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藤原道長と摂関政治

平安時代中ごろ、政治の実権は貴族がにぎっていた。中でもひときわ大きな権力を持っていたのが、藤原道長だ。道長は、摂関政治によってさらに権力を強めていく。

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学習のねらい

藤原道長の「摂関政治」とはどのような政治であるかがわかる。

詳しい内容

平安時代の中ごろ。政治の実権は、天皇に仕える貴族がにぎっていました。ひときわ大きな権力を持っていたのが藤原道長です。道長は、自分の娘を天皇の后にして、天皇家の親せきになります。后である娘と天皇の間に男子が誕生すると、その子を即位させます。そして、天皇に代わって政治を行う摂政となり、大きな力を持ちました。道長は、自ら政治を行うだけではなく、息子も重要な役職につけ藤原氏の権力を強いものにしようとしました。「摂政」の職を頼通にあたえたのです。頼通はその後、天皇が成人すると「関白」となり、政治を続けました。摂政と関白が実権をにぎる政治を摂関政治といいます。道長がよんだ歌。『この世をば わが世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしと思えば』 この世はわたしの天下のように思う。満月のようにわたしの権力に欠けたところはないのだから」 道長から約50年。藤原氏が大きな権力をにぎる政治が続いていきました。