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泉ピン子 泉ピン子

泉ピン子女優いずみぴんこ

1947年生まれ、東京都出身。18歳で歌謡漫談家としてデビュー。75年より『ウィークエンダー』でレポーターを務め、注目される。その後、笑いの世界で培った表現力を武器に女優として幅広い作品で活躍。主な作品に映画『次郎物語』、ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』など。NHKでは連続テレビ小説『なっちゃんの写真館』『おしん』『おんなは度胸』『春よ、来い』『マッサン』、大河ドラマ『おんな太閤記』『山河燃ゆ』『いのち』『西郷どん』、放送80周年記念ドラマ『ハルとナツ 届かなかった手紙』などに出演。2019年に文化庁長官表彰、旭日小綬章を受賞。

NHK 花のステージ(1978)

歌手として

NHK 花のステージ

スタジオ制作の『歌のグランドショー』(1976~1977)のあとを受けてスタートした、NHKホールでの公開歌謡バラエティー。NHKホールの豪華さと舞台機能を生かした演出を行った。1979年度は出場歌手が、司会を務める植木等と宇崎竜童の2チームに分かれて、対抗歌合戦の形式でそれぞれの持ち歌を披露。勝負は観客の中から無作為で選んだ100人にボタンを押してもらい判定した。総合(水)午後8時からの50分枠で1978年1月にスタート。

ドラマ人間模様 花々と星々と(1978)

茂役

ドラマ人間模様 花々と星々と

インタビュー

 五・一五事件で殺された当時の首相・犬養毅の孫、道子さんの視点で描かれた作品でした。犬養役を演じたのは芦田伸介さん、夫人役で沢村貞子さんが出演されていて、道子の母を加賀まりこさんが演じられていました。改めて見ると、みんな本当に若くて懐かしいですね。

犬養毅を演じた芦田伸介と夫人・千代役の沢村貞子

 私が演じたのは犬養首相の次男、健(竜崎勝)の家の女中役。当時は民放で何本も番組を掛け持ちしていたので、セリフを間違えずに言えたらセーフというような気持ちで、いつも緊張しながらお芝居をしていました。だって共演者はそうそうたる先輩方ばかりでしたから。だからなのか、覚えているのは台所でのお芝居ばかり。動画でご紹介しているてっちゃん(武田鉄矢)とのシーンを改めて見て「こんな場面があったんだ!」と驚きました。

女中の茂と書生の高橋(武田鉄矢)はいつしか想い合うように

 演じた茂は親の決めた結婚相手がいて、実家に戻ってその人と一緒になることが決まっているという設定。それなのに、犬養家にやってきた書生の高橋(武田鉄矢)に恋をしてしまうんです。当時は私もてっちゃんも演技を始めたばかり。だからこのキャスティングは画期的なふたりなの。視聴率狙いだったのかもしれないですね(笑)。2人とも初々しくて不慣れだけれど、ヘタなりに一生懸命セリフを言ってて好感が持てると思わない?

縁談を断りたいと泣く茂をなぐさめる仲子(加賀まりこ)

 それにしても制作のモウさん(小林猛)、演出のゆうちゃん(村上佑二)は懐かしいです。私たちは若かったけれど監督をゆうちゃんと呼ばせていただき、慕っていました。当時は忙しすぎて、カメラがどこにあるかも、演出の善し悪しも分かりませんでしたが、ゆうちゃんの演出はやっぱりうまい。改めて印象的な作品です。

大河ドラマ おんな太閤記(1981)

きい/あさひ役

大河ドラマ おんな太閤記

インタビュー

 佐久間良子さんが主役のねね、西田敏行さんが豊臣秀吉を演じた大河ドラマです。私は秀吉の妹でのちに徳川家康に嫁ぐことになるあさひ役。

きい(後のあさひ)は百姓の娘として地道に暮らしていた

 最初の夫・副田甚兵衛(せんだみつお)と無理矢理別れ、政略結婚で徳川家康(フランキー堺)の正室になるのですが、ずっと甚兵衛のことを想っているという設定でした。

あさひと甚兵衛(せんだみつお)は仲睦まじい夫婦だった

 思えばこの作品への出演がきっかけで「やっぱり女優として頑張ろう」という意識が芽生えたような気がします。

離別後、行方不明だった甚兵衛と再会するが…

 そんなあさひの最期は、甚兵衛に会いたくて雪の中をさまよい、凍えて死んでしまうという悲劇的なもの。このシーンでは、雪が降るなかで肩にかけていた打掛をストンと落とす芝居をしたいと思ったんです。そのとき森光子さんが舞台「雪まろげ」でかい巻きを肩から落としていた姿を思い出し、芸術座の森さんの楽屋にうかがいました。どうやったらきれいに落とせるか伝授していただいたおかげで、思い通りのお芝居ができたのをよく覚えています。

