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長篠の戦い

織田信長と武田勝頼。2人の戦国武将がはげしくぶつかった「長篠の戦い」では、信長が火縄銃を使った新しい戦法を生み出した。その後、戦国時代は終りに向かうことになる。

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学習のねらい

信長と勝頼という戦国武将を代表する2人の戦いぶりがわかる。

詳しい内容

愛知県新城市。かつて戦国武将がはげしく戦った戦場のあとです。戦ったのは、織田信長と武田勝頼。織田信長は、今の愛知県、尾張の大名の息子でした。一方の武田勝頼は、甲斐の国を治めた大名、武田信玄の息子。騎馬軍を率いていました。2人の武将が戦うことになります。長篠の戦いです。この戦いで先に動いたのは、武田軍でした。信長の軍めがけてせめこみます。武田軍が目前にせまります。信長の軍が用意していたのは、大量の火縄銃でした。その数は1000とも3000ともいわれています。織田軍は、武田軍に休みなく火縄銃をうち続けます。最強といわれた武田軍も、たちうちできません。長篠の戦いは、信長の大勝利でした。この勝利により、信長は天下統一に向けて大きな一歩をふみ出します。現在、長篠の戦いがくり広げられた場所では、信長がつくらせたといわれる複数の柵が、再現されています。織田軍はこの柵ごしに武田軍をむかえうったのです。