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伊東四朗 伊東四朗

伊東四朗喜劇役者いとうしろう

旧名・別名
ベンジャミン伊東

1937年生まれ、東京都出身。「石井均一座」を経て、三波伸介らと「てんぷくトリオ」を結成する。以後、映画、ドラマ、舞台、バラエティー、テレビ番組の司会など、多方面で活躍。NHKでは、『坂の上の雲』『四十九日のレシピ』『植木等とのぼせもん』、連続テレビ小説『おしん』『ひらり』『私の青空』、大河ドラマ『天と地と』『春日局』『北条時宗』『新選組!』『平清盛』など。

松本清張シリーズ けものみち(1982)

久恒義夫役

松本清張シリーズ けものみち

インタビュー

 名取裕子さんが演じた民子が家に放火をして半身不随の夫を殺したのではないかと疑いを抱く刑事の役でした。

 和田勉さん演出のドラマは初めてでしたが、面白い作品でしたね。私の役は主演の名取裕子さんが放火で夫を殺したのではないかと疑う刑事でしたが、なぜか和田さんが「伊東さんは早朝に限る」と言って早朝ロケが多かったことを覚えています。私が朝から元気だと言いたかったんでしょうね(笑)。

自宅に放火し、寝たきりの夫を殺害した民子(名取裕子)
刑事・久恒は出火の原因に疑問を抱く
民子は政財界の黒幕・鬼頭老人の世話係となる

 ただ、この刑事は民子に疑惑を抱いたことで殺されてしまう。ある日、溺死体が晴海埠頭に浮かび上がるという結末でした。撮影当日はNHKでメークをしてからバスで晴海のロケ現場に向かったのですが、メーク室からNHKの玄関までというのは以外と長く歩かなくてはいけないんです。すでに死に顔のメークをした私にぎょっとしたような顔で振り返る人が多く、少し困りました(笑)。

 晴海埠頭では、私は太陽の真下に横たわる溺死体なのですが、目に太陽が直接当たるので、どうしてもまぶたが動いてしまう、それを我慢するのが難しかったことを覚えています。

久恒は民子の夫殺しについての手記を公表しようとするが…
エレベーターの中、作業員を装った男らに襲われ…
翌日、久恒の遺体が港で発見される

連続テレビ小説 おしん(1983)

谷村作造役

連続テレビ小説 おしん

インタビュー

 山形ロケから撮影がスタートしたのですが、雪の中をこけつまろびつ、最上川を下って奉公に出るおしんを見送るというのが最初に撮ったシーンでした。ところが、おしんと母親の川下りのシーンはすでに撮影が終わっていたので、このときの私は誰もいない川に向かって駆けていったんです。吹雪の季節に両日ともピーカンの晴天だったので助かりましたが。

数え年7歳のおしんは“口減らし”のために奉公に出る
  
おしん(小林綾子)を乗せたいかだは最上川を下ってゆき…
川岸の雪の中、走っていかだを追いかける作造

 子ども時代のおしんを演じた小林綾子ちゃんは希有な子役でしたね。リアクションがよくて、何度同じことをやっても相手のセリフを初めて聞くような顔をするんです。これには僕らも触発されました。何回もやるとどうしても慣れが出てきてしまいがちですが、そうするとお客さんに真剣に見てもらえなくなる。これは芝居の基本だと思っていますから。また、あの目もすごいんです。あるとき、おしんを殴るシーンがあり、空を切るのでは相手もタイミングを取りづらいだろうと思い「ホントにぶつよ、ごめんね」「はい、わかりました」ということがありました。ばちーんとやったら戸口までふっとんでしまい、申し訳ないなと思いましたけどね。そんな厳しい父親像に視聴者も本気になってしまい、自宅に怒鳴り込んできた方もいました。庭先で女房がやりとりしていたのですが、「おしんをいじめるのはいいかげんにしろ!」と言われたそうです(笑)。

