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銀閣

政治から身をいた足利義政によって建てられた銀閣。東求堂には、現在の和室につながる書院造の建築様式が見られる。

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ねらい

銀閣の書院造りを通して、室町時代の文化を理解する。

内容

8代将軍の足利義政は、金閣を作った義満の孫にあたります。義政が将軍のとき、有力な武士たちが京都で大きな争いを起こします。「応仁の乱」です。争いは10年あまり続きました。将軍として武士をまとめることができなかった義政は、政治から身を引きます。そんな義政が京都の東山に山荘として作ったのが、銀閣です。金閣と同じく世界遺産です。2階には、寺で見られる丸みを帯びた窓を作り、中に観音像が置かれました。銀閣から少しはなれたところにあるのが東求堂。ここには義政の書斎(があります。特徴は、畳がしきつめられていることです。また、外との仕切りには障子が立てられました。かべには、「床の間」の原型となる「付書院」と、「ちがい棚」が配置されました。このような部屋を「書院造」といい、和室のもととして今に受けつがれています。