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タイトル “旗手が海に飛び込んだ” 番組名 [証言記録 兵士たちの戦争] 南太平洋“軍旗海没” ~兵庫県・篠山 陸軍歩兵第170連隊~
氏名 中村 七五三雄さん(兵庫県篠山・歩兵第170連隊 戦地 ラバウル ウェーク島  収録年月日 2011年1月30日

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チャプター

[1] チャプター1 ラバウルへ  04:01
[2] チャプター2 魚雷を受けた「ぼすとん丸」  07:19
[3] チャプター3 兄弟で乗っていた「ぼすとん丸」  06:10
[4] チャプター4 船舶工兵  04:23
[5] チャプター5 2度目の漂流  03:07
[6] チャプター6 包囲されたウェーク島  08:35
[7] チャプター7 飢えとの戦い  12:54

再生テキスト

その船は最初の「ぼすとん丸」っていうの。わしは口悪いしちょっと冗談言うからよ。言うたるんや。この船ぼすとん丸やから乗ってみボスンとやられるぞって。言うたら、それがなあよ、尾を引いてきたような様子よ。わしゃ別に冗談で、おもしろがって言うたら、その通りになってしもうたもん。実際や。ぼすとん丸やった。あれのう、七千何百トンとあった。ほんで速力がそんときゃ全速で7ノット。

そやからあの当時の貨物船らいうたらよ、だいたい速力が7ノットくらいやったら、普通。普通やった。最新式の早いので10ノットとか8ノットって言いよったけどね。わしらの乗ったぼすとん丸は廃船に近い船やで、7ノットって言いよった。

Q:遅いんですね。

遅い。そやから魚雷(潜水艦のこと。以下同じ)ら撃ったらね、通るときに同じような方向で、こうやって行く。。魚雷の速力とこの船の航海の速力とおんなじやつっていう。そやからあの時は魚雷が傍(はた)へ来とる。潜水艦、向こうの潜水艦が傍へ来とったっていうのは、もう分かっとったから、こうやってチグハグ(ジグザグ)の航海ばっかり行っとったよ。ほんでもうそのときはもう、魚雷の警報というか注意報っていうか、魚雷が出とるから、アメリカの魚雷がこの付近におるから要注意のあれが来とった。

いつも訓練ばっかりしよって。訓練ばっかり。船の上で実際の訓練しようと思ったら、船を止めて飛び込まないかんけど、そんな余裕がないわけやから。いついっかまでサイゴン出たんたら、こんどはパラオ着けるまで何日に着かなあかん予定がある。その時間帯に合わせて行かな。そんな勝手な行動とられへんよ。そやから、上の上官ら偉い人はやで、命令下して、「こういうふうにせい、こういうふうにせい」って言うんやん、ほんとに頭ないんやないかしらんって。ほんと全然分からん。あの上官らの言うことしいたんたら、ほんとに命がいくつあったって足りん。

Q:魚雷が当たった音とかはしたんですか。

するせんって、おまえ、おまえ揺すられるんやからな。ドッカーン!って言うんや。ものすごい音しよった。その魚雷がな、ひょっと見たら魚雷が来よるんよ。「おお、魚雷や!」って。ほんとは言うたんて、端へ来るのか、船の見張りについとる兵隊が魚雷来よるのより、先見とるよ。

Q:大騒ぎですよね?

そりゃ、すごいもんじゃが、おまえ。最初のやつは、艫(とも)へ当たった、後ろ。

Q:後ろに当たったんですか?

真ん中へ当たった。真ん中から船が折れとるから。ほんなどうしてもあんなもんが沈むんかったら、エンジンがな、エンジンが後ろに座っとるから、こんなして傾いて沈むときには、後ろから沈んでいくわけ。ほんなこんなんなって沈んでいったん、目に見えとんや。

ああ、これな。これ前ないけどな。

(弟さん)これの左舷からやられたんか?