奉公先を逃げ出し、戻ってきたおしんを作造は殴る

 一番大変だったのは、15分のドラマで私のセリフが台本11ページにわたっていたこと。相手役の方はほとんど「………」。それだけなく、後にも先にもその時ドラマで初めて音楽の現場付けというのを経験しました。ふつうドラマの音楽は撮り終わった映像を編集して後からつけていきます。ところがこの時はなぜかスタジオに音楽を流しながらの撮影。それも前のシーンからかぶっているので、何分か前から待機してやっと始まる。11ページ分のセリフをしゃべり終わると、「伊東さん、このメロディーのあたりで戸から外に出てください」なんて指示まであり、そのときばかりは頭が大混乱しました。

      

 残念だったのは、私があるシーンで提案したことが却下されてしまったこと(笑)。おしんが田中裕子さんに代わり、田倉竜三(並木史朗)と結婚することが決まった時、竜三の父親代わりだった源右衛門(今福将雄)と作造が会うシーンがありました。作造は山形、源衛門は佐賀の人で、お互いネイティブですから、ふつうにしゃべったら言葉が通じないんじゃないかと。そこで、おしんを通訳のように間に立てたら、ほっとするような面白さが出るのではないかと思ったんです。でも一顧だにされませんでした(笑)。私は喜劇役者なので、やってみたら面白かっただろうなと今でも考えてしまうんです。

ラシャ問屋を営む田倉竜三(並木史朗)はおしんに求婚するが…
作造は評判の髪結いとなった(田中裕子)を嫁にやらないと言い出す

 でも1年間放送したドラマで、スタッフの気合いもすごかったですね。作造の最期を撮ったとき、私がおしんの前で初めて少し涙を見せたんです。そしたら「お父さんは絶対に泣かないでください」とスタッフから言われました。私としてはおしんが小さいころからのことを思い出し、ちょっとこみあげるものがあってもいいのかなと思ったのですが「ダメ!」。最期まで厳しく死んでいってほしい、それが作造だということだったんですね。

連続テレビ小説 ひらり(1992)

梅若虎男役

連続テレビ小説 ひらり

インタビュー

 『ひらり』の脚本を担当された内館牧子さんとは、少し前に民放のドラマで初めてお会いしたんです。そしたら、相撲部屋の親方役でと呼んでくださった。相撲好きでもありましたから喜んでと言いたいところでしたが、親方役というのは嬉しくなかった(笑)。元力士とは体の大きさが無論まるで違うのでお断りしたんです。そしたら、「若の海関のように小兵と呼ばれている人もいるので、一度お会いになってみてください」と。それでもやはり大きかったですね、当たり前ですが。ドラマには、一門の親方役で元関脇の出羽錦忠雄さんも出演してくださったのですが、私と一緒のシーンになると気を遣ってできるだけ遠くにいるようにされていましたね。近くにいらっしゃると大きさの違いが際立ってしまうので。

梅若部屋が所属する一門の親方、緑風立五郎(出羽錦忠雄)

 そんな苦労もありましたが、嬉しかったのはひらり(石田ひかり)の祖父役でご出演になった島田正吾さんと芝居ができたこと。そして池内淳子さんが私の女房役だったことです。やはりファンだった人と共演できるというのは非常に感激するものです。

梅若部屋の近所に住むひらり(石田ひかり)と祖父の小三郎(島田正吾)は相撲が大好き
年上女房の明子(池内淳子)は梅若部屋のおかみとして力士にしたわれる

 思い出といえば、ヒロインの石田ひかりさんが司会をつとめた年の紅白歌合戦。主題歌を担当したドリカムが歌うときに「梅若部屋の力士」が応援団として出場したことです。私は久しぶりにベンジャミンの格好でかっ歩し、「電線音頭」をNHKホールで踊りました。後から聞いたら、その瞬間が一番視聴率が高かったそうですね(笑)。

第43回紅白歌合戦(1992)にベンジャミン登場!
「電線音頭」を歌い踊る!

