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大隈重信

明治から大正時代にかけて活躍した政治家。明治政府で新しい国づくりに取り組む。薩摩・長州藩以外の出身ではじめての総理大臣となり、外務大臣も歴任している。

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ねらい

大隈重信(おおくましげのぶ)は、自由民権運動を進めるために立憲改進党を結成し、総理大臣として日本最初の政党内閣をつくったことがわかる。

内容

大隈重信は、江戸時代の終わり頃、今の佐賀県に生まれました。明治から大正時代にかけて活躍した政治家です。幕府を倒す運動に加わった大隈は明治の新政府で新しい国づくりに取り組みました。この頃、人々の中に国民が政治に参加することを求める「自由民権運動」が起こります。すると大隈も、政府の重要な職にありながら「すぐに国会を開くべきだ」と主張します。その後、政府を離れた大隈は国会が開かれることに備えて政党をつくりました。当時、政府の中で国の方針を決める重要な立場は、江戸幕府を倒すときに中心となっていた、薩摩藩や長州藩の出身者が多くを占めていました。薩摩藩でも長州藩の出身でもない大隈は、強い政党をつくり多くの国民が国を動かすことができるようにと考えたのです。そして、薩摩と長州の出身者ではない初めての総理大臣になりました。総理大臣を2回、外務大臣を5回務めました。また、教育の大切さを説き学校をつくりました。