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岩下志麻 岩下志麻

岩下志麻女優いわしたしま

1941年生まれ。東京都出身。NHKのテレビ草創期に出演した連続ドラマ『バス通り裏』が芸能界入りの出発点となり、その後女優として松竹の看板として活躍。その後、『極道の妻たち』シリーズなど代表作多数。NHKでの出演作としては、大河ドラマ『草燃える』『独眼竜政宗』『葵 徳川三代』など。

バス通り裏(1958~63)

バス通り裏

インタビュー

 なんて懐かしいんでしょう。私の女優人生のスタートは、このドラマへの出演でした。当時私はまだ高校生で、この役柄と同世代。しかも、医学部受験を目指し猛勉強していたものの体調を崩し、人生の目標を見失っていたところでした。そんな私のもとに舞い込んできたのがこの『バス通り裏』への出演だったんです。俳優だった父に知り合いのプロデューサーの方から「あなたの娘さんちょうど高校生じゃなかった?」とお声がかかったようで、私も気分転換になるかなとも思い、おもしろいアルバイトにでも行くような感覚でスタジオに通い出したのを覚えています。

“バス通り裏”の細い路地を挟んで向かい合う、2つの家族の日常を描く

 撮影現場には十朱幸代さんや、米倉斉加年さんといった同世代の方がいたので、本当に楽しかったです。ただ、この頃はドラマとはいえ生放送だったので、それゆえのハプニングもいろいろありました。例えば初めての撮影時はものすごく緊張していたせいか、お水を飲むシーンで手が震えてしまい、コップを持つ手が口元じゃなく耳まで上がってしまったのを覚えています。また、十朱さんと2人で“おばけが出るお寺”にこわごわと出かけなればいけないシーンでも、間違えて「おばこ(け)が出る」と言ってしまった拍子に笑いが止まらなくなって(笑)、お寺に行ってからも笑ってしまって困ったこともありました。今思えばすべてが青春の1ページですね。

現存する唯一の映像は元子(十朱幸代)の家でクラスメイトが集まって勉強する場面
米倉斉加年演じる同級生に数学が苦手だと訴える

 実は、演技の経験はそれまで全くなかったのですが、伯母が劇団「前進座」の河原崎長十郎のもとに嫁いでいたので、小さいころによくアイス売りなどのお手伝いなどをさせてもらいながら舞台を眺めていたんです。そんな経験も少しは生きたのでしょうか。今見ると、ちょっと自分でも気恥ずかしくなってしまいますが、かけがえのない思い出と、私の女優人生を開いてくれた作品だと思います。

足かけ5年に渡って全1395話が放送されたホームドラマの草分け

大河ドラマ 草燃える(1979)

北条政子役

大河ドラマ 草燃える

インタビュー

 『草燃える』は私にとって、初めての大河ドラマ出演となった作品です。永井路子さんの原作、中島丈博さんの脚本もすばらしく、どんな映像になるのかと自分でも撮影前から楽しみにしていたほどでした。また、それまでの大河ドラマと少し違い、あえて現代語調にしたことで、歴史上の人物を等身大の人間として身近に感じられると、当時お茶の間でも評判になった作品でした。

政子は伊豆の豪族・北条時政の娘
蛭が小島の流人・頼朝(石坂浩二)と出会い…

 私が演じたのは石坂浩二さん演じる源頼朝の妻、北条政子です。皆さんご存知の通り、尼将軍とまで呼ばれた政子は喜怒哀楽が激しく、私もそんな政子を、全身全霊をかけて演じた日々だったように思います。石坂さん演じる頼朝とも、最初はなかなかよい夫婦だったと思うんです。ただ頼朝としては北条氏の勢いが欲しかっただけなのか、政子を少しは愛してくれていたのか――でも私としては、“きっと愛してくれていた”のだと、信じずには演じられないほど苛烈な役どころでした。政子自身、とても才覚のある女性だったと思いますが、彼女の人生は頼朝と結婚して大きく変わってしまったことは間違いありませんから。

頼朝の妻となったことから、鎌倉幕府に深く関わることとなる

 また、本来私はどちらかというと短期集中型のタイプなので、大河ドラマという長期的な作品に携わり1人の女性の人生を演じ切るということは、自分にとってひとつの挑戦にもなりました。年老いた政子が血縁を次々と失い、琵琶法師の平家哀歌を聞きながら人生に思いを馳せるラストシーンを撮り終えた瞬間、全身から力が抜けてしまって。その後しばらく楽屋で動けなかったほど。私の女優人生の中でも、忘れられない作品のひとつです。

頼朝亡き後“尼将軍”として御家人たちをまとめ上げてゆく

大河ドラマ 独眼竜政宗(1987)

お東の方(義姫/保春院)役

大河ドラマ 独眼竜政宗

インタビュー

 今でもファンという方が多い、大河ドラマの名作ですね。私の演じたお東の方は、北条政子とはまた違った意味でこれまたとても強い女性で、山野を駆け抜けるイノシシを弓で射るシーンから撮影が始まったのを覚えています。でも私、強い女性を演じるのは大好きなんです。どちらかというと役にのめり込むタイプなので、これを演じている間は相当気が強かったんじゃないかと思います(笑)。