コメディーお江戸でござる(1995)

出演

コメディーお江戸でござる

インタビュー

 NHKでは『お笑いオンステージ』、民放でもずい分コメディー番組に出演しました。『コメディーお江戸でござる』はNHKで久々に放送したコメディーのレギュラー番組。途絶えていたコメディー番組を復活させたいという思いがNHKサイドにあって、この番組がスタートする以前にも、何本か単発で撮ったりしていたんですよ。

 番組自体は公開収録で、お芝居と歌のコーナー、杉浦日向子のおもしろ江戸ばなしの三部構成。いつも杉浦さんの知識の深さには驚かされていました。その日のお芝居にまつわる目からうろこのお話をしてくださったので、筋がとてもやりやすかったですね。そういう構成も長きにわたって番組が愛された理由ではないかと思います。

 お芝居の部分は前日にお稽古(けいこ)をして、翌日には本番を迎えるというスタイルでした。毎週放送される番組ですから、よくみんなセリフを覚えてやっていたなと思います。もうちょっと稽古したいなと思いつつも、支障なくできていたんですから、みんな燃えてたんじゃないかな。

 レギュラー出演者には、そもそもコメディーの好きな連中が集まっていたので、言うまでもなくチームワークは良好でした。えなりかずきくんは途中からメンバーに加わったのですが、実はその少し前に「おしん」の舞台をやったときに、おしん役で出ていたんです。私はドラマと同じく親父さん役でご一緒していた。そのとき「実はコメディーが大好きなので、よろしかったら使ってください」とお手紙をいただいて。ちょうど10歳くらいの子役がレギュラーにいなかったので「これはいい!」と加わったんですよ。彼は子どもながら長ゼリフを一発で決めてみたり、難しい役もこなしましたよ。今ではいい青年に成長していますが、さすがでしたね。

連続テレビ小説 私の青空(2000)

北山辰男役

連続テレビ小説 私の青空

インタビュー

 マグロの一本釣りの名人という役でしたが、かつて映画『魚影の群れ』で大間の頑固なマグロ漁師を演じられた緒形拳さんから、「四朗ちゃん、少し前に大間に行ってあの小船になれておかないと、ドラマどころじゃなくなるよ」とアドバイスをいただいていました。揺れが激しくて船酔いで気持ち悪くなってしまうからです。ところが、先乗りする時間もとれず、いきなり船に乗ることになってしまったんです。幸い、船酔いはしなかったのですが、木の葉のように揺れていましたね。それなのにスタッフから「伊東さん、船のへりを小走りで走り抜けてください」という注文が出たんです。すぐに「お断りします」「なぜですか?」「完全に落ちる自信がありますから」って(笑)。へりといっても狭いし、浅いし、絶対に落ちますよ。そしたら撮影がとんでもないことになりますからね。

辰男は青森・大間でも名の知れたマグロ漁師
辰男の娘・なずな(田畑智子)は結婚式の日を迎えるが…
式の最中に新郎・健人が失踪!

 この父親は頑固者で物事の筋を通さないと気がすまない性格でした。当然、結婚式で逃げられた相手を追って東京に行くという娘を許すわけにはいかない。ただ内心では心配で娘が旅立つ姿を一人防波堤で見送るというシーンがありました。『おしん』と重なるのですが私にとっては撮影初日にあたり、まだ田畑智子さんともほとんどお話をしたことがなかった時期です。このまま別れのシーンを撮っても感情も何もわかないのではと思い、打ち合わせの時に手を挙げて「ちょっと、この子を抱きしめさせてもらえませんか」とお願いしました。一瞬奇異な顔をされましたが、みなさんわかってくれました。高所恐怖症なので防波堤の突端まで歩いて見送るのが怖くて、ちょっと反ったような格好になっていますが、あれが私の撮影初日でした。

 青森でのロケに私は必ず車で移動するようにしていました。飛行機と船ですっと行ってしまうと感動がない。東京から約800㎞ですが、その距離感に「はるばると来たものだ」という感じがどこかにあるといいなあと思っていたんです。恐山の近くを通りながら下北半島のてっぺんまで、その距離を自分で確かめながら移動する時間を大切にしていました。

なずなは健人を追って、息子の太陽とともに東京へむかう

大河ドラマ 新選組!(2004)

八木源之丞役

大河ドラマ 新選組!

