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応仁の乱

室町幕府の実権争いから内乱がおき、京都は荒廃しました。

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ねらい

幕府の内乱によって、都が荒廃し、戦国の世へとつながっていく様子を知る。

内容

応仁の乱は、室町幕府の8代将軍、足利義政の後継者争いを発端として、全国の守護大名が2つに分かれて争った戦いです。子どもに恵まれなかった義政は、弟の義視(よしみ)を次期将軍に指名していましたが、その後、義政の妻、日野富子が長男を出産。自分の息子に将軍職を継がせたい富子は、有力守護大名で幕府政治にも大きな影響力を持っていた山名宗全に近づきます。当時、もう一人、大きな力を持つ守護大名がいました。細川勝元です。その細川勝元が義視の後見人だったことから、将軍の後継者争いは、宗全と勝元との権力闘争へと意味合いを変えていきます。各地の守護大名も、宗全率いる西軍と勝元率いる東軍に分かれ、1467年、ついに「応仁の乱」がはじまりました。京都を舞台とした戦いは11年にもおよび、京都の大半は焼け野原となりました。さらに、争いは全国に広まり、実力のみが物をいう「下剋上」の世の中―戦国時代に突入していくのです。