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天下の台所

大阪は全国の経済の中心として、発展しました。

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ねらい

政治の中心江戸に対して、大阪は経済の中心として発展した事を知る。

内容

1615年の「大阪夏の陣」で荒れ果てた大阪は、その後、幕府の直轄領となって復興が進められました。運河が整備され、諸国の船が絶え間なく行き交う「水の都」として再生した大阪。各藩の蔵屋敷が立ち並び、米や特産物の取引が行われて日本経済を左右する「天下の台所」と呼ばれるようになりました。淀川に浮かんだ堂島には米市場が開かれ、ここで行われる取引が、全国の米の値段を左右しました。ここでは、世界ではじめて「先物取引」が行われています。その年の米の出来具合を予測し、実際に収穫される数か月前に、値段を決めて売買していたのです。米のほかにも、木綿、油などを専門的に扱う問屋が多くでき、「株仲間」を作って大きな利益を上げました。こうした経済的な発展を背景に、大阪には独特の文化が生まれていきます。17世紀末には、浮世草子の井原西鶴、人形浄瑠璃の近松門左衛門らがでて「元禄文化」が花開きました。