ねらい

オレンジの輸入自由化が、日本のみかん消費に影響を及ぼし、新しい品種作りの原動力になったことがわかる。

内容

日本では1970年代から、みかんなどの果物作りが盛んになりました。食生活が豊かになって、農家は穀物よりも現金収入になる果物を作り始めたのです。1982年、アメリカはオレンジを日本に輸出しようとし始めました。みかん農家は猛反対し、日本とアメリカは交渉を重ねました。けっきょく1991年からは、アメリカのオレンジが自由に輸入されるようになりました。オレンジばかりでなく、そのほかのくだものもどんどん輸入されます日本のみかんにとって強敵です。1996年には、みかんの消費量は最盛期の3分の1近くになり、みかん農家は新たな工夫が必要になりました。みかんの代表的な産地、愛媛県の果樹試験場では、値段が高くても売れるみかんを作るため品種改良に力を注いでいます。外国の安い農産物と競争しても勝てるように、味や香りの良い新しい品種が求められているのです。

オレンジの輸入による影響
1991年からオレンジの輸入が自由化され、日本のみかん消費量は大きく減少しました。みかん農家では、競争力のある新品種の開発に力を注いでいます。