そう当たって左舷から。

(弟さん)左舷から当たって、飛び込むのが右舷から。

もうどっちが当たった、こっちが当たったって、自然とこうなってくるからや。

部隊長、陸軍の旗手もった人はこっから、この、こっから飛び込みはった。

Q:どの辺ですか?

この真中のね、ブリッジ。操舵手はこの真中の横。わしが飛び込んだのが、この表のマストの下のこれ。

Q:部隊長と旗手が飛び込んだところを指さしてください。

ここや、ブリッジの横になっとる。

その人が軍旗を持っとんや。真ん中にはブリッジがあって、あんな人が、偉い人が真ん中に乗るわけだ。その人が軍旗をだしてきて飛び込みに掛かるの見た。

(弟さん)見たんやろ?

うん、見た。1番先へ飛び込みに掛かった。その時の軍旗を持っとるのは、なんや。

Q:旗手ですか?

旗手。
船沈むの分かっとん。どんどんどんどん傾いていきよるんだから。ほんで飛び込む構えしよるで、この連中らとよ、一緒に飛び込んだら間違いないやろって思って。おれ1人でもうて。ほんで軍旗が下で、船の真ん中におるで、海の中へ飛び込みしよるから、おれもやろうと思うで。んで、おれ言うたんたら、兵隊らが甲板から飛び込むの、一番先行ってやで、いつでも飛び込み体制に入った、1人で。ほんだら、船が沈むときにはよ、今の船やったらいいけど、輸送船だったとしたら、兵隊が何千人と乗っとるわな。
それを飛び込ますのに、そんなタラップをつれて降りて行くったんたら、そんなときまでに船もたずにならぁくもんかって。飛び込み言わんのを無視して。ほんで、こういう事やってって。鉄砲持っとる、鉄砲肩に下げてる。帯剣をして地下足袋履いて、そいで泳げって言うわけ。そんなこと言ったって泳げるかと思ってやね。飛び込んだらすぐに鉄砲放ったって。

何考えとん、銃らみたいなもの持ってって、いくら菊の御紋がついた言うてやで、そんなもん持っとったら命ないよ。わしはよ、すぐに放たった。海へ飛び込んだらすぐ。

ほんで、地下足袋履いて泳げやせん、それも放ったって。靴下脱いで、これで船が沈むときにやで、ある程度の距離を泳いでなかったら、あんな6千とも7千とも沈むときには渦を巻くよ。そやからこの船のはたでグズグズしよったら渦に巻き込まされると思ってやね。ほんで、飛び込むとすぐ鉄砲をはじいて、放ったって。何を泳ぐのは、地下足袋を履いてたら水かきできやしない。足でもみけして。ほんで手袋も取ったって。ああ、これだけ泳いだら、これだけしたんたらもう大丈夫やろなと思って。してひょっと船の方見たらちょうど、ちょうど船がこんなに、こんなになってよ。

ほんでもう、わしゃ、息もほんとに息もせんくらい一生懸命これやってやで。ほんで、こんだけこんだけ泳いでったんたら大丈夫やろと思って、頭あげて。船こうやって舞い込むと一緒だったよ。おんなじ時間帯だったよ。

Q:爆発したときどこにいましたか?

最初のやつはな。わしは飯炊きの時間、飯の時間がきとるから、早いこと行って、飯順番に渡されるから、なるべく早いこと行かないかんって、飯炊きの飯の前行っとった。

Q:船の中ですよね?

船の中。その時にね。家きて聞くのにわしの兄貴がおったやん。兄貴も、ちょうど知らなんだがよう、兄がようその時の状態をよ、

(弟さん)おんなじ船に乗っ取った。

おんなじ船に乗っ取った。

Q:お兄さんも一緒だったんですか?

(弟さん)全然そういうことは知らなんだけどの。

知らない。

(弟さん)あとで終戦になって、話し聞いたら。2人とも全然そういうことは分からなんだ。

分からん。

Q:お互い知らずに乗ってたんですね?

