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日露戦争

1904年、日本とロシアのあいだで戦争がはじまった。「日露戦争」は1年半にもおよんだが、日本の勝利に終わった。この勝利で戦後の交渉が日本有利に行われていった。

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ねらい

日露戦争の勝利により、日本の国際的な地位が高まり、その後の不平等条約の改正につながったことがわかる。

内容

20世紀のはじめ、中国の東北部を占領し、朝鮮半島にも勢力を広げようとしたロシア。それを、させまいとする日本。1904年、両国のあいだで戦争がはじまりました。「日露戦争」です。戦争は1年半にわたって続きました。1904年10月、ロシアは日本近海に、遠くヨーロッパから軍艦(ぐんかん)を送ることにしました。世界で最強といわれていた「バルチック艦隊(かんたい)」です。これに対し、日本は司令長官、東郷平八郎(とうごうへいはちろう)が率いる連合艦隊がむかえうちました。1905年5月27日、対馬沖(つしまおき)でロシアのバルチック艦隊と日本の連合艦隊がぶつかります。戦いは、日本側の一方的な勝利に終わります。ロシアのほとんどの船は沈められ、日本の船には、ほとんど被害(ひがい)はありませんでした。この戦いの勝利によって、日本はその後の交渉を有利に進めることになるのです。