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絵踏

江戸幕府はキリスト教を禁止するため、信者を見つけ出そうと、踏み絵を行いました。

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ねらい

幕府がキリスト教を厳しく弾圧した事を知る。

内容

キリスト教が広まり、信者が急速に増えていくと、徳川家康は幕府への服従が乱されるのではないかと考えるようになりました。そして、1612年にキリスト教を禁止し、宣教師や信者に迫害を加えました。1637年、キリスト教信者の多かった九州の島原と天草で大規模な一揆が起きると、キリスト教への弾圧は、さらに厳しくなっていきます。幕府は、キリスト教を排除するために、全ての住民を寺の檀家(だんか)にする制度を設けました。誰がどの寺の檀家であるかは、「宗門人別改帳(しゅうもんにんべつあらためちょう)」に記されました。さらに、毎年1回「絵踏(えぶみ)」を行い、いわゆる「隠れキリシタン」を見つけ出しました。「絵踏」は、十字架やキリスト像、マリア像などが描かれた板を踏ませ、キリスト教信者でないことを証明させるものです。絵を踏むことを拒んだキリスト教信者は、捕らえられ、処刑されました。