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奈良時代の人びとのくらし

平城京という都が置かれ天皇中心の政治が行われた奈良時代。特産物を「税」として納めたり、労役が課せられた。華やかな都の文化とは対照的に人びとのくらしは苦しかった。

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ねらい

都のはなやかなくらしは、地方の人びとに支えられ、地方の農民は、重い税に苦しんでいたことがわかる。

内容

8世紀のはじめ、「平城京」という都が奈良につくられました。天皇を中心とする政府、「朝廷」が全国を支配するしくみが整えられていきました。国の財政を支えたのは、「税」でした。人びとは、国からわりあてられた土地で取れた稲を地方の役所に納め、地方の特産物を、都へ届けました。各地の特産物が都に運ばれました。兵士となったり、都や寺をつくるために働く負担もありました。人びとにとり税は、負担になりました。歌人、山上憶良は農民の気持ちをよんだ歌を残しています。「わたしはほかの人と同じように田畑をたがやしているのに、ぼろぼろの着物を着てかたむいた家に住んでいる。地面にじかにわらをしき、家族はただなげき悲しんでいる。かまどには火の気もなく、くもの巣が張っている。こんな苦しい生活をしているのに、お役人は、ムチを片手にやってきて、おどして税をとろうとする」。当時の人びとのくらしがいかに大変だったのかがうかがえます。