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タイトル 日本ニュース 第8号
公開日 1940年(昭和15年)7月31日 日本ニュースについて

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チャプター

[1] チャプター1 琵琶湖淡水全国国体競泳<週間話題>  02:06
[2] チャプター2 愛国女子団の慰問人形製作<銃後から戦線へ>  02:01
[3] チャプター3 俄然敵機現る成都大空襲  02:16

再生テキスト

皇紀2600年記念琵琶湖団体長距離競泳全国大会は、我が国最初の淡水長距離競泳として全国から多大の期待を持って迎えられていましたが、去る7月28日、堅田(かただ)浮御堂(うきみどう)を出発、(大津)柳ヶ崎間10kmコースで華々しく挙行されました。
飛沫(ひまつ)を上げて相争う参加チームは、舞鶴、呉、各鎮守府の水の兵(つわもの)と、女子チームも混じった50チーム、淡水長距離の大記録をここに樹立しようと各チームの意気はものすごく、力泳、また力泳。
接戦の後、ついに呉鎮守府1組は2時間59分25秒9の好記録をもって男子組の優勝となり、女子優勝は約1時間遅れ、3時間57分をもって(京都)踏水会2組の締めるところとなりました。

日本撞球協会の森会長をはじめ、東京代表選手の一行は第一陸軍病院を訪問し、女流選手・桂マサ子さんの先天突っ切りや、松山金嶺選手の妙技をご披露し、心ゆくばかり、白衣の勇士を慰問いたしました。

(撞球映像)

今日この頃の暑さにつけても、戦地の兵隊さんの労苦が忍ばれてなりません。そこで愛国婦人会全国子女団では兵隊さんの心を少しでもお慰めできたならと、今度優しい慰問のお使いをお送りすることにいたしました。暑い真夏の日中(ひなか)、各家庭や寮に集まった一同は、銃後のかわいい真心をこめて、慰問人形を作りました。

また山形では、銃後の風景で兵隊さんをお慰めしようと、山形第八小学校の生徒さんたちが揃って慰問のスケッチを描くことになりました。先生に連れられて、野に出た子どもたちは銃後故郷の風景をその画面に収めようと、感謝の鉛筆を運んでいます。やがて、我が家に帰った子どもたちが慰問袋の中に入れたこのスケッチは、いつか戦地へ届いて童心に映った故郷の姿が兵隊さんの心を優しく慰めてくれることでしょう。

さらにまた東京・深川の明川(めいせん)小学校の児童たちは、この夏休みを焼けつくアスファルトの校庭に立って、僕たち私たちが少しでも御国のために立てばと、擬装網(ぎそうもう)の製作に一生懸命です。去年、第1回分を戦地にお送りいたしましたが、今年また私たちの手で作ったこの擬装網が戦地の兵隊さんたちのお役に立つのかと思えば、私たちの心は弾み、1日も早く完成したい気持ちでいっぱいです。

蒋介石政府が、わが重慶連続爆撃に耐えかねて、さらにその敗戦の姿を成都に逃避せんとする企図に、一大痛棒を加えんと、我が陸の荒鷲、小川、鈴木、高橋、松山、竹下、片倉の諸部隊は7月24日、成都初空襲に出動。決死爆撃の壮図にのぼる勇士の面上には必勝の意気、眉宇にみなぎり、灼熱(しゃくねつ)の大地を蹴って勇躍基地を出発。堂々鵬翼(ほうよく)を連ねて、長躯成都空襲を敢行しました。
我が堂々たる空の浮城は山岳峨峨たる四川省の奥深く、雲海上を悠々快翔(かいしょう)を続けています。
断雲乱れ飛ぶ成都上空。突如、小癪(こしゃく)にも敵戦闘機が我が編隊に挑み来たり。ここに壮烈なる空中戦が展開されました。我が小柳、八木、両カメラマンはこの決死的撮影に成功。青天白日旗も鮮やかな敵戦闘機を数メートルの眼前にキャッチしました。これは本事変最初の貴重な記録であります。
百発百中の我が巨弾は、敵軍事施設、その他の重要拠点を爆砕し、数ヶ所より火災を生ぜしめ、赫々たる戦果を収めました。

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