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秋吉久美子 秋吉久美子

秋吉久美子女優あきよしくみこ

土曜ドラマ 『松本清張シリーズ 火の記憶』

土曜ドラマ 『松本清張シリーズ 火の記憶』

 この作品に出演したのは、「夢千代日記」のさらに3年ほど前のこと。だいぶ当時の記憶が薄れてはいるのですが……、何より覚えているのは監督・和田勉さんの声の大きさです(笑)。まるで岩のような迫力のある顔をして、笑い声も “ガハハハハッ”と豪快だし、話す声も岩が話したらこんな風かしらと思うような感じでね。「テレビはアップだ!」というのが、和田さんのこだわりであり、演出するうえでのキャッチコピーでした。私は体全体で演技を伝えたい方なのに、顔に寄ったアップが多いんです。下がりたくても後ろのセットとの距離が2メートルあるかないかだし(笑)、カメラが近くて逃れられないの。でも、できあがったものは芸術的でしたね。「夢千代日記」の深町幸男さんがショパンのようなら、和田さんはベートーベンかしら。お2人が作るドラマにはそれぞれに個性があって、独特の骨格があって。演出家たちがそれぞれ懸命に、“ドラマ”という音楽を奏でようとしていた時代だったのかもしれません。深町さんも和田さんも豪放磊落(ごうほうらいらく)な監督としての裏側に、ものすごく繊細な芸術家の一面があったことも共通していたんじゃないかしら。今になって、ふとそんな風に思うんです。

和田勉チーフ・ディレクター(当時)

 私はこのドラマで2役を演じていました。1人は物語の軸となる青年・高村泰雄(高岡健二)の婚約者・頼子役。そして、過去に謎を残したまま17年前に他界してしまっている泰雄の母・ふみ役です。高岡くんが演じる泰雄役はすごくまっすぐで熱くて、スポーツマンの高岡さんにとても似合っている役ですてきだったけれど、私が演じた婚約者・頼子役は……、今ひとつだったかなぁ(笑)。トレンチコートを着た「ええ」とか「はい」とか答えるような控え目なOLという感じの頼子は、正直得意じゃなかったかも! 私が断然入り込んだのは、過去を抱えたまま10数年前に死去したふみ役のほう。ふみの着物を着たとたん、「これだ!」とばかりに女優魂のスイッチが入ったのを覚えています。「火の記憶」というタイトルが表すとおり、ふみのそばで火が燃えている印象的なシーンがあるのですが、和田さんのアップの演出がものすごく生きたカットだったと記憶しています。炎の照り返しは、もちろん照明も使って表現してはいるのですが、アップにこだわる和田さんとしてはリアルにふみの顔のそばで火が燃えていなくては気が済まない。だから本当に私のすぐ近く火があったんですよ(笑)。危ないしものすごく熱いし、ちょっと怖いでしょう? でも、文句はありませんでしたね。役のためなら命を懸けるのが女優なんです。当時は監督たちも、ワンシーンワンシーンに命懸けでしたから。それが私にもわかっていました。おかげで40年近くたった今振り返っても、すごく見ごたえのあるシーンだったと記憶に残っています。

  • 泰雄の婚約者・頼子
  • 泰雄の母・ふみを演じる
  • 火祭りを見るシーン
  • 本当に顔の近くに火が…

 そういえば土曜ドラマの松本清張シリーズでは、原作者の松本清張さんご自身が何らかの役でいつも出演されていましたが、このドラマではベテラン刑事の役でした。松本清張さんも和田さんに負けず劣らずの存在感でしたが(笑)、とてもシャイな方だったように記憶しています。集中して役を演じられていて、私たちと会話をするという感じではありませんでした。もちろんシリーズを撮り続けるうえで、和田さんとは親交があったでしょうけれど。

