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五街道

江戸(えど)時代、幕府(ばくふ)は全国の道路網(もう)の整備に努める。やがて街道は単なる「道」ではなく、そこに人と物が行きかう「道」となっていく。

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ねらい

江戸幕府が、江戸と全国を結ぶ五街道をつくり、人や品物が行きかう道に発展したことがわかる。

内容

江戸(えど)時代、幕府(ばくふ)は江戸と全国を結ぶ道路を整備しました。東海道(とうかいどう)、中山道(なかせんどう)、甲州街道(こうしゅうかいどう)、奥州街道(おうしゅうかいどう)、日光街道(にっこうかいどう)という5つの街道です。この街道は、大名が参勤交代(さんきんこうたい)のときに使われました。街道ぞいには宿場(しゅくば)が設けられました。宿場には、大名が泊(と)まるための「本陣(じん)」や、家来が泊まるための「旅籠(はたご)」が建てられました。宿場町は、大名たちなど、たくさんの人びとでにぎわいました。また街道ぞいの「関所」は人質として江戸に住まわせていた大名の妻や子どもが通らないか見張ったり、江戸に危険(きけん)な武器が持ちこまれないように品物の行き来を見張りました。幕府によってととのえられた五街道(ごかいどう)は、その後、人と物が行きかう主要な道として発展(はってん)します。