところに就職しました。
    当時敷金礼金6ヶ月や仲介手数料1ヶ月、前家賃で全部で8ヶ月分以上、
    さらに冷蔵庫や洗濯機などの基本的な電化製品で100万円は必要でした。
    それを1年で貯めて本来の就活をしました。

    靴は会社用に一足と、つっかけのようなものが一足あるのみでした。
    栄養が不足していたので、痩せて体力がなかったです。

    今でも社会に出たばかりの1年目のことを面接で聞かれるときがあります。
    『自分で工面しなければならなったので、
    1年でとにかく働いて貯めた』ことを言っても
    きょとんとしたり、下を俯いたり、
    採用企業の面接では判ってくれる人はいませんでした。


    長い間、カウンセリングをしてトラウマを克服しようとしましたが、
    カウンセラーの方が一般の人より人間が歪んでいる人が多かったです。
    一番救ってくれたのはいのちの電話と、話をよく聞いてくれた占い師でした。


    家を出てからはほとんど帰ることはありませんでしたが、
    父親が亡くなり、三回忌のときの相変わらずの母親の言葉で、
    長年のトラウマ解消を辞めて、
    「この人と関わるのは止めよう」と決心しました。
    一度だけ携帯に留守電が残っていましたが、聞かずに消去しました。
    完全に繋げようという気持ちが切れて、母親は捨てました。

    投稿日時:2017年09月08日 10時48分

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  • エール

    苦しみを知っている分気づける幸せ
    rikaさん / 静岡県 / 20代 /
    記事ID: 62524

    以前、こんな私でも誰かの役に立てたらと思い、番組出演させていただいたものです。

    当時の婚約者とは婚約破棄をしました。
    母親から救ってくれた恩に、自分を縛りつけていたことに気づけたからです。

    その後、最高のパートナーと出会い今年結婚しました。(夫は虐待サバイバーではありませんが、父親が酒乱で苦労した経験があります)

    本当に過去は苦しかったけど・・・
    ずっと欲しかった家族ができ、あたりまえの幸せをかみしめています。
    ごく普通の家庭で育った人にはわからない、当たり前ではない幸せ。
    それに気づけるのは、苦しみをしっているからこそ。
    未だにフラッシュバックはありますが、以前ほど怖くはありません。もうひとりじゃないから。
    不安を、苦しみを共有できる相手がいる、ありのままの自分を愛してくれる相手がいるって本当に心強いですね。
    そういう相手を見つける為に、虐待サバイバーであることを、普段から私は隠していません。


    過去はどうやったって変わらないけれど、未来がどうなるかは自分次第です。
    成人したら、すべては自己責任。
    過去のせいにして、不幸にいるのが楽ならそれでいいと思います。
    だけど、そこから打破したいのなら、ちいさなことでいいからひとつずつ自分を変えるしかないのです。
    そこに妥協はいりません。
    だって、人生の主役は自分なのだから。
    幸せになる権利は自分にもある。
    生きている限り。

    投稿日時:2017年09月01日 14時16分

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  • その他

    虐待児サバイバー(アダルトチルドレン・PTSD)から
    ののはなさん / 埼玉県 /
    記事ID: 62247

    心に受けた傷が深い闇を作る。
    「闇に闘い」…私はそんな時間を多く生きてきた。
    そのままの自分を認めてあげる。
    そう、自分に向けて後どれだけの発破をかけるのか…。
    父母…ああ…私にしたこと…今なお脳裏に蘇る苦痛…
    体中が震えてしまうのだ。
    仲の悪い父母の生活は正に地獄絵図だった。
    言葉にするとなんともあっさりだけれど。
    そんなものではないことを情報が伝える周知の通りだ。
    ズタズタに傷ついた心の記憶ほど辛いものはない。
    家庭という檻の中で、次々きょうだいが生まれた。
    父母の両方から脅されつつも、私はかれらを世話した。
    3人もの世話はそれは血を吐くほども一生懸命だった。
    しかし、後に反感を私に向けてきたのだ。
    みなが無事大きくなり、やっと私の見方になってもらえる。
    苦労が報われる。そう信じてきた矢先だった。全てが無視された。
    必死に尽くしてきた努力(愛)が踏みにじられたときの衝撃。
    かれらに嘘を吹き込んでいたのはなんと父と母だった。
    と、後に知ったときは正に心臓に止めを刺された思いだった。
    何十年も恐怖と闘い、一人の子が純粋に積み上げてきたものを、
    父母は奪い取った。更に濡れ衣までも私に着せたのだった。
    夫の心も惑わしていたのだが。夫は、今は分かっているかしら。