原作者 松本清張さん

 2016年には、10年数年ぶりにNHKのドラマに出演させていただきました。名古屋放送局制作のドラマ10「愛おしくて」(主演・田中麗奈)です。現場に入り演出家の方と話すうちに、「ああ、NHKには和田さんや深町さんの魂が受け継がれ、引き継がれているな」と少し感じることができました。それぞれに撮りたいプランやテーマがあって、とても楽しくお仕事をさせていただいたんです。私も、今後どれだけの“和田さん”、“深町さん”に会えるでしょうね。これからも新たな作品や監督たちとの出会いに心待ちにしながら、女優としての道を歩き続けたいと思います。

  • 絞り染めの師匠を演じる『愛おしくて』(2016)
  • ヒロイン(田中麗奈)と恋に仕事に火花を散らす

ドラマ人間模様 『夢千代日記』

ドラマ人間模様 『夢千代日記』

 ドラマが放送されてから、約四半世紀の時が流れたんですね。舞台は山陰の温泉街。吉永小百合さん演じる主人公の夢千代は、置屋「はる屋」の女将。私はその「はる屋」で働く、金魚という名の芸者役でした。金魚というぐらいなので、役のイメージカラーは赤やオレンジ。艶やかな赤やオレンジ、黄色といった着物を着ていたりするのですが、そういう華やかな色彩から受ける印象とは違って、非常にはかなさと宿命的な不幸さを背負った女性でした。アコちゃん(大熊なぎさ)という小さい一人娘のことも、出自については物語ではっきりとは描かれていないんです。でも、自分の子どもを連れて芸者として働くなんて、金魚はいびつな形でも家族を作りたかったのか、はたまた男にでもだまされ続けて、ついに山陰の温泉街に流れ着いたのか――。金魚をはじめ、ひなびた温泉宿に肩を寄せ合って芸者として生きなければならない女たちの悲しみや生き様が、少しずつあぶり出されるように見えてくる、そういう情感のあるドラマでした。

芸者・金魚は幼い娘を連れてお座敷に出る

 皆さまに大変好評をいただいて「夢千代日記」のあとに、「続 夢千代日記」(1982年)「新 夢千代日記」(1984年)と全部で3シリーズという大作になりました。衣裳部のスタッフたちが、金魚の着る赤やオレンジの服が「これも前に着たし、あれも着ちゃったし!」とストックが尽きちゃったと大わらわして(笑)。だって、3シリーズも続くことになるなんて、誰も思ってなかったですから。でもこれほど人々の心をとらえ、作・脚本の早坂暁さん、演出の深町幸男さんにとって代表作のひとつになったのには、男性たちが憧れるような、美しい芸者たちが織り成すロマンあふれる物語である一方で、夢千代が胎内被爆により原爆症を発症していたりする、ある種の戦後の日本の姿をしっかりと背景に描いているからだと思います。トルストイ作品ではないですが、2つのテーマが重層的に響いてくるストーリーが本当に魅力的で。でも早坂さんは遅筆で有名で、プロデューサーがいつも苦心していましたよ(笑)。前日に脚本が手元に届くなんて当たり前。プロデューサーが締め切り日にはご自宅やホテルで待っているんです。それでも、トイレに行くと席を立ったすきに逃げられちゃった、なんて話も聞いたことがあります。でも、いつも上がってくるものが素晴らしいですし、私はギリギリになるとかいうことはあまり気にはしていませんでしたね。

  • 早坂暁さん(1985年撮影)
  • 『新 夢千代日記』の1シーン

 深町さんの演出も、まるでショパンを奏でるような、ひとつひとつが繊細でとても丁寧なものでした。金魚が普段着で髪を束ねている場面があるのですが、深町さんと私で盛り上がり「やっぱり髪をしばるのは輪ゴムだよね」って! メイクさんが縛ってくれるような髪をまとめるためのものではなく、台所で使われているような普通の輪ゴムね、って(笑)。しかもその髪の毛の落ち具合にもものすごくこだわってね。これ以上髪がほつれると顔が見えにくい、これ以上出すと風でおでこが丸見えになってしまうとか言いながら、ちょうどいいバランスを一生懸命探したんです。それの髪で金魚が川面を見つめているって場面なんですけど、深町さんが撮り終えたときに、「あー!今の最高だった!」っていうから、私も本当にうれしくて。深町さんと「いいね!いいね」なんて言いながら、深く共感しながら演技をすることができて私も幸せでした。深町さんはさまざまな情感や戦後の思いを、このドラマの中でずっとずっとロマンチックに奏で続けていたのだと思います。

