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津田梅子

明治時代、女性の地位を高め、学生たちに自立を訴え続けた津田梅子。女性の自立には、専門的な知識を身につける教育が欠かせないと考えるようになる。

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ねらい

津田梅子が、アメリカやイギリスへ留学し、女性が専門的な知識を身につける教育が必要であることを学び、女子英学塾(今の津田塾大学)を開いて日本の女子教育に力を入れたことがわかる。

内容

明治時代に活躍した津田梅子。1871年、明治4年。神奈川県の横浜から出発する「岩倉使節団」です。留学生もアメリカに向かいました。最年少だったのが、当時満6歳の津田梅子です。出発前、皇居によばれた梅子たち。大きな期待がかけられていたのです。留学は、11年におよびました。アメリカでのくらし方や、西洋の知識・教養を身につけていきました。この後4回アメリカやイギリスにわたります。その中で、女性が自立するためには、専門的な知識を身につける教育が欠かせないと考えるようになります。1900年、明治33年。35歳東京で学校を開きます。「女子英学塾」です。ここで、女性たちに英語の力を身につけさせようとしました。当時、英語教師は、女性にとって、数少ない専門的な職業だったのです。学校を開いた時、梅子が行ったあいさつの原稿です。「all-round women。あらゆることに能力を発揮する円満な女性」。