    魂の真髄がどれほど酷く傷ついているのか・・・。
    魂よ。精神よ。心よ。ほんとに良く生きてきた。
    私は癒される。きっと、きっと癒されるネ! 
    自分に向かって今日も暗示をかけている。

    ※ふるぽんさんのお記事を拝見し、とても共感を覚えてしまいました。
    私はもう還暦を過ぎたものですが。未だに両親から受けた虐待の傷が酷く痛みます。
    虐待は、その子の一生にどれほども深い傷を負わしてしまうのだということ。
    どれほど愚かな行為かということを知ってもらえたらと・・・。

    投稿日時:2017年08月26日 07時08分

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  • 悩み

    否定ではなく・・ 支配ではなく・・ 虐待ではなく・・・・ 
    ふるぽんさん / 大阪府 / 50代 / 妻 母親
    記事ID: 62141

    私は今、50代の主婦です。
    今、親からの精神的虐待のトラウマから乗り越えようと、治療中です。

    相手との距離の取り方、夫婦間での距離の取り方がわからず、毎日悩みます。親に人との夫婦間のコミニュケーションの取り方を教えてほしかった。
    虐待の言葉ではなく、否定の言葉ではなく。

    親になぜ?私をいじめたの?何ぜ?否定ばかりだったの?と何度か聞いたけど、「覚えてない」というだけ。
    先日カウンセラーの先生に、「私をいじめた親や夫がなぜ、今は、私に甘えてくるのか?」と聞いたら、「おそらく、相手にとって都合のいい人間だったんだとおもう。」と。これを聞いて、ショックでした。
    今まで相手からそんな風にみられてたなんて想像もしていなかったから。
    相手への怒りを通り越して、私は「私をみて。私の気持ちをわかって。甘えさせえて」とずっと思い続けてすがってきたんだと思ったら、自分がどれだけあほだったなのか・・・。と
    自分に対しての怒りがわいてきた。
    でもそれと同時に、
    「ここから抜け出す」という気持ちに変わっている。

    そして・・その後カウンセラーに言ってもらえたのは、
    「だからそこ、あなたの長所や可能性を見つけてほしい」「自分を生きる道を見つけてほしい」という言葉。
    今、それを見つけようと、探してますが、ここにきて、今、「自分は何がしたいのか?本当にしたかった事がわからない」状態。
    自分の気持ちがわからない。人は支配されて否定されて生きると、こんなにも「自分」がわからなくなるのか?と、ショックです。
    早く、「本当の自分を取り戻したい」

    投稿日時:2017年08月22日 22時13分

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  • その他

    ねぇ。お母さん。
    くまのぬいぐるみとピアノさん / 長野県 / 30代 / きょうだい児
    記事ID: 61955

    どうして陽のあたるしあわせな部屋で、にこにこしながら「お母さんね、ほんとは男の子が欲しかったの。あなたが産まれた時、あー。また女の子だ。って言って、助産婦さんに、そんなこと言うもんじゃありません。って、怒られたのよ。」って、女の子の、まだ保育園にも行かない私に向かっ言ったの?

    なのに、なんで「上手にお酒を注げないとすてきなお嫁さんになれないよ。」って、「女の子は勉強あまりできると嫌われるよ。」って、



    ごめんなさい。
    まだうまく言葉にできませんでした。

    家の中では無いところで、性虐待を受けていたのかも知れない、もしかするとそれが全ての自分の認知の歪みのはじまりなのかも知れない。(解離性同一性障害のため、自分の記憶に無いんですが…)

    それでも、今思うのは



    なんで、産んだの?
    望んだんだよね?
    ちゃんと母子手帳も見せてくれたし、子供はこわいから欲しくないって、お父さんとお母さんのようになりたくないから結婚したくないって言ってた私に、「お腹の中で自分の分身が大きくなるしあわせを味わってほしい」って言い続けたってことは、大事に思ってくれてたんだよね?


    なのに。
    なんで、
    なんで、産んだのに、……。

    投稿日時:2017年08月18日 13時04分

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  • かなしい

    誰にも相談できない
    たろぴさん / 栃木県 / 20代 /
    記事ID: 61701

    私は幼い頃、少し駄々をこねただけで化粧品を投げられ顔に傷を負ったり、麦茶を頭からかけられたりしました。「気に入らないなら私を殺せ」と包丁を投げられたこともあります。
    大きくなると、少し口ごたえすると罵詈雑言を浴びせられ、プラスチックのバットで殴られました。
    先生にも友達にも言えず、そもそも自分が虐待されているとは微塵も思っていませんでした。
    高校生のとき、同級生に同じ境遇の子が現れ、やっと自覚をしました。
    そのときは仲良かった子に話しても同情で泣かれたり、ひかれたりと、なかなかにつらい経験をしました。
    いまでも誰かに相談しようとは思えません。その人にとって重すぎて気持ち悪がられたりするなら自分で抱えてしまえばいいかと思ってしまいます。
    そんな人がいなくなればいいなあと思っています…。