インタビュー

 それまで比較的ベテランの俳優が演じてきた新選組の隊士を、実際の隊士たちの年齢に近い役者さんたちでキャスティングしたリアリズムのある作品でした。私が演じたのは新選組の屯所となった壬生村の八木家の当主。最初は傍若無人な振る舞いをする新選組に困惑していたのですが、彼らが壬生を去るころには別れを惜しむような感じになりました。

 主役の近藤勇を演じた香取慎吾さん、土方歳三役の山本耕史さん、沖田総司役の藤原竜也さんら若い役者さんが集まった熱意あふれる現場でした。私は若い人たちの輪には入れませんでしたけど(笑)、彼らは番組が終わってからも同窓会のようなものをやっていたみたいですね、もしかしたら今でもやっているのかな? とにかく活気があって、みなさん仲が良く、楽しそうにされていたのが印象的です。

 松金よね子さんが女房を、吹石一恵さんが娘を演じてくださったのも思い出深いです。ちょうどその頃、私は携帯電話を持ったばかりで、慣れないなりに、誰かに電話をかけたくて、かけてほしくてしょうがなかったんです(笑)。廊下を隔てて2人の楽屋があったので「時たま携帯で電話をかけるから、実験台になってくれる?」ってお付き合いいただいたのを覚えています(笑)。

 脚本をご担当された三谷幸喜さんとは『新選組!』以前にもお仕事をさせていただいていたのですが、普通のセリフを言って大爆笑がおきる三谷脚本に出会えたことはとても幸運でしたね。喜劇ってふざけてやると成り立たないものなんですよ。きちんとした台本があって、普通のセリフで笑うのが喜劇。だから私はシリアスなドラマも喜劇も、同じ心構えで演じているんです。ただちょっと難しいのが、タイミング。喜劇の場合はちょっと間を外すと誰も笑わなくなってしまいますから。

 『新選組!』は喜劇ではありませんが、三谷さんらしい要素のつまった作品でした。ある場面で、私が演じた源之丈が隊士の前で踊るシーンがあったんです。ちゃんとした真面目な踊りなのですが、踊っているうちに隊士たちの間からクスクス笑いが出てきて、とても不愉快だったんですよ(苦笑)。どうやら私、真面目にやればやるほど可笑しいみたいで……「笑うな!」って言おうとおもったんですが、そのままにしました(笑)。

スペシャルドラマ 坂の上の雲(2009)

秋山久敬役

スペシャルドラマ 坂の上の雲

インタビュー

 司馬遼太郎さんの同名小説をもとに、日清日露戦争で活躍した秋山好古、真之兄弟を主人公にした作品でした。私が演じたのは2人の父・久敬。司馬さんが書かれた小説は新聞に連載されていた当時に読んでいて「これだけはドラマにならないだろう」と思っていました。それだけ壮大な内容だったんですよ。それをドラマ化したんですから、NHKさんにはビックリでした。大戦シーンの再現なんかは特にすごかったですね。

 ふたりの英雄の父親という役どころでしたが、演じるにあたって監督から言われたのは「茫洋とした人物」ということだけ。余計なことを考えず、補足しない方がいい役なんですよね。茫洋としているなかに何か見えてくればいいんじゃないかと思って演じていました。

 実は撮影の間、好古を演じた阿部寛さんとは一度もお会いしていないんですよ。真之役の本木雅弘さんとは共演シーンもあって、ご飯も一緒に食べたんですけど。一度も会えなかったというのは、ちょっと残念だったなと思います。

 3年にわたって放送されたドラマで、たっぷり時間をかけ、ゆったりと撮影できたのはとても良かったと思います。映像でご紹介しているのは、父子が道後温泉に入っているシーン。2人の心情が分かるとてもいい場面ですよね。道後温泉はとても素晴らしいお風呂で、僕もミステリードラマの撮影なんかで入ったことはあったのですが、この時は独占させていただいて。その間、一般の方は入れなかったのでしょうから、申し訳ないなと思いました。ぜひ一度入ってほしいお風呂です。

「短気は損気 急がば回れ」
「お前が帰ってくると 賑やかでええのぉ」

大河ドラマ 平清盛(2011)

白河法皇役

大河ドラマ 平清盛

インタビュー

 白河法皇、時の最高権力者であり、一筋縄ではいかない人物で非常に興味深い役でした。てい髪の特殊メークが素晴らしく、周囲からは私が本当に髪を剃ってしまったのではと思われたほどです。ただ、やはりメークには2時間ほどかかっていましたね。

