源義経~源平の戦い~

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scene 01 源氏のヒーロー

今からおよそ850年前、平氏と源氏は戦い、源氏は一度敗れました。そして、その平氏と再び戦うときがきました。刀、弓、馬など、武術に関しては小さいころから稽古(けいこ)を積んできた源義経。しかし、あまり強すぎて、仲間から反感をかうこともありました。義経は源氏のヒーローとして、兄・頼朝のために一生けんめい戦いました。その義経のヒーローぶりを見てみましょう。

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scene 02 平氏に父を殺されて

およそ850年前、源氏と平氏の戦いで功績を挙げたのが源義経です。時は平安時代末期。貴族のボディガードだった武士が力をつけてきました。特に力をのばしたのが源氏と平氏。その二大勢力が戦いました。平治の乱です。そして、平氏を率いる平清盛が勝利。源氏の大将であった源義朝は殺されてしまいます。その義朝の息子に、のちに鎌倉幕府を開く源頼朝と、弟の義経がいました。源氏のあとつぎの頼朝は伊豆へと流されます。義経は京都の寺に預けられました。父をうばった平氏をたおすため、義経は弓や馬など武術の稽古(けいこ)にはげみます。

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scene 03 ドキリ★兄・頼朝とともに平氏打倒をめざした

21年が過ぎ、再び頼朝が平氏をたおすための戦いを起こします。それは義経が待ち続けていた瞬間(しゅんかん)でした。義経は頼朝のもとへかけつけます。このとき22歳(さい)。兄・頼朝と初めての対面でした。源義経は、兄・頼朝とともに平氏打倒(だとう)をめざしました。平氏との戦いで、義経は数々の天才ぶりを発揮します。

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scene 04 一ノ谷の戦い

まずは、一ノ谷(いちのたに)の戦い。一ノ谷は、北はけわしいがけ、南は海という場所です。平氏は、源氏が山からせめてくるとは思わず、海だけを気にしていました。そこで義経は、がけを馬で下るという大胆不敵(だいたんふてき)な作戦を考えます。馬がたおれるような急な坂を、いっせいにかけ下りる義経たち。予想外のしゅうげきを受けた平氏は大混乱におちいり、やがて海へとにげていきます。源氏軍は大勝利をおさめました。

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scene 05 屋島の戦い

そして、屋島(やしま)の戦いでも天才ぶりを発揮します。四国の屋島には、平氏たちの拠点(きょてん)がありました。屋島はせめにくい場所でした。遠くまで見わたせる高い山があり、接近すればすぐに発見されてしまうのです。そこで義経は、だれもが船を出すとは思わないあらしのなか、近づくことにしたのです。無事、海をわたった義経は、周辺の村に火を放ちます。不意をつかれた平氏は大混乱におちいり、海へにげていきました。

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scene 06 ドキリ★壇ノ浦の戦いで源氏は平氏をたおした

こうして義経は、平氏を西へ西へと追い、最後の決戦に臨みました。そして、ついに壇ノ浦(だんのうら)で、平氏をほろぼしたのです。1185年、壇ノ浦の戦いで、源氏は平氏をたおしました。平氏に親をうばわれた少年は、父のかたきを討つとともに、源氏のヒーローとなったのです。

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scene 07 悲劇の始まり

壇ノ浦の戦いから一ヶ月後、一躍(いちやく)ヒーローとなった義経は、京の都へもどります。功績を挙げた義経は、後白河法皇(ごしらかわほうおう)から官位をあたえられました。しかし、朝廷(ちょうてい)にみとめられたことが、悲劇の始まりでした。義経は、こうした栄誉(えいよ)を兄・頼朝は喜んでくれると思っていました。しかし、頼朝は、義経が手柄(てがら)をひとりじめしている、無断で勝手なふるまいをしているとの報告を受け、不信感をいだいたのです。

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scene 08 今も語りつがれる物語

義経は、実の兄に追われる身となりました。頼朝の追及(ついきゅう)は全国におよび、もはや義経に居場所はなかったのです。そしてついに義経は、東北の地でその生涯(しょうがい)を閉じます。壇ノ浦の戦いからわずか4年。義経、31歳(さい)でした。義経の物語は多くの人に愛され、今でも歌舞伎(かぶき)で上演されるなど、長く語りつがれています。

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scene 09 年号ごろあわせ

1185年は、壇ノ浦の戦いで平氏をたおした年。こう覚えてはいかがでしょう。「いいやご(1185)立派! 壇ノ浦の戦いで平氏をたおす」。