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木戸孝允

幕末から明治にかけ活躍した政治家。長州藩の実権をにぎり、後、薩摩藩と手を組み、幕府をたおす。明治新政府で、五箇条の御誓文などをを作成。新しい時代の基礎をつくる。

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ねらい

木戸孝允は、明治政府で五箇条の御誓文をつくり、版籍奉還や廃藩置県を計画して新しい時代の基礎をつくったことがわかる。

内容

1871年、明治4年。西洋に学ぼうと日本を出発した岩倉使節団。代表の岩倉具視(いわくらともみ)とともに加わったのが当時38歳の木戸孝允(きどたかよし)。幕末から明治にかけて活躍(かつやく)した政治家です。木戸は今の山口県にあった長州藩(ちょうしゅうはん)で武士として生まれ、若(わか)いころは桂小五郎(かつらこごろう)と名乗りました。江戸幕府の支配がゆらぐ中、長州藩の実権をにぎります。そして坂本龍馬(さかもとりょうま)の仲立ちで、西郷隆盛(さいごうたかもり)の薩摩藩(さつまはん)と手を結び、幕府をたおすことに大きな役割を果たしました。明治の新政府では、五箇条の御誓文(ごかじょうのごせいもん)をつくることに加わり、版籍奉還(はんせきほうかん)や廃藩置県(はいはんちけん)を計画しました。新しい時代をつくる基礎(きそ)を固めた木戸孝允。しかし、1877年、明治10年。43歳の若さで亡くなりました。