 今思っても、愛すべきスタッフたち、そして共演者に恵まれた現場でした。ひなびた温泉街の芸者にしては、カツラが自然でとてもきれいでしょう? これ、当時の天才結髪スタッフの坂本静春さんのおかげなんです。カツラの中は全面金属の板で覆われているものなのですが、坂本さんのこしらえるカツラは金属の板を十文字にだけ使って、あとは網だけで縫い上げるという非常に技術のいるものだったんです。今、その技術を引き継いでいる方は残念ながらいないと思いますが、おかげでとても軽やかで長時間かぶっていても疲れないし、寝転がってもカツラで顔がひきつられたりしないので、演技をする上では本当に助かりましたね。そういえば、娘のアコちゃんを演じた大熊なぎさちゃんとは、本当の母娘みたいに仲良くなって、それで思いっきり喧嘩をしたこともあったんですよ(笑)。なぎさちゃんが、私に心底なついてくれたのはいいのですが、あるとき自分の出るタイミングを忘れてまごつくことがあったんです。もちろん私が教えてあげるのは簡単ですが、「あなたも一応プロの女優なんだから、一緒に出演している一人として前の人のセリフぐらい覚えなさい」ってぴしゃりと言ったんです。信頼関係があるからできたんですが、あちらも負けてなくて「秋吉さんなんて大嫌い!」って、スタジオ前のホワイトボードにでっかく書いてきて! もうびっくり(笑)。でも、それでも和気あいあいと、出演者同士も心の通い合う時間を過ごしていましたね。

  • アコ役 大熊なぎささん

 樹木希林さんのちょっと年増の芸者、菊奴も印象的でいい味でしょう。もちろん吉永さんはとても美しくてね。宴席で「やさほーえー♪」ってお囃子が耳に残る、貝殻節という山陰地方に伝わる民謡を吉永さんの夢千代と私の金魚と、中村久美さん演じる小夢とで踊るシーンがあるんですけど、なぜだか今もすごく覚えているんです。芸者衆だからつやっぽいけど、みんな明るくて楽しくて。お互い本当にとても仲良くってね。あの世界に私はいたんだなぁと、懐かしく思います。また、シリーズの中では女たちの前を過ぎ去っていく男たちを、林隆三さんや石坂浩二さん、松田優作さんなど魅力的な俳優さんが演じていました。

  • 菊奴役 樹木希林さん
  • 夢千代役 吉永小百合さん
  • 山陰地方の民謡「貝殻節」を踊る
  • 山根刑事役 林隆三さん
  • 山根は容疑者を追って湯の里町へ…
  • 画家・上村役 石坂浩二さん
  • 絵のモデルにと懇願される夢千代
    『続・夢千代日記』
  • 元ボクサー・タカオ役 松田優作
  • 病と闘う夢千代のため、タカオは再びリングへ…
    『新・夢千代日記』

 金魚の最期は壮絶です。薄暗い山陰の冬の荒れ狂う海に向かって、小坂一也さん演じる落ちぶれた汽船社長の背中に乗って、一緒に平気な顔をして入水自殺してしまう。撮影の当日はハリウッド映画ならものすごいクオリティのCG合成技術で作り上げるに違いない、できすぎた猛吹雪(笑)。恐ろしく寒くて、あまりに強い吹雪で足元の波さえ何も見えない――そんな中を希望も何も失ったような男におんぶされたまま一緒に死んでいくんです。金魚はいつでも死ねる気持ちの女、だったんでしょうね。戦後の昭和の女性の一面をどこまでも美しく、どこまでも深く悲しく描き切った、ステキな作品だったと思います。

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