伊達家へ嫁いでくる道中、輿を降りてイノシシをしとめる男勝り

 お東の方は戦国時代にあって国同士の政治的なむずかしさを理解している、まさに武家の娘だったと思います。当時最上氏と対立関係にあった伊達家に嫁ぎ、長男の政宗を生みますが、次第にお東の方は乳母に育てられた政宗より次男の竺丸のほうが愛しくなっていくんですよね。そして政宗の隻眼は自分のせいだという、母親としての負い目もあり、政宗にも心の中に深い愛があるのですがお東も政宗も激しい性格なのでお互いに素直に優しい愛情表現が出来なかったのだと思います。ですから背景には最上家と伊達家の緊張状態への配慮もありながら、毒殺未遂すらも、深い愛の裏返しだったのではないかと……。

幼くして天然痘にかかった政宗は右目を失明する
家督を継いだ政宗(渡辺謙)は奥州の支配者となるが秀吉ににらまれ…
お東の方は伊達家存続のために政宗毒殺をはかる
政宗は毒入りの食事を口にするが…

 主演の渡辺謙さんは本当に颯爽とした若武者、政宗役にぴったりの俳優さんでした。実はこの少し前に映画『瀬戸内少年野球団』でご一緒した際に、「この人は絶対スターになる」と感じたんです。ですから『独眼竜政宗』に抜擢されたときに、とても納得しました。其の後、京都で撮影をしていたらすれ違いになってしまった謙さんが、スタッフを通じて「母上は元気ですか?」ってメッセージを残してくださっていたんです。あれから30年近くたちますが、いまだに母子の縁があるような気がしています。

大河ドラマ 葵 徳川三代(2000)

お江役

大河ドラマ 葵 徳川三代

インタビュー

 こちらも『独眼竜政宗』と同様ジェームス三木さんの作品です。これまで幾度となく描かれてきた徳川家康、秀忠、家光三代を、親子、夫婦間など、三人三様の心の葛藤から人間の生き方を描いた意欲的な作品でした。脚本が本当にすばらしかったなと思います。

戦乱の世を終わらせ、徳川300年の礎を築いた家康(津川雅彦)
家康が跡継ぎに選んだのは、心優しい三男の秀忠(西田敏行)
秀忠は気性の激しいお江に頭が上がらない…

 私が演じたのは、西田敏行さん演じる秀忠の妻、お江役。実はこれまでに浅井三姉妹の長女・淀君を演じたことは何度もあったのですが、お江は初めてで、とても新鮮な気持ちがしたのを覚えています。やはり戦国の姫を演じていて思うのは、嫁いだ家によってその運命が劇的に変わってしまうという、自分の人生であってもどうにもならない、哀しさとはかなさです。淀君は美しく、一時は豊臣秀吉のもとで時代の頂点を極めますが、その最期は悲劇的ですからね。

 そういう意味では三姉妹の末娘、お江は秀忠のそばで女性らしい幸せに満ちた、落ち着いた生涯を送った人物だったと思います。ただ、夫の秀忠は関ケ原に出遅れたり、大坂の陣に早く行きすぎたりと、武将としてはいつもちょっとズレていて心配になる部分が多かったのですが(笑)。秀忠を演じる西田敏行さんが見事にその不器用さと愛らしさを表現されていましたので、私も西田さんに引っ張られるようにいろいろとアイディアを出して、ときに秀忠の耳をグイと引っ張ったり、ときに頬をつねったりする演技で、夫婦の機微を愛嬌たっぷりに演じたつもりです。そういうときの西田さんの反応がまた見事で。またいつか、こんなほっこりする戦国の夫婦役を演じてみたいものですね。

プレミアムドラマ 鴨川食堂(2016)

来栖妙役

プレミアムドラマ 鴨川食堂

インタビュー

 「思い出の食、さがします」――という一行広告だけが頼りという鴨川食堂。のれんも看板もないのに、いろいろな迷える人たちが店を訪れる。そういう、ちょっとファンタジー的な設定もすてきなドラマで、大好きな作品です。食を通して、人に勇気や元気を与えたりと、心温まる物語だったなと思います。

こいし(忽那汐里)と元・刑事の流(萩原健一)父娘が切り盛りする“鴨川食堂”
妙と流は料亭時代からの古いつきあい

 私は実は、鴨川食堂の料理長で鴨川流役を演じた萩原健一さんの大ファン。なので、こちらの作品のオファーをいただいた際、即やりたいとお返事させていただきました。現場でも、かつて主人(篠田正浩監督)の映画「化石の森」で共演したときの思い出など、話が尽きることがなく、本当にあっという間の撮影でした。また、主人公・鴨川こいしを演じた忽那汐里さんとは、私がオーストラリアに旅行した際、コーディネーターとして現地を案内してくださった方が彼女のお父様だったという偶然のご縁もあり、本当に驚きました。

寿司職人の浩と結婚して金沢に行くべきか、こいしは悩む

 現場には、おいしそうな料理が並んで、すてきな雰囲気でしたね。そのお料理は、ちゃんと料亭の方が作って下さったものだと伺っていて食べてみたかったのですが、残念ながらそういうシーンが私にはなかったんです(笑)。それにしてもこの撮影時はまったく萩原さんのご体調を不安に思うことはなかったので、まだ他界されたなんて信じられないほどです。今も鴨川食堂には流さんがいてくれて、訪れるたくさんのお客様の心を、おいしい料理で癒し続けているのだと信じています。

流の料理の腕前は超一流だが…
妙の密かな思いには気づかない様子
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敬称略

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