(弟さん)兄は1番長男じゃけどね、ラバウル行ったやろ。そうやって話がある。乗ったんじゃないかっていう。

一緒に船におったことは間違いないんや。

(弟さん)何千人くらい一緒に乗ったった?

あれのう、兵隊だけでの、2千なんぼって言いよったよ。

Q:船の中にいて魚雷だと騒ぎになった?

そうやな。飯炊き、飯は船で、船の船員の飯やなしに、別に炊事設けてやりおるから。

(弟さん)そしたらパニックになったんやろな、みな。

うん。早いこと行かにゃよ、早いこと行かな先取られてしもて。わし後で兄貴のよ、わしの兄貴の話聞いたらちょうど同じような話やね。そんでおれが、ちょっとでも先、炊事の飯もらうのにここにおったんやって。兄貴がようしやんで、別の人がよ、「違う、おれの方が早かったんだって脇で話しやる。わしゃ外で聞きよった。ほんでケンカになってきて。ケンカになってきて、組み打ちやったらしいやで。その話をのうよ、あとで兄貴に聞いたわけ。ほんなわしの乗っとる船と兄貴の乗っとる船、一緒やった。

わしらだけ飛び込むんのと違うんやでよ。何千人って乗っとる人間がみんなこっから飛び込むんやから、そりゃ上で重なる・・別にちっとのっても、先飛んで下で浮いたんやったたら、また上から飛び込んでくる者に、重なることあるんや。

Q:ぶつかるとどうなりますか?

(弟さん)言うたら泳いでるもんのとこへ、上から飛び降りて。

そんなのもう何できん。その人の考えに任せなんだったら。我が先に飛び込んだからってやで、向こう次に飛び込んでくる人間が物抱えたり、銃を抱えたり、何抱えたりしたやったら、もうどうにもならない。みな死んでしまう。

Q:ぶつかってですか?

うん。

Q:海の上は大パニックだったんですね。何かにつかまらなければいけないとか、我先にという状態が・・・。

もうあかん状態やけど、つかまろうっていう何があったら皆つかまっとる。なんかかんか、つかまらんかったらあかんよ。

Q:つかまれない人は亡くなった?

うん、逝った。逝ったやで、一緒に船と。

Q:七五三雄さんはひたすら泳いでいたと?

泳いだよ。わしゃ言うたんたら、海で育ったような人間やもん。海でばっかり。ほやから、救助艇やのうても、しばらくだったら泳げるわ。いつまでも泳ぎゃいい。そやから、わしほったって、ブイまでほってしもて、素手で泳いで行って。

Q:何かつかまるもんあったんですか?

ないから。ないて。つかまるもんを頼りにして、そんなことしよってもあかん。つかまるもんもないから泳いでって、あそこに重傷者がおるんやから、さっき(先に)これ行ってくれんかって頼みこんだわけ。ほんでこれ行ってくれた。そういうことやったん。その人はの、結局船の上で、船って軍艦や、護衛艦。そこへ助けられて、助かって。そこで介抱してもろて。朝、介抱についとったんや。

Q:ラバウルで何やってたんですか?

揚陸用の舟艇の運転やとか。船を岸壁へ着ける操作。そんなことばっかりやりよったんだけど。そんなことあんな人らによ、教えてもらいでも、わしゃ小さいときからそんなことしよるの。根が、家へきても漁師やがな。それが無駄やとこっち思ってるから、そんなもの習いとうないんやからって言うたの。知っとるってことよ。

独立混成第21旅団というのはね、編成したときの部隊の名前やった。それからね、わしゃ聞くのに第21旅団からよ、離れたっていう話を聞いたんやけど、なんにも関係しやせん、そのとき。

Q:七五三雄さんが離れた?

うんうん、無くなったと思うわ。別行動、別やったもん。ニューギニアの方へ渡って行くのはよ。

Q:渡った人たちが別の部隊になった?

