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サンフランシスコ平和条約

連合国と平和条約が結ばれ、日本は独立を回復しました。

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ねらい

日本が独立を回復した事をしる。また、講話に参加しなかった国々とは、問題が残った事も知る。

内容

朝鮮戦争が始まると、アメリカは東アジアにおける日本の役割を重視するようになり、日本の独立を急ぎました。1951年9月、アメリカのサンフランシスコで講和会議が行われ、連合国48ヶ国との間に平和条約が結ばれます。しかし、この会議には中国が招かれず、また、ソ連をはじめとする社会主義陣営の3ヶ国は条約への調印を拒否しました。日本国内では、連合国側のすべての国と講和を結ぶべきだという意見もありました。しかし、吉田茂内閣は、資本主義陣営との講和を優先する道を採ったのです。その内容は、朝鮮の独立を承認すること、台湾・千島列島・南樺太の領有を放棄すること、沖縄・奄美諸島・小笠原諸島は引き続きアメリカの管理下に置くことでした。この条約によって、日本は占領状態を脱し、独立国としての主権を回復したのです。