降りしきる雪の中、甚兵衛を探すあさひ

 この雪の中のあさひのシーンは、スタジオ一面に塩を撒き、何トンも雪を降らせて撮影をしました。ですから一見シンプルなセットですが、実は歴代大河のシーンのなかで最もお金のかかった伝説のシーンになっていると聞いたことがあります。驚きますよね。

 また、あさひが息を引き取った後、秀吉が「あさひ〜」と声を上げて泣くのですが、それがあんまり悲しくて、あさひは死んでいるのに涙が出ちゃって(笑)、NGになったのも忘れられません。密偵のみつ役だった東てる美ちゃんが合戦の報告をする場面で、なぜか私が団子を食べたいとリクエストしたのですが、結局難しいセリフで何度もNGが出て何十本も食べるハメになったことも(笑)。森弥五六を演じたガッツ石松さんが「おなごじゃ、おなごじゃ」という簡単なセリフが出て来ず、結局時間切れになってスタジオを出なきゃいけなくなったりと、思い出すと笑えるようなハプニングやエピソードばかりです。

あさひの最期を看取り秀吉は慟哭する

 でも、こんなにチームが仲良く、楽しい大河ドラマはなかったですね。毎週持ち回りで差し入れを買ってきて、いつも現場にはたくさん食べ物がありました。当時の大河ドラマは毎日深夜まで撮影していましたが、その頃のNHK周辺にはコンビニはもちろん、遅くまでやっているお店もありませんでしたから、とにかく夜お腹が空くんですよ。それぞれの楽屋に集って差し入れを食べたり、撮影の合間にふざけ合ったのも懐かしい。とにかく仲が良くって、放送が終わってすぐのお正月に共演した木原光知子さんが先導になり、橋田(壽賀子)先生のご家族や、西田さん一家などみんなでグアムに旅行に行ったほどです。

連続テレビ小説 おしん(1983)

谷村ふじ役

連続テレビ小説 おしん

インタビュー

 ドラマ史上最高視聴率となった『おしん』ではヒロインの母親を演じました。大河ドラマ『おんな太閤記』の打ち上げのとき、作品を手がけられた橋田壽賀子先生から「朝ドラでお母さん役をやらないか」と口説かれ、そのときに「冬の川に入って子どもを堕ろそうとするシーンを書きたい」と言われました。吹き替えの人を用意するからとおっしゃっていただきましたが、ちょうど横にいた西田くん(西田敏行)から「役者なら自分でやれ」と言われて「やります」ってお応えしていましたね。

ふじのお腹に子どもがいることを理由に、作造(伊東四朗)は7歳のおしん(小林綾子)を奉公に出すことを決める

 ロケが行われたのは真冬の山形。厚い雪に覆われた極寒のなか、吹き替えの方もいらしていたのですが、それを断って川に3時間も浸かりました。当時の私は40キロほどしか体重がなく、用意していただいた子ども用のゴム長を衣装の下に着込んでいたのですが、さすがにうっ血してしまい急きょゴミ袋を体に巻くことに。そうしたら間から水が入ってしまい、乾かしながらの撮影になりました。

おしんの旅立ちは作中でも屈指の名シーンとなった

 撮影が終わった頃には全身が冷え切って、顔色も真っ青。すぐさま近くの民家でお風呂をお借りして、水風呂に入れていただきました。最初はこんなに寒いのに水なの?と思いましたが、体が冷えすぎているときにお湯につかると具合が悪くなってしまうそうで、水から炊いて少しずつ温度を上げていってくださいました。ドラマ上では実際に凍えきった私の姿がリアルに見えて、見る方に共感していただけたのではないかと思いますが、実は生理が3か月止まってしまい産婦人科の先生に「死ぬ気か!」と叱られました。

娘のおしん(田中裕子)に精一杯の愛情をかけ続けたふじ

 小林綾子ちゃんが演じたおしんの少女期から田中裕子さんの青春・成年期と、ふじが亡くなるまでを演じましたが、衣装は古びた継ぎ接ぎだらけの着物1着だけで通しました。貧しさのため着古してボロボロの衣装でしたが、実は、誰の衣装よりもお金がかかっていたそうです。だって、ひとつひとつ継ぎを当て、つくろって手をかけていますから。

