お困りの際には、「困ったときは…」をご覧ください。

一向一揆

戦国時代、浄土真宗の信者たちが各地で結束して一揆を起こしました。

関連キーワード:

ねらい

農民たちが宗教によって結びつき、反乱を起こした事を知る。

内容

戦国時代、浄土真宗(じょうどしんしゅう)が急速に広まった近畿、北陸、東海地方では、信仰で結ばれた地侍や農民たちが、各地で一揆を起こしました。彼らは、戦乱のない平和を目指して、時には戦国大名と戦う事もありました。浄土真宗が一向宗(いっこうしゅう)とも呼ばれた事から、これを「一向一揆」と言います。中でも加賀国、現在の石川県で起こった一向一揆は、その規模、期間においても、最大でした。ことの始まりは、1471年、一向宗の本山・石山本願寺の蓮如が、加賀と越前の境にある吉崎を訪れ、布教の拠点としたことでした。一向宗が広まる事を恐れた加賀の守護・富樫政親が弾圧を加えると、門徒たちは対抗して立ち上がり、1488年、ついに富樫政親を滅ぼしたのです。その後、門徒たちは、形式的な守護を置き、自分たちで加賀国を支配しました。「加賀の一向一揆」は、1580年に織田信長の軍勢に滅ぼされるまで、約百年間続きました。