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天下統一

1582年本能寺の変、織田信長はたおれる。豊臣秀吉は、毛利輝元との戦をやめ京都に引き返し明智光秀を討つ。これをきっかけに秀吉は天下統一に向け勢力を拡大していく。

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学習のねらい

豊臣秀吉がどのようにして全国を統一していったかがわかる。

詳しい内容

豊臣秀吉は、織田信長に仕える家臣でした。1582年。信長が、明智光秀に京都でおそわれ死んでしまいます。「本能寺の変」です。この時、秀吉は、中国地方に大きな勢力を持つ毛利輝元と戦っていました。事件の知らせを聞いた秀吉は、ただちに戦いをやめ、京都に向かいます。そして明智光秀をたおしました。これをきっかけに秀吉は、信長の後継者の地位につくことになったのです。この時、秀吉は46歳。信長のあとをついで天下統一を目指す秀吉は、武士が考えもしなかった行動に出ます。貴族になり高い身分を得ることで、ほかの大名をしたがえようとしたのです。秀吉は、天皇を助けて政治を行う「関白」の職につきます。秀吉は、天皇の名で、大名同士が争うことをやめさせる命令を出しました。したがわない大名には、攻撃を加えます。まず九州の島津を降伏させます。そして1590年、関東の北条をせめほろぼし、ついに天下統一を成しとげたのです。