家族で暮らした山形の家で、おしんの胸に抱かれ最期を迎える

 そんなふうに役と向き合い、丁ねいに作っていった作品でしたから、日本国内はもちろん世界中で愛されるドラマになって本当にありがたいです。中国、ベトナム、カリブ海、北極など、どこの国に行っても「おしんママ」「おしんマザー」と呼んでいただけて役者としてこんなにうれしいことはありません。

大河ドラマ 山河燃ゆ(1984)

百蘭役

大河ドラマ 山河燃ゆ

太平洋戦争を挟む激動の時代を生き抜いた日系アメリカ人の視点から、日米を舞台に、二・二六事件、太平洋戦争、日系人の強制収容、原爆投下、東京裁判へと続く昭和史を描く。初めて大河ドラマで太平洋戦争を描いた。原作:山崎豊子。脚本:市川森一ほか。音楽:林光。語り:和田篤。出演:松本幸四郎(九代目)、西田敏行、鶴田浩二、三船敏郎、沢田研二、大原麗子、島田陽子、多岐川裕美、児玉清、川谷拓三ほか。

原作:山崎豊子 脚本:市川森一 音楽:林光 語り:和田篤

ドラマスペシャル
旅よ恋よ女たちよ(1985)

立石マリ役

ドラマスペシャル 旅よ恋よ女たちよ

たまたま出会った30代、40代、50代の訳あり女性3人が、日本縦断5300キロの鉄道の旅に出る。3人が巻き起こす珍道中と、ちょっぴりほろ苦い人生模様。旅路の果てに3人が見つけたものは……。作:ジェームス三木。音楽:坂田晃一。出演:泉ピン子、野際陽子、菅井きんほか。1985年1月5日午後7時20分から10時35分まで、途中ニュースをはさんだ2部構成の3時間ドラマ。

作:ジェームス三木 音楽:坂田晃一

大河ドラマ いのち(1986)

村中ハル役

大河ドラマ いのち

インタビュー

 『おしん』の打ち上げの席で、橋田壽賀子先生からオファーをいただきました。橋田先生と最初にご縁をいただいた1978年放送のドラマ人間模様『夫婦』の視聴率が良く、「あなたとやると視聴率を取れるジンクスがある」とおっしゃっていただいたんです。

 同作(『いのち』)ではクレジットのトメ(最後)に名前を出していただき、『おんな太閤記』のときに芽生えた「女優としてがんばろう」という思いが実ったような気がしました。

「必ず生きてまた会おう」と、終戦直後、弘前へ向かう汽車で出会った未希(三田佳子)に声をかけるハル

 演じたのは三田佳子さん演じるヒロイン・未希の生涯の親友、村中ハル。東京大空襲で家族を失いながらも、持ち前のバイタリティでのちに事業を成功させる、涙もろく、情にもろくて、開き直りも早い人物でした。

「私、悔いの無い人生だった。一番好きな男の人と旅に出られて、果報者だ私は」

 ハルは仕事の相棒だった八木金太(吉幾三)が自分に好意を寄せていることを知りながら、一緒にはなりませんでした。でも亡くなる間際に金ちゃんと旅行をして「好きだ」と言われ、幸せだったと思います。実は金ちゃん役の吉幾三さんは、橋田先生が「俺はぜったい!プレスリー」を歌う姿を見て、「この人を役者として使いたい」と推薦されたそう。でもいざ登場すると「ことばが分からないと投書が来たんですって。地元の青森ことばがリアルすぎたんでしょうね。

次女・佐智の花嫁姿に見とれる父・高原正道(丹波哲郎)とハル

 未希の父を演じた丹波哲郎さんとの共演も思い出深いです。NGを出すと「オレか?オレがセリフを間違えたか?オレが間違えたら正座して謝る」って(笑)。またNGを出して「誰だ?オレか?」って全然撮影が進まないの。ほんとめっちゃ面白かったわ(笑)。

男に裏切られ海に身を投げようとして、海軍予備学生から復員した浜村直彦(役所広司)に助けられる

 役所広司さんもまだお若くて、私が出演していた『おんな太閤記』の舞台を見に来てくださったときに「チケット代を払います」とおっしゃったのが印象的でした。「招待よ」と言ったら「やっと僕も払えるようになったんだから、払わせて」ですって。役所さんも今では大俳優になられて、何だか歴史を感じますね。

「また、会えるね」 ハルが最期に発したのは、出会った時と同じ、再会を望む言葉だった

土曜ドラマ ときめき宣言(1989)