    投稿日時:2017年08月09日 02時12分

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  • かなしい

    愛されたい
    はるさん / 10代 / 子供
    記事ID: 61296

    私は小学三年生から中学二年生まで父親から虐待を受けていました。現在高校一年生です。

    ほかの人に比べたら内容も期間も大したことはないのです。しかも今は父親とは離れて暮らしています。でも今になって虐待を受けていた時より辛く感じるのです。
    私は愛されていました。少なくとも母親からはそうだったはずです。でも父親には殴られたことも布団たたきで叩かれたこともあります。「死亡届を出したいほどだ」と言われたこともあります。母親は良くも悪くも普通の人なのです。普通の家庭で育ったから。殴られたと訴えかけたとき、はじめの何度かは父親に抗議してくれました。でもしばらくしたら父親から「母親には言うな」と脅されるようになりました。
    殴られればそのうち終わると殴ってくださいと言ったこともあります。でもつい最近それはおかしいことだったのだと気づきました。ほかにも私は間違った意識を持っているかもしれない、そう思うと怖くて仕方がないです。

    私はつらいことをつらいと言った記憶がありません。だからつらいときに抱きしめてくれるような経験もありません。誰かに抱きしめてほしい。愛してほしい。そう願う日々です

    投稿日時:2017年07月30日 01時10分

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  • エール

    虐待サバイバーより
    りこっぴさん / 東京都 / 20代 / 子ども
    記事ID: 61272

    中学校一年生の時にキッチンドリンカーの母から精神的・肉体的暴力を日常的に受けていました。

    小学校低学年の頃から三世代同居の中で家族の不和が絶えず、激しい喧嘩を見聞きして育ちました。

    アルコール依存による暴力が家庭の中にはあったようです。


    そんな環境か、両親は不安定でわたしは育児放棄も受けて育ったようでした。


    わたしは25歳の時になんとか実家を出て上京し、6ヶ月カウンセリングを受けてPTSD・愛着障害・解離・アルコール依存を克服しました。

    それまでは、いつも寂しい感じ、何か物足りない感じがしていました。
    強烈な不安感や恐怖もありました。
    また、フラッシュバックにより情緒も自分ではコントロールできませんでした。
    そして、たびたび離人感や解離する感覚に苦しみました。

    そんな中では、人との関係性も仕事もうまくいかず不調を抱えながら転々とする日々を過ごしました。自尊心もボロボロでした。

    しかし、わたしは立ち直りました。

    家庭で問題にされされた子供たちが大人になって、味わった苦しみに向き合うこと、苦しさを手放すことは大変な作業だと思います。

    でも、苦しんでいる方がいたら、家庭の外に助けを求めてほしい。

    自分を癒せるのは自分自身だから。








    投稿日時:2017年07月29日 07時25分

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  • 呼びかけ

    因果関係を捨てるしかないです。
    shisunさん / 大阪府 / 30代 / その他
    記事ID: 61175

    病的酩酊の父、ヒステリックで重いPTSDの母に、育てられました。

    母はとにかく「暴力」でした。
    毎日頬を叩かれた記憶があります。
    都会中心地でも、言葉より先に叩かれ怒鳴られました。
    母の気分により行われました。

    子供ゆえ、イベント事にはしゃいだ私(経験則から、「私ははしゃぎすぎでしょうか?」と訊いていました)を突然叩いたりと、母は基本的に
    じゃれる子供が苦手だったようです。

    父は、戦争により精神不安定になった祖父から、酷い暴力を受けて育ち、その影響もあるのか、病的酩酊となりました。

    私が産まれた時にはその父であり、
    同じ人間が変貌する(同じ人間と認識できない)・母も酔った父と
    毎晩毎晩言い争い、乳幼児期から眠りの浅かった私は、
    それを見聞きしていたようです。

    それは、わずか3才の姉が0才の私の両耳を両手で覆い、
    当時流行っていたアニメソングを歌い、私を守っていたのだと、
    後に告白されました。

    また、父は姉に性的いたずらをしていました。
    私は父にそっくりな顔立ちだからか、されませんでした。

    …主治医の「因果でモノを語るうちは、何も解決しない」
    という祈りのような、繰り返しの説得により、
    今は、父を恨んでいません。母とはほぼ絶縁のままです。

    投稿日時:2017年07月26日 21時54分

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