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治外法権の撤廃

ノルマントン号事件をきっかけに、日本は不平等条約改正にいどんだ。外務大臣陸奥宗光は粘り強く交渉を重ねた末、治外法権の撤廃にこぎつけた。

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ねらい

不平等条約のひとつ、治外法権の撤廃に至るまでの様々な苦労を、陸奥宗光の活躍を中心に見る。

内容

陸奥宗光は不平等条約「治外法権」の撤廃に活躍した人物です。当時、日本は外国との不平等条約に苦しんでいました。その一つが治外法権。外国人が日本で罪を犯しても日本の法律で裁けないというものです。あるとき、陸奥のふるさと和歌山県沖で大事件が起こります。イギリス船ノルマントン号が沈没。イギリス人乗組員は脱出しましたが、日本人の乗客は全員亡くなりました。事件の裁判を担当したのはイギリス人判事でした。治外法権のためです。イギリス人乗組員のほとんどが「無罪」となります。この事件を受け、政治家たちが不平等条約の改正にいどみましたが、かないませんでした。ノルマントン号事件から6年後、陸奥は条約改正にいどみます。そして1894年、ついに、イギリスとのあいだで治外法権の撤廃に成功。陸奥の目論見どおり、大国イギリスが改正に応じたと知ったほかの国々もあとに続き、15か国から治外法権の撤廃を勝ち取ったのです。