小泉直子役

土曜ドラマ ときめき宣言

生徒たちに人気の美人養護教員・雪江に対して、自信を失っている教師・直子。同僚教師の五味に思いを寄せているが、五味は雪江にプロポーズをしていた。ある日、雪江の性教育に対し学校側は雪江の処分を考えるが生徒たちは処分反対を叫ぶ。そんな中で直子の固かった考え方が少しづつ変わりはじめ、生徒の直子を見る目も変わってくる。生真面目で愚直な独身女性教師が、なんとか生徒の心をつかもうと努力する姿を描く。(全2話)

作:ジェームス三木

特集ドラマ
巌流島~小次郎と武蔵(1992)

登勢役

特集ドラマ 巌流島~小次郎と武蔵

ジェームス三木による新解釈の「巌流島」。沼田城主に仕える佐々木小次郎は剣豪として名を馳せたが、時勢は鉄砲の時代へと移り変わりつつあり、家老たちはその存在を疎ましく思い、浪人ながらも高名な剣士・宮本武蔵と戦わせようと企てる。佐々木小次郎といえば、敵役として描かれることが多いが、今作はジェームス三木のオリジナルシナリオにより、小次郎を主役にすえて巌流島の決闘までをドラマチックに描いた。(全1話)

作:ジェームス三木

連続テレビ小説 おんなは度胸(1992)

山代玉子役

連続テレビ小説 おんなは度胸

バブル期の温泉ブームに乗り遅れた関西の老舗温泉旅館「はなむら」の後妻に入った山代玉子。女将(おかみ)として奮闘するが、四面楚歌で主導権争いも絶えない。旅館のために尽力する玉子の姿は、義理の娘の心に変化をもたらし、やがて2人で力を合わせて旅館を支えることに。逆境を乗り越えていく女たちの戦いを描いた。作:橋田壽賀子。音楽:中村暢之。語り:奈良岡朋子。出演:泉ピン子、桜井幸子、藤岡琢也、藤山直美ほか。

原作:橋田壽賀子 脚本:橋田壽賀子 音楽:中村暢之 語り:奈良岡朋子

連続ドラマ
ちょっと待って、神様(2004)

久留竜子役

連続ドラマ ちょっと待って、神様

インタビュー

 『おんな太閤記』の時にアシスタントプロデューサーをしていた銭谷雅義さんが制作統括を務められた作品でした。大河のとき本当によくしてくださったので「一本立ちしたら必ず付き合うよ」とお約束していたんです。そうしたら「ピン子さん、出てください」とご連絡をいただいて、聞けば名古屋制作だというのでキャストを集めるのが大変なのではと思い、宮﨑あおいちゃんと中身が入れ替わる役というのもめちゃくちゃ面白くて、お引き受けしました。

夫に24年目の結婚記念日のプレゼントを渡そうとウキウキしていた竜子だったが…

 ドラマはあおいちゃん演じる高校生の秋日子(あきひこ)と、私が演じた平凡な主婦・竜子が偶然にも同じ事故に巻き込まれるところからスタート。神の使い(京本政樹)から秋日子は現世に戻るよう言われ、竜子は死を告げられてしまいます。

秋日子(宮崎あおい)に体を貸してほしいと嘆願する竜子

 「このままでは死ねない!」と、竜子は1週間だけという期限付きで秋日子の体を借りることになり、自分の人生を見つめ直していくというストーリーでした。

秋日子の体を借りたことで悲しい思いもしたり、嬉しい思いもしたり

 当時の私は50代。動画にもありますが、その年で学生服を着てお芝居をするのは面白かったですよ。今見るとなんだか似合っているし、50代には見えないでしょ!

秋日子が竜子であると感じた長男・春夫(塚本高史)は、溺れて竜子に助けられた幼い頃の思い出を語る

 あおいちゃんはまだ10代だったと思うのですが、とてもフレッシュでかわいかったですね。毎日ご飯に連れてって、一緒に過ごしたのもいい思い出です。
 若いころの勝地涼さんや塚本高史さんたちも出ていて、みなさん立派になられたなと思います。

竜子の顔になっていることに気付いていない秋日子の親友たち(右手前が勝地涼)

 また、撮影がNHKの名古屋放送局だったのでほかの仕事との兼ね合いで苦労したことも印象的です。名古屋駅に着いたと思ったら、雨で中止になったり…。夜遅くまで撮影がかかり、新幹線の最終に乗れないこともしばしば。次の日の東京での仕事が6時シュート(舞台での照明合わせや映画やテレビでの撮影)だったりすると、もう間に合わないでしょう。仕方がないので夜行列車に乗って帰ったなんてこともありましたね。あれには参りました(笑)。

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敬称略

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