足利義満・義政~室町文化の発展~

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scene 01 金閣と銀閣

室町幕府8代将軍の足利義政。京都の銀閣を作った人です。一方、室町幕府代々の将軍のなかで最も力のあった将軍といわれる3代将軍の足利義満。義政のおじいさんにあたる義満が作ったもので有名なのが、同じく京都の金閣寺。世界遺産にもなっています。義満の作った金閣は、室町文化を象徴(しょうちょう)する建物の一つといわれています。しかし、室町文化といえば義政をわすれてはいけません。今日は、室町文化の発展について見ていきましょう。

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scene 02 足利義満の力の象徴、金閣

京都、北山で黄金に光りかがやくのが、金閣です。世界遺産に指定され、年間500万をこえる人が訪れています。建てたのは、足利義満。室町時代に最も力を持った将軍で、各地の守護大名を従えていました。その上、貴族に対しても大きな力を持っていました。その力の象徴(しょうちょう)が金閣です。3階建ての建物で、2階と3階部分には金箔(きんぱく)がはられています。かつて行われた修復工事では、およそ20万枚の金箔が使われました。

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scene 03 貴族、武士、寺の文化を取り入れて

金閣の1階には、戸をつり上げ、部屋に光や風を取りこむための「しとみ戸」があります。しとみ戸は、主に貴族の建物で使われていました。2階には、武士の建物のつくりが見られます。内と外を仕切るのは、しとみ戸ではなく「引き戸」です。あつかいやすくて場所をとらない引き戸は、機能重視の武士の家で使われました。そして3階。丸みを帯びた窓は、お寺の建物のつくりです。義満が作った金閣は、貴族、武士、寺、それぞれの文化を取り入れた建物でした。

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scene 04 ドキリ★金閣を中心に華やかな文化が栄えた

義満の力をさらに強くしたのが、当時の中国「明(みん)」との貿易です。日本からは金をあしらった扇(おうぎ)などの工芸品が輸出され、明からは大量の銅のお金が輸入されました。莫大(ばくだい)な富を手にした義満は、京都北山の地に、金閣のほかにもたくさんの建物を建てます。そこでは、貴族や武士をもてなすため、「能」が演じられました。義満が力を入れて育てた能は、現代にも伝わります。金閣を中心にした華(はな)やかな文化が、足利義満の時代に栄えたのです。

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scene 05 足利義政の山荘、銀閣

8代将軍の足利義政は、金閣を作った義満の孫にあたります。義政が将軍のとき、有力な武士たちが京都で大きな争いを起こします。「応仁(おうにん)の乱」です。争いは10年あまり続きました。将軍として武士をまとめることができなかった義政は、政治から身を引きます。そんな義政が京都の東山に山荘(さんそう)として作ったのが、銀閣です。金閣と同じく世界遺産です。2階には、寺で見られる丸みを帯びた窓を作り、中に観音像が置かれました。

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scene 06 ドキリ★日本独自の建築様式が完成した

銀閣から少しはなれたところにあるのが東求堂(とうぐどう)。ここには義政の書斎(しょさい)があります。特徴(とくちょう)は、畳(たたみ)がしきつめられていることです。また、外との仕切りには障子(しょうじ)が立てられました。かべには、「床の間(とこのま)」の原型となる「付書院(つけしょいん)」と、「ちがい棚(だな)」が配置されました。このような部屋を「書院造(しょいんづくり)」といい、和室のもととして今に受けつがれています。銀閣が建てられたころ、日本独自の建築様式が完成しました。

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scene 07 ドキリ★生け花や水墨画などの文化が生まれた

また、書院造の部屋からは、さまざまな文化が生まれます。たとえば、床(とこ)の間をかざるために発達したのが「生け花」です。そして「掛け軸(かけじく)」。墨(すみ)の濃淡(のうたん)で自然をえがく「水墨画(すいぼくが)」が、掛け軸に用いられました。義政の時代に、生け花や水墨画など今に伝わるさまざまな文化が生まれたのです。

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scene 08 年号ごろあわせ

1397年は、足利義満が金閣を建てた年。こう覚えましょう。「いざ急な(1397)、義満の号令で金閣作る」。