院政を行い、50年余りも政治の実権を握り続ける白河法皇

 かつて、白拍子が自分の子を宿したときに災いをもたらすからと殺そうとした。その清盛(松山ケンイチ)が成長して対面するシーンでは、「ありったけの声を“清盛”というところに込めてください」という演出からの指示がありました。そこで、形相もあらわに思い切り「清盛ィィーーーーー」とやったのですが、それを見た三谷幸喜氏から「まさに高貴なるもののけでした」という手紙をいただきました。出演シーンは多くなかったのですが、もののけ(笑)と言われたように、ある印象を残すことができたのではないかと思っています。

自分が法王の子だと知った清盛(松山ケンイチ)は荒れた少年時代を過ごす

 後日談ですが、NHKの『ファミリーヒストリー』に出演して私のルーツをたどったときには驚きの連続でした。父方の祖先が平清盛に仕え、母方の祖先が源氏、それも源義経に仕えていたことが判明したからです。それと知らずに白河法皇の役をやらせていただいていたのですから、ある意味“出来すぎ”だと感じてしまいました。ただ、とても新鮮な出来事でした。

土曜ドラマ 植木等とのぼせもん(2017)

植木徹誠役

土曜ドラマ 植木等とのぼせもん

インタビュー

 コメディアンとして知られる植木等さんを、付き人だった松崎雅臣(のちの小松政夫)の目を通して描いたドラマでした。植木等さんとは生前に親交があったのですが、本当に不思議な方で、怒っているのを見たことがないんですよ。一緒にゴルフに行って、私が林のなかに打ち込んじゃったりすると、私より先に探しに行ってくださる。「あったよ」と声をかけられて行ってみると、打ちやすいように葉っぱでティーアップしてあるんです。また、誰かがティーグランドに上がったら周囲はしゃべらないのが鉄則なのですが、植木さんの場合は「四朗ちゃんね、こんな面白い話があってさ」とご自身がしゃべっている(笑)。それで気付いたらナイスショットを打っているんですから、後にも先にもこんな人と会ったことはないですね。

「“わかっちゃいるけど やめられない”
 これは親鸞上人の生き様に通ずるものがある」

 植木さんのおもしろさは底抜けでした。ご本人から直接うかがった話ですが、あるとき「“分かっちゃいるけどやめられない”ってどういうことなのか分からない」とお父さんの徹誠さんに相談したそうなんです。そうしたら「それは人間の本質。仏法にもあるんだ。自慢して歌えばいい」とおっしゃったのだとか。そんなお父上を私が演じることになったのですから、不思議なご縁ですね。

「人間にはそれぞれ役割ってものがあるんだよ」

 実は植木さんご自身のお宅におじゃました際、生前の徹誠さんを一度ちらっとお見かけしたことがあったんですよ。本当に一瞬だったのでどういう方かは存じ上げませんし、実際の徹誠さんをご存知の方からは全然違うといわれるかもしれませんが、自分なりに植木さんのお父さん像を作って演じさせていただいたつもりです。実在の方を演じるのは難しいですね。

「息子はいつまでたっても息子ですな お母さん」

 主役の植木さんを演じたのは山本耕史さん。年代的に植木さんとは交差していないのですが、本当にうまくて、どうやって勉強したんだろうと思いましたね。彼は器用だから、植木さんという人の本質をつかんでいたんじゃないかな。だから、モノマネにはなっていない。それでいて、共演していると実際の植木さんと一緒にいるような感覚にもなりました。これほど乗り移っちゃうものなのか、役者さんというのは不思議だなと思いましたね。

「世の中のことでどうにもならないことなんてない」

 このドラマではこまっちゃん(小松政夫さん)と久しぶりに共演できたのも懐かしかったです。昔は『笑って!笑って!!60分』『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』で共演していて、毎日のように会っていましたから。ずっと一緒に出ていたので、コンビじゃないかというウワサが立つほど(笑)。ずい分、お世話になりました。

「およびでないね こりゃまた失礼しました!」
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敬称略

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