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解体新書

オランダの医学書を翻訳して書かれた「解体新書」、西洋文化への関心が高まりました。

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ねらい

西洋文化をいち早く取り入れようとした人々の努力を知る。

内容

8代将軍・徳川吉宗(よしむね)は、「享保の改革」の一環として、西洋の書籍の輸入を一部解禁しました。これを受けて、オランダを通じて入ってきたヨーロッパの文化や学問―「蘭学」が盛んになっていきました。1774年、オランダの医学書「ターヘル・アナトミア」を翻訳した「解体新書」が出版されます。翻訳の作業は、杉田玄白と前野良沢を中心として行われました。玄白と良沢は、江戸で人体の解剖を見学した時、持参していた「ターヘル・アナトミア」に書かれた解剖図が実際とほとんど変わらないことに驚き感心して、その翻訳を決意します。当時は、満足なオランダ語の辞書もなく、翻訳作業は非常に困難を極めました。3年余りかけて翻訳された「解体新書」の出版をきっかけとして、西洋の医学や学問・文化への関心が高まっていったのです。