部隊名が変わっとるからね。おんなじ部隊っちゅうことはないやろ、そないて部隊名が変わってるから分からん、そんなんは。

Q:ラバウルにニューギニアの戦況は伝わってきた?

わしそんなね、個人的なことは分からんけどね。そんやけども、あれだよ、あんまり良いことないっていうような意味のことは聞いとったよ。

Q:細かい情報はほとんど入ってこなかった?

うん、そうやと思うわ。来てないもん何も。なんにも、あそこで攻めて行くのに、戦闘一つもしたことないんやからな。

Q:ラバウルで空襲はありました?

空襲はいつもあった。あれ、最初はなかったんやけどもね。もう、一週間に一回とかなんとか、いつも来る。どっから来よるのっつったら、なにから来よる。サイパンから。サイパン玉砕したんやからな、日本軍が。ほんであいつらアメリカに連られていった。あれやったら、ボーイング言うて、B29か、あれがくるんや。あれやったら、サイパンのあそこから出て、ほんでこのウェーク島よ。ここを爆撃しといて帰るの楽にするんや。他の飛行機でそんなんする、長距離飛べる飛行機なかったんや。そやから、B29がよ、ここへ来るってなったらものすごい上空。ほんで日本軍がいったった、サーチライトで照らしてよ、ほんで中へ、ライトの中入れたら、ボーイング一機しかいっつも来ない。一機。ほんであっち回り、こっち周りして、ちょっと2~3回ってまた帰りよった。

船と一緒に沈むのは一番嫌だ。わしのことになってくるけども、2回目潜水艦の攻撃で死んだとき、いや死んだやない、死ななかったけども。やられたときに、1番船倉の下にあったんや。そのときにのう、やられたなんて知ったもんやて。もう、こんなとこにおって、船が沈んでゆくようになったら、これは保たんと思って。ええい、もう死ぬんやったらこのまま死んだれと思って、絶対行かなんで。デッキ上がって行かん。ほんならよ戦友らよ、わががデッキ上がってきたからやで、船が沈んでくからデッキ上がってきた。

見たらよ、わしがおらんと言うの知って。ああ、中村来てないか。まだ下におったから連れに行かなあかんって、連れにきてくれたんやて。その時にはもう、沈むの船がこんなになっていきよんの。もう飛び込む気力もなかった。というのは、マラリアやっとったで、マラリア病。40度ずーっと熱出とって。それがあったもんでやで、飛び込んだときに、ぐわーっと口あげしたって、傍の人が言いよった。熱があるからの。それでも助かったわけなんや。放りこんでもろて。
そんなん、ケガしたけど、そんな何して助かった経験やけど。戦友ら、傍の連れらがやで、わしをそんなかばってくれてやってくれたんで、わし助かった。あんとき放りこんでもろた。飛び込め言うても、そんな一人でよ、よう飛び込めはせんけ。あんなときにね。ほんで、「よいせ、1,2,3」で放りこんでもろて。それで助かったんじゃ、わし。

Q:その戦友には感謝ですね。

ほんとやよ、そうやよ。もう今でも知ってるよ。その飛び込んだ時の様子はよ。何十年経っても、絶対に忘れやせんし。忘れまいと思っても、忘れやしない。

そのときにはね、来る来ると。上陸してくると思うやつがね、待ち構えとったんや、みんな。兵隊が。これがもう最期やから。最期やから命惜しまんと、やろうやっていうふうに、申し合わせだったわけ。それで、来なんだわけね。

Q:米軍側の機動部隊が来なかった。

来なかった。来ん理由は分かるけど、その明くる日か何かに、向こうの機動部隊がズラッとあのウェーク島の前へ、沖へ、いっぱいになったもんじゃけえ、あれが来たらひとたまりもない。それこそ、その場で全滅してしまう。

Q:その船は見えましたか?

