お困りの際には、「困ったときは…」をご覧ください。

平将門の乱

平将門の乱など地方での反乱によって、武士の力が強まっていきます。

関連キーワード:

ねらい

地方武士の反乱が相次ぎ、貴族の支配が揺らいでいく様子を知る。

内容

平将門は、平安時代中期の武士です。桓武天皇のひ孫にあたり、平清盛らと同じ、いわゆる「桓武平氏(かんむへいし)」のひとりでした。将門の父親は、現在の千葉県佐倉市を本拠地としていました。その父親が亡くなった時、領地相続を巡って起きた一族内部の争いに打ち勝ち、将門は名声を轟かせます。939年、朝廷に追われた常陸国の豪族・藤原玄明(はるあき)が、将門を頼ってきました。藤原玄明をかくまった将門は、朝廷と対立することになります。次々と朝廷の役所を襲って関東一円を支配すると、将門は自ら王となって独立を宣言しました。しかし、翌940年2月、朝廷の命を受けた武士たちに攻められ、将門は滅ぼされました。「平将門の乱」は、武士の台頭を決定付ける事件であったと言われています。朝廷に反抗したのも武士。そして、それを鎮圧したのも武士だったのです。