狂言「柿山伏」

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scene 01 ぬすみ食いを見つかった山伏は

scene 01 ぬすみ食いを見つかった山伏は

「これは出羽(でわ)の羽黒山(はぐろさん)よりいでたる、かけ出(で)の山伏(やまぶし)です」――おれは、山形県の羽黒山からやってきた“山伏”っちゅうもんや。「これはこの辺(あた)りに住まいいたす、耕作人(こうさくにん)でござる」――わたしは、この辺りに住んでいる畑の持ち主です。……山伏が柿(かき)をぬすみ食いしてこらしめられるという、狂言(きょうげん)のおはなし。題して、『柿山伏』。ぬすみ食いを畑の持ち主に見つかってしまった山伏はあわてて柿の木にかくれますが…。

scene 01 ぬすみ食いを見つかった山伏は

scene 02 「さんざんになぶってやろうと存ずる」

畑主「さてもさても、おろかな山伏じゃ。あのわずかな柿(かき)の梢(こずえ)へかくれて、わが姿(すがた)が見えぬと思うそうな。よいよい。あのようなおろかな山伏は、さんざんになぶってやろうと存(ぞん)ずる」。

scene 01 ぬすみ食いを見つかった山伏は

scene 03 「あれはからすじゃ」

畑主「ほほう。あの柿(かき)の梢(こずえ)へかくれたを、人かと思えば人ではない」。山伏「まず、人でないと言うによって心安い」。畑主「あれはからすじゃ」。山伏「よよう。みどもがからすなどに見ゆるかしらぬ」。畑主「総(そう)じてからすというものは、鳴くものじゃが、おのれは鳴かぬか」。山伏「こりゃ鳴かずばなるまい」。畑主「おのれ、鳴かずば人よ。人ならばその弓矢を持てこい。射殺(いころ)いてやろう」。山伏「こかあ。こかあ。こかあ、こかあ、こかあ、こかあ」。畑主「はははははは。さてさて、おもしろいことじゃ。もそっとなぶってやろう」。

scene 01 ぬすみ食いを見つかった山伏は

scene 04 「ありゃさるじゃ」

畑主「はあはあ。あれをようよう見れば、からすではのうて、ありゃさるじゃ」。山伏「よう。この度(たび)はみどもがさるなどに見ゆるかしらぬ」。畑主「総(そう)じてさるというものは、人を見れば身せせりをして鳴くものじゃが、おのれは鳴かぬか」。山伏「こりゃ鳴かずばなるまい」。畑主「おのれ、鳴かずば人よ。人ならばそのやりを持てこい。つき殺(ころ)いてやろう」。山伏「きゃあ。きゃあ。きゃ、きゃ、きゃ、きゃ、きゃ、きゃ、きゃ、きゃあ」。畑主「はははははは」。

scene 01 ぬすみ食いを見つかった山伏は

scene 05 山伏をからかう畑主

畑主は山伏をからかってやろうとします。「あそこにかくれたんは、人か思たら人やないな。あれはカラスやな。カラスちゅうんは鳴くもんやけど、おまえは鳴かんのか。鳴かんかったら人やから、弓矢で射殺(いころ)したるぞ!」。あわてて、「カァ~、カァ~、カァ~!」と鳴く山伏。すると畑主は、「よう見たらカラスやのうてサルやな。サルちゅうんは人を見たら毛づくろいして鳴くもんやけど、おまえは鳴かんのか?」。またあわてて「キャ、キャ、キャ、キャ、キャ~!」とサルの物まねをする山伏。「鳴いとる鳴いとる。ははははは!」と畑主は大わらい。

scene 01 ぬすみ食いを見つかった山伏は

scene 06 気持ちや動作を表現する「所作」

狂言(きょうげん)は、今からおよそ600年前の室町時代に生まれました。狂言は、だれもがわらって見られる喜劇(きげき)です。狂言師(し)は登場人物の気持ちや動作を、「所作(しょさ)」という決まった形で表現(ひょうげん)して見せます。たとえば「洗たくをする」。服を水につける動作をしながら、「がわ、がわ、がわがわがわがわがわがわがわ」と言います。「のこぎりを引く」は、のこぎりを引く動作で、「ずか、ずか、ずかずかずかずかずっかり」。あるいは「茶わんをわる」は、「いやあ、えーい」と茶わんをたたきつけて、「がらり。ちーん」。

scene 01 ぬすみ食いを見つかった山伏は

scene 07 こまりはてた山伏は

その後、山伏は…、「よう見たらカラスでもサルでものうて、トンビやな。トンビちゅうんは羽をのばして鳴くもんやけど、おまえは鳴かんのか。鳴かんかったら人やから、鉄砲(てっぽう)でうちころしたるぞ!」と言われ、あわてて「ピー、ヒョロヒョロ~」。すると、「トンビちゅうんは鳴いたあとはとぶもんやけど、おまえはとばんのか?」と畑主。こまりはてる山伏は、「ほらとぶで、とぶで~!」といわれ、「ピー、ヒョロロ~!」と木の上からとんで、「あいた! いたたた!」と地面に落ちてしまいました。「ほーれ、とうとう落ちよった。ほな、帰ろ…」と畑主。

scene 01 ぬすみ食いを見つかった山伏は

scene 08 「ようよう見れば、ありゃ鳶じゃ」

畑主「さてさて、物まねの上手な山伏じゃ。ちと、困(こま)らいてやりたいものじゃが、いや、いたしようがござる。はあはあ。あれをようよう見れば、からすでも、さるでものうて、ありゃ鳶(とび)じゃ」。山伏「よう。この度(たび)はみどもが鳶などに見ゆるかしらぬ」。畑主「総(そう)じて鳶というものは、羽をのして鳴くものじゃが、おのれは鳴かぬか」。山伏「また鳴かずばなるまい」。畑主「おのれ、鳴かずば人よ。人ならばその鉄砲(てっぽう)を持てこい。うち殺(ころ)いてやろう」。山伏「ぴい。よろよろよろよろよろ」。畑主「ははははは。ここでこそ、困らいてやろう」。

scene 01 ぬすみ食いを見つかった山伏は

scene 09 「飛びそうな」、「ぴい」

畑主「総(そう)じて鳶(とび)というものは、鳴いたあとは必(かなら)ず飛(と)ぶものじゃが、おのれは飛ばぬか」。山伏「これはいかなこと。この高い高い空から飛べと申す。なにとしたものであろう」。畑主「さればこそ困(こま)りよった。ちと、うかいてやろう。はあ。飛びそうな」。山伏「ぴい」。畑主「飛びそうな」。山伏「ぴい」。畑主「飛びそうな」。山伏「ぴい」。畑主「飛びそうな」。…山伏「ぴい、ぴい、ぴい。ぴい。よろよろよろ。ああ痛(いた)い。ああ痛い、痛い、痛い」。畑主「さればこそ落ちよった。もはやもどろう」。