もう終いにゃね、船の輸送船のほうは見えなんだけど、軍艦は見えただったよ、軍艦。日本で言ったら、一等巡洋艦っていうんか。それが島の周囲を回りよる。もう、悠々とやりよる。陸軍のほうの端の方に、大砲座った部隊おる。あの大砲撃っても届かん。届きせんっての知ってるね。どんどんどんどん大砲撃っても、日本の。部隊のところに届かなんだっていう。だからこれやったんやら大丈夫っていう、たかくくってまえや、アメリカの巡洋艦の大きなやつは回ってきよった。そんなような状態やった。抵抗するのは何にもないんや、日本の方に。

Q:飛行機は無いんですか?戦闘機は飛んできたことはありましたか?日本の。

戦闘機は13機あったんや。よう知っとる。私はその部隊の端におるんやもん、ちゃんとした13。まあ、結果的にむこうが、アメリカ側の部隊がどんどんどんどん、陸っちゅうんか、陸の近くに攻めてくる。抵抗する火器がないわけ。そやからここらもうなにやったら、日本の砲台の大砲のあるとこに関係せんと悠々と回れる。これやったん。悠々と回って。向こうのようせんのや。ただ、いっぱいね沈めたっていうんか、駆逐艦を2台やったっていうんは、みんな機銃掃射で、十何機あるのが、みな陸を攻撃したんや。

Q:飛び立つ前に全部壊されちゃったってことですか、飛行機が? そういうわけじゃない。

なんも壊れてなかった。そやからまあ、元気よう出て行ったんやよ。出て行くのはみんな、航空兵以外でも皆並んで旗振ってやって出ていった。出て行くねんけど、1機も戻ってこなかった。ちょっと遠いほうでいったら、空中戦をやりよるのが分かる。日本の何と、アメリカの飛行機のグラマンいいよった、こんなんてやりよるのも見てとんやもん。ほんで1回、飛行場の上でやるんや。アメリカと。ブーッつって、日本の・・・。

Q:ゼロ戦ですかね、日本の?

ゼロ戦やね。飛行機のな、アメリカの、飛行場の上までやって、結局日本軍に落とされた飛行機っていうのは2台しかなかった。海の上で何台落ちても、13機しかないわけよ。そりゃここらで負けてしもうたんたら、何来ることないもんね。

Q:日本の飛行機は全部やられちゃったんですか?

全部やられたね。そりゃ、空中戦や。みな空中戦。一回もね、わたしは日本の部隊の傍やったからね、見よるの。いつも見よる。飛行機の来るときには、見張りみたいなもんや。機関銃もなんにもないから、兵器がないんやもん。わしは戦車隊にでて、戦車がそのものが兵器やから。あれがやられてしもうてないから、歩兵の陣地の防空壕を借りて、そこへ機関銃を据えて、動くやつを狙い撃ちするんやけども、上へどんだけ落ちたか知らんけどもね、陸へ、陸上へ、飛行場へ2機落とした。

日本の飛行機は13機か。13機は1機も帰ってこなんだ。みんなやられてしもうたわけ。

Q:13機がやられたのは機動部隊が押し寄せてきたときですか?

(その)ときだよ。そやから、アメリカの機動部隊が来たときにやで、日本の航空隊か、航空隊の出番やっていうんでみんな走って乗りおった。そのときにはよ、かわいそうになった。手を振る。そんで、終わってから、いったん撃ち合いが静まってからよ、あそこへ見に行って来いって。こんなやりあったところに見に行った。

2人かなんかで。そしたら死んどるのは日本人の操縦士。もう着たもんは何にもないわ。真っ裸になっとった。燃えたんやね。ほんで衣服が燃えてしもてないみたいだね。見たのはそれくらいやったやね。

わしはよ。飛行機やなしに、爆撃やなしに、食い物探すのに一生懸命やった。ほんなどんなにしたかっていうと、1番最初にねずみ狙った。ねずみは状況の良いときには残飯捨てるから、そこへねずみが固まって真っ黒になってる。そのねずみを捕るのにどんなにしたかっていうと、石持ってきて放るんよ。ほんだら真っ黒になって一所に固まったやつやったら、1匹や2匹くらいしょっちゅうねずみを殺して食いよったよ。それがね、ずーっと続いて、わがの食い物がないようになってきた。

Q:ねずみもいなくなってきたんですか?

ほんとにもうなんにも無くなってしもうた。あれね、食われてなくなったのも、ほんでほら、状況の良いときには残飯を捨てるわね。ほんだそれを、ねずみが狙っとって食うてしまう。わがが食うよか、ねずみに取られたわけ。残飯を食われてしもうた。ほんなら今度ねずみをとらなあかんわけ。わしらも一晩に、ほんでも2匹か、2匹捕ったことあるわ。大概もう1匹くらいしか捕れんの。ほんで、2匹捕ってね。それで置いとくわけや、朝まで岩の間に。ほんで朝になってそれ引き出して、捕るときにはもう頭たたいて、ねずみは死んだんやな。それをこんどは日が明けてきたときに、たんぐいたるねずみを出してきて、ほんで飯ごうでぐつぐつ煮るわけ。

Q:島に着いて、まず1番何を感じました?

食べ物ほしかったね、食べ物。なんにもないんやもん。何にもない言うたって、ずーっと1か月なんにもないと違う。たまにね、分配してくれるの、飯を。飯を握ったやつを。それはどんだけ言うと、これくらいの。それ毎日くれるんと違う、1回だけ。

Q:どれくらいに1回なんですか?

初めのうちは1週間に1回くらいあった。そんなもんで腹減って、もう食えやへんの。そんだから結局、「嫌や」とかね、「よう食わんで。ねずみみたいなもん」で言いよっても、ねずみ様々になってきた。ねずみだったら取り合い。もう拾うのにね。ほな、ねずみ捕まるにどんなにしたかっていうと、よくあるわな、ボロみたいな、放ったった。それをねずみカゴをこしらえるわけ。

Q:どういうものですか、それは?

ねずみ捕りのカゴ。そいであれやな、一匹捕ったら付いていて、ずうっと何回でも・・落ちとったら取ってきて、ほんでまた別のとこへやってって、そんなわけにいかなんだ。よう捕らない。カゴがないもん。あの、ねずみの、ねずみ捕りのカゴこしらえたのは、1つのカゴで1匹捕ったらええとこやった。

Q:そんなにいっぱい取れるもんではなかったんですね。

それから人数もえらいからな、兵隊の。1匹ずつ捕ってもねずみは直になくなってしまう。

Q:ウェーク島で作物作ったりはしなかった?

できよったけどもね。ひととこね、土みたいなとこあるの。そこ、死んだら兵隊、死んだらそこ持ってくの。毛布でからんでよ。そんでトラックで運んでいく。そんで同じとこへずーっと並べてる。するとだんだん掘るより埋葬するの、兵隊がせないかん。いくら柔らかいって言ったって、スコップなきゃできない。力のあるときやったらバーバーバーって掘ってよ、これやったんたら、死んだ人がまた入れる。もうこれでええんと違うかっていうようなことで、毛布くるんで墓地へ持って行って埋めるの。これでええわっていうことで、砂をかぶせてくる。そのときには知らんけど、日にちがちょっとでも経ったやつだったら、ウェーク島というのは雨が多いところ。雨が降ったら上の砂がさばけてくるがな。ほんだら、人間の死んだの埋めたのがね。土をかぶせても、まあ言うたんたら、流れるような調子やな。

ほんで次の戦死者を埋葬に行ったときにはもう、さらけて見えてきてる。あれがもう気持ち悪くてな。そいでかわいそうでもあるしよ。でもそんなの相手に、やらないかんねんもん、そういうことはよ。わしはもう何回か埋めに行くの、埋葬に行くの訪ねて行ってきたよ。

ほんで元気のあるもんだったら、ようそんな野菜でもなんでも作るの土を取りに行けるけど、体の弱いもんやったら、そんな土をよう取りにいかん。なんかもういいよ言うて。気力もなんにもないわけ。そして終いには、兵隊でも飯、とにかく病気になったらあかんねん。病気になったら、普通やったら栄養取らしてなんてこともあるけども、病気になったら、おかゆみたいなもんでも減らされてしまう。おかず、食べ物。

Q:病気になったら、栄養を取らないとっていうのが一般的な考えですけど。

反対や。反対。病気になって、なんにも運動も、役にも立たん人間に、他のもんと同じように食い物でも与えたったら、もう働くものが、それこそすぐ死んでしまう。

Q:病人が食べ物を減らされるのはどっから決まった?

そりゃ、部隊のほうからきよった。個人とは違うよ。わしは、減らされたのよ。行ってでも、わしは減らすよか余計やるほうだったけどね。病気になった人にね、兵隊の。気の毒やからね。一人、わがものもね、一回腹痛起こした。もうこりゃ飯もよ、食事も減らされて、これはもうもたんなって。あん時だけはよ、もうあかんって思った。自分ひとり。そんときは気力絞りまくって、「なにおまえ、こんなところでよ、こんなこと言って、何にも部隊の役にも立たんと死んでしまうのあんまりや」って言うんで、半週間で立ち上がったよ、わし。おかゆでも食って。そんなことあって。

今ね、あの当時の食い物のないこと思い出すと、ほんとにゾッとする。他の人だったらそんなこと考えられんことやね。

Q:どんな病気になったんですか?

栄養失調やね。私もう体重が、あのとき35キロかな。

Q:35キロっていったらどんな感じですか?

ほんとに力もなんにもないし。あん時だけは。ほら、病人が死んで墓地みたいなとこへ連れていくは、運ぶくらいは手伝ったけど。スコップいて穴掘って、これで十分やって、そんな穴にはようせん。そんなんでしてきて、こんど埋めに行ったら、さっき埋めたのが腐り出してきとるの。それでも、なんせなんだよ。そんな体力ないんやもん。

Q:それで終戦聞かされて・・・。

そやから、わしゃあんなよう孤島におったから、終戦になって内地へ、家へ帰してもらうのは1番早かった。20歳のとき、違う、20年のときにもう内地帰ってた、家へ。

出来事の背景

【南太平洋“軍旗海没” ~兵庫県・篠山 陸軍歩兵第170連隊~】

出来事の背景 写真兵庫県篠山で編成された170連隊。阪神地区から集められた3000人の兵士で構成されていた。この連隊は、仏印から南太平洋へ貨物船「ぼすとん丸」で移動中に潜水艦の雷撃を受け、200人余りの兵士とともに軍旗を失ってしまった。軍旗は、宮中で天皇から直接手渡され、「連隊の魂」ともされたもの。その軍旗を失ったことで、170連隊の兵士たちは過酷な状況に追い込まれた。

まず、激戦地である、ニューギニアのブナに送られ、栄養不足と連合軍の攻撃で半数の兵士が失われた。昭和18年6月には、再編成されることなく解隊させられ、兵士たちはさらに過酷な戦場に送られた。最も多くの兵士が送り込まれたのが中部太平洋のウェーク島だった。絶対国防圏の外に取り残されたこの島で、兵士たちは補給がないまま飢えに苦しみながら、連合軍の空襲にさらされ続けた。

170連隊の3000人の兵士のうち、復員できたのはわずか100人ほどだと言われている。

証言者プロフィール

1920年
和歌山県東牟婁郡古座町(現・串本町)生まれ
1936年
西向小学校高等科卒業 商船などで船舶機関士として働く
1942年
大阪の戦車連隊入隊、その後独立混成21旅団 戦車隊
 
ラバウルへ
1945年
ウェーク島で終戦を迎える
 
戦後は商船などで船舶機関士として働く

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